長編 #4489の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
SIDE C(井上 昭人) 「井上先生。ここに居られたんですか」 理科準備室で水槽の魚へ餌をやっていると、ふいに後ろで私を呼ぶ生徒の声がし た。 「ああ、石崎か。どうした?」 出席簿を抱えた彼女は、何か不思議な顔をして私の所へと近づいてくる。 「今日は担任の笹原先生が休みなんですから、クラスの事を気にしていただかない と」 冷めた声で石崎藍は言った。 「悪い、すっかり忘れていたよ」 反省する意味で、苦笑を浮かべる。だが、彼女にとってはそんなことはどうでも いいのかもしれない。 「私は別に構いませんけど、中島クンと桐野サンが文句言ってましたよ。みんな掃 除サボって帰っちゃったって」 「たまにはいいんじゃないか。笹原センセ、結構厳しいわけだし」 別に生徒に受けを良くしようとは思わない。ただ、副担任ということを弁えて、 私は担任の笹原先生とのバランスを考えているだけだ。必要以上に生徒に口を出さ ないのが私の教師としての信条である。 「いちおう伝えるだけ伝えましたから。はい、日直日誌と出席簿です」 「そうか、石崎日直だったな、いやぁご苦労ご苦労」 顔だけは笑ってみせる。教師になってから、愛想笑いが身に付いてしまっている。 よいことなのか悪いことなのか……。 「先生」 そのまま黙って帰っていくと思っていた彼女が、ふいに私を呼ぶ。 「なんだ?」 笑顔を固めたまま、再び振り返る。 「クラスで私の評判が悪いって本当ですか?」 石崎がそんなことを聞くのは意外だった。副担任とはいえ、クラスの生徒の性格 はだいたい把握している。 彼女は周りの噂など気にしない子だと思っていたのだが……。 「いくら先生でも生徒同士の噂は知らないなぁ。ただ、教師の間ではそんなに悪く ないはずだが」 教師の間では、というのは本当の話だ。成績も優秀、素行不良なわけでもなし、 教師に刃向かうこともないわけだから、それは当然だ。だが、彼女がクラスの中で 孤立していることは知っていた。もちろん、生徒同士の噂もだ。 「いえ、先生の耳に届いていないのなら別に構いません。内申にさえ関係しないの なら、私の気にする問題ではありませんから」 素っ気なく彼女はそう言った。これで、少しでも気にする素振りを見せればかわ いげのあるものだが。まあ、私の関知するところではないか。 「石崎の志望はM高だったな」 いちおう副担任らしいことを言っておこうと、彼女に問いかける。 「ええ、そうですが」 「あそこは内申重視で、特に生徒の部活動をよく見るそうだ。石崎は、3年間帰宅 部だっただろ。面接で突っ込まれるかもしれないから覚悟しておけよ」 「忠告ですか?」 「いや、おまえの学力なら試験の実力で90%は確実だ。いちおう頭に入れておけ っていう意味だから」 石崎の頬が少しだけ緩む。安心したというよりは、そんなことは気にするまでも ないという嘲笑が込められているのかもしれない。 「ありがとうございます」 彼女は軽く頭を下げると、ふと水槽の方へと視線を向ける。 「それネオンテトラですよね」 彼女の口からそんな言葉がこぼれる。 「そうだ。石崎は熱帯魚とか興味あるのか?」 私は社交辞令じみた言葉を彼女へと返した。 「ええ。家でもいちおう買ってます。本物じゃないけど」 理科教師だからというわけではないが、すぐにピンとくる。 「もしかして『AQAZONE』か?」 すぐに思い浮かんだのがゲームソフトの一つ。いわゆる育成シミュレーションの ジャンルに入るのだろうか。だが、正確にはゲームとは違うものかもしれない。た だモニタの中で熱帯魚が動き回るだけの観賞用のソフトなのだから。 「ええ、うちはWIN版ですけど」 なんとなく彼女らしいペットだなと感じていた。パソコンのモニタの中で動き回 るプログラムされた魚たち。いや、人間だってプログラムされただけの生き物なの かもしれないな。 「あれってけっこうリアルにプログラムされてるからな」 「かわいいですよね。なんか」 彼女の瞳が一瞬、寂しげに見えた。思わずその言葉にひっかかる。 「かわいい?」 「あのサカナたちって計算しながら動いてるわけじゃないですか。プログラムに従 って。でも、本物だって遺伝子に仕組まれたプログラムに従っているだけ。どっち も結局は、システムに縛られているだけなんだなって……そこらへんがなんかかわ いいですよ」 とても中学生の女の子とは思えないような言葉。いや、あまりにも彼女らしい考 え方に思わず感心してしまう。それは、少なからず自分もそう考えていたからなの であろう。 「石崎らしい考えだな。なんだか先生も思わず感心してしまったよ」 相変わらずの愛想笑いをしながら、彼女の様子をみる。こういう頭のいい子の前 ではバカ教師面してる方が楽でいい。変にこの子の性格を変えようとか、討論に持 ち込んでうち負かしてやろうなどとは考えない方がいいだろう。 「それじゃ、お忙しいところ失礼しました」 石崎は私にも水槽のサカナにも興味をなくしたのか、そのまま一礼をして去って いく。 そう、必要以上に関わる必要はない。私はただの副担任なのだから。 SIDE A(石崎 藍) 鞄を取りに教室に戻ろうとすると、中から女子生徒の声が聞こえてくる。 −「やばいよ。見つかったらどうするの?」 −「大丈夫だって。だいたいこんな所に置きっぱなしにしてる方が悪いんだから」 −「そうそう。いつも自分は無関係だって、人を小馬鹿にした態度を改めさせるた めにもこれぐらいやってやらないと」 −「でも、石崎さんってけっこう頭いいし、わたしたちがやったってバレちゃうか も」 なるほどね、そう心の中で呟いた。状況はなんとなくわかる。あとは、どうやって 対応するかだ。私に対しての不当な攻撃なんて久々かもしれない。なんとなく顔がほ ころぶ。ちょっと楽しいかも。 私は知らぬふりをして、教室の戸を開ける。 ギョッとしてこちらを見る三人の女生徒。 「私の机でなにしてるの?」 顎をあげて、冷めた目で首謀者と思われる女生徒=川瀬七香を見つめる。 「なにもしてないったら!」 開き直ったのか、強い口調の彼女。しかし、咄嗟に隠した右手に私が気づかない わけがない。 「何を隠してるのかな?」 わざとらしく笑みを浮かべながらあくまで優しい口調で言う。こちらが有利なの だから、焦る必要はない。 「何も隠してないったら……行こう」 目線をそらしその場を去ろうとする川瀬七香。 「逃げるの?」 その言葉に動揺したのか、彼女の手から何かが床に落ちる。それは、見覚えのあ る一冊のノート。 「それ、わたしのじゃない?」 確実にそれはわかっていた。だが、わざとらしく疑問調に呟く。 「違うわよ。これは、あたしの。そうだよね、紗枝、智恵」 彼女は、二人の女生徒に確認をとるフリをしてそのノートを拾う。下手な芝居だ。 「そうだよ。これは七香のなんだから。あんたには関係ないよ」 彼女と一緒にいた二宮紗枝がわざとらしくそれをかばう。 が、もう一人の桑原智恵は、おどおどしたように私を見ていた。 「中を見ればはっきりするんだけどね……私は、素直に返してくださいなんて言わ ないよ。それが私の物であるとわかった時点で盗んだと判断するよ」 「だったらどうだっての?」 再び開き直ったかのように私に対峙する川瀬七香。状況がわかってないのか、そ れとも私という人物を甘く見ているか。どちらにせよ、彼女は自分が不利である状 態を理解していないようだ。 「人様の物を盗むってことがどういう事だかわかってないようで」 笑みを浮かべたままゆっくりと言葉を綴る。 「先生にでも告げ口するっての? 情けない。でも、証拠がないわね。それとも、 力尽くであたしたちからノートを取り上げる?」 取り巻きの二人をちらっと交互に見る彼女。3対1でこちらがかなわないと思っ てのことだろう。 「少しだけ忠告しておいてあげる。私はあてにならない先生なんかに頼る気はない よ。それから、証拠だったらいくらでもある。たとえば、その鞄とか」 そう言って机の所まで行き、自分の鞄を持ち上げる。三人は何事かとそれに注目 する。 「さっき素手で触ってたでしょ。指紋ベタベタについてるよ。ケーサツに届ければ どうなることやら」 笑いをこらえるのが大変。さて、どこまでハッタリが通用するのか。 「七香、やばいよぉ」 桑原智恵がすがるような目で彼女を見つめる。 「ふん、馬鹿馬鹿しい。たかがノート一冊で警察が動くわけないじゃない」 「盗られたのがノートだけじゃないって言ったら? ノートの間に現金を挟んでお いたって言ったら?」 「そんなもん入ってなかったじゃない!」 「あれ? 簡単に認めちゃってるね」 彼女ははっとして口に手を持っていく。私としては、もう少しハッタリをかまし たほうが楽しかったのだが、ずいぶんと簡単に崩れてくれる。 「桑原さんと二宮さんにちょっと訊きたい事があるんだけどさ」 こういう場合、ネチネチとその自信を削りとってやるのが効果的。まずは、周り からと。 「なによ?」 二人をきょとんとして、同時に返事をする。 「川瀬さんと本当に仲がいいの? だったらさ、共犯って事だよね」 わざと意地悪げにそう言ってみる。 「共犯って……」 さすがの二宮紗枝も、言葉尻が濁る 「来年は受験大変だよね。お互いに」 遠回しな言い方でも通用するだろう。これがわからないような相手なら、私がわ ざわざ干渉し返してやる意味がない。 「なに? 脅すつもり? 私たちの友情は固いのよ。これぐらいのことで……」 一番最初に反応したのはやはり川瀬七香。 「これぐらい? 本当にそうなの? ねぇ、二宮さん、桑原さん」 喉の奥から笑いがこみあげてきそう。私は彼女の言葉を少しニュアンスを変えて 他の二人に聞き返す。 川瀬七香をよそよそしく見始める二人。 「ま、首謀者はあきらかに川瀬さんだし、あなたたちの責任は追及しないであげて もいいかな」 「紗枝、智恵。まさかこんな事で私たちの友情が壊れるなんてことはないよね。あ んなヤツの言うことなんかまともに聞くことないよ」 少し焦りが見え始める彼女だが、自分の言葉に説得力がないことに気づいていな いようだ。 「私はただ訊いただけなんだけどね。将来を棒に振ることが『これぐらい』かっ て?」 誰も何も言えるわけがない。川瀬七香でさえ、それ以上口を開けば自分が不 利にな るということに気づいてしまった。 「よく考えた方がいいよ。ま、私も面倒な事はあまりしたくない方だし……」 言葉尻を意図的に濁らす。これで二人が反応してくれれば楽なんだけどな。 「……」 固まったままの三人。やはり人間、他人の都合のいいようには動いてくれないか。 「川瀬さんには訊きたいことがたくさんあるんだけど、桑原さんと二宮さんは解放 してあげる」 してあげる、とあくまでこちらが優勢であることを示しておく。 あきらかに動揺を隠せない二人、そして何か言いたげにこちらを睨み付ける川瀬 七香。 「……ごめんなさい。わたしはやめた方がいいって言ったんだけど」 思惑通り、桑原智恵が最初に墜ちた。 「智恵! あんた七香を裏切るの?」 続いて彼女のその言葉に反応する二宮紗枝。 「だって……わたしはやめた方がいいって、あんなに言ったのに。……もうわたし 限界……七香にはつき合えないよ。なんでわたしたちまでとばっちりを受けなけれ ばいけないの?」 「智恵……?」 彼女の心変わりに納得のできない様子。
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