長編 #4615の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
『私が夢を見たくない理由』 目覚まし時計は、心地よい眠りを容赦なく引き裂いてくれる。 私はベッドのサイドテーブルに手を伸ばして、ベルを止めた。 「亜希子! 学校に遅れるわよ。ぐずぐずするんじゃないわよ。寝坊で遅刻なんて恥 ずかしいでしょう。あーやだやだ、この娘ったら、本当に……」 母の甲高い声は二階まで浸透する。壁もドアも障害にはならない。ガラスを彫刻刀 で削るような音が、私の頭痛を一層高めていく。 「もー、分かったわよ」 そう応えても、頭の中は真っ白。だるくて……起きあがる気がしない。 時計に目を向ける。 まだ、余裕がありそう。2分くらいだけど。 まどろみと一緒に布団にくるまっていると、母の階段を昇る足音が聞こえてきた。 擬音語のドス、ドス、という音がよく似合っている。 ドアが開き、私は寝返りを打って、背を向けた。 「亜希子、いつになったら起きるの!」 母が布団を無情にも取り上げる。ひやっとした風がパジャマの隙間から入り込んで きた。 「もー、起きてるわよ」 無理矢理からだを引き上げると、頭がクラクラした。爪先に触れる絨毯の感触も、 朝は気色が悪い。 ――女の子は、起きてからが忙しい。 最初に顔を洗う。まず、ぬるま湯で予洗いする。洗顔料を泡立て、ほっぺからクル クル洗い、細かいところも残さず洗って、ぬるま湯でよくすすぐ。 トーストをくわえ、ドライヤーで髪をセットする。ミルクを飲み干してから歯を磨 き、バレッタで髪を留める。 鏡を見つめながら、カチューシャがいいかな? なんて考えていると、瞬く間に時 は過ぎていく。 最後にセーラー服を着込み、糸くずをチェックする。ソックスをルーズにふくらは ぎで留め、リュックを背負い、ローファーを履くと、あとはひたすら走るのみ。これ をロボットみたいに毎日繰り返している。 ――疲れるわ。 私は新しい目覚まし時計を買うことにした。快適に目覚める置き時計が欲しかった。 選んだ店は存在自体が骨董品のような唐紙時計店。店主の詩朗さんが薦めてくれたの は『エンジェル・クロック』という、雲をデザインしたボディに、サックスブルーの 天使が浮かんでいる可愛い置き時計だった。天使の輪は金色に輝いていて、回転する こともできる、そう説明してくれた。 六千円プラス消費税と値段は高めだけど、これで快適な朝が保証されるなら安い買 い物だと思う。 今日一日の出来事振り返っているだけで、時間は光速で過ぎ去っていく。 外は漆黒だ。ブラインドを閉めてから、新品の時計に目をやった。 もう、午前2時! あーあ、朝が辛いなあ。 布団にもぐりこむと、天井がぐるぐる回って、何も考えられなくなった。 次の日、私は目覚ましの音とともに起きあがった。 時計を見ると、ちょうど7時30分。設定した時間の通りだ。 アラームをオフにする。 ため息をつくと、額の汗をぬぐった。 汗? よく分からないけど、悲惨な夢を見た気がする。何か恐ろしい夢を……。 階段を降りて、リビングのドアを開けると、父が大げさに驚いた素振りを見せた。 「か、かあさん、亜希子が……」 父は目を見開いて、掠れた声を絞り出した。 「亜希子が、何かしたんですか?」 母はキッチンで朝食の支度をしている。まな板の上で包丁が踊り、大根が千六本に 切られていく。 父が返事をするのに、ややしばらくかかった。 「……亜希子が起きてる」 「なに、冗談言ってるんですか」振り向いた母は絶句した。 ふん! 最愛の一人娘が早起きしたくらいで、驚かないでよね。 その日以来、私は寝坊することがなくなった。ただ寝覚めが悪いのと、寝汗をかい ているのが気にかかってはいる。 普通の置き時計だと、全然ダメなのに『エンジェル・クロック』だと、何で起きら れるのだろう? 理由の分からないことが私を不安にさせた。 寝る前に『エンジェル・クロック』を手にとってみる。スイッチを操作して、ア ラームを鳴らしてみる。アラーム音は普通で、低血圧の私が目覚めるのが不思議なく らいだ。 好奇心に駆られた私は、机の中にしまった説明書を探した。指先でファイルをめく ると、隠したはずの答案用紙の中に挟まっているのを発見した。 現国、16点……ゲッ! 答案用紙は丸めてゴミ箱に捨てる。安心した私はゆっく りと説明書をひらいた。 ――特殊機能。どうしても目覚められない貴方に送る新機能。それは、天使が誘う 夢の眠り。アラームが鳴る前に、時計の音声誘導に従って夢を見ます。エンジェル・ クロックの特殊機能は、貴方を目覚めに導きます―― 薄紙に書かれた文字はたったこれだけ。結局何も説明していないことに気が付いた。 いったいどんな夢を見せるのだろうか? 考えたって、覚えていないのだから分かるはずがない。 でも対策は簡単だな。 しばらくぶりに『夢日記』を綴ってみよう、私はそう決心した。 夢は覚えていようと思えば、記憶することができる。記録するという意志があれば、 忘れることはない。大事なのは実際に書くことで、これをお座なりにすると、夢はす ぐに頭から去っていく。 赤いチューリップのパジャマに着替え、夢を綴るため枕元に手帳とボールペンを置 いた。心の中で、「夢を覚えている。夢をメモする」と20回繰り返す。眠る間際は 潜在意識が露頭していると言われている。つまり暗示にかかりやすいわけだ。自分で 自分に暗示をかけるために、呪文を繰り返した。唱え終わると眠気が襲ってきた。 布団を被り、リモコンで天井の蛍光灯を消す。安心したのか、気を失うのに時間は かからなかった。 朝になって、アラームの音で目覚める。他人のような指先で夢の内容を手帳に書き しるした。 ……やっと、分かった。 あーあ、どうりで寝汗をかくと思った。私が見ていたのは学校に遅刻する夢だった んだもの。読み返すだけで、気が滅入ってきた。 *月18日。金曜日。「夢の内容」 校門の前に立った生活指導の先生が腕時計を見ている。厳つい目を、一層険しくし ている。大嫌いな、工藤のデバガメだった。大きな鼻をさらに膨らませている。 あー! 扉を閉めないでよ。あと10メートルで間に合うのに。 あああっ、足下に石が……。 私は転んで地面に鼻をぶつけた。倒れた勢いでプリーツの入ったスカートがまくれ あがる。 後ろから、同級生の川崎君が声をあげた。 「亜希子はキティちゃんのパンツはいてるのか。キティって『ふしだらな娘』って意 味もあるんだけど。確かにみだらだなー」 私は鼻血が止まらなかった。目元のかわいい川崎君に見られるなんて……自然と涙 があふれてきた。 私の後ろに遅刻した男子生徒が集まってパンツの鑑賞を始めた。 汚れてる、なんて言葉を口にしてる奴もいる。なのに私の手はピクリとも動かない。 赤面するわ、鼻血は出るわ、涙はぐずぐずで、もう最悪。夢なら醒めて欲しい! ――そこで、私は目覚めたのだった。 ----続く
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