長編 #4797の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「あ、あのことですか? 元先生なんですけど」 念のため訂正してから続けようとする。 「こういうのって、引き受けても問題ないんでしょうか」 質問を発したちょうどそのとき、座っている椅子の前に人の気配が。横目で 見上げると、香村綸だった。上下ともジーンズで、前をはだけた格好は大人び た雰囲気がある。 「すみません、いいですか。彼女と話したいんです」 取り澄ました口調で香村が相羽の母へ言う。 「ええ、かまわない」 「取り込み中だったように見えましたが」 「急ぎの話じゃないから気にしなくていいわ。――純子ちゃん、さっきの話は あとでね。さあ」 純子は少々心残りを感じつつ、腰を上げた。相羽の母へ一礼して、香村と並 んで歩き出す。 「ああ、疲れた。やーっと解放されたよ」 首を左右にゆっくりと傾けた香村。その仕種や表情を見ていると、こきこき と骨の鳴る音が聞こえてきそうだ。 「藤沢さん達とはもういいの?」 「終わり!」 声に合わせ、香村は両腕を大きく広げる。不意のことに、純子はジュースを こぼしそうになった。 「早く終わらないかなって、いらいらしてた。みんな、一言で済むのに話が長 いんだよ。早送りしたくなる」 短いメロディ――今度のドラマのテーマ曲の一部だと気付いた――をハミン グする香村。役目を終えて上機嫌だ。 と、音が途切れ、香村は足を止めた。 「いらいらしてたのは、君に早く話したいことがあってさ」 「話?」 純子も立ち止まり、おうむ返しに尋ねる。いくつかあるテーブルの前まで来 たので、ちょうどいいとばかり、コップと皿を置いた。 「これ、見てみてよ」 笑みを浮かべながら、ジーンズの脇ポケットへ手を入れる香村。待たされる ことなく、折り畳まれた紙が出て来た。上端に青いラインの入った小ぶりな冊 子。いや、香村が開く内に、一枚の紙が三つ折りにされただけの物と分かった。 何かの案内かパンフレットのように見える。小さく畳んでいたせいで折れ目は 着いているが、全体的にきれいだ。 開ききった紙を差し出され、意味の分からない純子はおずおずと受け取った。 「これ……」 目線が相手の香村と紙との間で往復する。 「見覚えないかい? あると思うんだけどなあ」 促され、初めて落ち着いて紙の内容を読む。 恐竜展のパンフレットだ――瞬時にして、記憶を揺さぶられた。 「違うかもしれないけれど、もしかして私が小学生のとき見に行った恐竜展の 案内と同じみたい……?」 香村に目で尋ねたが、笑顔を作るばかりで具体的な返答はない。 純子は紙面にある地名を口にし、もしくは開催期間の年月日を見て当時の自 分が何歳かを計算し、記憶と重ね合わせた。 (――うん、間違いないと思う。でも、どうして香村君が持っているの?) 純子は改めて香村を見つめたが、相変わらず何も言ってくれないので、思い 当たったことをとにかく伝えた。そして待つ。 「やっぱり、そうだったんだ」 香村の口がようやく動く。普段の自信溢れる気障な笑みとは違い、さも嬉し げに目尻を下げ、お地蔵様のような柔和さが表情に広がっていた。 「実はね、僕も行ったんだよ」 「へえ、偶然ね!」 思わず手を合わせて声を大きくした純子だったが、ふと疑問が浮かぶ。 「香村君、化石に興味あるんだっけ?」 「今は自信ないが、小さい頃は。子供って小学生とか幼稚園の頃なら、たいて いは恐竜好きじゃないかな」 「けど、前、私が化石のこと言っても話に乗ってこなかったじゃない? ほら、 あの料理屋さんでとか」 「それはつまり、非常に驚いていたからであります」 唐突に芝居がかる香村。いつもの役者ぶりは影を潜め、とんだ学芸会めいた 大げさな動作で片手を胸元へかざす。 ぽかんとしそうになる純子の正面で、香村は楽しそうに続きを言った。 「何に驚いたかというと……あ、君も驚くと思うよ。覚悟しといて」 「うん。分かったから、早く」 無意識の内に身構えて聞こうとしていた。 「多分、僕と君は恐竜展のときに会ってる」 「はい? 何ですって」 瞬きの回数が多くなるのを自覚しつつ、やめられない。香村の言葉をにわか には飲み込めないでいた。 「琥珀を譲ってくれた男の子がいたと言ってたよね」 「ええ」 「僕にも同じ思い出があるのさ」 「――ええっ?」 こともなげな調子の香村とは対照的に、純子は全身がぴんと伸びた心持ちに なった。 (嘘! そんなことって) 信じがたい。だが、パンフレットは確かにそのときの恐竜展の物だ。それは もはや間違いない。ならば、香村の言葉も。 「残念ながら日付までは覚えてない。でも、行ったのは本当さ。記憶も一致す るし、君に琥珀を譲ったのは僕だと思うんだけどなあ」 「わ、私も日は覚えてない……」 返事が遅れ、やり取りが噛み合わなくなりそうになった。純子は頭を振って から、深呼吸を続けざまに三度した。 (顔、思い出せないのよね。おぼろげには覚えてるけれど、あと少しというと ころでもやがかかる感じ……) 香村の顔を穴が空くほど見つめても、確証は得られなかった。仕方がないの で、一つのお願いをする。 「子供のときの写真、ある? 見せてほしいの」 「あ? ああ。今はない。今度会うときなら、持ってこれるかも」 「そう……。香村君は私の顔に見覚えある?」 「自信持ってあるとは言い切れないが、会ったような気がする」 「じゃ、恐竜展のときのこと、何か覚えてない? 言ってくれたら私も思い出 すかも」 「いや、僕だってこの間、君の話を聞いてやっと記憶が蘇った程度でさ。言っ ちゃあなんだけど、小学校の三年ぐらいからこの世界に入ってやってきて、忙 しくて。それまでの思い出は限りなくゼロ」 即答を重ねる香村。純子は手掛かりを得られぬまま、行き詰まってしまった。 (だけど。香村君が言ってるんだから、間違いないわよね。パンフレットだっ てあるんだし) そうとも思う。 あのときの男の子が香村綸だとしたら、今になってこんな風にして会えるな んて、とてつもない偶然が働いたことになる。 (運命っていうものかしら。案外、白馬の王子様っていうのも……) ふとよぎる考え。 香村を横目で見やり、頭を振った。 (厚かましい) 心の中で自分の頭をこつんとやって、ついでに自嘲する。 「何を親しげに話してるのよ」 よいタイミングで加倉井が後ろから声を掛けてきた。振り返ると星崎もいる。 純子は、香村の返事が気になった。 「また共演できるといいなって、意気投合してたところさ」 決められた台詞を言うように、淀みない喋りの香村。 「舞美ちゃんも当然、同感だよね?」 「私はね、プロなんだから」 答えて、意味ありげに笑った加倉井。深く考えるまでもなく、出演要請があ れば引き受けるという基本姿勢を示したと分かる。 「あなたこそ、次があるといいわね。せいぜいお祈りしときなさいよ、今度の ドラマの評判がいいようにって」 「う、うん」 指差されてどきっとした胸を押さえる純子。 たとえ次がなくっても、自分のせいでドラマが失敗だと評されるのだけは耐 えられない。ゴールデンウィークにある放映日のことを思うと身も心も重たく なるようだった。 部活終了後、調理部の三年生は居残ってうだうだとお喋りを展開していた。 「坂祝君て、無口で暗い感じ」 「物静かで影のあるって言うのよ」 町田と井口が小さな火花を散らしていた。蚊取り線香程度の火だが。 (影のあるタイプというのは当たっているかも) 髪をいじりながら、純子はぼんやりと思った。それは、坂祝を初めて見たと きの第一印象でもある。 同じ五組にクラス分けされ、席も前後ろになったから話す機会があって当然 なのに、これまでほとんど口を利かないで済んでいる。 女子と男子の間にある壁なんてものではない。相羽達男子とも弾んだ会話は ごく少ないようだ。もちろん、女子に比べれば口数は増えているものの、必要 最小限の応対しかこなさない。感情の起伏に乏しいのが拍車を掛ける。 (落ち着かないのよね。みんなでお喋りしてるときなんか、迷惑になるんじゃ ないかって申し訳なくなる。無口だから聞き難いし) 他の友達は純子ほど気に掛けてないらしく、唐沢や清水、長瀬らの男子に至 っては「あいつなら大丈夫、大丈夫。ああいう性格だから」と取り合わない。 「相羽君はどう見てるの?」 富井に問われて、ノートから顔を上げた相羽。数学の宿題について教えを請 われ、取り組んでいたところだ。 「坂祝のこと?」 話題はちゃんと耳に届いていたらしい。それでいてノートも数行黒く埋まり、 宿題の正解例は着実に進んでいる。どういう集中力をしているのやら。 相羽はシャープペンシルの芯を引っ込ませた。 「一緒のクラスになってまだ短いから、どんな奴なのかは言い切れないよ。口 数が少ないのだって、一月に転校してきて、三月までに学校に馴染めたとして もさ、学年上がってもうクラス替えになったわけだから、ね」 相羽は微笑みさえたたえ、とうとうと答えていく。 「ひょっとしたらお喋りな奴かもしれないし、料理が得意かもしれない。学校 の中と外では全然違うことだって、ないとは言えないでしょ」 結局、当たり前の話に終始していただけかもしれない。けれども、相羽の物 腰には説得力が漂っていた。それはきっと、彼自身が転校を何度も経験してい るからだ。 「男子の間で浮いてない?」 「あ、それはない。こっちが話し掛けたら坂祝も間違いなく応えるし、チーム プレーだって。そうそう、校庭で遊んでるときにボールが体育倉庫の屋根―― 雨樋に引っかかったことあってさ。僕らが強引によじ登ろうとする前に、坂祝 は黙って竹ぼうき持って来たよ」 「ふーん? じゃ、いい人なんじゃない」 富井が両手を合わせながら言った。いささか短絡的な反応だが……。 「一回ぐらい、話してみてもいいかな。で、よかったら相羽君や唐沢君達とも 一緒に遊びに」 「だから話すのが難しいんだってば。遊びに誘うのなんて、至難の業」 井口が言い立てると、富井はしゅんとなった。 と、ちょうどいいタイミングで相羽が話題を換えてきた。 「そう言えば前、唐沢が遊びに行こうって言ってたんだ。危ない、忘れてた」 「わあい! いつ頃?」 ころころ表情を変える富井は復活も早い。 「ゴールデンウィークに入るぐらいじゃないかな。詳しくは聞いてない。みん なの都合次第でしょ、普段の通り」 「全部空けとくからねっ」 「私は家族旅行があるだろうから、まだ何とも言えない」 天気予報でたとえるなら富井は快晴マーク、井口は曇り後晴れるかな?って ところ。 「うちは問題なし。放任主義とゆーか、割に自由を認めてくれてるから。二日 ぐらい前までに決まれば何とかなるわよ」 町田は超然と答えた。唐沢に主導権を握られるのは気に入らないが、皆との 付き合いを大事にしなければ。そんな板挟みの感情を押し隠している風に見え なくもない。 「涼原さんは?」 相羽は数学の問題を進めながら、声だけで尋ねてきた。 純子は静かにうなずき間を取った。やっと喋り出すが、答えにくくて最後ま で黙っていただけに、歯切れ悪い。 「どうなるかなぁ……。色々予定があって、見通し立たないの」 「やっぱり、モデルとかタレントで?」 「うん……全部が全部、仕事というわけじゃなくて、色々な練習をしないとい けないから」 「純ちゃん、今度サインしてね」 ――つづく
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