長編 #4598の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
町田が同意するのを聞きながら、純子は今日一日、ポイ捨てをしなかったか どうかを思い起こしていた。普段は注意していても、お祭りのような楽しい場 になると、周りの雰囲気に流されがち。 (うん、大丈夫だわ。さすがに持ち帰りはしなかったけれど、全部くずかごに 入れた) まずは安心できた。足取りも軽くなる。 やがてマンションに到着。管理人室の前を通過する際、もはや顔馴染みにな った管理人の若い男性に会釈する。 「ねえ、相羽君」 エレベーターに四人で乗り込んでから、純子は聞いてみた。 「あの管理人さんて随分若い感じよね。いつからやってるのかな?」 「越してきたときには、もういた。最初はもっと年配の方がやってたそうだよ。 でも、その人がすぐ体調を崩して、臨時に来たのが今の人。そのままずっとや ってるんだってさ」 「ふうん。じゃ、本職じゃないんだ?」 「でも、しっかりした、信用できる人だよ……って、純子ちゃんは知ってるよ ね。前のあれで」 「うん」 最上階に到着した音が、短く鳴り響く。 フロアに立ち、相羽のあとについて行く。数段のステップを昇り、明るい緑 色をした扉をくぐると、屋上に出た。 マンションの住人達だろう、小さな子のいる家族連れが目に着いた。そのほ とんどが花火を待ちかまえ、柵のすぐ近くにいる。 ぐるりと見回すと、今出て来た戸口の上には、パラボラアンテナが二つ設置 されているのが分かった。それぞれの方角に向けられている。他には、給水タ ンクらしきクリーム色をした大きな球体が据えられているぐらいで、広々とし ている。ただ、足元には何かとコンクリートの出っ張りがあって、注意を要す だろう。 純子達四人も、花火の上がる方を向いた柵に陣取った。左から町田、富井、 相羽、純子という並びで、鈴なりに。 地面を歩いているときはどちらかと言えば蒸し暑かったのに、高くなると風 があって、気持ちよかった。加えて、見下ろす景色は赤や青などの街灯りが、 そこかしこできらめき、なかなかの眺め。 「――あ。相羽君、お母さんは?」 夜景に見取れかけていた純子は、ふと思い出して、左隣へ顔を向けた。 相羽も純子を見て、小さな声で答えた。 「仕事中」 「そうなの……」 「どうしたのさ? しんみりした声になっちゃって」 「別にっ。ご挨拶できなくて残念だわって思っただけ」 純子の声が高くなったのは、機嫌を損ねたからではない。母子家庭だという ことになるべく触れないでいようとして、つい過剰に反応してしまった。 そのあと、今度は富井が相羽に話しかける中、花火が上がり始めた。まずは 定番の「菊」からだった。 夏祭りの花火大会は、夜九時でフィナーレを迎える。 盛大な連発のあと、川沿いに展開された滝のように流れ落ちる花火をぼんや り眺める頃には、耳の調子がすっかりおかしくなっていた。余情に浸っていた ため、すぐには気付かなかったけれども、互いに声を掛け合う内に分かる。 「距離があるから、平気だと思ってたのに、川岸で見てるのと変わらない」 一階まで降りてからも、耳の穴をしきりにいじっている町田が、ため息混じ りに言う。 「ま、かなりよかったけれどね。来年からも寄せてもらおうかしら」 「どうぞどうぞ。他のみんなも遠慮なく」 相羽は町田以外の二人にも微笑みかけた。 途端に、果物が色づくみたいに頬を赤く染める富井。手を口元に当て、伏し 目がちになってしまった。 純子も内心、どきっとするぐらいの笑顔。思わず、胸に片手を当てた。 (これって、やっぱり……私、相羽君を好きになってるの?) 戸惑う。そして、判断できない。 (仮にそうとしてもよ。今になって言い出すのは……郁江達に悪い。郁江、久 仁香、もしかしたら遠野さんに芙美、それにルミナちゃんにも、白沼さんにも 嘘をつくことになる。何とも思ってないって言い続けてきたんだから) 考え込んでいると、みんなの会話が耳に入らなくなっていた。 富井に袖を引っ張られて、はっと顔を上げる。 「え、何?」 「もお、また聞いてないんだからあ。相羽君が送ってくれるって。純ちゃんは どうする?」 「……郁江は送ってもらうのね?」 純子が聞き返すと、富井は黙ってこくりとうなずいた。 視線を町田に移す純子。 「芙美は?」 「ん? 私は途中まで。道が一緒だからね」 「じゃ、私は遠慮しとく。相羽君にとんでもなく遠回りさせちゃうの、悪いわ」 「僕なら別にかまわないよ」 「何言ってんの」 袖を一度たくし上げてから、相羽を指差す純子。距離を詰めて、忠告する風 に小声で言った。 「早く家に戻って、お母さんを待ちたいんでしょうが。違う?」 「それは……そうだけど」 「だったら、決まりね」 笑みを見せつつ、頭の中ではほっとする。 (冷静になって考えなくちゃ) 純子はうちわを持った手を振って、富井ら三人に別れを告げた。 夜道を一人、心持ち早歩きで行く。相羽のマンションから自宅までの道は、 その両側に外灯が並んでいるから、怖さはほとんどない。むしろ、交通量が多 い通りなので、車に気を付けるべきであろう。 とは言っても、脳裏では、先程来の懸案事項がちらつく。 (この、もやもやっとした気持ち――『好き』なの?) 答はすぐに出そうでいて、でも、簡単には明らかにならなくて。 (自分が相羽君を好きなのかどうか……分かんないよ。あいつのどこが気にな るの? 何がいいの? 優しいのは――あいつ、みんなに優しいから。困ってるのが私じゃなくって も、きっと手を貸す。 好きとかどうとかは無関係に、話していて楽しいってのはあるわ。趣味が重 なる部分も多いけれど、そればかり話題にしてたわけじゃない。どちらかとい うと、話すこと自体が楽しいのかも。でも、相羽君とはたまたま縁があって、 話す機会が多かっただけっていう気がしないでもないのよね) 考えごとをしているおかげで、純子の歩く速度は極端に遅くなっていた。 (本当に弱っちゃうな……よく分からないけれども、本気で好きにならない内 に、気持ちを切り換えた方がいいのかしら) 友達や顔見知りの存在を考えると、積極的になれない。それに、自分はこれ まで、彼を何とも思っていないと言い続けてきたではないか。 (もしも友達のことを切り離せたとしたって、もう一つの大きな壁がある。あ いつにはこれと決めた本命がいるのよ。どんな人なのかは知らないけれど、相 羽君があれだけ一途になるんだから、きっと素敵な人なんだわ。そんな人に対 抗して、相羽君を他へ振り向かせる自信なんて全然ないし……それぐらいなら、 今の、友達関係のままでいい) 思考の途切れ目、ちょうど交差点の手前に来た。はあ、と大きく息をつく。 (せめて、真っ白な状態だったら。相手の気持ちを全く知らないでいたのなら、 希望を持てたかもしれないのに) 車道を横断する。自分の足音が聞こえるぐらいに静かだった。 (あれは六年生のとき――嘘の告白をするぐらいだから、私のこと、何とも思 ってないに決まってる。いくら頑張っても……だめ?) キス事件を思い出すのは何度目だろう。夜目にかすむ遠くの景色と同様に、 暗澹たる心持ちになりそう。外灯を見つけなくちゃ、心に。 かぶりを振った純子。精神的に疲れてしまい、深い息を吐く。それからうち わで顔に空気を当てた。 (相羽君――男子の中で一番の友達) 胸の内でそう唱えたのと同時に、純子は片方だけ裸足になっていた。 置き去りにされた右のサンダルを慌てて振り返り、短い距離をけんけんして 取りに戻る。指先でつまみ上げるのは、ちぎれた鼻緒。 「あーっ、切れた!」 一つ向こうの大通りを行く車の音に、純子の叫び声はかき消された。 (鼻緒が……。ついてないっ) 久しぶりに履いたとは言え、使い古した物ではない。歩き方が悪かったのだ ろうか。純子は懐をあちこち探った。 厚手のハンカチが出て来た。手の平に乗せ、目を凝らしてから首を捻る。 (手ぬぐいなら、結わえるかもしれないけれど……これだけ分厚いと、ハンカ チじゃ難しい) 足とサンダルをハンカチで直接結ぶ方法さえ考えたけれど、さすがにそれは みっともないと思い直した。 (家まであと少しだし、裸足のまま行こうか。注意してゆっくり歩けば、多分、 大丈夫……) 意を決して、うちわを帯の背中側に挟むと、サンダル片手に歩き出した。素 足の右は、爪先立ち。当たり前だけれども、アスファルトの微妙なでこぼこが 直に伝わってくる。 「――純子ちゃん?」 突然、背後から呼ばれた。 相羽の声だと即座に分かり、どきりとしつつ、振り返る。 彼の姿はすぐには視認できなかったが、代わりに自転車に乗った人影が目に 入った。シルエットで、相羽だと分かった。 「何で……いるの?」 純子が問いを発する間も、相羽の自転車のライトは近付いてきて、左隣で停 まった。 「心配になって、飛んで来たんだ。追い付けてよかった。どうやら無事……」 途切れる相羽の台詞。純子の手にある物に気付いたらしい。 「そのサンダル、どうしたの?」 「鼻緒が切れちゃった。運が悪いわ」 照れ隠しの意味もあって、舌を覗かせる。 「ということは、足――」 「そう」 答えるまでもないと、自分の足元を見やる純子。 相羽も同様にしてから再び面を起こし、一度唇を噛みしめ、言った。 「後ろに乗って。送る」 「え。そんなの、いいわよ」 「よくない。サンダルは直らないんだろ? 裸足で帰る気だったの?」 「そうよ」 純子の返事に、相羽はしばらく考える仕種を見せた。どことはなしに、呆れ 顔になっている。 「……モデルさんの自覚が足りないんじゃないか?」 「そんなこと言ったって、歩いて帰るしかないんだから。距離も、そこからそ こまでよ」 鼻緒が切れた地点と、自宅の方とを、目線で順に示す。 相羽は焦れったそうに肩で息をつくと、後ろの荷台をぽんと叩いた。 「今は、歩いて帰る以外の方法があるでしょ。安全運転で行くから、安心して 乗ってほしい」 「――うん」 親切を素直に受け取ることにした。 背を向けると、足を揃えて、腰を荷台に落ち着かせる。左に身体を傾けるよ うにして、相羽の胴に両手を回した。 「しっかり掴まって。片方の手で、もう片方の手首を強く握る感じに」 「うん。持った」 相羽の背中に、左頬を預ける風にして、そっともたれかかった。 「いい? じゃ、出発」 ――つづく
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