長編 #4627の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
* * 誰もいない教室には、何かの運動部の練習だろう、かけ声がたまに届くぐら いで静かだった。 カーテンを開け放つと、まぶしさに目を一瞬閉じる。水泳大会も終わって休 む間もなく、体育祭の準備に取りかかる季節。なのに、日差しは相変わらず暑 いままだ。 その日の朝、相羽は普段より早く学校に着いた。 何のことはない。日番だから、早めに登校しただけ。 窓を全開にし、教室の空気を入れ換え、黒板消しをきれいにして……と、一 通りの仕事を終えると、相羽は着席した。廊下を行く生徒はちらほらとあるも のの、十組の者はまだ来ていない。 習慣で、鞄の荷物の一部を机の中に移しにかかる。 「――ん?」 最初に英和辞典を入れようとして、妙な手応えを感じた。 身体を斜めにし、中を覗き込むと、覚えのない帳面らしき冊子が入っている のが確認できた。 (誰かが間違って入れたか) そんな風に考えながら、引っ張り出した。 冊子の表面に光が当たると同時に、相羽は手を止めた。そして次の瞬間、急 いでそれを引っ張り出し、机の上に放り置く。 「何だよ、全く」 思わず舌打ちしていた。一つ息を吐いて、前髪を乱暴にかき上げる。 机の上にある冊子の正体は週刊誌。若い女性の、ある種の扇情的なイラスト を大きく表紙に据えている。また、一部写真も使ってあって、もぎたてヌード だの最新流行風俗店だのの文字が踊っているから、ページを繰らずとも中身は たやすく想像できよう。 相羽はとりあえず、その表紙絵を見ないでおこうと、雑誌をひっくり返した。 が、裏表紙にはもっと具体的な写真が載っていた。風俗店か何かの広告らしい。 慌てて元に戻し、さらに上から学生鞄を押し付けるように置いた。 誰が入れたんだ? どんな理由があって? 相羽は考えた。併せて、この雑 誌をどうすべきかも。 (悪戯だよな、普通。これ、先生に渡すべきかな? あとで面倒になりそうだ けど、黙って持ってるわけにもいかないし) さして悩むことなく、結論は出た。捨てて来るのが最適な選択だろう。 (……待てよ。万が一にも悪戯じゃなくて、机を間違えただけだったら、持ち 主から文句言われるかも。−−しょうがない) 息をつくと、相羽はひとまず雑誌を鞄に入れた。背板と大学ノートとで挟ん で、一見しただけでは分からないようにしておく。 (隠すとしたら、どこがあるか……) 学生鞄片手に、教室を出ようとする。と、間の悪いことにクラスメートがや ってきた。 朝のこの時間帯、鞄を持って教室を出るのは、不審な行動である。 相羽は一旦あきらめ、机に戻った。 * * 抜き打ちだった。 持ち物検査実施の告知に、教室中がざわめき、ブーイングが起きる。 授業を一時中断してまで行うとは、ただごとではない。しかし、学校で何か 不祥事があったとは噂にも上がっていないのだから、少し奇妙な匂いも漂う。 「静かに」 辞書で教卓の端を叩きながら、小菅先生が言った。この日、一時間目の授業 が学級担任の受け持ちなのはたまたまである。 「学校に必要のない物を持って来ているなら、自主的に出しなさい。そうした ら放課後、すぐに返します。今隠しててあとでばれたら、完全に没収するかも しれないわよ」 脅かすような調子だ。内申書に響くだの親に連絡だのと言い出さないだけ、 まだましかも。 「先生」 声と同時に挙手したのは、相羽だった。 「何ですか、相羽君」 みんなが注目する中、相羽は学生鞄を机の上に置くと、その蓋を開けた。自 ら発言を求めた割に、少しの間、迷うかのように唇を噛みしめる。 二十秒ほど置いて、ようやく言った。 「必要のない物、持ってます。ここで見せるのは嫌なんだけど」 クラスメートの多くが、今度はざわめく。真面目で通る相羽がその手の物を 持っているらしいこと、あるいはこの場では見せられないような物という点に、 誰もが驚いている様子だ。 そんな中、小菅先生は思案げに片手を顎に当てる。結論はすぐに出たようだ。 「……見せたくないのなら、それを持って、あとで職員室まで来るように。分 かったわね?」 「はい」 尻切れとんぼで話は終わった。 拍子抜けした空気の中、先生は改めて教室全体を見渡した。 「他にはいない? どっちにしても調べるから、早めに、正直に言ってよ。お 願いだから」 最終的に、数冊の漫画本とゲーム、特に派手なアクセサリー、過剰な化粧品 などが一時預かりになった。 相羽の持ち物が何なのかは、授業が終わるとすぐ、彼が先生に着いて出て行 ってしまったので、他の者には分からなかった。 そのあとに続く休み時間では、早速、相羽のことが話題になる。 純子のところにも富井がやって来た。喋りたくてうずうずしていたらしく、 両手で口元を押さえている。 「何だと思う? 私なんて、全然想像つかなーい」 「さあ。トランプかなとも考えたんだけれど、みんなに見せられない物でもな いしねえ」 純子もまた、かなり気になっている。 (見せられない物……何があるんだろう?) あれこれ想像を試みるが、何ら具体的に浮かんで来なかった。 故に二人は、好奇心ないしは野次馬根性から、職員室まで出向くことに決め た。ちょうど部活の日でもあったので、相羽を迎えに行くという口実ができる。 ところが実際は、覗き見はできなかった。まだテストシーズンではないため、 職員室のドアは開け放たれている場合が多いのだが、先生と相羽は、職員室横 の生徒指導室の方へ入ってしまった。当然、戸もぴしゃりと閉じられる。 「まさか、お説教が始まるんじゃあ……」 「どうかしら? 持って来た物にもよるでしょうけど」 生徒指導室の斜向かい辺り、壁際に寄り添うようにして、純子と富井は低く 言葉を交わした。 待つ時間が長く感じられる。本当に長いのか、気分的なものなのか、よく分 からない。 「これ、やっぱりお説教だよぉ。こんなに長いなんて」 「その割には、全然そういった気配が感じられない……」 純子が首を傾げたとき、部屋の扉が引かれた。 遠慮がちに目を向けると、黙礼をして出て来る相羽の姿が映る。続いて小菅 先生も退室し、ドアは元通りに閉ざされた。 先生は何か入っている様子の茶色い紙袋を手に、職員室へ向かう。相羽はど うするのかと思いきや、先生の背中にもう一度頭を下げると、きびすを返す。 「相羽君、どうだった?」 声を揃えていきなり尋ねた純子達に、相羽はうつむき気味の顔を起こした。 そして質問返し。 「何でここにいるの?」 「それはもちろん、あなたのことが心配で」 「心配かけた? それはごめん。ほんと、つまんないことに……巻き込まれた というか何というか」 幾分歯切れのよくない相羽に、富井が続けて問う。 「見せられない物って、一体、なーに?」 「……知られたくないんだけど」 家庭科室へと向かいながら、相羽は苦笑混じりに返事した。 「私達だけ教えて。だめぇ?」 「だめ。非常に格好悪い話なので、言いたくありません」 どうやら口は堅そうだ。 純子としては、無理矢理聞き出すのは本意でないし、かといって知りたい気 持ちを押さえつけられそうもない。 「相羽君、教えてくれないと、どんどん勝手に想像しちゃうわよ」 意地悪く微笑する純子。演技指導こそほとんど受けていないものの、表情を 作るのは幸か不幸か上達している。 たった一人の観客、相羽はいささか慌て気味に、首を前に突き出した。 「え? どういう意味さ?」 「このまま知らないままだと、私達、相羽君が持って来た物は何だったのかな って、それはもう、とんでもないことを思い描くわ。