長編 #4654の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
たそがれの町に降りたった。午後四時。見知らぬ町だった。内ポケットの手 紙を取り出して確認する。 Y市中央林間。 観光ポスターに並んで表示された地名は確かに手もとの手紙と一致した。 「よしっ」 国重一郎は気合いを入れると改札口を目指した。右手には小振りの旅行バッ グを下げている。東京への出張の途中、少し遠回りをしていた。出張は一泊二 日の予定。港区のホテルに今日中にチェックインすればよい。小田原で新幹線 から新宿行きの私鉄に乗り換えて、さらに途中でもう一度、路線を替えた。 そうまでしてやってきたのにはわけがある。 一カ月ほど前、大阪に住む国重のもとへ一通の手紙が届いた。それは知人か らの転居を知らせるもので内容に格別な意味は見当たらなかった。しかし、差 出人の名前が国重の胸に動揺をもたらした。 (手紙本文) たいへん、ご無沙汰しております。いつも、ご心配ばかりおか けして申しわけありません。さて、私、転居いたしました。近 くにお越しの節はぜひお寄りください。それではご家族のみな さまにもよろしくお伝えくださいませ。失礼いたします。 xx年十月二二日 沢口弓絵 転居先:神奈川県Y市中央林間xxx 電話番号:0462-xx-xxxx 沢口弓絵。それは国重がこの十年間、心の奥底に埋没させてしまっていた甘 酸っぱい感情をよみがえらせる名前だった。 弓絵は国重が高校一年のときに同じクラスに編入してきた。 アメリカから帰国してきた英語がペラペラの弓絵は、いわゆる帰国子女だっ た。美少女で物おじせずはきはきと言う弓絵に、国重はひそかに心を引かれた。 ただそれは国重の一方的な片思いで、それほど親密になったというわけではな かった。放課後、バスケットボールに熱中していた国重を、ときどき物珍しげ に弓絵が眺めていることがあったくらいだった。 国重の淡い恋はあっけなく終わりを迎えることとなった。 編入から三カ月も経たないうちに、親の都合から弓絵はまた転校ということ になったのだ。 国重は焦った。自分の気持ちを伝えたいと思った。 弓絵が出発する日、国重は居ても立ってもいられなくて、とうとう駅へと駆 け付けた。駅前で弓絵は見送りの女友達に囲まれていた。列車の時刻になり、 弓絵が改札に向かうまで、国重はなにも言葉を交せずにいた。弓絵の両親がめ いめいに頭を下げて、見送る側も手を振りはじめたころ。 「おい、このままでいいのか」 クラス委員の美川文香だった。男のような乱暴な言葉使いをするが、編入生 の弓絵をさりげなくかばったりして、クラスの中では人望があった。文香に押 し出されるようにして国重は改札口へと進んだ。弓絵が待っていた。にこにこ していた顔が国重を見て急に泣き顔になった。 「あたし、国重くんのこと、けっこう好きだったんだけどな」 どう応えてよいか適当な言葉が見つからず、国重はどぎまぎした。 「バイバイ」 弓絵が泣き笑いのような顔で手を振った。 何か言わなければ、と焦れば焦るほど国重の頭は真っ白になり、結局、何も 言えず改札口に立ちつくしていた。 「手紙、くれよ」 発車のアナウンスにせかされるようにして、ようやく口をついたのはそれだ けだった。大きくうなずいて弓絵は列車の中へと消えていった。弓絵の潤んだ 瞳が国重にいつまでも残っていた。 それが国重の初恋だったのだと思う。 しかし、期待していた弓絵からの手紙は一度もこなかった。 後で聞いた話では、しばらくして弓絵は両親と共にヨーロッパへ渡っていっ たらしかった。 自動改札機を通り過ぎると小さな駅前広場だった。左手にパチンコ店のネオ ンサインが毒々しい。正面にはちいさな商店が軒を連ねており、その一角に交 番もあった。 交番の中にいた初老の警察官は親切だった。尋ねた住所は駅から歩いて五分 もしないところだという。 礼を言って、国重は踏切を渡り病院の角を折れた。 なぜ沢口弓絵を尋ねてみる気になったのかは国重自身もよく分からなかった。 弓絵から久しぶりに手紙が来たこと。たまたまその住所が予定していた東京出 張の途中で寄れそうだったこと。そして弓絵に対するほのかな思い出。そんな ことが妙に国重の背を押した。 そしてもうひとつ。 弓絵の姓が変わっていなかったこと。つまり、独身らしいということ。それ が国重の気持ちを軽くしていた。もし、姓が変わっていたらやはり、わざわざ 会おうという気にはなったかどうかはあやしい。 そういう自分の心の動きに少々の恥ずかしさもあり、国重はあらかじめ電話 を入れることをしなかった。あくまでも「近くまできたのでちょっと顔を出し た」という感じを保つつもりだった。実際そのとおりだったし、大阪から電話 をして「寄ります」なんていうと、弓絵がどう思うか不安だった。 転居の挨拶文には「近くにお越しの節はぜひお寄りください。」と書いては あるが、それは決まり文句の社交辞令みたいなもので、真に受けてはいけない 事ぐらいは分かっていた。 教えられたとおりのところに、三階建ての焦げ茶色のマンションがあった。 電柱に打ち付けられた住居表示は手紙のものと一致した。 ここに弓絵は住んでいるのか。そう思うと国重は落ち着かない気分になった。 都心に近いわりには静かな住宅街だった。マンションもコンクリート壁に吹 き付け塗装の一般的なタイプで、玄関も簡単なシルバーのアーチがあるだけだ った。 玄関脇の管理人室は空だった。郵便受けに沢口の名前を確認してから、階段 を上る。 弓絵の部屋は二階の202だった。 チャイムを押す。しばらく待ったが返事はなかった。もう一度、チャイムを 押す。 「はい。どちら様ですか」 低い女の声が返ってきた。記憶にある弓絵の声ではなかった。 「こんにちは。国重と申します。沢口弓絵さんのおたくでしょうか」 ちょっとした間があってからドアが開いた。痩せた女が警戒するような目で 国重を見ている。 「あの、高校の時、同級だった国重一郎といいますが、弓絵さんはいらっしゃ いますか」 女が一向に口を開かないので国重は質問を重ねた。 「弓絵はわたしですが」 痩せた女は意外なことを言った。この女が沢口弓絵? 驚きが国重の顔に浮 かんだのだろう。女がさらに続けた。 「失礼ですけれど、人違いではありませんか?」 言われなくても人違いのようだった。国重の覚えている沢口弓絵とは全く違 う人物だった。顔かたち、目の感じ、話し方。すべてが記憶に一致しない。 「こちらはxxxですよね」 念のために住所を確認する。確かにそうだと女はうなずいた。 「おいどうした」奥から男の神経質そうな声がした。 「いえ、あなた、なんでもありません。人違いのようですから」 女は国重の目を見たまま、大きな声で返事する。どうやら国重は退散せねば ならないようだった。 「いや、本当に失礼しました。おっしゃるとおり、どうやら人違いのようで す」 国重は頭を下げて引き下がった。 階段をおりてから、国重はマンションを振り返った。さっきの女がまだドア を開いたまま、国重を見送っていた。国重はあわてて小さく会釈をした。 いったいどうなっているんだ。国重の頭は混乱した。 「おかしな話ですねえ」 国重の話をひととおり聞き終えるとスナック「シンシア」のママ、卯月照美 は細い首をかしげた。国重の小さなグラスにビールをつぎたす。 そのまま東京に向かうつもりで中央林間駅まで戻った国重だったが、どうに も頭の整理がつかず、駅前のスナックに立ち寄っていた。ビールでも飲まない と落ち着かない気分だった。 「まったく、狐につままれた気分だよ」 国重はグラスのビールを飲み干してから、ため息をついた。久しぶりの手紙 で知らされた転居先。そこを尋ねてみたら見知らぬ他人がいた。しかも彼女は 尋ねた相手と同姓同名。こんな不思議な偶然があるのだろうか。 「女性は歳と共に変わりますから、見違えたのでしょう。もう十年も経ってい るということだし」 「うん、その可能性も考えたけどねえ、でも、あれは違うよ。全くの別人だ。 顔も声の感じも似ても似つかないんだ。整形手術したってあれほどには変わら ないと思うよ」 「そうかしら。でも、本人じゃなかったら話がおかしくなりませんか。赤の他 人がわざわざ、あなたのところへ転居の案内を出したりするかしら」 「そうなんだよなあ。でも、僕が名乗っても全然反応しなかった。まるで僕を 知らないんだ」 「すっかり忘れられていたってこともあるかもしれませんよ」 「ずいぶん冷たいことを言ってくれるねえ。だけど、僕の知ってる本人なら覚 えてくれてると思うけどな」 と言ったものの、高校1年のとき、わずか三カ月ばかり同じクラスにいただ けなのだ。忘れていても文句は言えない。しかし十年前、弓絵が別れ際に国重 に告げた言葉が冗談ではなかったなら、国重が名乗ったら思い出してくれたっ ていいだろう。しかも転居案内をくれているのだ。 「その転居案内、ここに持ってらっしゃるの?」 国重は手紙を照美に渡した。 「あら、ちゃんと封書なのね、しかも手書きで、珍しいわ。普通は転居のお知 らせというとはがきに印刷したものが多いでしょう。それに文字の大きさもみ んな同じに整えてあって、まるで印刷した挨拶文みたい。几帳面な方なのかな、 彼女」 「そうだったかもしれない」 照美が手紙を取り出して読んでいる。 「わざわざ手紙にしたというわりには、平凡な転居案内なのね。しかもたった の四行で、ずいぶん他人行儀。この文字はご本人の筆跡なのかしら?」 「それはどうだか。彼女から手紙をもらうのは初めてなんでね」 「それじゃ、彼女自身が書いたものかどうか、はっきりしないわけね」 「そう。だから誰かのいたずらということもありうる。誰かが沢口弓絵という 女がここに住んでいることを知った。そして僕に知らせようとした」 「なんのために?」 「さあ、それは分からない」 「この手紙を受け取ったあなたは、はるばる大阪からやってきて、この女性の 家を訪ねた。そして同姓同名の他人と出会ってがっかりした。そんなあなたを 見て面白がるために、誰かがいたずらした?」 「いや、それは違うね。僕がここへ寄ったのは、たまたま東京へいく仕事の用 事ができたからなんだ。転居案内だけで、わざわざ会いには来ない」 「そうですよねえ」 照美が考え込んだ。国重は照美にもビールをすすめる。 「ありがと。ちょっと思いついたのだけど、手紙を出した人は、あなたと沢口 弓絵さんとの特別な関係を知っていた、というのはどう」 照美の目がくりくりと動いている。 「ママは結構こういう話が好きそうだね」 国重がそんな照美の目を見て言うと、照美はにっこりと歯をのぞかせて笑っ た 「そうなの。わたしってミステリが大好きでね、推理ものなんかよく読んでる のよ」 (以下続く)
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