長編 #4650の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
だが……毒に関する書物を読む内に、僕はまたも新たな壁にぶち当たった。 「不安」という名の得体の知れない壁に。 毒物に詳しい人には有名な話なんだそうだが、青酸系の毒物を飲んでも、絶 命するどころか平気なままでいられる人間が存在するとあった。 歴史上有名な人物としては、かの怪僧ラスプーチンがそうだったと言う。歴 史的背景を書いてもしょうがないので省くが、青酸系の毒物を飲まされた彼は、 苦しみさえしなかった。 それは、彼の胃の酸性の度合が低かったためだと言われている。原因の真偽 は定かでない、青酸系毒物が通用しない人間が数少ないながらもいるとなると、 注意が必要だろうか。 だが、こればかりは調べようがない。田原の方を毒殺してやるつもりだが、 あいつの胃がどんな性質なのかなんて、分かるはずがないじゃないか。医者に 診せれば分かるのかもしれないが、病院にあいつを行かせる理由が見つからな い。 ここはもう、天を信じよう。まさか、意地悪くも天の神が、田原の奴を青酸 に対して平気でいられる肉体を与えたなんてこと、ないんだと。 もし、田原が特異体質であったならば、それは僕に運がなかった訳だ。その ときはそのとき。田原の奴も刺し殺してやる覚悟でいよう。 考えてみれば、今日は大学入試のセンター試験の日か。みんな、追い込みと ばかりに頑張ったろうな。自分も、近付いてきた最大の関門を乗り切るべく、 ラストスパートをかけよう! 一月二十九日(土曜日) 色々と分かってきた。 三月二十三日に大学の卒業式が終わってからは、田原とふみえの二人共、ど こにも遠出しないのは確実のようだ。大人しくしてくれて、大変嬉しいよ。 そして、四月一日からは田原はLINEXに入社と同時に研修期間というこ とで、合宿生活に入るらしい。 これらの材料から、当初予定していた三月末日の決行を見直すとする。三月 三十一日というのは、やはり慌ただしすぎると考えたからである。時機的に鑑 みて、二人の内、特に田原の奴に、急な予定が入ることも充分、考えられる。 さりとて、大きく計画を変更するのは無理だ。時間的な余裕も精神的な余裕 もない。予定を一日早めただけの三月三十日に実行する線で、何とか押し通し たいものだ。無論、あいつの家族がマンションを訪ねて来るなんて事態になれ ば、計画はさらに早めなければならないだろう。それを見込んで、なるべく柔 軟性のある計画とせねば。 決行の場所は、田原のマンションとなりそうだ。こちらが願っていた通り、 あいつは今のまま、マンションに入り続けるらしい。この目で確かめた訳では ないのだが、田原の普段の自慢を信用するならば、相当にいい部屋で、防音設 備も整っているようだから、殺しの現場にはもってこいだ。 田原の部屋ならば、無理心中をしても何の不思議もないはず。わざわざ、海 岸だの山だのに重たい死体二つを運び出す手間も省ける。 日と場所はほぼ決定。残る主な問題は、時間と凶器と佐川ふみえを田原のマ ンションに呼び出す理由だ。 時間はやはり、夜がいいだろう。暗闇に犯罪は似合う。犯罪者を勇気づける 作用がある、そう信じている。 不自然に思われぬよう、学生生活最後の夜だとか何とか理由付けすれば、あ いつのマンションに夜中まで居座り続けられるだろう。 困難が伴うとすれば、ふみえの方だろう。ふみえの両親は、娘が出かけたま ま夜遅くになっても帰らぬことを許すのだろうか? ふみえの親が田原との仲 を認めているとだけはどうにか把握できたが、それがどの程度までなのかとな ると、掴めていない。学生であった娘に、友達と二人だけの旅行を許可したぐ らいだから、がちがちに固い親ではないと見受けられるのが、まあ救いである。 こうして見ていくと、真夜中ではまずい。午後十時ぐらいまでが限度じゃな いか。あまり遅くなると、ふみえの両親が不審がって、早々に警察に通報して しまうかもしれない。逃げる時間は確保したい。 凶器は、田原の持ち物を使うのが賢明であろう。あいつの部屋を下見に行っ てから決定する。 ただ、下見のときにはあった物が、殺人を決行する当日に限ってなかったと いう場合も想定できる。だから当日は、用心のために自分でも凶器を準備して、 持って行こう。 自分で用意する凶器だが、簡便な登山ナイフを前から所有していたから、そ れを持って行くつもりだ。 ふみえを田原のもとへ呼び出す理由については、さほど困難とは考えないよ うにしている。いざとなれば、田原をちょっとつつき、そそのかせば、簡単に 呼び出せる。そういう仲だからな、あいつら。 大雑把ではあるが、徐々に計画は固まってきた。あとは、田原の部屋に出向 き、下見をすれば、自然と計画完成へと導かれるだろう。 二月十二日(土曜日) 下見に行ってきた。 前々から耳にしていた通り、金のかかった、学生には過ぎた住処だった。 復讐を考える前の僕なら、ただ田原のことを嫌みな奴だと感じただけであろ う。だが、今は違う。金のかかった高級マンションだからこそ、こちらには好 都合な点がたくさんあった。 まず、防音がしっかりとしている点。少々の物音を立てたところで、両隣や 上下階の住人達に気取られる心配はない。 次は、住人らが互いに無関心であることだ。廊下ですれ違ったとしても、一 言の挨拶さえも交わしはしなかった。他人の生活には非干渉という暗黙の了解 が存在しているらしい。これならば、現場から抜け出すときも、さして苦労す まい。 さらに、訪問者があった場合、階下のインターフォンによって、部屋に直通 でつながるのもありがたい。おかげで、不意の来訪者によって計画がぶち壊し になることもまずないだろう。インターフォンのブザーが鳴れば、それは注意 せよとの信号だと思えばいい。 逆に、こういった高級マンションにありがちな、人の出入りのチェックは想 像していたほど厳重でなかった。確かに、インターフォンで許可を得るか、住 人が一緒でないと入れない。この点は問題にしていない。何故ならば、僕は田 原と一緒にマンションに入るつもりだから。 肝心なのは脱出だ。出る際にはチェックがない。ただ、出入口の近辺に監視 カメラが四つ設置されており、十秒毎に四方向を順次、撮影している。それに 映らぬようにタイミングを見計らう必要がある。十秒という間隔は、いかにも 監視カメラに興味を持った貧乏学生を装い、田原から聞き出した。実際に確か める手段がないが、まず間違いないだろう。 マンションそのものに関しては以上だ。 田原の部屋についてだが、さすがにプログラミングをやっているだけあって、 デスクトップ型のパソコンが、机にでんと鎮座していた。プリンターも立派な 物があった。 プリンターは重要だ。というのも、偽の遺書を作成するからだ。文章をワー プロで書き上げ、それをプリントアウトした物を遺書として現場に置く。 もし、違う場所でプリントアウトした遺書を用いたら、どうなるか。警察の 一人がこんなことを考える――プリントアウトしたのなら、プリンターのイン クリボンに同じ文字が残されているのではないか、と。 全ての機種でインクリボンに文字が残る訳ではない。が、田原が使っている プリンターは、残るタイプだ。すぐに調べられ、相違点が発見され、無理心中 には疑いが持たれるだろう。 だから、殺人のあと、現場のプリンターで遺書を作るつもりだ。文章はフロ ッピーディスクにデータとして保存し、持って行く。 それから凶器だ。台所を覗かせてもらった折、立派な柳刃包丁があると分か った。こいつをふみえ殺しの凶器にしよう。 下見も終わって、残るは細部を詰めて行くだけ。一ヶ月前には計画を完成さ せておきたい。細工は流々、あとは仕上げをごろうじろってぐらいにね。 二月二十六日(土曜日) 本日、田原義男と佐川ふみえ両名を殺す計画が、完成を見た。以下に記す計 画において、日時等は、事前の調査によって選択された、揺るぎないものであ る。 三月三十日の午後八時に、僕は田原のマンションへ寄せてもらう約束を取り 付けた。大学生生活の残り少ない夜を一緒に過ごそうと言うことで、相手に疑 念を持たれてはいないはずだ。 そして僕は、大学から盗み出した青酸ソーダ、田原の偽の遺書となる文面を 保存したフロッピーディスク並びに予備の凶器である登山ナイフを携え、あい つの待つマンションへ向かう。あいつが出迎えてくれるのだから、入るのは簡 単だ。 ただ、人に顔を見られるのは避けたい。あとになって、心中があったと推測 される時間帯に、人の出入りがあったと知れては、計画に破綻をきたす恐れが ある。それを防ぐためである。 部屋に入ったところで、佐川ふみえの話題を持ち出そう。そして、彼女をこ の部屋に呼ぶよう、田原にさりげなく仕向けるのだ。相手は気分よく、ふみえ の家に電話をかけるはずだ。 ふみえの勤務状態だが、三月三十日は水曜日で、半どんである。一ヶ月以上 先のふみえの予定までは掴めていないが、まず間違いなく、暇にしているはず だ。そんな彼女だ、好きな男からの誘いがあれば、喜んでやって来るだろう。 心配なのは、我がままなふみえなことだ、田原に迎えに来てくれるようにね だるかもしれない。それをさせないために、僕は田原に酒をしこたま飲ませて おく。電話を通して酔い具合いが伝わるほどに。 ふみえがマンションに到着するまで、およそ三十〜四十分ある。この間にし ておかなければならないこと。それは、田原の殺害である。 殺害には毒、青酸ソーダを用いる。隙を見るまでもなく、相手は酔っぱらっ ているのだから、そのグラスに毒を混入させることは困難ではない。やがて田 原の奴はグラスに口を着け、毒が回って死ぬだろう。分量は半数致死量の十倍 以上だ。短時間の内に絶命するはずである。 まだ時間はある。僕は田原のパソコンを立ち上げ、ワープロを起動させる。 そして用意していた自分のフロッピーを入れ、データを読み込む。文章にミス がないことはチェック済みだ。 次にプリンターの電源をオン。微調整の後に遺書をプリントアウトする。田 原の自筆の署名が手に入らないのは残念だが、代わりに田原の拇印を押してや ることにする。 この頃になって、ようやくふみえが到着する計算だ。実際は、もう少し余裕 があるかもしれないが。 ふみえは田原から合鍵をもらっていると聞いた。つまり、直接マンション内 に入って来れる訳だ。彼女の訪問が不意を突いたものとなる可能性もあるが、 田原を先に殺しても弊害はないという利点もある。 田原の返事はなくても、ふみえは部屋に勝手に上がり込むだろう。田原が死 んでいるのを見つけて騒がれると面倒だから、僕は間髪入れず、ふみえを刺す。 理想としては心臓を一突きし、悲鳴を上げさせないようにしたい。いくら防 音設備がよいからといって、騒がれないのに越したことはない。 ただ、聞くところによると心臓を一突きするのは難しいらしいし、ふみえに 苦しみを味あわせたいという僕の願いもある。 だから、僕はふみえの口を何か布で押さえつけ、悲鳴を上げられないように した上で、滅多刺しにしてやることに決めた。彼女の背後から口を押さえ、腕 を前に回して刺すつもりだから、返り血もあまり浴びずにすむと思う。この点 については、用心のために赤系統の服を着て行くつもりではある。 これで終わりではない。状況としては、田原がふみえを殺したと思わせねば ならない。田原の手や服に返り血が着いていないとおかしいから、血を塗り付 けてやる。不自然にならないようにしなくてはならない。もちろん、遺書の片 隅に血を着けておくのもいいだろう。パソコンやプリンターにまで血を付着さ せるのは、やり過ぎだろうが。 そうだ、テーブルにはコップを二つだけ、残しておいたら効果があるかもし れない。いかにも、ふみえと二人きりになってから田原が無理心中に及んだと 見せかけるには、それがいいだろう。 仕上げは、自分が指紋を着けてしまった場所を拭き取ること。だが、これは 前もって、自分の指紋に透明なマニキュアを塗っておくから、ほとんど注意を 払う必要はないと考える。 指紋よりも恐いのは、自分の髪の毛が落ちていないか、詳細に調べることだ。 「心中事件」が発生するよりも前に、田原の部屋に入ったことがあるから毛髪 があっても当然だと主張できるものの、やはり髪の毛は残さない方がよいだろ う。 そうして、現場から人に目撃されぬよう、また監視カメラに映らないように 抜け出せばいい。たいして難しくはない。これまでで終わりだ。 いつ、二人の死体が発見されるかは分からないが、ふみえの親が心配して調 べ、すぐにでも露見することだろう。その方がいい。死亡推定時刻はある程度 正確に割り出されないと、この計画の意味がない。 警察は状況や死亡推定時刻から、まず、無理心中との結論を出すはずだ。 まあ、形式的な調べとして、周囲の人間に事情を聞きに来るかもしれない。 そのときは落ち着いて応対すればいい。 一人暮しの僕にアリバイなんかある方がおかしいから、その辺の小細工はし ないものとする。でも、万が一、僕が殺人を実行している際に誰かが訪ねて来 たり電話がかかってきたりしてはまずい。気分がすぐれなくて、風邪薬か頭痛 薬を飲んで熟睡していたとでもしておこう。 こうして書いてみると、まだ穴があると気付く。それは認めよう。ただし、 自分で弁護させてもらうと、それらの穴は全て、よほどの不幸な偶然があった 場合に限られる。 問題の日が、普通と同じように流れるのであれば、この計画は必ず成功する。 そう確信している。 ――続く
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE