長編 #4668の修正
★タイトルと名前
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1 マシャ暦ドゥード15日。 まるで大きな混乱の予兆であるかのように、空には黒雲が厚く垂れ込め、稲妻 が低い唸り声と共にうごめいていた。 魔法使い協会、白の塔の魔法使いキキューロは、自らが属するキャビーンの長 への報告のため廊下を歩いていたが、空を見て眉をひそめた。マシャ島の付近の 海と空には、絶え間なく更新される呪いがかけられており、雨の必要があるとき 以外は好天になっているはずだった。 今頃、気象担当の魔法使いは青くなっているにちがいない。そう思うと、キキ ューロは不敵に笑った。キキューロにしてみれば、たかが空模様のひとつ、とな るのだが、アンストゥル・セヴァルティ全土を支配する魔法使い協会としては、 どんな些細なことでも、その権威に傷をつけることを好まない。ましてや、天候 の制御という大技を、数百年の間、途切れることなくかけ続けてきたのは、協会 の絶対的な力を誇示する意味合いも小さくはないから、伝統を重んじる魔法使い たちにしてみれば大問題である。 いずれ、そのような下らない伝統芸に頼ることなく、純粋に力だけの協会に変 えてやる、とキキューロは秘かに考えており、それは単なる野望を越えて、生き る目的そのものとなっている。だが彼が真に属している灰色魔法の強大な力をも ってしても、魔法使い協会全てを敵にまわすのは、まだまだ手に余る。実のとこ ろ、機会を窺う段階にも達してはいない。 キキューロは、必要と思われる手は全て打っており、そのための労を惜しむこ とはなかった。現在、ネイガーベンに潜伏中のリエ・ナガセを手中に収めること も、その中の一つである。 キャビーン長シバゴニシャの部屋の前に立つと、キキューロは唇に浮かんでい た笑いを消し、マントの襟章を直してから、生真面目な声で言った。 「キャビーン官キキューロです」 「入れ」 言葉と同時にドアが開いた。キキューロは狭いが居心地よく整った室内に足を 踏み入れた。 シバゴニシャは窓際に立って、外を眺めていた。見かけは人の好さそうな白髪 の老人だが、任務の遂行にあたっては妥協を許さない魔法使いだった。去るギュ ード(2月)に発生した、ガーディアック事件を調査するキャビーンの責任者で ある。 「今月の気象担当は、赤の塔のモーケンだ」シバゴニシャは振り向かないままで 呟くように言った。「もう20年も空に命令を与え続けた男だが、今日はかなり 苦労しているようだ。ギュードのガーディアック事件以来、一定の周期でこうな る」 「来月は白の塔の当番ですな」キキューロは答えた。 「担当を一人ではなく、二人にするよう長老に進言すべきかもしれんな。もっと も、ガーディアック・キャビーンの無能をさらすようなものだが。それでガーデ ィアックの様子はどうだ?」 「例の別の世界からの軍隊らしき一団が、ガーディアックを占拠しています。そ の数はおよそ2000人足らずでしょうか」 「早々にガーディアックから引き上げて正解だったな。だが、2000人か。ネ イガーベンを攻撃するにしては数が少ないな。ネイガーベンが召集している傭兵 は何人ぐらいになったのだ?」 「最新の報告によれば、その10倍を越えているそうです」 「ふむ。ネイガーベンに関する情報を持っていないのか、その防衛能力を過小評 価しているのか。まあよい。動きは?」 「監視班が引き続きガーディアックを監視しておりますが、さきほど念話での連 絡によれば、動きはほとんど見られないとのことです。少人数で周辺の哨戒を行 いつつ、ガーディアックに次々と建物を建造しており、すでに元の村の面影はほ とんど残されていません」 「その者たちの意図は、どこにあるのだ?」シバコニシャは呟いた。「侵略か? 平和的共存か?」 「それはまだわかりませんが。魔法の力を持つ者は数名で、その者たちも見習い 魔法使いに劣る力しか感じられぬ、とのこと。侵略の意図を持っていたとしても 恐るに足りますまい」 「ガーディアックを一夜にして壊滅させた理由さえわかっておらぬ。その上、あ の夜、アンストゥル・セヴァルティ全土を揺るがした、未知の魔法の力を持つ黒 髪の魔女の存在を忘れてはいかん。貴官の報告を信じるならば、恐るべき灰色魔 法使いだ」 「最後に確認されたのはネイガーベンですが、それ以後、魔法を使った形跡があ りません。波紋すら感知させないとは、驚くべきことです」 「前回の報告の中で貴官は、その女の魔法は人為的に作り出されたものだと言っ ておったな」シバゴニシャはようやく窓に背を向けて、キキューロを見た。「そ れが事実であるなら、かの世界には、そのような強力な魔法使いを作り出す技術 があるということになる」 「単なる仮定に過ぎません。同僚の多くは懐疑的ですな」キキューロは控えめに 笑った。「他のキャビーン官も真偽を疑っておりますし」 「その真偽は問題ではない。そのリエという名の魔女が、他に類を見ないほど強 力な魔力を持ったまま、協会の監視下から離れているのが問題なのだ。ネイガー ベン都市評議会の馬鹿者どもを見るがいい。かの魔女を庇護下におき、協会から の引き渡し要請を無視したにとどまらず、盟約の破棄を宣言しおった」 「あれには驚きましたな。あの商人たちに、そんな度胸があったとは予想だにし ていませんでした」 「その度胸をつけたのが、かの魔女の存在なのだ。このまま放置しておけば、協 会の権威は揺らぎ、ネイガーベンに追随する国や都市が出てくるようになる。そ れを防ぐためにも、魔女リエを捕らえねばならない」 「ですが、ネイガーベンから協会の魔法使いが退去させられ、新たな立ち入りが 厳重に制限されている今、それは容易ではありません。強行すれば、ネイガーベ ンと正面から戦うきっかけにもなりかねません」 シバゴニシャは苛立たしそうに手を振った。明らかにキャビーン長は、とっく にその未来を思い浮かべていたのだ。 「もちろん、そんなことはできん。協会の力を持ってすれば、ネイガーベンの抵 抗など、草を刈るように排除できるだろうが」 その理由は省略されたが、キキューロにはわかっていた。魔法使い協会のみな らず、世界中の誰でも知っていることだ。クーベス大陸の経済と流通の要である ネイガーベンが失われれば、大陸のみならずアンストゥル・セヴァルティ全土に、 取り返しのつかない混乱状態が惹起されることが、容易に想像できるからである。 たとえば食料にしても、どんな僻地にある小さな村でも、一定の生活水準を維 持できているのは、ネイガーベン都市評議会によって、綿密に計画された商隊が 定期的に訪れ、農地からの収穫物を買い取り、衣服、農機具、ランプ、医薬品と いった生活必需品を売っているからである。その交易がなくなれば、都市部では 食料の値段が高騰して大量の餓死者が出る。飢えた市民が農村部になだれ込み、 必然的に戦いとなるだろう。魔法使い協会の権威など、飢えた人々にとっては霞 ほどの意味しかなくなってしまう。まして、その原因が協会にあるとなれば、こ れまでは不満や不平でしかなかったものが、一気に怒りと憎悪に変貌するかもし れない。 魔法使い協会は、何年にもわたって、協会主導の経済・流通機構を作り上げよ うとしていたが、ネイガーベンの妨害もあって成功していなかった。 「まあ、よい」ぞっとするような想像を吹き払うように、シバゴニシャは頭を振 った。「ガーディアックの軍隊の方だが、もし侵略が目的だとすると、最初に狙 うのはネイガーベンとなるだろうな」 「それは、まず間違いないと思われます」 「お前はどうすればよいと思う?」 キキューロは躊躇うことなく答えた。この問いは、すでに予想して、答えを用 意してあった。 「しばらく様子を見るのが最善と思われます。ネイガーベンは、すでに2万を超 える傭兵を召集しています。おそらく魔女リエの警告によるものでしょう。20 00人程度の軍隊に、そうそう遅れを取るとは思いません。純軍事的に言うなら、 ネイガーベンの防衛能力はマシャ島のそれに匹敵します」 その答えはシバゴニシャの考えと一致したようだ。 「ネイガーベン監視・キャビーンの長は、赤の塔のタチェルだ。わしは早速、彼 女と連絡を取ることにする。侵略軍との戦いでネイガーベンの力が弱まれば、協 会の利になる。侵略軍の力によっては、都市評議会が協会に助けを求めざるを得 なくなるだろう」 そのとき、リエはどうするか。魔法使い協会が自分を追っていることは知って いるのだから、ネイガーベンを脱出するだろう。つまり、都市評議会の庇護を外 れることになる。そこを捕らえれば、協会はネイガーベンと事を構えることなく、 リエを確保することができる。それには、ネイガーベンに対する監視を任務とす る赤の塔のキャビーンの協力が必要だった。 「ところで、別件ですがお願いしたき儀がございます」 「何だ」 「実は、ひょんなことから一人の男を拾いまして。自分の下に、見習い魔法使い として置くことをお許し願いたいのです」 「ほう?」シバゴニシャは首をひねった。「貴官は確か、魔導師の資格を有して いたのだったな?」 「いかにも。もっとも、自分は研究を続けて、上級魔導師の資格を得たり、他人 に教えるよりも、外で経験を積むことを希望し、いろいろなキャビーンの任務に 就いてきましたが」 「それが突然、見習いを持ちたいとは、どうした心境の変化かな?」 「出自は不明ですが、見所のありそうな青年でありますれば」キキューロは軽く 笑った。「大勢のできそこないを教えるのはごめんですが、一人の有望なやつを 指導することには興味がある、といったところでしょうか」 シバゴニシャはキキューロの笑いに同調しなかった。少しの間、何かを考えて いたが、やがて頷いた。 「よかろう。前例のないことでもないし、反対する理由はない。許可しよう。た だし、任務の妨げになるようなことのないようにな」 「わかりました。ありがとうございます」 「他に何かあるかね?」 「報告は以上です」 「よろしい。では、任務に戻りたまえ。わしは長老会に報告した後、タチェルに 会う。ガーディアックで何か動きがあれば、昼夜を問わず報告するのだ」 「わかっております。それでは、失礼します」 キキューロが印を切り、シバゴニシャが印を返したとき、窓の外で、大地が割 れたような凄まじい音が轟いた。マシャ島のどこかに落雷したのだろう。 二人の魔法使いは、思わず顔を見合わせた。キキューロはシバゴニシャの顔に 不安が刻まれているのを見た。魔法使い協会の版図であるマシャ島を、稲妻が叩 いたことなど、現在生きているどの魔法使いの記憶にもないはずだった。 キキューロが何を口にすべきか考えていると、控えめにドアがノックされた。 「シバゴニシャ様、ご伝言をお持ちしました」 キャビーン長が頷くのをみて、キキューロはドアを開けた。見習い魔法使いの マントをつけた少年が、一通の封書をうやうやしく差し出した。 ちらりとその封書を見たキキューロは、思わず眉をひそめた。しみ一つない真 っ白な封書には、白の塔の逆三角形の紋章の封印が施されていた。この封印を使 うのは、白の塔の長ただ一人である。 封書を受け取ったシバゴニシャは、見習い魔法使いが退室するのを待ち、続い てキキューロが退室しようとするのを制止した。 「少し待て」 シバゴニシャは封書を顔に近づけると、囁くように呪文を唱えた。封印がかす かな光とともに消滅し、1枚の書類が現れる。素早く目を通したシバゴニシャは、 一語の呪文でそれをかき消した。そして、好奇心を隠そうと努力しているキキュ ーロを複雑な表情を見た。 「呼び出しだ」 「塔の長からですか?」 それ以外にはあり得なかったが、キキューロは意外感を禁じ得なかった。長老 会を飛び越えて、塔の長が直接キャビーン長を呼び出すなど、異例のことである。 キキューロの予想に反して、シバゴニシャは首を横に振った。 「少し違う」 「といいますと?」 「3つの塔の長からの呼び出しなのだ」 さすがにキキューロは仰天した。 「三塔統括会議ですか?」 「そうだ。ガーディアック事件について、問い質したいことがあるとのことだ」 「いつです?」 「即時だ。キャビーン官一名の同行が許可されておる。一緒に行ってもらいたい」 「私がですか」キキューロは戸惑った。 「そうだ。長からの質問には私が答えるが、細かな部分で貴官に捕捉してもらう かもしれない。行くぞ。長たちを待たせるわけにはいかん」 そう言うと、シバゴニシャはさっさとドアを開けて歩き出した。キキューロが 選択できる行動は、その後に続くことしかなかった。 一介のキャビーン官が、どれか一つの塔の長と顔を合わせることですら、ごく 稀なことである。ましてや、全ての塔の長に拝謁することなど前例のないことだ った。これを幸運と見るべきなのか、不幸の始まりと見るべきなのか、キキュー ロには見当もつかなかった。
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