長編 #4653の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
納得し難いという風に、相手は首を何度か横に振った。 「私には分からないわ。まだ何かある?」 「あ、いえ、もういいです。でも、またいつか、話を聞かせてもらいたいと思 うんですけど、いいですか?」 口ぶりこそ優しいけれど、雄治は強い調子で言った。 今日、こんなに簡単に話を聞いておいて、次回を断わると不自然になる。そ う考えて、私は、 「いいわよ。でも、なるべくなら、事前に連絡をもらいたいの」 と答え、テーブルにあった紙のナプキンを取り上げた。そしてそれに電話番 号を書いて、佐川雄治に渡す。雄治の行動を把握するためだ。あの事件を探ら れると、気味が悪いものがある。 「あ、どうも。時間取らせて、すみませんでした」 佐川雄治は――あの女の弟は丁寧に頭を下げ、私の前から去って行った。 その目つきは、あの女によく似ていた。嫌だ、気味悪い。 それから何度か、佐川雄治は私のところへ連絡を入れてきたり、目の前に姿 を現したりした。 私にも詳しくは話してくれないのだが、彼はどうやら本気で、ふみえと田原 が死んだ事件を調べ直しているようだ。彼が大学の講義もそこそこに、動き回 っていることだけは分かる。 その証拠に、この間、久しぶりに電話をくれた三木宏実も、佐川雄治の訪問 を受けて驚いたと話をしていた。きっと、他の文芸サークルの連中にも、雄治 は当たっているのだろう。 私にしてみたら、敵の大将――警察を退けたと安心していたら、伏兵登場っ てところかしら。 まあいいわ。恐るに足らずよ。警察が調べても真相の切れ端も掴めなかった のよ。そんな私の計画が、ただの男がたった一人が調べたところで、崩される はずがない。遊びみたいなもの。 念のために相手の動向は掴んでおくつもり。だけど、佐川雄治は、田原の利 き手はどちらだったかとか、ふみえ姉さんは炭酸飲料が駄目だったって知って いましたかとか、どうでもいいようなことばかり聞いてくる。この調子なら、 心配して気に病む必要は全くないようね。 そうよ。ようやく、今のあるべき私を築き上げたんだから。絶対に今の私を 失いはしない。黒沼さんといつまでも一緒にいるためにも……。 7.エピローグ もう一つの許されざる感情 部屋は静かになった。ようやく興奮が去りつつある。 「僕の最愛の人――たとえ、他人に打ち明けることのできない恋愛感情であっ ても――を、あんな目に遭わせるなんて……」 『殺人者』は言った。いささか芝居がかった台詞だったが、聞く者は誰もい ない。 殺人者の足元には、女が横たわっている。血の気の引いた肌からも分かるよ うに、それは生きてはいなかった。誰がどう見ても他殺の判定をするに違いな いと断言できるほど、むごたらしい死に様だった。 「僕は……君だけは許せなかったんだ……」 再び殺人者はつぶやくと、筆ペンを手に取った。 (遺書を書かないと) 殺人者は、これまでの出来事を思い起こしながら、複雑な感情になっていっ た。 ふと気付くと、窓からは朝の光が差し込んでいる。どうでもいいはずなのだ が、何故か明りを消したくなり、殺人者は左手を伸ばした。壁のスイッチを切 る。 その手で片肘をつくと、不思議にもほっとした気分になり、殺人者は安らか に文章を書き始められた。自分は精神的に幼いと思っていたが、意外と冷静で いられる。それは、殺人者にとって、一つの新しい発見だった。と言っても、 もう無意味だが。 <……僕、倉井巽がふみえを殺した……> 殺人者は、そんな書き出しで始めた。 <僕、倉井巽がふみえを殺したことを知って、どうしても許せなかったんだ。 だから、僕は姉さんを殺した奴を殺した。そしてこれから自分も死のうと思う> 殺人者――佐川雄治は、ある種の感動で震えている手でそこまで書くと、ペ ンを手放し、ふっと視線を床に落とした。 そこには倉井巽が転がっていた。彼女はすでに赤く染まり、物言わぬただの 物体と化していた。 彼女を殺したことで、佐川雄治はようやく、無念を晴らせたらしい。殺人と いう大業を犯しておきながら、全く興奮していない。何事もなかったかのよう に、いや、何かいいことでもあったかのように、晴れ晴れとした表情をしてい る。 心の中を、声にして言ってみる。それぐらいの時間はあるだろう。 雄治は姉の写真を引き寄せ、抱きかかえるようにすると、独り言を始めた。 「姉さん、ううん、敢えてふみえと呼ばせてもらうよ。 ふみえ、僕はふみえが好きでたまらなかった。物心ついたときから、僕の一 番近くにいつもいるあなたが気になってしょうがなかったんだ。あなたは優し くしてくれたり怒ってくれたり。僕はふみえのおかげで生きて来られたように 思っている」 ぽつりぽつりと、絞り出すような声が、彼以外の何者もいない部屋の中、う つろに響いている。 「でも、ふみえは僕の気持ちに気付いてくれなかった。僕が出すシグナルは、 弱すぎたのかな。それとも、普段、ふみえが受けている他の男からのシグナル が強すぎて、かき消されちゃった? 短大に入った頃から、家の外の男に積極的に目を向け始めたね。それが普通 なんだってことは分かっている。だけど、ちょっと待ってほしかったよ。僕が 一人前の口をきけるようになるまでぐらいは。 その内、ふみえは男を見つけてしまった。田原義男という奴だ。どうしてあ んな男がいいのだろうと、不思議でならなかったんだよ。親父の会社の関係で、 無理にでも付き合っているのかと思っていたのに、本気になるなんて、どうか してたんだ。いつもは、言い寄る男達を軽くあしらっていたふみえなのに、ら しくないよ。 それからしばらくして、僕は大きなショックに襲われた。言うまでもないか な、ふみえが田原に殺され、その田原も自殺してしまった事件だ。ふみえが死 んだと聞かされたとき、僕は叫びたくてたまらなかった。言わんことじゃない。 あんな男と付き合っていたからだ。強引なやり方でもいいから早く、別れさせ るべきだったって。 でも、僕は少しだけ、疑問に感じたことがあった。ふみえから聞かされてい た田原の評判は、どう受け取っても昔の女の影におびえる性格じゃあないって ね。そこで、僕はふみえの死の確認のためという意味も含めて、調べ始めたん だ。 するとどうだろう。田原はプレイボーイのようだったけど、付き合っている 女性を知ることについては真面目だったみたいじゃないか。じゃあ、どうして 田原はふみえを部屋に招き入れたとき、コーラなんか出したんだろう? ふみ えが炭酸系飲料はだめだってこと、田原の奴が知らなかったはずはないと、僕 は思った。 さらに不自然な点があった。発見されたとき、田原は右手が血塗れだった。 つまり、右手に刃物を持って、刺したことになる。これ、おかしいじゃないか。 私の彼氏は左利きだって、ふみえは言っていたから。そりゃ、プログラミング の才があるんなら、ほとんど両利きのようにこなせるのもいるかもしれない。 だけど、人を殺すような緊迫した状況で、わざわざ右手を使うことはないはず。 作為的じゃないか。 この二つの理由から、ふみえは田原に殺されたのではなく、二人とも第三者 の手で殺されたものと考えたんだ。間違っていないだろう? じゃあ、誰がふみえをこんな目に遭わせたんだ? 僕は少し、視野を広げた。 ふみえだけじゃなく、田原も殺していることから、これは、あの黒沼えり子っ ていう女性と関連した動機が存在するんだって想像してみた。そうなれば、黒 沼さんのことを好きだった男が犯人の候補になる。 早速、黒沼さんの周囲にいた男について、時間をかけて調べてみた。大学一 年目なんて、どうにでもなる時間がたくさんあるから助かったよ。 しかし、出た結果は芳しくなかったんだ。黒沼さんの周りには男が見あたら ない。彼女が大学に入る前も後も、どの時点に渡っても、見当たらなかった。 唯一人いたのが、田原の奴だった。田原が殺したんじゃないことはさっきの分 析で分かっているから、これは矛盾している。 黒沼さんのことを一方的に想っていた男が存在したのだろうか? もしそう であったなら、お手上げだ。僕がいくら調べようとも、まず分かりっこない。 一人で内にこもって、相手のことを想っていたら、他人は誰も気付きはしない だろう。そう、まるで僕が、ふみえのことを常に想っていたのに、ふみえも周 囲の誰も気付かなかったように……。 でも、その可能性は否定したい。何故ならば、真犯人は田原のマンションの 部屋に乗り込んで行き、ふみえを殺しているんだ。 それどころか、もっと重要なことを思い出した。記憶が曖昧なんだけれど、 あの日、ふみえは電話で呼び出され、田原の部屋に向かったんだったね。その 呼び出しは田原自身からの電話のように、ふみえは振舞っていたよ、確か……。 これらから、犯人はきっと、田原の知り合いなんだ。そうに違いないよね。 田原の知り合いならば、僕が調べれば、何とかなる範囲じゃないか。