長編 #4591の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
無数の節足。赤ぐろく輝く甲殻。まがまがしくふりかざされた、巨大なハサミ。 大きさこそ子犬ほどだが、頭をなでれば喜びいさんでころげまわる、というわけに もいかないだろう。 一匹、二匹、五匹十匹二十匹。群れをなしてわれさきに、殺到してくる。――こ れまでと同様に。 おれは叫ぶ。 叫びながら、剣をふるう。 果て知れずつづく悪夢の感覚に胸内を攪拌されながら。 ここはどこだ! 記憶は波のように訪れては去る。ときに鮮明に。ときにはおぼろに。共通してい るのは、ただ混乱。おれは剣をぬき、わめき、ふるいつづける。いまもまた。 もう幾度めかもわからない。それとも、これが初めてなのか? 大剣をふるう髑 髏の妖魔が、にたにた笑いをうかべておれを追いこむ。これで何度めだろう。無際 限にこの化物と刃を交えてきたような気もする。切り裂かれ、頭蓋骨を砕き、打ち こまれ、四肢を切り飛ばし…… だが、雷鳴のように悪夢の混沌を走りぬけた。 そう。声だ。呼びかけ。所在すら知れぬ、頭のなかだけでひびく奇妙な呼びかけ。 女の声。 (ダル――) それはそう呼んだ。 ダル――ダルガ! そうだ。ダルガ。それがおれの名だ。 「アリユス!」 認識よりさきに、口が叫んでいた。 かあ、と、剣をふるう白骨が大口あけながら切りこんでくる。 かろうじてかわしながら、おれの口もとに笑みがうかぶ。 そう。アリユス。ともに旅をつづけてきた道づれのひとり。幻術使アリユス。 幻術! そう。幻術だ。空中から火をとりだし、見えぬ刃で仇敵を裂き、ひとの思考やま だ訪れぬ未来を読む超常の力。この果て知れぬ悪夢のくりかえしも、何者かの幻術 にちがいない! 認識は、限りない安堵を生む。依然、危機的状況に変わりはない。それでも、な ぜ自分がこのような場所にいなければならないのか、その端緒なりともつかめたの だ。 おれは笑う。歯をむきだして笑う。笑いながら、狂ったように剣をふるいつづけ る。 悪夢はつづく。妖魔。妖魔。妖魔。剣。剣。剣。強襲はとぎれることなくおれを 苛みつづけ、そしておれは萎えそうになる魂に怒りの炎をくべつづけることで自分 をつなぎとめる。 記憶はあいかわらず波のようだ。ときに、アリユスの呼びかけがあったことすら 忘れるほどに。だが、呼びかけはとぎれながらつづいた。まるで、こときれる寸前 の老人の遺言のように。 とどけられる切れぎれの断片をつなぎあわせ、どうにか自分のおかれた状況を把 握した。どうやら、おれは眠らされているらしい。 敵対する幻術使の罠にかけられた、ということのようだ。眠りの神アフォルの、 暗い側の檻に、閉じこめられてしまったのだ。 おそるべき悪夢の連続は円環をなし、そこでおれはとぎれることなく化物相手の 戦闘を強いられる。敵を討とうと討たれようと、状況は打開すべくもなくただ延々 とつづくのだという。 それだけをどうにか理解した時点で、おれはあやうく絶望にうちのめされるとこ ろだった。どれだけくりかえそうと終わりがないのなら、ただただ疲労が蓄積する ばかり。いきつくさきは、狂気しかあるまい。事実、アリユスの呼びかけがなかっ たらおれは確実に発狂していたはずだ。 正気の縁におれをつなぎとめていたのは、アリユスへの信頼だ。闘いつづけてい るかぎり、いつかきっとアリユスがどうにかしてくれる。おれの闘志が狂気に屈服 しないかぎり、かならず状況は打開されるだろう。その想い、ただそれだけが、と もすれば萎えそうになるおれの意志を支えつづけてきたのだ。 が、そんなおれの希望的観測は、どうやら甘すぎたらしい。 (遠い……) 剣をふるいつづけるおれに、アリユスの呼びかけが絶望的にひびく。 (遠ざかる……ルガ……とどかなくなって……もう……妨害……自力で……) 「アリユス!」 思わず叫ぶ。答えは返らず、ただうわごとのように、とぎれとぎれの言葉が浮か んでは消える。 (法則……かならず終点は……共通……すべての敵を……ダ……きらめないで……) 声は徐々に遠ざかり、そしてふいに、ぷつりととぎれる。 おれは叫ぶ。狂ったように呼びかける。アリユス! アリユス! アリユス! だがそれっきり、二度と声は呼びかけてこない。くりかえされる悪夢の底で、おれ はふたたびひとりになる。 つき動かしていたのは、ただ惰性だけだった。 剣をふりまくりながら、おれは必死になって考える。アリユスは最後に、なんと いっていた? 最後に。最後に。なんといっていたのだった? 共通。そうだ。共通だ。共通する点……。 姿かたちはさまざまでも、かならず目に見える敵が襲ってくる。これだけはまち がいない。 そしてそれは、剣で斬れる相手でもある。 敵として幻術使のような存在がでてくれば、あるいは催眠術でも使っておれの闘 志を根こそぎ奪い去る、といったような方法も考えられる。その手の相手であれば おれには対抗するすべはない。が、そういったたぐいの敵は皆無だった。数の多寡 や能力のちがいはあるが、必ずおれの、この剣技で対抗できる対手なのだ。 それに、夢のなかのできごとなら、突いても斬っても殺すどころか傷ひとつつけ ることができない、という場合もありそうだが、少なくとも両断すればおれの眼前 では屍をさらす、という点も共通している。甦ってくるのは――そう、おれが敗れ て、倒されたときだ。 つまり――やり直しだ。 敵を倒し切れば、おれはさきに進める。だがおれが討たれれば、最初からやり直 し。 それがこの世界の法則らしい。 記憶の混乱と忘却は、おれから学習能力を奪うのが目的だろうか。くりかえせば、 対処も覚えて能率があがる。それだけはやくさきに進める。それを阻止するためだ とすれば説明はつく。もっとも、この混乱と忘却がおれをかろうじて正気の縁につ なぎとめていた、とも考えられるからその点では悪いことずくめでもない。 そして、アリユスの呼びかけに気づいて以来、すこしずつだが、忘却もおれから 遠ざかっている。 そう。以前、アリユスにきいたことがある。幻術使の使う力は超常的で、普通の 人間からすれば万能としか思えないが、そこにも厳然と法則も限界も存在するのだ と。幻術使は常人とは異なる力を駆使することができるかわりに、実は常人以上に 苛烈な法則に縛られ、その範囲内でしか力をふるうことができないのだ、と。 となれば、この悪夢からも、どうにか逃れるすべがあるのかもしれない。 アリユスは何といっていたのか。おれはつぎつぎに襲いかかってくる化物どもを 斬り倒しながら、必死になって考えた。 終点。たしかにそういっていた。 階層だ。忘却と混乱に攪乱されて体系的に観察できなかったため気づかなかった が、出現する敵は、おれが勝ちつづけるにつれてその難度を増していく。つまり円 環ではなく、上にのぼりつづける螺旋だ。のぼりつめ――最後の敵を倒すことがで きたとき、この悪夢から解放される――のか? 確信はない。だが、ほかに打開策がない以上、頂点めざして闘いつづけるしかな かった。ただひたすら、剣をふるう。 最後だろう。まちがない。ここが最後のはずだ。 根拠はない。ただ、勘が執拗にそう告げている。 いつ以来か。おぼろにかすんでいた記憶をむりやりつなぎとめることでおれは、 ともすれば朦朧としがちな頭に活を入れつづけてきた。いまでは記憶はどうにかと ぎれることなく連続している。 眠けや空腹が襲ってこないのは幸いだったか不幸だったか。現実界ではおれは昏 睡しつづけているらしいから睡眠の欲求がこないのはとうぜんかもしれない。空腹 が相手では剣のふるいようがないのでこれも歓迎すべきことがらだろうが、ものを 食うことができないというのは精神的に飢餓感をつのらせるものだとおれは狂おし く自覚しはじめている。 疲労……疲労は、ある。おそらくは精神的な疲労だろう。肉体は疲れない。いや、 疲れはするが、敵を倒しきり、べつの世界へと転移すると疲労もまた消えている。 でなければ、これだけ闘いつづけているのだ、もはや立ちあがることすらできない はず。 おれは剣の柄に手をあてたまま、油断なく四囲を見まわす。 あたりは一面の闇だ。自分の手もとすら視認することができない。ようすがどう なっているのかはまるでわからないが、おそらく何もないのだろう。足もとは平坦 な、床のようなものが延々とつづいてるだけだし、どれだけ歩いても壁はおろか、 石ころひとつころがってはいない。 おれは待つ。 全身を感覚に変えて。 視覚がきかない以上、気配で敵をとらえるしかない。不可能事ではないが、ここ ではなぜか、一度としてうまくいかない。 そう。八度めだ。記憶をむりやり留めるようにしてから、合計八回、おれはここ までたどりついた。 八度が八度とも、完全に理解していた。敵を倒さねばこの悪夢は終わらない、と。 だから、いつ、どこから襲われても対処できるように、臨戦態勢で待ったのだ。 毛ほどの、気配の変化も逃さぬように。 そして、八度とも――たしかに、その気配をとらえた。 そのはずだ。手ごたえはあったのだから。 だが、ほぼ同時に、おれは激烈な打撃を感じて“死んで”いる。 敵の得物は、剣だろう。この悪夢のなかに限らず、現実界で闘っていたときにも、 幾度となく剣で斬りつけられたことはある。あちら側では幸いにして死にいたるま での痛撃を受けたことはなかったが、それに近いものなら何度か経験もある。 だから、ここでの敵の武器が剣であることには確信があった。 姿が見えないのではっきりとはいえないが、おそらくは妖魔ですらあるまい。こ こにたどりつくまでの無数の階層で、襲いかかってくるのはつねに人外の化物ばか りだった。だから、ここでの敵がそうではないという理屈もないのだが、やはりお れの勘がささやきつづけている。敵は、人間だと。 安心できる情報じゃない。ある意味では、人間こそがもっとも手ごわい敵なのだ。 現におれは、八度、あるいはそれ以上、敗れつづけている。打開策もうかばない。 ここまでの敵なら、八度以上ものくりかえしの記憶が、対処法を確立しつつある。 つまらない失策でもしないかぎり、時間はかかっても倒しきることができるだろう。 だが、ここでの敵はどうすれば勝てるのか目算を立てることすらできない。なに しろ気配を感じた瞬間に、切り裂かれているのだから。 ……否。 目算が、いっさい存在しない、というわけでもない。 ある考えが浮かんでいるのだ。 待ちつづける。 暗黒。静寂。ただどこまでも。 このままここで、永遠に待ちつづけなければならないのかもしれない。 そんな錯覚までもが、ふとおれを襲う。 ちがう。この世界には法則があるはずだ。剣で倒せる、明確な“敵”の存在。 見えない。これが最大の障害だ。そしておそらくは……それが敵の正体の核心で もある。そのはずだ。そうでなければ、ふたたび最初からやり直しだろう――たぶ ん、永遠に。 ごくりと、喉がなる。 そうだ。幾度となく戦いつづけてきた敵だ。ここへくる以前にも。そしておそら くはこれ以後もまた。 まちがっていれば、どうなるかはわからない。たしかにここには法則がある。無 際限の悪夢地獄だが、見かたをかえれば失敗しても最初からやり直すこともできる。 が、おれの考えが見当ちがいなら、もしかしたらそのやり直しの機会すら断ち切 られるかもしれない。法則に縛られていても、そこには必ず抜け穴がある、ともア リユスはいっていた。その抜け穴をとらえて、幻術使は敵を倒すのだと。 これがその抜け穴かもしれない。敵の姿がない以上、この可能性に至るのも不自 然ではないだろう。賭だ。考えようによっては、あまりにもバカげた賭にほかなら ない。ふつうなら、こんな賭にはのらないだろうが――ここは、ふつうではない。 罠か。出口か。ふたつにひとつ。 だが、おれにはほかの可能性はもはや考えられない。六度めにはすでに疑問がき ざしていた。ためらっていたのは、試さずとも最初からやり直せるとわかっていた からだ。 だが、もう限界だった。 気配。 ぴくりと、肉体がふるえる。 いままでなら、感じた瞬間に剣を抜き打っていた。反射を、意志で抑えこむ。 いる。眼前。おそろしいまでの殺気。いましも両断されそうな恐怖が、柄にかけ たおれの手を責め苛む。抜け、斬れ、討ち倒せ。眼前の恐怖を! ぎりり、と奥歯をかみしめ衝動に耐え―― やはりだ。おれが抜かなければ、敵も斬りつけてはこない。 無力に討ち倒される覚悟で、これだけを確かめたかったのだ。 賭ける。 おれはひとつうなずき、目を閉じる。 敗れれば、最悪の場合ほんものの死だ。 が、それでもここよりはましかもしれない。 おれは目を見ひらき――剣をぬく。 そして、突き刺す。 ――眼前の敵ではなく、おのれ自身の肉体を。 激痛。そして―― 場所指定「夢」の中――了
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