長編 #4621の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「何だかなあ。いいけど。そう来ると思って、記憶を手繰ってたんだ。あの日 は定時に退社後、駅東のCパレスへ速攻で行きましたよ。観たい映画が最終日 だったんで」 「ほう。お好きなんですか、映画。私も高校ぐらいまでは学校さぼってでもよ く行ったんですが、この歳になってからは滅多にねえ」 「いや、時間があってもね、仲間が少ないと。一人で行っても、つまんないこ とが多くて」 「でしょうねえ。それで題名は? 私なんかには全然分からんでしょうけど。 あと、何時スタートでしたかね」 「『アングル』。タイミング悪くてさあ、六時二十分からの回でしたよ。何な ら筋も話しましょうか」 「その前に、終わったのはいつでした?」 「二時間のはずだから、八時二十分までには」 飛井田はメモを取りつつ、続いて映画の筋を簡単に話してもらってから、よ り深く突っ込んで聞いていく。 「晩飯はどうしたんですか?」 「映画館内の店でホットドッグと唐揚げとコーヒーを買って中で食べた。昼、 唐揚げ定食だったのをころっと忘れててさ、失敗だったな」 「そりゃもったいない。一生の食事の回数は決まってるようなものなのに、そ れがだぶるなんて、楽しみが減りますな。さて、食後……じゃない、映画のあ と、どうされました?」 「九時までミュージックショップやら本屋やらを冷やかして、それから電車で さみしい帰宅。着いたのは十時五分ぐらいだったと思います。時計は見なかっ たけれど」 「若島さんはアパート暮らしでしたね? 誰かと会いませんでしたか。アパー トに限らず、映画館でも店でも、電車でもいいんですが」 「アパートで何人かとすれ違ったけど、覚えてるかな」 飛井田は若島の列挙した名前を書き取った。 「誰かから電話はなかった?」 「あったかもしれないけど、意味ないんじゃないですか。俺、携帯なもんで」 「そうか。便利な道具も善し悪しだ。帰宅後は何を?」 「ビール飲みながらテレビや漫画を……十一時半にさあっと風呂入って、上が ったらまたテレビ。寝たのは0時過ぎだったでしょう。習慣付いてるから。あ あ、こうして話してみると、証人なんていないもんですねえ」 「おかげで警察も苦労が絶えない。苦労ついでに、あなたから見て、入山さん と深いつながりのあった人に心当たりがあれば、教えてください」 「と言われてもねえ、合コンで知り合った仲だから、それ以前の彼女のことな んて知りませんよ。付き合い出してからだって、彼女の知り合いのことなんて、 そんなに話題にしなかったもんな」 「デートの際のお喋りで、入山さんが盛んに悪口を言っていた相手とかもいな かった?」 「どうだっけな」 顎に手を当て、天井を長い間にらむ若島。おもむろにコーヒーをすすってか ら、ようやく話を再開した。 「関係ないだろうけど、芸能人の悪口ならよく言ってましたねえ。へへ、何か 懐かしくなっちまった」 「芸能人と言いますと、男? 女?」 「どっちも。うん、女の方をよく槍玉に挙げてた。男の方は……あっ、思い出 した」 ぽんと手を打つ若島。顔色が若干明るくなった。 「タレント教授ってのがいるでしょう。あれの、えっと、何とかライゴローと 知り合いだって、彼女言ってました。学生時代、教えてもらっていたと」 「ああ、それなら……谷中雷吾朗のことですな? 私どもも存じ上げてまして ね。入山さんは彼をどう評していましたですかねえ」 「うん? 知ってるせいなのか、悪口は言ってなかったですよ。どちらかと言 えば好意的で、気前のいい人だとも」 「その頃、彼女と谷中氏が会ってたかどうか、分かりますか」 「会ってなかったんじゃないですか? はっきり、彼女の口から聞いた訳じゃ ないけど、遠い昔の思い出話をするみたいな言い方でしたよ」 「なるほどね」 飛井田は首を横に何度か振って、しばらくしてから今度は大きくうなずいた。 「参考になりました。ご協力ありがとう」 古村は一人で、出川優(でがわまさる)の話を聞きに上がった。二人一組の 行動が基本だが、時間的余裕がないための緊急措置だ。 「へえ、殺しだったかもしれないんですか」 親しげな調子で笑みを絶やさない出川。小柄な男だが目鼻立ちのすっきりし た、いわゆる二枚目の部類に入るだろう。