それが段々みんなに伝わ り、ついには大きな噂になって、事実として広まるの」 「脅かしっこなしだよ」 そう言って嘆息した相羽だったが、心中ではすでに覚悟を決めていたらしい。 立ち止まって天井を一瞥し、肩を落として力を抜くと、辺りを見回した。特別 教室が多くある校舎に到着しているので、生徒や先生の人影はまばら。今この 瞬間は、皆無と言っていい。 「内緒にするって約束してくれる?」 「できるわ。ねえ、郁江」 「うん。どうしてもだめなら、喋るの我慢する」 純子と富井の興味津々の眼を前に、相羽はまだしばらくためらったが、とう とう踏ん切りを着けた。 「誰かに入れられていた物なんだ。机の中へ、知らない内にね」 「誰かって、誰?」 この問いに、相羽は首を横に振った。 「分かってたら、そいつに聞いてる。何でこんな真似をしたのか」 「それじゃ、何を入れられていたの?」 「……漫画。その……エッチなやつ」 間を置きながらの相羽の言葉に、純子と富井は暫時声をなくし、目だけを互 いに見合わせた。続いて、声を揃えるようにして聞き返す。 「−−それってもしかして、嫌がらせ? ひどい!」 「間違えて入れられた可能性もゼロとは言えないけどね。今になっても何も反 応がないんだから、まあ、悪戯かな」 どこかほっとした様子の相羽。自分の説明をすんなり受け入れてもらえたこ とで、安心できたのかもしれない。 「そんなときに持ち物検査があるなんて、アンラッキーだったよね、相羽君」 富井が心配げに言うとともに、三人は歩き出した。 「うん、冷や汗だらだら。先生は一応、信じてくれたみたいだったから、よか ったようなものの……」 声を低める相羽。家庭科室が見えてきた。 小菅先生の姿を廊下の角に見つけて、純子は足を早めた。 「せ」 声を掛けようとして、途中でやめる。先生は誰かと話し込んでいる最中だと 気付いたから。 そろそろと接近すると、相手は紅畑先生だと分かった。小菅先生が困った風 に眉を下げているのに対し、紅畑先生はやけに嬉しそうだ。 (年齢も近いみたいだし、話が合うのかしら。それとも……紅畑先生が誘って るんだったりして) 気ままな想像をする純子の存在は、すぐに二人の先生に伝わった。 「おや。小菅さんのクラスの子じゃないですか」 紅畑先生の声に、小菅先生が振り返り、「ああ」と短くつぶやく。 「紅畑先生。お話はあとで……」 「ええ、承知しました。ぜひ」 片手を軽く上げ、せかせかした足取りで去っていく紅畑先生。用事でも抱え ているのだろうか。その割には、のんびりと会話を交わしていたようにも見え たけれど。 「先生、よかったんですか?」 「え? ああ、いいのよ。学校には関係ない話だったから。それよりもあなた の方こそ、何かあったの?」 改めて純子と相対し、小菅先生は笑顔をなした。 純子は言いにくい知らせに、表情を曇らせる。 「それが……掃除中に男子が暴れて、ガラスを割ってしまって」 「まあ」 早速、教室に向かう。 「誰にも怪我はなかったの?」 「はい。あの、割れたと言っても、ひびなんです」 「そう、ひとまず安心ね。だけど、どうして涼原さんが来るの。割った本人が 知らせに来るべきでしょう」 「そうなんですけど、どっちの責任かでもめていて……」 うつむいてしまったのは、思い出し笑いを隠すため。 (たわいないんだけど、あんなことで言い合えるなんて、男子って……) 十組の教室に着くと、立島と徳野がにらみ合うでもなく、そっぽを向くでも なく、ともに難しげなしかめっ面をしていた。 そして二人の間には、黒板消しが一つ。白墨の粉はほとんど付着していない。 むしろ、取れてしまったと言うべきかもしれない。 「割れたのはどこのガラス?」 「あそこ」 −−つづく
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE