長編 #4560の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「はい?」 注意が一つに集まって、他のことにまで気が回らなくなっていたらしい。純 子は肩の辺りを揺さぶられて初めて顔を上げた。 相羽は人差し指の先を少し曲げ、純子が座る椅子の手すり付近を示す。 「ひょっとしたら、椅子の隙間に入り込んでない?」 「あ。ちょっと待って」 お尻の位置をずらし、右の手すりの下、ソファのつなぎ目を見やると。 「あった!」 つまみ上げ、相羽に見せる。そのまま頭を下げた。 「ごめん。お騒がせしました」 「いいって。見つかってよかったね」 微笑んだ相羽はその表情を残したまま、周りの男子との会話に舞い戻る。 「やっぱり、仲がいいんだ」 もう落とさないように純子が鉛筆を筆入れに仕舞っていると、先生の声が聞 こえた。 「そんなことありませんたら。普通です」 純子の抗弁は、再び始まったカラオケにかき消されたかもしれない。 朝方は澄み切っていた空に、今、白い雲がぽつぽつ浮かんでいる。山に近付 いたせいなのかもしれない。 バスを降りた瞬間、案外涼しいと感じたのは錯覚だったようだ。やはり夏、 暑いものは暑い。クーラーに慣れてしまっている上、そこここにある背の高い 大木からの蝉の合唱が、暑い感覚に拍車をかける。ただ、木陰に逃げ込めば、 一転して風が心地よい。 生徒達はキャンプ場使用の注意事項を聞いたあと、お弁当による昼食を済ま せ、続いてテントを張り終えた。これから一時間強は自由だ。学校が作ったし おりでは、自然と触れ合うことをする旨が指示されていたが、さて何ができる か。 「散歩を兼ねて、ちょっと探険しとこうよ」 わざわざよその組から遠征してきた町田と井口に誘われて、純子も付き合う。 他には純子と同じ班になった富井と遠野。 キャンプ場はテントを張るスペースや集会場所を除くと、段々畑さながらに 段差がそこかしこに設けられていた。区画ごとにブロックを積んだかまどがあ る。飯ごう炊さんのための物だ。 そこを抜けると、ちょっとしたフィールドアスレチック場になった開けたと ころに出た。すでにたくさんの生徒――ほとんど男子−−が、ターザンよろし くタイヤを吊したロープにぶら下がって揺られたり、丸太の橋の両端から進ん で真ん中でじゃんけんしたり、あるいは白く太い紐でなわれたネットに足を取 られそうになりながら渡ったりと、はしゃぎ声がこだまする。 「ちっ、出遅れたか」 芝居がかった調子で舌打ちする町田に、他の四人は苦笑で応える。 「肝試しって、どこでやるんだろう?」 富井が唐突に言った。不安げに周囲をぐるりと見回している。井口が首を傾 げながら口を開いた。 「さあ? 分かってたら、先に見とくといいかもね」 「恐がった方が得かもよ。男子とペアでやるんだから、か弱いところをアピー ルする」 冗談半分らしい町田の意見に、富井は真顔になった。 「相手によりけりだよぉ」 十組では、肝試しのペアは抽選で決められたのではなかった。 当初は抽選の予定だったのだが、白沼からクレームが付けられたのである。 曰く、「班分けで希望のかなわなかった人を優先して、ペアを組むのがいいと 思います」と。この案があっさり受け入れられ、班の決定と同様、小菅先生に よってペアの振り分けが行われた。 果たして、白沼の思惑通り(に違いない)、彼女は相羽とのペアを手にした 次第。なお、先ほど嘆いた富井は柴垣と、純子は唐沢とである。 「純は唐沢の奴と?」 初耳である町田の顔が多少歪む。どうでもいいが、段々と呼び方がひどくな っているようだ。 「ええ、そうだけど、それが」 「気の毒に」 しみじみ言われ、純子は首を振る。足元で小枝の折れる音がした。 「そんなことないよ。唐沢君が相手に決まったとき、うらやましがる声がたく さん上がったんだから」 班分けのアンケート用紙に、唐沢の名を書いた女子は大勢いたはずだ。それ なのに唐沢の名を書かなかった純子とペアになったのは、どうやら先生の配慮 らしい。つまり、あまりにも希望者が多すぎて、誰と組ませてもバランスが悪 そう。それならいっそ委員長の涼原さんに……という舞台裏ではないかと想像 される。 「ふーん。相変わらず、人気取りに精を出しているようでございますね」 「芙美〜」 「それに相羽君もかわいそ。よりによって白沼さんとだなんて」 「そりゃあ……仕方ないでしょ」 富井や井口、遠野らに悪いかなと思いつつ、そう言った純子。 呼応するかのように、遠野がふっと思い付いた風につぶやく。 「相羽君が誰を書いたのか、気になる……」 「え? ああ……でも、まさか白沼さんは書かないでしょ」 純子の楽観的見解。 「最近になって、白沼さんのプレゼント作戦に辟易してたみたいだし」 「それだと、相羽君の希望、班分けの段階でかなったのかな」 頬を染めながら、遠野が声を弾ませた。押さえ切れない期待感が漂う。 富井も意味するところを察して、きゃあきゃあ言い出した。 対して、町田は少し考える風に木を見上げる。かと思ったら不意に視線を落 とし、ついでとばかり小石を蹴飛ばした。 「喜ぶのは早いかもよ。お二人さん、というか純も含めて三人に聞くけれど、 アンケートで誰か男子の名前を書いたの?」 「もっちろん、相羽君!」 いの一番に叫んだ富井。続いて遠野と純子も同じことを答える。 「だったら、郁達の願いが優先されたのかもしれないじゃない。相羽君、人気 があると言っても唐沢ほどじゃないでしょうし」 「そうそう」 同調したのは井口。 「そうでも思わないと、やってられなーい」 「夢を壊さないでよぉ」 富井が言って、じとっとした目つきで町田を見やる。町田は町田で、からか うように冷たい調子を維持した。 「現実的な指摘をしたまでよ」 「ひーん。芙美ちゃんには恋心っていうものが分からないんだわぁ」 今度は泣く真似を始めた。 町田は肩をすくめ、「へいへい、さようでございますか」と呆れ口調に。 それから一分ほど行くと、お寺の横に出た。墓石が列んでいるのが見える。 「ここ、肝試しの雰囲気にぴったりだよ」 「そんな感じねー」 「でも、墓場を肝試しに使うなんてこと、許可してくれるのかな?」 あれこれ言いながら辺りを一周してみる。昼間歩くとまるで恐くないが、こ れが夜、暗闇の中になると全く違った様相を呈するのであろう。 「お。スケッチしてる人がいる」 井口が心持ち背伸びしながら言った。 「……長瀬君もいるわ」 「ほんとだ」 クラスは違えど知ってる顔を見つけ、みんなで駆け寄った。幸い、長瀬は一 人でスケッチに熱中している。 「長瀬くーん!」 「あ? あれ……」 座布団大の石に腰を下ろしている長瀬は、振り返ると同時に目を丸くして、 ちょっと驚いた様子を見せた。 「や、久しぶり。暇にしてるみたいだな、こんなとこまで来るなんて」 「まあねえ。調子はどーですか」 スケッチブックを覗き込む。寺と木々、それに後ろに広がる山を、色鉛筆で きれいに写し取っている。 「風景を描くのもうまいんだ?」 純子が感じたままを言うと、長瀬は苦笑いをした。 「この程度ならうまいなんて言えないんだがな。見られると恥ずかしくて描け なくなる」 言葉の通り、描くのをやめてしまった長瀬。 「似顔絵の方が自信あるし、面白い」 「それなら」 純子と富井、井口の三人は町田と遠野を振り返った。 「描いてもらおうよ。芙美、遠野さん?」 「私はパスするわ。長い間動かないでいるのって、できない質だから」 顔の前で片手を振る町田。 「二人分だと時間も足んないだろうし。遠野さん、描いてもらったら?」 「私は……」 最初は躊躇していたが、長瀬が描きたいなと言ったせいもあってか、遠野は 覚悟を決めたらしい。長瀬の正面、身構える風に背筋を伸ばし、座った。 「固いな。みんなで笑わせてあげないと、くらーい絵になるぜ」 そう言いながらも、快調に手を動かす長瀬。さらさらと鉛筆を走らせる音が 聞こえてきそうだ。 純子達四人は描き手の所望を受けて、遠野へあれこれ話しかける。「カムリ ンが隣に座ってると思えば、幸せな表情になれるんじゃなあい?」とか、「ジ ェットコースターに乗ったときの、顔面蒼白ってのもよいかも」なんてみんな で言ってる内に、遠野もほぐれてきた。 「……へえ。知らなかったな」 長瀬がつぶやいたのを、その場の五人の内、誰々が聞き留めたものやら。 「結構かわいいじゃないか」 飯ごう炊さんは、最初からライターの火を使えたから、楽と言えば楽だった。 だが、普段しない作業を次々とこなすのは大変で、煙と熱さに苦戦しつつどう にか進めていく。 「気を付けて! 灰が入る!」 火の具合を見ている遠野の後方で、富井が悲鳴を上げた。 カレーの鍋の方も慌ただしい。たまに、風の悪戯で舞った灰が、鍋の上空を ひらひらと行き交う。その度にうちわで追いやるのだが、何度か冷や汗ものの シーンがあった。 「あ、ちっちゃいのが飛んでるっ」 「灰ぐらい、ちょっと食べても死にやしないよ」 水を運んできた勝馬が超然と言う。 「気分の問題だよお。入ったら、取り除いたって嫌な感じじゃないのーっ」 強い調子で抗議する富井のすぐ横では、純子が男子に指示を出す。 「あ、勝馬君、帰って来た? 次は食器並べを手伝ってね。相羽君と唐沢君は、 ご飯を降ろすのを手伝って」 「ほいほーい」 唐沢が間髪入れずに反応した。夕方、しかも逆光になっているので表情は判 然としないが、機嫌よさそうな響き。動きもなかなか素早い。唐沢は相羽に声 を掛け、手際よく仕事をこなしていった。 (唐沢君ていい人なのに、どうして芙美ったら、乱暴な言い方するんだろ) そんな唐沢の様子を目の当たりにし、純子は地面に散らかった野菜屑を片付 けながら考えてみる。 (最近は、唐沢君の方も芙美を相手にするときに限っては、口が悪くなってき たみたい。唐沢君が女の子にあんな口を利くなんて、怒ってるのかもしれない よ。仲よくやるのがいいと思うんだけどなあ。でも、芙美に直接言ったら、機 嫌悪くされそうだし……) 純子の思考は、やがて中断された。 「カレーもできたよ」 左右を見渡す。どうやら他の班に遅れを取りはしなかった模様だ。いや、む しろ早いくらい。まずは、三人いる調理部部員の面目躍如だ。包丁や火の取り 扱いで怪我をするようなどじも踏んでいない。 ただ、玉ねぎには文字通り泣かされたけれど。 早めの夕食が終わったあとは、休憩を挟んでキャンプファイヤー。 キャンプファイヤーでの目玉と言えば……フォークダンス。 各クラス単位で背の順に列び、女子が内側、男子が外側になるような二重の 円を作る。参加人数の関係で、一部、男子同士の組み合わせもできるが、とも かくペアを作る。三百五十人ほどいるのだから大変だ。場所だけでも、キャン プ施設の広場一杯を使っている。 この場を照らす明かりは、中央にある大きな炎の他は、やや遠い位置にある 外灯ぐらいしかない。だから、相手の表情はみんなオレンジ色がかって見える。 照れて赤みが差していたとしても、まず分からないに違いない。 (郁江ったら、あんなに嬉しそうと言うか幸せそうな顔しちゃって) オクラホマミキサーの曲がかかる中、相羽と手をつなぐ富井を認め、純子の 頬が緩む。純子の背が伸びたせいで、富井とはだいぶ離れたけれど、それでも 表情はしっかり見えた。口元も目元も緩みっぱなし。 (うつむいちゃったらだめじゃない。しょうがないなあ) 他人のことになると、好きなように言えるもの。 そうこうする内にワンフレーズが済んで、相手もまた交代。何人目だったか しら。 「すっずはっらさん。どうぞよろしく」 顔を見る前に、呼ばれ方ですぐに分かった。 −−つづく
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