ただ、肩まで伸ばした髪が不釣り合 いに見えなくもない。しかも茶色にメッシュ染めしてある。以前、これで営業 部員だと聞かされ、古村は腰を抜かしそうになった。 「やっぱり、自殺するような女じゃなかったですからねえ。だけど、最近は連 絡が途絶えがちだったから、僕に聞かれても時間の無駄ですよ」 「まあ、そう言わずに」 広い公園には、二人の他にも会社員らしき風体の男が数人見かけられる。年 齢は四十代、五十代が多いようだ。入山と同回生だった出川に比べると、疲れ を背負っているのがどことはなしに感じられる。 「ここは寒くありませんか」 飛井田警部なら音を上げていただろうなと思いつつ、相手の顔を窺う。 「いえいえ。いつも利用してます。遅い昼食をかき込むには、ちょうどいいん ですよ」 出川は自身の言葉通り、コンビニエンスストアで買ったパンやおにぎりを無 作為にぱくつく。色黒なのに、寒さに強いらしい。 「楽しみもあります。春から秋にかけてなら、子連れの若い奥さん達が集まっ て、なかなか」 「じゃあ、今の季節は最悪ってことですね」 やれやれとため息をつき、古村は本題に入ることにした。時間が足りないの だった。 「お聞きしたいのは、彼女を殺害する動機を持つ人物がいるかどうか。知って いる範囲で、何なりと言ってください。些細ないざこさ、逆恨み程度でもかま わないから」 「僕が分かるのは、学生時代がほとんどですが、それでもいいんですね? 正 直言って、万人に好かれるタイプではなかったと思います。変な表現になるん ですけど、言いたいことははっきり言うが、裏表もある人間だった」 「何ですか、そりゃ?」 メモを取る手が止まる。 そんな古村を、出川は楽しそうに見返した。 「つまり、陰口が好きだったと言えるでしょう」 「それで人付き合いはうまく行ってたんですか。人間関係が壊れそうな気がし ますが」 「うまく行ってたみたいですよ。世渡り上手とも違って……バランス感覚が優 れてたんでしょうかね」 「結論としては、学生時代の知り合いで入山さんを殺そうなんて思う人は」 「いなかったと思います」 出川の返答に、古村は肩を落とした。気を取り直して、聞き込みを続ける。 「念のために伺いますが、卒業後はどうでしたか」 「彼女の口から、職場の上司の悪口をよく聞かされましたが、まさかこれを知 った上司に動機が芽生えたなんて、あり得ないでしょう。だからあと考えられ るのは……男関係になるんじゃないですか」 「誰かご存知なんですか? そういう話がなかなか出て来なくて、参ってるん ですよ。ぜひ」 気負い込む古村は、つばきが飛んだように思って口元を拭った。 「あ、いさかいのあった相手という意味じゃないですよ。これまで入山さんが 付き合った男を二人ほど知ってるってだけです」 「かまいません。入山さんは関係が切れた相手のデータは、ほぼ完璧に処分さ れてたようでしてね。最近まで付き合っていた男一人しか、掴めてないのです」 「ああ、それは、えっと。そうだ、若島って人ですか?」 「ご存知でしたか」 「ええ。なら、僕が知っている話も正確だな、きっと。若島氏の前に、小松明 彦(こまつあきひこ)という方と付き合ってたらしいんですよ。顔を見たこと はありませんが、銀行の二年先輩だそうです。同じ大学出身であるとも聞いた んだけど、僕はその辺、全然知りません。彼女自身、在学中は全く接点がなか ったと言ってましたし」 「その人と入山さんが別れたのはいつだったか、分かります?」 「入山さんが銀行を辞めたと同時に、自然消滅の形だと思いますよ。二年ぐら い前のことでしょうか」 話を聞いて、古村は期待を掛けないでおこうと心に決めた。だが、調べない でうっちゃらかす訳にもいかない。 「ついでに出川さん、あなたが最後に入山さんと会ったのはどのぐらい前のこ とだったか、話してください」 「……およそ二ヶ月、ですかね。僕と彼女と、彼女の同僚――バイト仲間の砂 田恵利香っていう子と。本当ならこっちも男一人連れて行くはずだったのが、 急に都合悪くなりまして、二対一に」 「失礼ですが、あなた自身は入山さんとは?」 「嫌だな、刑事さん。ほんの遊び程度、割り切った関係でしたよ」 「念のため、二十日の行動をお聞かせ願えますか」 「しょうがないな、はいはい」 口ぶりが馴れ馴れしくなったかと思うと、出川は鞄から一枚の白い紙を取り 出した。