長編 #4675の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
8 仮の宿にしているミリュドフの館に戻る途中、ティクラムが不機嫌そうに問い かけた。 「ねえ、本当に戦いになると思っているの?いえ、つまりね。あんたは傍迷惑で 血に飢えた乱暴者だけど、少なくとも気が狂っているようには見えない。それを 基準にするなら、あんたの世界がそれほど気が狂っているわけはないでしょう? 別の世界につながる道を切り開くぐらいなんだから。だったら、なんでわざわざ 戦争を望む理由があるの?未開拓の土地はいっぱいあるんだし、移民したいなら 勝手にすればいいと思うんだけど」 乱暴者うんぬんは、とりあえず無視することにして、リエはティクラムの顔を 見ながら答えた。 「そうね。まあ、普通の状況ならね。でも、私の故郷は、何十億という人間を住 まわせる土地を求めているのよ。それも早急にね。のんびり開拓をしている暇は ないんじゃないかしら」 「何十億、ね」ティクラムは深々とため息をついた。「ネイガーベンの人口がお よそ6万人。たとえ、住民を皆殺しにしたって、億単位の人間を詰め込むことは できないわ」 「とは、限らないのよ。地球には、ネイガーベンで一番高い塔を遙かに越える建 物がたくさんあって、それぞれに何百人もの人間が住んでいるわ。ネイガーベン の建物を一掃して、その後に高層住宅を持ち込めば数千万人ぐらいは入るわね」 「冗談じゃないわよ。そんなことをされてたまるもんですか」 「私もそこまでやるとは思ってないけどね。たぶん、ネイガーベンを占領して、 周辺開拓のための基地にするっていうのが、一番ありそうだと思うわ」 「外交とか交渉とか、そういう言葉はないの?あんたの世界には」 「あるけど、大きな力を持っている者が、わざわざ時間のかかる別の方法を取る とは思えないってことよ。使節を送ってくるとしても形だけじゃないかしらね」 「時間稼ぎ?」 「あるいはこっちを油断させておいて急襲するとかね」 「あんた、少しは楽観的な視点というものを持ち合わせていないの?」ティクラ ムは呆れたほうに首を振った。「あんたの故郷って、泥棒と人殺しばかりいるわ け?」 「そうじゃないけど、善人だって命がかかってれば、罪を犯すことがあるでしょ う」 少なくとも心から戦争を願っている者は、地球にもいないはずだった。統合戦 争の際、利益を上げるために故意に戦線の拡大を計った軍需産業は、戦争終結後 完全に解体された。統合政府樹立後、頻発していた局地紛争も、現在ではテロに 形を変えており、テロ・ネットワークは自前の兵器システムを有しているため、 軍需産業や兵器業者は次々に転職を迫られている。統合政府基本憲法に明記され ている通り、テロリストに兵器を供給した個人または団体は極刑にて罰せられる ので、あえてシンジケートに武器を販売しようとする業者は皆無である。兵器の 生産ライセンスは全て統合政府が保有しており、年間の生産量も厳しく限定され ているから、アンストゥル・セヴァルティと戦争を行うことによって利益を得ら れる企業は存在しない。 地球が致死性の汚染物質に覆われていなければ、統合政府はとっくの昔にアン ストゥル・セヴァルティと国交を樹立していただろうし、軍隊を送り込むという 行為そのものが、市民によって強い批判を浴びたに違いない。情報ネットワーク の整備によって、あらゆる市民が一定の知的水準を保つようになり、戦争の愚か しさを知るに至ったのだから。 レヴュー9が発見されたとき、統合政府は本格的な接触を、最低6年間延期す ることを発表した。地球の進んだ文明をアンストゥル・セヴァルティに持ち込ん だ場合の影響を考慮する、というのがその理由だった。だが、リエには真の理由 がわかっている。アンストゥル・セヴァルティ侵攻のための準備を整えるために、 数年以上の時間が必要だったのだ。文化や地理や魔法を研究するための時間が。 明らかに戦争となることを前提とした研究である。 たとえ人類の絶滅を回避するためであっても、他の世界を侵略するということ に、大多数の市民は抵抗を感じるだろう。だが、人類の歴史上、大多数の意識が そのまま行動に直結したことは驚くほど少ない。たとえばADの時代、地球上に は数億個の対人地雷が埋められており、20分に一人がその犠牲になっていた。 悲惨な被害者や、命がけで撤去作業に従事する人々の姿が、主に民間団体によっ て世界中に公開され、怒りや同情の声があがったが、その一方で平和主義を憲法 に謳っている国家が100万個の対人地雷を保有していたのだ。幸い、世界条約 によってそれらの地雷は使用されることなく廃棄されたのだが、有事には確実に 使用されたものと思われる。その場合、反対する市民の声は、国家防衛という大 義名分によって無視されただろう。 アンストゥル・セヴァルティ侵攻が開始されれば、その事実を地球の市民に隠 しておくなど不可能だ。当然、市民の間からは批判があがるだろうが、人類の存 続のためだと説明されれば勢いは弱まる。地球の人類が滅び去っても、レヴュー 9の平和を守るべきだと考えられる人間は少ないだろう。 なりゆき上、リエは統合軍の侵攻を妨げねばならない立場にある。だが、その ために地球人類の存亡を危うくしている、と考えると、さすがに迷いが生じる。 共存への道を必死で探っているが、答えはまだ見つかっていないし、永遠に見つ からないかもしれない。 3人が歩いているのは、両脇に屋台が並ぶ一角だった。さすがに人通りは少な くなってはいるものの、商魂たくましい商人たちが店じまいを考える時間ではな い。ネイガーベンでは、朝まで飲んで騒いでいても、他人に迷惑をかけない限り は誰も咎めようとしない。 最初に気付いたのはトートだった。 「リエ」 トートは落ち着いた声で呼びかけた。その手には、いつのまにか細身のナイフ が握られている。 「なに?」 「誰か近づいてくるぞ」 リエとティクラムの顔に緊張が走った。 3人の左から、目立たないモスグリーンのマントに身を包んだ集団が、さりげ ない足取りで近づいてくるのがわかった。ティクラムは剣の柄に手をかけ、リエ は隠し持っていた野戦ナイフを握った。ガーディアック偵察のとき、接触した統 合軍兵士から奪ったものである。バーシュとの試合のときは、ティクラムが預か っていた。 マントの集団は、リエたちと並んで歩きはじめた。先頭の男は、他に誰も注意 を向けていないことを確かめるように、周囲を何度も見回した後、リエの顔をま っすぐ見つめて口を開いた。 「リエ・ナガセ中尉だね?」 その言葉を耳にしたリエは、思わず立ち止まった。以前の階級で呼ばれたから ではなく、相手が話している言葉が、アメリングリッシュであることに気付いた からである。 「誰なの?」 リエは、いつでも後方に飛び離れることができる態勢を整えて訊いた。統合軍 がリエを生きたまま確保することを断念して、暗殺という手段を強行することは 充分に考えられることだった。 「私はウォン・カイテル」男は静かだが、重みのある口調で名乗った。「統合政 府を代表して、ネイガーベン都市評議会と交渉する権限を与えられている。取り 次ぎを頼みたい」 同時に男は、かぶっていたフードをずらして素顔を見せた。豊かな金髪が目を 射る。金髪はアンストゥル・セヴァルティでは珍しい。 「ウォン・カイテル?」リエは驚きに目を見開いた。「ラッキー・カイテル?」 男は満足そうに頷いた。 ウォン・カイテルは、リエがよく知っている男だった。地球のシティのどれか で生活していれば、まず間違いなく知らない者はいないだろう。唯一の統合政府 提供のニュース・メディア局IBCのトップキャスターである。親しみのある笑 顔と、人を惹きつける口調で絶大の人気を誇っている。「ラッキー」という言葉 が口癖なので、「ラッキー・カイテル」とか、「ウォン・ザ・ラッキーマン」の ニックネームで親しまれている。 「ど、どうして、あなたがこんなところに?ミスター・カイテル」 「ウォンと呼んでくれたまえ」カイテルは照れた様子も見せず、穏やかな微笑み を浮かべた。「臨時外交官の地位を与えられてね。地球とレヴュー9との間に、 平和を確立すべくここまでやってきたのだ」 「特使、というわけですか?」 「そのとおりだ。統合政府は戦いを望んでいるわけではない。地球人類が速やか に移住することこそが急務なのだよ。君も知っているはずだね」 「ええ、まあ、知っていますが……」 「君のことも聞いている」カイテルは優しくリエを見た。「かなり大変な経験を したようだが、君さえよければ統合軍に復帰することも許されるよ。君が最後に 従事した作戦は非合法なものだったから、戦場逃走罪や反逆罪に問われることは ない。不幸な行き違いから逃走する羽目になったが、その過ちは幸いにも修正可 能なのだよ。私の名前にかけて保証する」 リエの心は確かに一瞬ぐらついた。もし、統合政府が真に戦争を、より端的に 言うなら侵略を望んでいないのであれば、リエが逃亡している意味もなくなる。 リエが強力無比な魔法の力を持つことになったのは、将来想定されうるアンシア ンとの戦争における魔法的な不利を打開するためなのだから。 もっともたとえ地球へ帰還が許されたとしても、リエはアンストゥル・セヴァ ルティから、トートやパウレンやカダロルから離れるつもりはなかったが。 「ご厚意はありがたく思います。でもラッキー・カイテルの言葉を疑うわけでは ないんですが、あたしはこの世界に居場所を見つけています……いえ、見つけよ うとしているところですので」 「もちろん無理強いするつもりはないよ、ナガセ中尉」カイテルはにっこり笑っ た。「ただ、君が帰ることができる場所が、少なくとも一つはあることを憶えて おいてほしいね。これはとってもラッキーなことだよ」 「ありがとう」リエはくすりと笑った。 言葉がわからないトートとティクラムは、怪訝そうにリエとカイテルの顔を交 互に眺めている。それに気付いたリエは、慌てて二人を紹介した。 「こっちがトート。あたしの最初の友達です。こっちはネイガーベンの魔法監視 官ティクラム。トート、ティクラム、こちらは……」 カイテルは手を上げてリエの言葉を遮った。 トートのような魔法的生物を目の当たりにしたのは初めてだったらしく、カイ テルは少し驚いたような表情でトートを見つめたが、リエが秘かに懸念したよう に、蔑みの色は全く見られなかった。 「はじめまして、トート君」カイテルはアメリングリッシュではなく、この大陸 で標準的に使われているクーブ語で挨拶した。「ティクラムさん、お目にかかれ て光栄です。私はウォン・カイテルという者です。リエと同じ世界から平和を求 めてやってきたのです」 トートもティクラムも、驚きのあまり開いた口を閉じることも忘れて、カイテ ルを見ていた。 きちんと予習をやってきたらしい。リエは感心した。クーブ語ライブラリを記 憶として定義することぐらい1時間もかからないが、アメリングリッシュと同様 に使いこなすには、やはり何日かレッスンを受けなければならない。 ようやく衝撃から回復したトートたちが、それぞれ職業と名前を名乗るのを聞 きながら、リエはカイテルの後ろに立っている男女に目を向けた。カイテルの護 衛、または随行員らしい。先頭の男は明らかに軍人であるらしく、油断なく周囲 に目を配っているが、直立不動の姿勢を崩そうとしない。 その後ろで、やや怯えた表情を浮かべている若い女性は秘書か何かなのだろう。 興味深く成り行きを見守っている男が二人いて、一人はプロの外交官であるらし く、カイテルの言葉に耳を傾け、一言ひとことを吟味するように頷いていた。 もう一人は、ぼんやりと焦点の定まらないような視線をあちこちにさまよわせ、 しきりに口の中で何かを呟き続けていた。おそらく脳の一部がナノ−バイオ製メ モリー素子で構成されていてカイテルの行動を記録しているのだ。このように職 業的に特化した能力をアドオンした者は、メンタートと呼ばれている。 残りの6人は護衛兵であるらしかった。ただし、要人警護専用の訓練を受けて いるわけではなく、特殊部隊の一個小隊というわけでもないようだ。きょろきょ ろと珍しそうに周囲を見回しながら、ひそひそと私語を交わしている。マントに 隠れているため武装しているかどうかはわからないが、仮にリエがその気になれ ば、一人でも楽々制圧できるだろう。 先頭の軍人は、リエの視線に気付くと、興味の色をたたえて見つめ返してきた。 年齢はリエと同じか少し上ぐらいだろう。 「おお、そうだ」カイテルが思い出したように言った。「そこにいるのは、私の 同僚たちだ。彼はジョシュア・カーペンターズ中尉。護衛部隊の指揮官だよ。移 民局情報4課所属だ。そちらは私の秘書のフローレンス・フォアブッシュ君だ。 その後ろは移民局対外交渉部特別外交補佐官のアムスドルフ君。何かと未熟な私 を支えてくれている。隣でぶつぶつ言っているのは、メンタートのビル君だ。こ の和平交渉は歴史に太文字で記されることになるからね。その他の兵士諸君は、 護衛部隊だ。歴史に立ち会える非常にラッキーな兵隊さんたちだよ」 リエは随行員たちを見た。メンタートのビル以外は、それぞれの表情でリエた ちに笑顔を見せた。 「では、ナガセ中尉。都市評議会へ案内を願えるかな?」
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