長編 #4605の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「いやだ、そんな黙り込まないでよ。お父さんが気を悪くしてたら−−そう、 きっと私、モデルの仕事やめさせられてるわ」 「……てことは」 「怒ってない。何だか知らないけど、お父さんにも信用されてるみたい。お母 さんが普段からあれこれ話してるせいかも」 「はあ。よかった」 このやり取りの間、相羽の表情はころころと変化した。転がり続けた石は今 ようやく止まって、安堵の色を顕著にしている。 「祭りの花火のあと、君を送ったとき、おばさん達と顔を合わせたらどうしよ うかって、冷や冷やしてたんだ」 「心配だったら、このあと、確認のために挨拶していけば……なんて」 からかい口調で純子が告げると、相羽は黙って肩をすくめた。そうして、改 まった様子で話を転じる。 「そうだ。前に電話でも伝えたと思うけれど、母さんが『誕生日プレゼント、 ありがとう』って言ってた」 「ああ……。何度もお礼言われると、こっちが恥ずかしくなりそう。ああいう 物でよかったのかなって、気になるし」 「とても喜んでたよ。家に帰って来て、花が飾ってあるのを見ると、ほっとす るってね」 相羽の返事に、一安心する純子。 「それよりも、純子ちゃん、気を遣い過ぎだってさ」 「いいの。感謝してるんだから。−−あ、私からも話があるの」 「何?」 「八月の中旬の日曜日……合宿へ行ってたんだってね」 「ああ。勝馬にプール行かないかって誘われたんだけど、合宿があるから断っ たら、あとで、純子ちゃん達と一緒になったって聞いて、惜しいことしたなと」 鼻の頭をこする相羽。自転車の前輪が、少し左に傾いた。即座に立て直す。 「そんなことよりも、何の稽古? 前から聞いてるのに、教えてくれない。武 道って、柔道や空手じゃないんでしょ」 「うん。簡単に言うと、そういう柔道や空手などを合わせた総合武術。柔斗っ て呼ばれてる」 「じゅうと?」 一瞬、純子の脳裏に「小姑」という単語が去来する。かぶりを振って打ち消 した。 「柔道の柔に北斗七星の斗を当てるんだ。斗には闘うという意味があって、状 況に応じて柔軟に対処することを真髄とする……って、先生が仰っていた」 「……分かった、だいたいは」 柔道と空手を合わせるとはどういう意味なのか等、分からない点はまだあっ たけれど、あまり突っ込んで聞いても容易には理解できないだろうとの気持ち が働き、純子は次の質問に移ることにした。これこそ本題。 「それでさ、話は換わるんだけどね。あの日、合宿が終わったあと、誰かと会 っていなかった? 女の子と」 「ん? 誰かって……あ、天童(てんどう)さんのこと、もしかすると?」 なかなか答えてくれないものと覚悟していた純子にとって、相羽の実にあっ さりした言い様に、気が抜ける。 口をぽかんと開けて「はあ」と応じたきりになった純子に対し、相羽は参っ たように頭に右手をやる。芝居がかった調子で始めた。 「何てこった。見られてたなんて、凄い偶然。そのとき、声を掛けてくれたら、 紹介し合ったのに。どこで見たのさ?」 「どこでって言われても」 場所を答えながら、相羽のあっけらかんとした言動を目の当たりにし、純子 は首を傾げたくなった。 少々逡巡した挙げ句、ストレートに尋ねてみようと決心する。どんな言葉が 返って来るのか予想できないけれど、気持ちに区切りを着けたかった。 「あの、あのね。その人……天童さんて、あなたが好きな相手じゃないの?」 「違う」 間を置くことのない返事。明確な意志の存在が感じられる。その早さに加え、 相羽のぼんやりした眼差しに見つめ返され、純子は話の接ぎ穂をなくした。 次に口を開いたのは相羽だった。 「えっと、念のために説明すると−−天童和美(てんどうかずみ)さんは友達 の一人で、僕が小五のとき、同じクラスだった。それから……ああ、この間、 来てたのは、夏休みで暇ができたからだってさ」 「……天童さんは、あなたに会いに来たんでしょ?」 「まさか。家族旅行のついでだって言ってた」 意に介した風もなく、朗らかに笑顔をなす相羽。 純子はしかし、頭の中で別の判断をしていた。 (それってやっぱり、あんたに会いに来たんじゃないのっ。家族と一緒にこの 近くまで旅行に来たとしたって、わざわざ寄っていくなんて、普通はない) そう考えたものの、相羽がこれだけきっぱり「違う」と否定するのだから、 好きな人とは違うのだろうとも思う。 (それに……天童って人が相羽君の本命だとしたら、他にも変なとこが出て来 るのよね。彼女の方から会いに来るぐらいなら、相羽君、万々歳じゃないの。 バレンタインにチョコをもらえないなんてことも、あり得ない) 早とちりだったみたいと反省していると、相羽が当然の質問を返してきた。 「気になった、純子ちゃん?」 「べ、別に。私じゃなくて、友達がね、気にしてるのよ」 「ふうん。そっか」 相羽は唇をひとなめして、仕方なさげにうなずいた。顔を上げて、抜けるよ うに爽快感あふれる微笑みを見せる。 「もう着いた」 「あ……ありがと」 家の前の通りへ入ったことに、言われて初めて気が付いた純子は、ぴょこん とお辞儀した。上半身を起こす頃には、眼前にレモンイエローの手提げが揺れ る。もちろん、相羽が篭から出してくれたものだ。 受け取って、もう一度頭を軽く下げる。 「じゃあ、またね」 「うん」 相羽は答えてから、少し考える素振りを見せた。自転車を止め、右手を顎に 添えている。 「どうしたの」 「……おじさんとおばさんに、挨拶した方がいいかなと思って」 「−−ぷっ。まだそんなこと言ってる。心配いらないってば」 思わず、指差して笑ってしまった。 相羽はほんの少し口元に笑みを浮かべると、自転車に跨った。 彼の姿が見えなくなって、さあ家に入ろうとしたそのとき、純子は「あっ」 と短く叫んだ。 「また忘れた」 手提げの横ポケットに入れておいたハンカチとミサンガ。 純子は自分の頭をこつんとやってから、ため息とともに肩を落とした。 (お喋りしてると、つい忘れちゃう。夢中になってしまうのよね、不思議) * * 宿題を全て片付けて散会してから、どれぐらい経っていただろう。 町田はサンダルを突っかけると、自販機の缶飲料を買いに外へ出た。 風はすっかりやみ、冷房に慣れた身体を暑気が覆う。せめて気分だけでもよ くしようと、上を向いた。星空を眺める。 (おっ、今夜はなかなか見えているような気がする。ラッキー) 不快指数が少し下がった。 (と言っても、星座も星もほとんど知らないんだよね、私って。見えようが見 えまいが、大きな差はなし) 視線を普段の高さに戻し、自嘲気味に舌先を出す。ついで、友人の顔がぽん と思い浮かんだ。 (純なら、何たら星とかんたら星を結んで、ほにゃらら座になる、なんてこと をすぐ考えるんだろな。うーん、少し羨ましいかもしれない。 それにしても、あの子ったら、どうなってるのかね? 林間学校で急接近し たそうだし、いい加減、相羽君のサインに気付いてもいいのに。 今日はお膳立てしてみたけれども、果たして分かったことやら。−−あ) 思考に熱中するあまり、曲がるべき角を行き過ぎてしまった。頭をかきなが ら、引き返す。 角を折れると、自販機の発する白い光が目につく。と同時に、それに照らさ れた一つの人影をも認識した。二度ほど目をぱちぱちと瞬き、唐沢だと知る。 「何だ、あんただったの」 「ご挨拶ですなー」 振り向いた唐沢は案外、にこにこしている。その指が、ボタンを押した。缶 が取り出し口内へ落ちてきて、重たげな音が通りへ派手に響いた。 缶を手にした唐沢に、即刻立ち去るような素振りはない。場を譲る具合に数 歩退いただけで、ずっといる。 「芙美も買いに来たのか、ジュース」 「見りゃ分かるでしょ」 家族に頼まれた分も含め、まとめてお金を入れる町田。まずは自分の飲みた い物から。 「おかしいな。コーヒー嫌いじゃなかったっけか?」 後ろから問いかけてくる唐沢。町田は振り返りもせずに、二本目を選択した。 「いくつのときの話をしてるんだか。この、おばか。味覚って変わるのよ。子 供のは苦い物が嫌いで−−」 「それぐらい知ってる。ただ、頑固者は舌も変わらないと思ってたからなあ」 「……」 意味を察するや、町田は一八〇度方向転換し、手にした缶を相手の首筋に押 し当てた。 「つ! な、何するんだよ、いきなり」 半歩飛び退き、唐沢はわずかに濡れた首を手で押さえる。その目が白黒して いるのを見届けて、町田は満足した。 「理由は言わなくても、分かるでしょうが。だーれが、頑固者だ」 「……とほほほ。心臓が弱かったら、ショック死してたかも。丈夫に生まれて、 ほんと、よかった」 白々しいリアクションの唐沢を放って、最後の分まで買い切ると、町田は缶 を腕に抱えて帰ろうとした。 「待てよ。袋ぐらい、持ってねえの?」 「忘れた」 「ったく。冷たいだろ。持ってってやるよ。半分よこしな」 町田が否とも応とも返事しない内に、手を伸ばしてきた唐沢。 「結構よ」 と言って、身をよじってかわそうとしたが、相手の方が一瞬早かった。二本 を残し、軽くなる。 「遠慮するなって。どうせ散歩してたんだ。暇つぶし」 「……あんたみたいなのでも、一人で散歩するんだ?」 反発しても疲れるだけと知っているので、町田は嫌味混じりに言ってやった。 ポイントは「一人で」にある。 唐沢は瞬時、肩をすくめたようだったが、やがて真面目口調で答え始める。 「まあな。これでも悩み多き青少年なんでね」 「ほー」 「いやあ、まじで頭、悩ませてるんだよ。こうも頻繁に女の子達とデートして いたら、行くところがなくなってきちゃってさ。低予算で行けるどこかいい場 所はないものかと、日々、知恵を絞っているわけでして」 「……あんたって、そういうので楽しい?」 軽蔑の眼差しを作る町田。 唐沢はそれに明らかに気付いていながら、にんまりと笑みを浮かべた。 「楽しい。あ、待てよ。もてすぎてつらいと思うことも、たまにあるな」 「あほか。あーあ、全然分かんないわ。こんなのがどうして人気あるんだか。 よくそれだけ、節操なしに付き合えるわね。あとでややこしいことにならない ように、お気をつけ遊ばせ」 「なるわけないもーん。俺、深い付き合いはしない質だから」 「問題発言ね。どうでもいい子とばかり、いい加減なデートしてるんだ?」 「どうでもよくはないが……本気で、心の底から好きなわけじゃない」 「あ?」 唐沢の表情が真剣になった風に見えて、町田は立ち止まった。もう自宅は目 の前だというのに。 つられたのか、自らの意志か、唐沢も歩くのをやめている。 不自然な間ができそうになるのを嫌って、町田は質問を継ぎ足した。 「ということは当然、あんたが本気で好きな女の子って、まだ見つかってない のかいな?」 「−−それがいるんだよな、不思議なことに」 斜め上を見据えながらつぶやくと、唐沢は缶ジュースを前に突き出した。 「ほら。すぐそこだから、もういいよな」 町田は一拍遅れて受け取ったあと、今度は本心から尋ねる。 「話をまとめると……その子にはまだ手を出してないわけ?」 「そ」 素っ気ないにもほどがある返答。 「めーずらしいわね! あんたが速攻で勝負かけないなんて」 「ふん。本気の場合はな、違うんだよ。柄にもなく躊躇したり、譲ったり−− いやいや」 唐沢は両手を腰に当て、短い間うつむくと、町田に背を向けた。これまで来 た道を引き返しつつ、缶を持っていない方の手をひらひらさせる。 「じゃあな。今日は結構楽しかったぜ」 「−−どうも、ありがと」 何本もの缶を抱えたまま、町田は新たに浮かんだ疑問に首を捻った。 (それって誰よ?) −−つづく
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE