長編 #4533の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
椎名は迷っていたようだったが、結局、調理部には入らなかった。 純子は、何故?と聞いてみたことがある。 「だって、涼原さんが女らしいことやっているのを目の当たりにしても、あん まり楽しくないんですもん」 「……なるほどね」 呆れながらも納得させられた。 このとき、椎名はさらにリクエストしてきた。 「涼原さんは演劇部じゃなきゃだめなのに」 「だめってことはないでしょうが」 「あっ、それか剣道部でもいいです。凛々しい姿がすぐ浮かぶんですよね」 「あのね」 そんなやり取りがあって、では、椎名はどこに入ったのかというと。 「涼原さんの誕生日までにセーターを編める腕前になれるかどうか、不安です」 「あ、あのね、恵ちゃん」 手芸部はどんな感じ?と尋ねたら、予期せぬ方向へ話が進んでしまっている。 「そういうことは、もっとひそひそ声で言ってくれないと」 周囲を見渡すと、割に人は行き交っているものの、みんな自分達のことに忙 しい様子である。 放課後の掃除が終わってごみを捨てに出たところ、椎名とたまたま顔を合わ せたので、校庭の隅の花壇そばに場所を取って話し込んでいるのだ。 「じゃあ、受け取ってくれるんですねっ」 目を輝かせる椎名。 「……くれるならもらうかもしれないけれど……普通は、男の子にあげるもの でしょ?」 「ですからあ、私にとって」 「ああ、その先は言わないで」 聞き飽きるほど何度も耳にしたフレーズを思い起こし、純子は手を振る。 「はい、言いません。今はそれよりも試験が心配なんですよ」 「恵ちゃん。この土壇場に来て言われても、教えてる暇がない。私だって勉強 しなくちゃいけないんだから」 「分かってますって。英語だけ、どんな問題が出るのか想像もつかないから、 涼原さんが受けたときの答案を見せてもらえませんか?」 「それぐらいなら……だけど、部の先輩に頼んだ方が早かったんじゃ」 疑問を口にした純子に、椎名は笑って首を横に振る。 「こんなこと頼める先輩、涼原さんしかいませんよっ」 「え、手芸部の先輩って恐いの?」 「そういうんじゃないですけど、涼原さんなら前から親しくしてもらってるか ら、気軽に……」 えへっと舌を出す後輩に、純子は小さなため息をついた。 「分かったわ。明日でいい?」 一年生一学期の中間試験は見せられる点数だったかしらと記憶を手繰りつつ、 そう言った。 中間テストが終わった次の日、家で開放感に浸って漫画を読んでいた純子の 楽しみは、母親の声で中断を余儀なくされた。 「何なのよー」 用件を告げぬまま、ただ呼び付ける母に、純子の声も足音も荒っぽくなる。 居間に入っていくと、やけに嬉しそうな顔をして立っている母の姿があった。 「仕事が来たわよ」 「……洋裁の?」 母親の特技を思い描き、純子は見上げた。 「何をとぼけたこと言ってるの。あなたのお仕事」 「−−嘘っ」 距離を詰める純子に対して、母親は「嘘じゃありません」とたしなめてから 続ける。 「さっき相羽さんから電話があってね。詳しい話はこれからということだけれ ど、仕事させてもらえるのは決まったそうよ」 「信じられない……」 純子は自分で自分を抱きしめた。身震いしたような気がする。 「それも二つ」 「二つ?」 「一つはAR**の夏物のモデル。去年も行ったあれよね」 「なんだぁ、AR**さんのところなら分かる」 ほっと胸をなで下ろす反面、がっかりもする純子。 (この仕事なら、やらせてもらえても不思議じゃないわ。−−なんて、図々し いかな) 「もう一つは? あ、分かった。どうせ『ハート』の関係なんでしょう?」 「うーん、当たりと言えば当たりのようよ。お母さんも詳しい話は聞いてない から」 「ふうん。それで、話を聞くのっていつ?」 「今、これから」 「……えっと。これからっていうことは」 話が見えなくて首を傾げた。 「これからいらっしゃるのよ、相羽さんと市川さんがここに」 「えー? 私達が行くんじゃないの?」 「私も思ったからそう言ったのよ。だけれど、ご足労をかけるわけにはいきま せんとおっしゃってくれて」 「でも、今までなかったよ、こんなこと」 「事務所に入ったからじゃない?」 「そんなの関係ないわよ。どちらかと言ったら逆だと思う」 ああでもないこうでもないとやり取りする内に時間が経過。やがてlooc の二人が姿を見せた。挨拶を手短に済ませて本題に入る。 まず、六月上旬にある沖縄でのAR**の撮影について説明があって、いよ いよ二つ目に入る。 「以前からお伝えしています通り、『ハート』のCMの評判が大変よろしくて、 問い合わせがたくさん来ています」 「はい。うちの子で悪い結果が出なかっただけで、安堵しておりますわ」 相羽の母の言葉に、純子の母が微笑混じりに応じる。 応対を任せきっている純子は、だからどうなんだろうと考えてみた。 (もしかして、違うバージョンで撮ってくれるのかしら! 顔を出すとか。性 根を据えたから、もう恥ずかしがらない) 大人達の会話は、市川の発言に差し掛かった。 「一般からの問い合わせには、お答えできないということで押し通せば済みま すが、それ以外はそうも言っておれませんの」 市川の今の表情は、ファーストフード店でレジを受け持つ女性のそれに似て いた。しかし、秘めたる意味は少々異なるようだ。謎かけをして楽しんでいる と言えば適切かもしれない。 「それ以外と言いますと……?」 純子の母親の反応は、市川の思惑にかなったものだったらしく、笑みの色が 一層濃くなった。 「ひっくるめて言えば業界関係。食品や化粧品、玩具に文具メーカーなどから CM出演の打診が来ています。依頼ではなく、あくまで打診ですが」 「オーディションのような物を受けて……ということでしょうか」 「そういうものもあります。しかし」 相羽の母と顔を見合わせ、うなずくと、いよいよ種明かしを始めた市川。 「事務所の方針としては、CMより優先したいものがあります」 自信満々でなおかつ楽しむように語りかけてくる市川に、純子達親子は圧倒 されていた。静かに聞くしかない。 「純子ちゃん、レッスンの調子はどう?」 「え? は、はい。身体を動かすのは好きですから、調子に乗ってやってます。 他はちょっとしんどいかな……でも、面白いです」 「順調みたいで何より。少し前に、学校の成績を見せてもらったけれど、音楽 は悪くないよね」 「はあ」 いかにも唐突な質問に、純子は曖昧に返事する。 相羽の母が見かねた風に言葉を差し挟む。 「市川さん、あなたの悪い癖よ。そうやって結論を隠して進めるところ。私達 相手ならまだしも。早く安心させて差し上げて」 「分かってる。そろそろ言おうと思ってたとこ。−−歌、唄わない?」 純子に向けられた言葉は全く予想外のものだった。 「もしかして、歌手、ですか」 母娘の声がほとんど揃った。 市川がまたしても満足そうにうなずく。 「私に、で、できるんですか」 「やる気があったらものになるだけの素質がある−−なんて、音楽の専門家で もない人間が言っても説得力ないかもしれないけれど」 「純子ちゃん、涼原さん。私達の考えはチャンスを最大限に活かしたいという ものなんですの」 相羽の母がフォローを入れる。 「まだ私もこのようなマネージメントは始めたばかりですが、こんなに早く歌 を出せるチャンスなんて、普通は巡ってくるものではありません。疑いようの ない幸運です。コマーシャルはいつでもできます。歌と並行して進めることだ って可能でしょう」 「あの、質問したいんですが」 純子はおずおずと片手を挙げた。相羽の母がうなずく。 「えーっと−−どこかの音楽会社が持ちかけてきた話なんですよね?」 「ええ、そうよ」 「その会社は、どうして私に唄わせようと考えたのか分からないんです。あの コマーシャルやそれまでのモデルの仕事からじゃあ、歌がうまいかどうかなん て分からない。ううん、どんな声をしてるかさえ」 「そういうものなの、としか答えようがないのよね」 困り顔で苦笑し、相羽の母は市川へと視線を送った。 受けた市川も、やはり弱った様子で、逡巡する風に唇を湿す。 「ま、世の中の歌手には下手な人もいるという現実を見て、だいたい分かって ちょうだい。歌手として成功するには、歌のうまさだけじゃないということ」 「何となく……分かったような、分からないような」 純子は考えるのに疲れて、母親を見上げた。 母の方は、そのような点は意に介していなかったらしく、現実的な話に入っ て行く。 「私が差し出口することでないとは思っていますが、もしも純子が嫌だと言っ たら、それは通るのでしょうか」 「原則的には尊重します。それがお約束ですから。ただし、この機会を逃すの は大きな損失だと見なしていますので、それだけ、その」 やや言いにくそうにする市川。彼女にしては珍しい仕種であったものの、結 局は口にした。 「涼原さんの方へお渡しするギャランティのパーセンテージ、しばらく低く抑 えたままということになります」 「承知しました。−−純子、どうなの?」 肩に手を添えられ、純子は天井に顔を向けた。 「どうしようかな……。歌手って、今断ったら、次はないんですか」 「さあて。ないかもしれないね」 その言葉を聞いて、純子の気持ちは一気に傾いた。 (私自身にとって面白そうなこと、やってみたいことが今しかできないかもし れないんだったら、今、やるわっ) タレントモデルをやると決めたこと自体、相羽に励まされてそういう気持ち が芽生えたからこそ。 純子はしっかり正面を向いて答えた。 「やります」 −−つづく
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