A4のそれには、横書きで片仮名や漢字の固有名詞らしきものがずら ずら並んでいた。さらに数字も添えられている。 目で「これは?」と尋ね返した古村に、出川は自信満々で言い切った。 「当日の僕の行動です。ほとんどが得意先回りでした。調べていただければ、 間違いないことが分かっていただけるでしょう」 古村は問題の犯行時刻前後にもアリバイがあるらしいことを見て取り、一応 うなずいた。 砂田恵利香は挨拶代わりに、「おじさん達も大変よねえ」と言って、けらけ ら笑った。 専門学校のロビーは人通りも多く、事情を聴くのに適しているとは言い難い。 相手の都合で仕方がないとは言え、周囲がどうしても気になってしまう。 もっとも、それは古村だけで、飛井田には楽しんでいる節が見え隠れする。 「大変なのは誰もが同じでしょうなあ。うん、きれいな校舎だ。近未来的って いうやつですか。私なんかは、ちょっとばかり冷たい感じを受けて落ち着かな いんだが、若い人にはこういうのが合ってるんだろうから仕方ない」 「あのー、私、時間ないんですけどぉ」 上手とは言えない化粧を施した砂田は、話しながらも指先を気にしている。 爪の手入れがご不満のようだ。 「悪いね。では、手っ取り早く。入山美憂さんのことをどう思ってた?」 「難しい質問だナ。愛はなかったよ、私も美憂さんもレズっ気ないから」 早口で答えて、また笑った。 飛井田は小さくうなずくと、同じ質問を繰り返す。今度はたっぷりと説明を 加えて。 「アルバイト先での仲間だったそうだね。いい友達ってところかい?」 「ああ、そういう感じ。性格合うっていうか。それにさ、羽振りよかったんだ よねえ、あの人。貧乏学生におごってくれて。私のことだけど」 「バイト代だけでそんなに稼いでいたのかな、入山さんは?」 「まっさかあ。ぜーったい、違いますね。水商売でもなかったから、いいスポ ンサー見つけてたんですね、あれ」 「スポンサーというと、お金持ちの……男性、と考えていい訳か、この場合?」 「多分ねー。見たり聞いたりしたんじゃなくて、勘。て言うか、美憂さんの話 の節々からぴんと来たって感じ。私設銀行に口座を持ってるとか言ってた」 「相手の男の名前は、具体的には出なかったんだ? 残念だな」 「うん。そいつが美憂さんをやっちゃったのかなあ」 「いくら警察でもまだ分からんよ。君はそういうのに引っかかってないか?」 「ぜーんぜん。紹介してもらいたいぐらい。私なら、ほどほどのところで勘弁 してあげるのに」 観察役兼メモ役に徹する古村は、思わず眉を寄せた。飛井田の横顔をちらり と見たが、警部はかすかに苦笑する程度だった。 「そんなこと言ってると、入山美憂に恨まれるぞ。彼女が死んだ夜、自分がど うしてたか覚えてるかい? 彼女に堂々と言えるようなことかどうか」 「ひどいワ。こう見えても分別ある大人だし、お金稼ぐのと課題を片付けるの とに一生懸命になってる勤労学生なんですよー」 「それじゃ、試しに話してみてよ」 「美憂さんが死んだのって、二十日の夜でしたよね。うんと、あの日は」 そう言ったきり、ほうけた風にぽかんと口を開けて、砂田は固まってしまっ た。こちらか声を掛けようとした折、急に髪をかきむしった。 「思い出せなーい。私ってほら、昨日のお昼御飯のことさえ忘れちゃう人じゃ ないですかぁ」 古村はよほど「『ほら』じゃねえよ、知らねえよ」と言いたくなったが、こ れまでの経験の賜物で、ぐっとこらえた。 飛井田に至っては穏やかな表情のまま、質問を重ねていく。 「日記とかスケジュール帳で、何か分からないもんかね? あるいは授業やア ルバイト」 「日記なんて面倒で、暗いからしてないですねえ。授業なんて日常だから、埋 没しちゃってる、どれがいつのことだっけか、区別つかない」 「君はひょっとして楽しい思い出より、嫌な思い出を覚えているタイプじゃな いかな。ここ数日はたまたま楽しい経験ばかりで、特に記憶してない」 「あ、そういうのあるかも。――うん、最近で一番印象に残ってるのは、美憂 さんの事件。それが強烈すぎて」 −−続く
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