長編 #4532の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
純子は急いで自転車を押した。 そのとき、「涼原さん」という女性の声とともに肩をぽんと叩かれた。 「−−あっ、先生」 サドルに跨りかけたのを中止し、振り返った純子。 小菅先生は足を止めず、妹を追うようにして歩いていく。だから、純子も自 転車を手で押しながら付き従った。 「あの、こんにちは。えーと」 「こんにちは。裕恵と一緒に出て来るから、びっくりしちゃったわよ」 戸惑い顔で挨拶をした純子に対し、小菅先生は口をすぼめて答えた。 「そのことなんですが、先生はどうしてここに……あの子から家にいるって聞 かされました」 「どうやらあの子、またあなたに迷惑を掛けたみたい。ごめんなさいね」 やり取りする間も、先生の目線は妹から離れないようだ。すがちゃんが角を 折れると、先生は駆け足になって、姿を見失うまいとする。 その様子から、純子はやっと思い当たった。 「まさか先生、すがちゃんのおつかいが心配で、見守っていらしたんですか?」 「ご名答。どうしても一人で行きたいって聞かないんだから、あの子。仕方な く承知したけれど、やっぱり心配で。見つかったら怒られるかもしれないから、 身を隠すのに大変」 「じゃあ、お店の中には?」 「入ってないわ。あそこは出入り口が一つだから、外で待っていれば大丈夫だ と思ったから。あの子、一人で買えたのかしら?」 初めて視線を純子に向け、また素早く前を見つめる小菅先生。 「それが」 純子は湧き起こる思い出し笑いをこらえ、ワインビネガーとワインとを間違 えそうになったことなど、顛末を伝えた。 「もう、裕恵ったら、あれだけ注意したのに、やっぱり間違えて覚えてたのね」 「次からはメモを渡してあげてくださいよー。私まで頭が混乱しちゃいました」 「そうよねえ」 反省の辞を述べた先生の顔に、笑みが広がる。 「あなたがいてくれて助かったわ。本当にありがとう」 「い、いえ、そんなたいしたことじゃあ……」 「店を出たあとも、送ってくれるつもりだったんじゃないの? そういう声が 聞こえたけれど」 「そ、それはまあ……思いました。あの、それよりも」 話題を換えようと努める純子。声を大きくしたいところだが、それではすが ちゃんに気付かれてしまうかもしれないので、やめておく。 「最初、ワインを家族で飲むって聞いて、唖然としました。すがちゃんまで飲 むの?って、不思議で」 「ああ、裕恵はね、しょっちゅう、飲むことと食べることをごちゃ混ぜにして 使うから。ワインビネガーを使ったドレッシングを作るの」 「そうだったんですか。得意のお料理なんですね、先生の」 「ええ、まあね。そうそう、あなた、調理部だったわね、確か。料理の腕前は どんな感じ?」 この問い掛けには、笑って「みんなとおんなじぐらい。人並みです」と答え ておいた。 やがて小菅先生の家が近くに見えた。 「ごめんなさい。こんなところまで付き合わせてしまって。お買い物、溶ける ような物はなかったの? それにテストも近いというのに」 「いえ、大丈夫です。先生、すがちゃんより早く戻らなくていいんですか?」 「ちょっと出かけていたと言えばいいのよ」 すがちゃんが家の中に入っていくのが分かった。 先生は足を止めると改めて純子に向き、そして言った。 「いい子ね、涼原さんは」 「と−−とんでもない! 私なんかわがままで怒りっぽくて、それにおっちょ こちょいだし」 「どうかしらね? とにかく、感謝しているわ。クリスマスのときと言い、今 日と言い。−−さて、私も戻らなくちゃ」 「あ、失礼します」 歩き出した小菅先生へ、頭を軽く下げる純子。それから思い出したことを急 いで付け加える。 「先生! すがちゃん、プリンを欲しがってるみたいですよ!」 小菅先生は再度立ち止まり、純子の方を見た。 「分かったわ。あの子が好きだから、プリンの素をたくさん買ってあるのよ。 また作らなくちゃいけないみたいだわ」 その説明を聞いて、純子は思った。 (さっき買わなくてよかった。一瞬だけど、ヨーグルトを一つ戻して、代わり にプリンを買ってあげようかなって考えたのよね) 月曜日、そろそろ定期考査が実感としてじわじわ伝わってくるのを感じなが ら登校してみると、二年十組の教室では意外にも全く別の話題が一部で上がっ ていた。 「え? ほんと?」 鞄を机に置く手が止まる純子。聞いた刹那、胸にかすかなショックを受けた ような、そんな気がした。 情報をもたらしてくれたのは、わざわざこのクラスまで遠征してきていた町 田だった。 「いや、私もここに来て、男子が噂しているのを耳にしただけなんだけど」 「間違いじゃないのお?」 一緒になって聞いていた富井が、不安げな声を上げた。 「だから私も知らないって言ってるでしょうが。噂話として、昨日、相羽君と 白沼さんが同じ車に乗っていた。ただそれだけよ」 「本人に聞けば早いのに」 相羽も白沼も、学校にまだ来ていない模様だ。 「そんなに仲がいいとは思えなかったわよね。確かに、白沼さんがアプローチ していたし、去年の一学期は委員長と副委員長やってたとは言っても、親しい ってほどじゃなし」 「その前に、何で乗ってたのかは分からないの?」 純子が尋ねるが、町田は首を振った。 「分かってたら、ここまで話題にしてないって」 「かもしれないけど……」 純子が言葉を探していると、教室の前の方でざわめきが大きくなった。 入ってきた誰かを取り囲む一重の人垣ができた。そのほとんどが女子だ。 「白沼さん、どうなってるの?」 そんな声が漏れ聞こえ、やって来たのが誰か知れた。 「よし、行くか」 町田は富井と純子の手を引っ張って、人垣を目指す。 輪の中心では白沼が早くも「ああ、そのこと。見られてたのね、もう」と、 どこか得意そうに話を始めていた。他の聴衆と同様、町田と富井は興味津々、 かぶりつくみたいにしているが、純子は一歩引いて聞き耳を立てる。 「みんな大げさなんだから。大したことじゃないのよ」 似たような意味合いの言葉を並べる白沼は、裏腹に楽しさを押さえるのに苦 労しているらしく、笑みがこぼれそうになっている。もったいぶった口調でさ らに続ける。 「話は簡単なのよ。私が誘ったら、相羽君が乗った。それだけ」 「分かんないよー!」 周囲から一斉に声が挙がる。 「何がどうなって、ドライブにつながったのよ?」 「特に約束してたわけじゃないの。昨日のお昼、ママと一緒に車で出かけたと き、相羽君が暇そうに歩いているのを見つけて、それで声を掛けたのよ。相羽 君たら、嬉しそうに乗ったわ」 「−−嘘だぁ」 純子は意識せずに口走っていた。 途端に注目されてしまった。みんなの視線は興味本位だが、ただ一人、白沼 からのものだけは違う。 「な、何ですって! 喧嘩売る気、涼原さん? 私が嘘ついたって言うの?」 「え、あの、その……」 人垣を割って真正面まで詰め寄ってきた白沼に、純子はへどもどした受け答 えしかできない。脇にいる富井が、驚きと不安をない交ぜにしたような顔で見 上げてきていた。 「どこが嘘だって言うのかしらね。あなた、見てたの?」 「そんなことはないわ。でも、相羽君が暇そうに歩いていたっていうのは、お かしい……と思う……」 うつむくに従って、声も小さくなっていく。 根拠がないわけではない。 (昨日は母の日よ。あいつのことだから、お母さんのために何かしていたはず。 外を出歩くことはあるかもしれない。だけど、暇そうにしていたっていうのだ けは、絶対におかしいよ) と、考えた理由を口に出すのははばかられた。 「どうして見てもいないのに、そういうこと言うのよ」 白沼の口振りが刺々しさを増す。舌の回転も速くなったようだ。 「何よ、委員長と副委員長だからって、同じ部だからって、相羽君のこと、何 でも分かったつもり?」 「そんなこと言ってないっ。怒らせるつもりなんて、なかった。おかしいと思 ったから言っただけよ。間違ってるなら謝るから。教えて、本当に暇そうにし ていたのかどうか」 どうにか反論に勢いを得た純子。 さほど効果はないと覚悟していたが、あにはからんや、白沼は沈黙した。 「……白沼さん?」 その場のみんなも静まる中、聞き返す純子。 白沼は悔しげに唇を噛みしめ、一度視線を床に落とすと、きっ、と純子を見 つめてきた。 「当たりよ。暇そうになんかしていなかったわ」 「そ、そう。よかった」 ほっとしている純子に、白沼は眉間にしわを作って毒づく。 「何が、よかった、よ。いい? 私が彼を車に乗せたのは事実なんだからね」 「うん」 「……」 純子の素直な返事に白沼は戸惑いを覚えたらしく、またしばらく黙った。 「……その忙しい相羽君が、私が声を掛けたら、乗ったのよ」 「そう言えば、白沼さん、車でどこ−−」 行き先を尋ねようとした矢先、戸口が横に滑る音がした。 「あ。やっと来た」 クラスメートが再び騒ぎ始める。相羽の登場だ。 鞄片手に間を縫って行こうとする彼を、男子の面々が止まらせる。 「おおい、おまえを待ってたんだ」 「何で? 宿題か?」 「違う違う。噂話に花が咲いてたところさ」 唐沢が手際よく状況を説明した。 すると相羽は、最初、きょとんとしていたが、やがて白沼の方を見やる。 「白沼さん、まだ全部説明してないんだ?」 「え。ええ」 「それじゃあ、しょうがないか」 集まっている皆の顔を見渡した相羽は、一つ深呼吸をしてから始めた。 「勘違いするなよな。昨日、白沼さんの車に乗せてもらったのは、駅まで送っ てくれるって言ってもらったからなんだ」 「駅?」 そうつぶやいて、ある者は相羽の次の言葉をじっと待ち、ある者は白沼の様 子をちらっと見る。 白沼はそっぽを向いて、額に手をやっていた。 「用事があって、駅に急いでいたんだ。でも、自転車で行こうとしたら、パン クしててさ。修理する時間がなかったから、走って駅に向かった。その途中で 車に乗った白沼さんが呼び止めてくれたので、助けてもらったわけだよ。−− 白沼さん、本当にありがとう」 「−−ど、どういたしまして」 相羽に顔を向け、そう応じた白沼は、すたすたと自分の机に向かった。 場の空気は緊張感こそ解けたものの、さりとて安堵の雰囲気でもなく、どこ となく妙な間のようなものが残っている。 「何をそんなに急いでたんだよ」 「プライバシーに関わることなので、秘密」 「何じゃ、そりゃ」 相羽達男子がそんなやり取りを交わすのを目の当たりにしながら、純子は自 分の想像が的中していたらしいと知り、少し気分がよかった。 (あいつ、お母さんと約束してたに違いないわ。遅れまいとして、車に乗せて もらったのね、きっと) にこにこしているのは純子だけでなく、富井も同様。 「ああ、びっくりしたぁ。いきなり仲が進展したのかと思って、焦っちゃった」 「郁、あんたは平和でいいわね」 「ん? 何のこと、芙美ちゃん?」 「別に。そろそろ戻らないとやばいんで。またあとでね」 純子と富井に手を振りつつ、町田は十組の教室を出て行った。 純子も自分の机に落ち着こうときびすを返しかけたとき、つんと袖口を引っ 張られた。 「ねえ、純ちゃん。さっき芙美ちゃんの言ったこと、意味が分かる?」 「ううん。さっぱり分かんない」 純子が正直に答えると、富井は「純ちゃんに分からないものが、私に分かる はずないよぉ」と、それ以上考えるのをやめてしまった。 −−つづく
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