長編 #4540の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
純子が井口と一緒にきびすを返そうとした。 が、それよりも先に、相羽は−−オブジェの先で軽く飛び跳ねるという芸当 をやってのけた。うまく外れた帽子が、かくんと垂れる。 「取れた!」 相羽は嬉しそうに声を張り上げる。 「落とすから、しっかり受け取って!」 「えっ?」 「ばか! まだ風があるから、手を離したらまた飛ばされ……」 唐沢が止めようと大声を出したが、相羽の動きは続行。 しかも、唐沢が口にした予想とは違って、帽子は真っ直ぐに落ちてきた。 こうなると慌てるのは下の方である。急いで手を伸ばした四人−−純子、町 田、唐沢、勝馬−−で仲よくキャッチ。 「何で飛ばされずに落ちてきたんだ?」 中を覗き込んだ唐沢は、ほどなく答を知ることになる。 帽子には銀色の物体が入れてあったのだ。そう、相羽の懐中時計が。 「こういうことをしたんならしたと、言ってくれりゃいいのによ」 力が抜けた様子の唐沢。その彼と勝馬の間を割るようにして、いつの間にか 降りてきていた相羽が顔を出す。 「無事だった? −−お、傷もないな。よかった」 ひょうひょうとした調子で言って、時計を取り上げる。 それから急にしゃがみ込んだ。何をするのかと思いきや、靴下と靴をはき直 しにかかっている。 純子はそばに立ち、同じようにしゃがんでからお礼を言う。 「相羽君。ありがとう」 「風がまた出て来てるから、気を付けて」 「気を付けるのは、あなたの方だと思うけれど……」 帽子の鍔を両手で掴みながら、一言ぐらい注意しておこうと純子は思った。 「人の帽子のために、あんな危ない真似はしないで。いい?」 「木登りには自信があるんだ。虫取りで駆け回っていたせいでさ」 「そんなこと言ってるんじゃないのっ」 純子が声量を大にしたのに続き、富井からも心配する言葉がこぼれる。 「そうだよぉ、相羽君。落ちて、怪我なんかしたら痛いよ。下手したら、頭を 打って死んじゃうかも! 帽子は濡れたってまた元通りになるけれどさあ」 「ちゃんと安全確認したよ。慣れてるし」 「何が安全確認よ。いきなりこんなところ……え? 慣れてるって言った?」 非難口調だった町田と純子が顔を見合わせる。 相羽は手足の汚れを払うと、すっくと立ち上がった。 「実は登ったの、これで三回目ぐらい」 悪戯を見つけられた小さな子のように、頭をかく。 「だいぶ昔、家族で来たことあるんだ。そのとき、オブジェに登って叱られた」 「……」 「だから大丈夫だと判断したんだよ。少し、自分の身体が重く感じられた他は 特に」 「あ、あ、あんたって……知らないっ! 心配させておいて!」 純子は肩を震わせて立ち上がると、相羽の方へ背を向けて真っ直ぐ歩き出し た。宛はないけれど、さすがにモデル。レッスンの成果もあって、ずんずん一 直線に。片手は帽子をしっかり掴んでいる。 「何か怒らせるようなことしたかな?」 後ろで相羽の声が小さく聞こえる。 唐沢が応じるのが分かった。 「おまえ……格好つけてるのか、自然体なのか区別できんやつだな」 結局、みんなが純子について来る形で休憩する流れになった。 展望台を兼ねた喫茶店があるのだが、そこへ入るのはためらわれた。校則で 明確に禁止されているのが喫茶店やレストランの類。生徒だけで入ってはなら ないと定められている。 それならばと、缶ジュースを買って、喫茶店横の本当の展望台に繰り出す。 白塗りの木の柵で囲われた一角は、潮の香りが届いているようだ。 「機嫌直しなよ、純」 丸テーブルに肘を突き、一人だけ海の方向を見つめていると、町田にそう囁 かれた。 「別に機嫌悪くしてるわけじゃないもん」 「そうは見えないよ? さっきから相羽君と話してない」 「……つくづく、嫌になったのよね。何であいつにばっかり助けてもらうのか。 偶然もここまで重なると、神様を疑いたくなる」 「偶然、ね」 意味ありげに笑い、息をついた町田。 「何よ、芙美?」 「何でもありません。それよりもさ、あっちのテーブル、盛り上がってるよ」 と、隣を指差す町田。男子三人に富井、井口、遠野が輪になって座っている。 「さっき、何で時計が戻っているのか、相羽君に突っ込んでみたのよ」 「……そう言えば、消した懐中時計、持ってたね」 帽子の中に銀色の輝きを見つけたことを思い起こす。 町田は純子が話に乗ってきたためか、目を細めた。 「そこから、種明かししてっていう話になってるのよ。聞きたいでしょ」 「種は知りたいけれど、無理に話させたくない」 「またそんなこと言う。来なさいって」 町田は立ち上がると、片手で純子の腕を持ち、もう片方の手で椅子をがたご とと引きずり始めた。たたらを踏んだ純子は仕方なしに自らの意志で動く。 「ほら、相羽君。純が種明かししてくれたら機嫌直すって言ってるわよ」 のらりくらりと要請をかわしていたらしい相羽は、町田と純子の方を向いた。 「言ってないって。機嫌悪いわけじゃないし」 急いで手を振る。 「いいからいいから。みんなも種、知りたがってる。いいでしょ、相羽君」 「……持論には反するけれど。企画した身としちゃ、“ツアー参加者”全員に 気分よくなってもらうのが務めだもんな」 恩着せがましくはなく、自らを説得するかのような口ぶりで相羽は言った。 そしておもむろに懐中時計を外すと、テーブルに置いた。ことりと音がした。 続いてハンカチの登場。同じ道具立てで再現するつもりらしい。 「説明は省くよ」 相羽は青いハンカチの片端を持って、一度翻してから広げ、時計に被せた。 布のほぼ真ん中辺りが丸く盛り上がっている。 「じゃあ、左隣から順番に、手を入れていってくれる?」 相羽の左の席の井口が右手を伸ばした。 「あるわ。当たり前だけど」 「そりゃまあそうだね。一通りやってみたいから、次、遠野さん」 このようにして最後、相羽の右隣の富井まで終わった。 「富井さん、まだ手を抜かないで」 「ええ? どうしてー?」 ほとんどハンカチの下から出かかっていた左手を、慌てた動作で戻す富井。 布に寄ったしわを、相羽は手で直した。 「これからが種明かし。実は協力者が必要なんだ」 「サクラってやつか」 唐沢が眉を寄せつつ、興味深げな口調で尋ねる。もしかすると、自分も女子 相手に使ってやろうと考えているのかも。 「それそれ。今で言うと、富井さんがサクラになる。時計があることを確かめ るふりをして、抜き取ってしまう。これだけさ」 「嘘だぁ」 大人しく聞いていた勝馬が、信じられないという風に首を振る。それは他の 六人も同様。 「時計を抜き取ったら、すぐにばれるんじゃない?」 町田が言って、富井を見やる。 一拍置いて察した富井は、ハンカチの下から手を引いた。無論、その拳には 時計が握り込まれている。 卓上に取り残されたハンカチは、しかし、そのしわのおかげで下に時計があ るかどうかを隠していた。 「あるような、ないような」 ぽつりとこぼしたのは遠野。その言葉通り、今はないと分かっているから不 自然に見えなくもないが、種明かしがなければ別段、疑いもしなかっただろう。 (こんな簡単なことだったなんて) 純子は両手を口にあてがい、驚きを飲み込もうとする。嫌々聞いている態度 を装っていたせいだ。 (協力者を使うのって、初めてだったと思うけど、それがまた意外な感じ……。 あれ? 待ってよ。さっき、お店でやったとき、最後に手を入れた人って) 口元から手を離し、テーブルに置く純子。 「ちょっと。変だわ。最初にやったとき、ハンカチに最後に手を入れた人、見 ず知らずのお客さんだったわよ!」 純子の疑問に、他のみんなもざわつき、新たに不思議がる。 「−−さすが古羽探偵。鋭い指摘です」 ハンカチを器用な仕種で畳みつつ、薄く笑った相羽。ポケットに仕舞い込む と、両手を組んでテーブルに置いた。 「言うまでもなく、この手品はサクラが意外であればあるほど効果的なんだ」 「それは分かってるから、つまり、えーと、あの人と相羽君、知り合いだった ってこと?」 「あはは。驚いた? ラーメン屋に行く前に電話してね、頼んでいた」 「あの人、誰よ」 「母さんの仕事の関係で知り合った人。担ぐのが好きでさ、今度のことも持ち かけたらすぐ乗ってくれた」 相羽の顔つきがあまりにも嬉しそうなものだから、純子は思わず口走った。 「さすが、あなたのお知り合いよね」 海のあとは電車で引き返し、街で一、二のデパートに行った。 どこへ行くのかと思ったら、おもちゃ屋だった。 「何をするんだ? ゲームなら家にもあるぞ」 勝馬が口ではそう言いつつも、面白そうに辺りを見ている。 「マジックショーを観てもらいたくってさ。予算の都合で、ライブは無理だか らここに来たわけ」 「マジックショー?」 一斉に不審がる。 「おい、それってやっぱり、料金を払わなくちゃいけないんじゃないのか?」 「そんな心配ない。ただだよ」 先頭に立つ相羽は、売り場を回って歩く。確信を持って足を進めている風情 があった。 「……ただはいいが、大丈夫か?」 「僕なんか足元にも及ばない凄腕さ。プロだぜ。比べたら失礼だよ。−−ほら、 あの人」 相羽が手で示した先を見て、純子達は即座に納得した。何故って、そこは奇 術用品専門のコーナーだったのだから。 「なるほどねえ。でも、冷やかしは悪いんじゃない?」 純子が尋ねると、相羽は答える代わりに、売り場のカウンター向こうで椅子 に座って待機する男性に声を掛けた。 「牟礼田(むれた)さん、マービン牟礼田さん!」 「……おっ」 顔をひょいと覗かせ、のそのそと立ち上がるマジシャンは、なかなかハンサ ムだった。年齢不詳の外見だが、目鼻立ちがはっきりしていて、眉が濃いのが 特に印象強い。営業用スマイルというやつか、口元には笑みを絶やさない。そ のせいでいささか軽く見えなくもない。 「久しぶりだな、相羽君。元気にやってたか」 「はい。牟礼田さんこそ、お変わりなくやってますね」 「商売繁盛とまでは行かないがね」 親しげに話し込む二人。挨拶が済んで相羽は「友達を連れて来たんで、びっ くりさせてください」と、見方によっては変なお願いをした。 「OK。−−よく見えるように、もっと寄っておいで」 成り行きを遠巻きに見ていた純子達は、手招きされて、しばしの躊躇の後、 カウンター前に集まった。相羽も含め八人で半円の人垣を作る。 牟礼田はガラス製のショーケースの上に、えんじ色の厚めの布を敷いた。大 きさはA4サイズぐらいか。 「相羽君の友達だから、目が肥えているんだろうね。やりにくいったらありゃ しない」 おどけた調子の口上を続けながら、牟礼田はコップを三つ取り出し、布の上 に並べる。プラスティック製らしきレモンイエローの物だ。 「さてと。みんなはスフィンクスやピラミッドと聞いて、何を思い浮かべるだ ろう?」 牟礼田の一見穏やかそうな目つきが町田に向けられる。 「ええと、エジプトですか?」 「その通り。古代エジプトの頃から人間は賭け事が好きだったらしくてね。も ちろん、大昔には競馬やパチンコなんて娯楽はないから、こういったコップを 使った」 話す間も、ゆっくりと一定のリズムでコップに触れていくマジシャン。観衆 の注意は、その指先に引き付けられる。 「それと、玉」 テニスボール大の真っ赤な玉を一つ、ズボンの横ポケットから取り出した。 布の上に置くと、少し転がり、止まる。 牟礼田はおもむろに両手でそれぞれコップを取り上げ、赤い玉に右のそれを 被せた。さらに、素早い動作で三つのコップを取っ替え引っ替えする。やがて 動きが止まって、相羽達の方を眺め渡してきた。 「とまあ、こんな風にして、どこに玉が入っているかを当てさせるわけだ。お 嬢ちゃん、分かったか?」 −−つづく
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