長編 #4613の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
うつろな意識の中で妻のことを思い返していた。夢の中、妻は天上の笑みを称えて いる。ゆるやかに口元をゆるめ、やがて亀裂となり、眼に炎を怒らし、頬は燃えあが り、般若の顔に変容していく。 その面は誰なのか? 妻のものか、それとも私のものなのか。 ――忘れようとしても忘れられない。意識しようとしなければしないほど、集中し てしまう。5年前、腹痛のため早々に帰宅した私は、妻が若い男と交わってる場面に 遭遇した。怒りより先に、騙された、という一念がわき上がった。そのときまで私は 妻を愛していたというのに、二念で私は妻を憎んでいた。 だが、本当に妻を愛していたのだろうか? 裏切られれば愛さない、それを果たして『愛』と呼ぶのだろうか? 目覚めても、半ば夢の続きを見ていた。妻の視線が絡んだときの悲哀に満ちた表情 は、結んだ唇より能弁に語りかけてくるものがあった。 そう、あのとき妻は……。 思惟はそこで止まる。夢はすでに過去のことだと認識したのだ。結局、私は死に場 所を探していたのかもしれない。妻に不貞をはたらかれた、不甲斐ない自分を殺した かったのかもしれない。だからこそ、ゲームにも魅力を感じないし、力も入らなかっ た。自分の死に大義名分が欲しかった、ただそれだけだったのかもしれない。 細く長い呼吸のあと、両眼を開いた。最初に気がついたのは、部屋の中が薄暗くな ったということだ。上半身を起こしてみる。影が二つ左右に展開する。四隅にあった ランプのうち前方の二組が消えている。振り返って、灯ってるランプの数を確認する。 指折れば、何も残らない。消えてるのは14。 ランプの数が24あるのは、タイムリミットの24時間を指しているのだろう、と 推測した。つまり私は14時間ほど寝ていたことになる。ゲームの残り時間は10時 間、それが私が導き出した結論だ。 「14時間か……」外の世界では14年にあたる。娘は一七歳だった。と、いうこと は現在、三十一歳ということになる。すでに結婚して、子供がいても不思議ではない 年齢だ。 新生児。乳幼児。孫。幼稚園。小学校――連なったキーワードからイメージが生ま れてくる。娘が産声を上げたとき、体重は2840グラムだった。足下までくるむのにタ オル一枚あれば事足りる小さな命だった。曇りのない黒い瞳、宙に向かって差し出さ れた小さな手、首筋に抱きついて離れなかった娘、孫は……孫がいるなら、また抱け るのだろうか? おじいちゃん、と呼んでくれるだろうか? ああ、男だろうか、女だろうか……。 白い箱を睨み付けた。上部に押しボタンが三つある。それぞれ親指ほどの突起物で 形状に違いは認められない。押せば戻るのか、それは分からない。理解しているのは、 押せば結果がでるということ。生か死か二つに一つだ。 色……。色は左から赤、黄、青色、信号機と同じだ。信号機なら、青が正解のよう に思える。赤は止まれ、黄色は注意、そう考えれば、この二つは選択できない。 もし正解が○だとしたら――アルファベットで○に似た文字はOだ。YELLOWとOを含 むのは黄色だけ。黄色が正解だろうか? しかし、フランス語だったらどうなるのだ ろう。 色の意味が国旗だったらどう解釈すればいいのだろうか。それとも色に意味などな いのだろうか? ランプが一つ消え、二つ消えた。手に汗を浮かべようとも、結論が出せない。青に 手を伸ばしてスイッチに触れてみる。だが、押せない。赤に触れても、押すことはで きない。震える指先は、まだ考えろと告げている。試すのは一度だけ。失敗は許され ない。 最初から考え直そう。 三つめのランプが消えたとき、私は気持ちを切り替えた。彼が語ったことを記憶か ら呼び覚ます。綴られていく言葉の中に、気にかかるものがあった。彼は「あなたが 叶えることのできた願い事の数だけボタンがある」と言った。私が願ったのは、娘を 生前の姿で蘇らせるということ、それに特定の会社の職にありつけるということ、そ の二つだけだった。 一体、これはどういうことなのだろうか? 黒マントは「あなたは気がついた」と男性に語りかけたが、いったい何に気がつい たのだろう? 分からないことが多すぎる。どう考えれば私は正答にたどり着くのだ。 せめて糸口があれば……強い念いが耐えられないフラストレーションに化ける。心 が求めるままに文句が口をついた。 「なにかヒントをくれ!」 口を塞いだが遅かった。 ドアが開き、彼が顔を見せた。 「よく気がつきました。信号機に眼をつけたのは、なかなか鋭いといえるでしょう。 さて、三つめの願いはヒントですね。ヒントは」 一拍おいて、 「始まりは終わり」 彼は三度くりかえし、私は言葉を噛みしめた。 「願い事、いままで何度も思い浮かべてきた。口にしたこともある。なのに、今、叶 えられたことに意味があるのか?」 私の問いに、彼は「頭がかゆいなあ、という思いに、わたしが頭をかいてあげると したら、それは認識不足というもの。わたしが叶えるのは口にでた強い思い。それも 目の前にいるときに限られますが」 「君は目の前にいなかった……」 「だから最初にお話ししたはず。この館はわたしの目であり、耳であり、全てという ことができる、と。それはあなたも気がついていたはず。そうでなければ自分の口を 押さえはしないでしょう。 しかし、あなたは幸運ですよ。前の男性は、無事にこの部屋から出してくれ、と願 いました。無事に部屋から出すのは当然のこと。彼が屋敷を出てから、魂を抜きまし た。それが契約ですからね。ゲームの勝利者にしてくれ、と願えば結果は違ったので すが」 彼は小さく微笑み、青いコインを部屋の片隅に投げた。チャリンと軽い音がする。 それが男性の魂なのか? 私の問いに彼は沈黙を守った。 このコインは誰のものなのだ? 私は彼に一枚のコインを差し出した。 「叶えることのできる願い事は三つだけ。もしあなたがゲームに勝ったら、お教えし ましょう。世間でいうところのサービスですな」 ドアが閉じ、私は一人に戻った。 始まりは終わり。ならば終わりは始まりだろうか。それでは尻尾をかじった蛇と一 緒で、終わりがない。青を始まり、赤を終わりと解釈したら、結果はどうなる。 始まりは終わり。青は終わり。赤は始まり。始まりは生きるということ。終わりは 死ぬということ。赤を押すというのが、結論になる。 黄色は? 黄色はどう解釈すればいい。停止ということだろうか。停止、中断、理 屈としては合ってるかもしれない。前提が正しいという条件が付くが……。 もっとも単純だからこそ、正解につながるとは信じられなかった。 だから私は赤いボタンを押した。音もなく、ボタンは沈んだ。 静寂がかすみ、呼吸音と鼓動が自分の内面で拡大していく。 ゆっくりとドアが開き、 「おめでとうございます。しかし、なぜ赤いボタンを?」 黒マントをひらめかせながら質問を発した。 「私は人を信じることにした。5年前、妻を信じるべきだった。妻は不貞をはたらい た。だが、それでも妻は私を愛していたんだ……いや、私はそれでも妻を愛していた んだ。長い間、認めたくなかった言葉だ」 「なるほどね」 「このコインは妻のものだろう。君が答えない理由はそれしかない」 拾った一枚のコインは手のひらにある。 「面白い推理ですね」 「笑ってやってくれ。やっと許すことができたのだ。妻と、そして自分自身を」 「笑いはしません。奥さんの願いは満たされたわけですし」 「妻の願い?」 「ええ」 確かに妻の魂がコインになったのなら、何か願い事をしていたことになる。 「交通事故をおこしたとき、運転手であるあなたと娘さんは即死でした。奥さんは意 識はありましたが重体でした。 途切れがちの言葉でしたが、奥さんは、あなたの復活を願い、娘さんが早く治るこ とを願った。私は瀕死の奥さんに尋ねましたよ。自分の無事は願わないのかと」 「願わなかったのか?」 彼は両手を広げただけだった。 「彼女の生命が消えかけていたので、わたしは第三の願いも承りました。それから魂 を抜き取ったのです」 「第三の願いとはなんだったのだ?」 「いま実現したでしょう」 「?」 「心から愛し合えること。最後の言葉は、ごめんなさい、あなた……でした」 「そうか……そうだったのか。 ……できれば、もう一つ教えて欲しいことがある。私の記憶では車は妻が運転して いて、搭乗者は娘だけだったのだが」 「それは簡単なこと。あなたが事故を起こしたことで罪の心を抱かないように、とい う願い事があったからです」 「誰のだ?」 尋ねるまでもなく、答えは分かっている。 GAMEZの文字が刻まれたドアが開き、薄闇の中からやつれ顔の娘が現れた。 「お父さん……」涙声だった。 彰子は朝、出かけたときと同じ制服を着ている。白い手が私の上着の裾を握り離そ うとはしなかった。 「あなたの娘さんは立派ですなあ。自力で正答にたどり着きましたし、本当に感心し ました。わたしは最初、願い事を二つ訊くことにしてます。残りの一つは最後のゲー ムに残しておきます。それがゲームを面白くするのですから。 奥さんのように例外もあります。それに娘さんもそうだった。5年前、彼女はたっ た一つしか願わなかったのです。仕方なく、5年後に二つ願い事をきくと約束したの です」 私は彼の肩越しに娘がいた部屋の中をみた。ボタンが押されたままの白い箱。 押されていたボタンの色は黄色だった。 「長い黙想ののち、彼女が願ったのは、わたしに『愛の光を!』でした。おかげで… …」 彼はマントと黒い衣を脱ぎ去ると、背の翼を開いた。黒い翼と白い翼が左右に展開 した。 「わたしは、思わずあなたに与えたのと同じヒントを喋ってしまいました。見た目と 同じように影響を受けたわけです。 さて、ゲームの思考経路は簡単なこと。始まりが終わりなら、終わりは始まり。赤 も青も円周を回るだけで終わりがないです。つまり選択しようが無いわけです。消去 法で考えれば残るのは黄色」 「だが私は生きている……娘が願ったのだな。だから彰子は自力で解き明かしたの か」 彰子が私の腕を握りしめた。冷え冷えとした廊下もなぜか暖かく感じる。いや、気 のせいではない。確かに気温が上がっているのだ。頬に感じる熱気が証明している。 それに手に汗をかいている。 私は指先を開き、握っていたコインを見つめた。 ――溶けだしている。 「コインはすべて魂に帰化します。人類が残るなら、また生まれ変わることができる でしょう。赤と青色のボタンとは違い、人類の輪廻はあなたがたの双肩にかかってい るのですから」 「どういうことなんだ?」 彼は廊下の先を示した。 -- 続く --
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