それでも 黒沼さんの相手の男が見つからなかったということは、そんな男は存在してい なかったと結論づけなくちゃならない。 それならば、次に考えられるのは、黒沼さんの家族がやったのでは、という 線だろう。この時点で僕はこれしかないと信じ込み、探りを入れてみたけれど、 またも空振りに終わってしまった。アリバイが成立していたんだ。家族内だけ の証言じゃなく、赤の他人の証言まであったのだから、完璧だ。 いったい誰が、ふみえを殺したんだ? 僕は途方に暮れたよ。そんなとき、 ふっと目に入ったのが、文芸サークルでやっていた犯人当てだった。これ、自 力では解けなくて、解決編を読んで、やられたと思った記憶がある。それをぱ らぱらと読み返しているとき、閃いたんだ。女を好きになるのは男ばかりとは 限らないってね。 それじゃあ、誰が当てはまるんだろう? 範囲が広く、難しかったけれど、 調べた甲斐はあった。それに幸運も味方してくれたんだ。きっと、ふみえが天 から応援してくれたおかげだよ。 真っ先に、手近にいる倉井巽を調べてみたんだ。いつかの学園祭で見たとき も、倉井は黒沼さんと仲よさそうにしていたから、もしかしてと思ったことは 思ったけど、真っ先に彼女に当たったのは、やはり運がよかったんだろう。 倉井は当日のアリバイもなかったし、ふみえが炭酸飲料はだめなことも知ら なかった。田原の利き手は知っていたようだけど、殺人のときは興奮していて 間違えてしまったんじゃないかな。倉井自身は右利きだったから、つい、田原 も右利きのつもりでやってしまったんだ。 僕は何か、証拠がほしかった。必死で考えた挙げ句、一つの可能性に思い当 たったんだ。何だと思う? 倉井は偽の遺書を用意したことになる。それは田 原の部屋でプリントアウトされたと分かっていたけど、ひょっとしたらって考 えた。倉井は自分の家にあるプリンターで、試しに印字してみたんじゃないだ ろうかってね。 倉井巽はまだ一人暮しをしているというから、好都合だったよ。僕は頼み込 んで、倉井の部屋に寄せてもらった。彼女の隙を見て、プリンターのインクリ ボンを抜き取り、次にトイレを借りてそこで確認してみた。そうしたら、あっ たんだよ。田原の部屋にあった遺書と全く同じ文面が、そこには残っていたん だ。 僕は確信し、決意を固めて彼女の部屋を辞去したんだ。あ、プリンターのイ ンクリボンは、また隙を見て元に戻しておいたんだ。二度目はちょっと、やり にくくて冷汗かいてしまった。けれども、何とか気付かれずにすんだらしい。 そして今日だ。僕は倉井を、この間のお返しにと、下宿に招いた。彼女、何 も疑っていなかったみたいだ。殺すのは簡単だったよ。僕はどうなってもよか ったから、変な小細工は必要なかったしね。いや、本当に気分がよかった。ふ みえを殺した憎い奴を、この手で今殺しているんだと思うと、爽快な気持ちに なった。 これでおしまい、さ。倉井が殺人犯だってこと、告発してやってもよかった んだけど、僕がもう殺してしまったから、いいよね。これだけで、僕は満足な んだ。僕の遺書はあれだけでいいと思う。 これからふみえのすぐそばに行くよ。どうやって死のうか、考えたんだけど、 やっぱり、黒沼さんだけには悪いことをしたと、僕は感じている。ふみえはど うだか知らないけど。だから、僕は彼女の苦しみを少しでも分かって死のう。 目の前には山のように睡眠薬の錠剤がある。これを飲み込むには、さぞかし 苦労しそうだ。まあ、このざらざらした錠剤を飲めば、ふみえと会えるんだと 思えば、さほどでもないかな。 それじゃ、待っていてよね、ふみえ」 雄治は姉、ふみえの写真を抱きしめたまま、片方の手で睡眠薬を鷲掴みにす ると、舌の上へと運び、ぱらぱらと落とした。そしてコップの水を口に含み、 一気に流し込んだ。 どうして? どうして私が殺されなくちゃならないの? 佐川雄治が私を殺すのに、確かに動機は存在するかもしれない。姉のふみえ を殺したのが、私なのだから。 でも、それは知りようがないはずなのに。どうやって、この子は知ったんだ ろう? 私、何かミスをやったの? 計画のどこに……。毒から足がついた? 目撃者がいた? それとも、指紋 が残ってしまっていた? それなら警察がとうの昔に気が付いているはず。雄 治が先に真相を知るなんてあり得ない……。 分からない、分からない。教えて、教えて、教えて、教えて……。 ――終
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE