長編 #4483の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
『ごめんね、美鳥………音風、真月』 麗花は目を閉じて最期の瞬間を待った。 人の心が残っているうちに死ねることを、せめてもの救いと思いながら。 「やめろぉ!」 しかしその瞬間は訪れなかった。 突然乱入してきた声によって、中断させられたのだ。 その声は麗花が、いま決してこの場に現れて欲しくない者の声であった。 「おばさん、妹たちをお願いします」 「えっ? お願いって、美鳥ちゃん!」 唖然とする中年女性に妹たちを預け、美鳥は炎に包まれた中へと走り出す。 「待つんだ、もうすぐ消防隊が着く」 誰かが腕をつかみ、美鳥を止めようとする。が、美鳥は強引に腕を振り解いて 走る。 消防隊が来てからでは遅いのだ。この炎の中にいるのは異形、完全体なのだ。 もし人間である消防隊員が遭遇すれば、無事では済まない。 それに炎の中には、麗花が残っている。恐らくはもう、人でなくなっているか も知れない美鳥の姉が。その姿だけは、決して他人には見られたくない。音風や 真月、妹たちにさえ。 ここに麗花と異形がいるのであれば、二人が遭遇している可能性は極めて高い。 いや、異形がいると知っていたからこそ、麗花は一人で残ったのだ。当然、異形 と戦いを繰り広げているはず。 麗花の身体はもう限界に達している。異形と戦えば、確実にそれを越え、人で はなくなる。例えいま美鳥が駆け付けたところで、手遅れであることは分かって いた。それを承知してもなお、美鳥が炎の中に飛び込んだのは、後から来る消防 隊員のためではない。助からぬと知りながらも、麗花を見捨てることが出来なか ったのだ。 たぶんこの火事がなく、目の前で麗花が異形と化しても、美鳥には討つことが 出来なかったであろう。だからこそ麗花は、異形と刺し違える覚悟で炎の中に残 ったのだ。 それを思うと、美鳥はじっとしていられなかった。まして麗花が戦っているだ ろう相手が、実の妹らしいとなればなおさらだった。 人でなくなった姉を討つことも出来ず、見捨てることも出来ない。助かる道の ない麗花のために炎の中へと身を投じる。それはただ自らの命を危険に曝すばか りでなく、みすみす貴重な朧の血を減らすことにもなりかねない。強いては残さ れる音風や、真月たちをも犠牲にしてしまうかも知れない。それでも美鳥は、朧 の者として麗花を見捨てることが出来なかった。 家の中に踏み込むと、そこは言葉通りの火の海であった。壁も床も天井も、炎 に包まれていない場所を探すのは困難と言うより、不可能な状態となっていた。 生身である美鳥が進むのは、あまりにも難しい。 「お、姉………麗花お姉!」 しかしこの火の海のどこかに麗花がいる。きっと苦しい思いをしているに違い ない。 美鳥は全身を淡い輝きの朧で覆った。もともと朧は異形を討ち、異形から身を 守るための力。それ以外のものから身を守るには、たいして有効ではない。しか も美鳥自身の朧は、麗花や音風に比べて遥かに劣る。 「でも、短時間なら………なんとかなるよね」 異形との戦いでは、これほど恐怖したことはない。戦い慣れしたからと言うよ り、いつもともに在った麗花が勇気づけてくれ、常に美鳥の安全を気にしていて くれたからだろう。 竦みがちな気持ちに自ら喝をいれ、美鳥は炎の中で歩を踏み出す。 住み慣れた家ではあったが、火の海と化したいま、まるで知らない場所のよう であった。少しでも気を抜くと、自分がどこにいるのか分からなくなってしまう。 加えて焼けて剥がれ落ちてくる柱や壁の一部であった炎の塊が、美鳥の行く手を 阻む。不充分な朧の防御膜は、激しい熱気をいとも簡単に美鳥の肌へと届けてし まう。まだ致命的なものに至っていないだけで、美鳥の肌は所々火傷を起こして いた。 避けようとしても黒い煙が呼吸の度、美鳥の気管から肺へと侵入して来る。急 がねば麗花を助けるどころか、美鳥自身が長くは保ちそうにない。 激しい炎が、朧の能力さえも妨げていた。異形の正確な位置を感知することも ままならない。だが別の力が美鳥を導いてくれた。それが家族の情というものな のだろうか。具体的になにと問われても答えることは出来なかったが、美鳥は確 実に麗花の元へ進んでいるという確信があった。 そして。 家の奥から爆音が響き渡ってきた。それが一体の異形が壁を突き破った音と美 鳥が知ったのは、その現場に駆け付けてすぐのことだった。 対峙する二体の異形。 一方は男性の姿をしていたが、全身の筋肉が異様なほどに強調されている。鍛 錬を重ねたボディビルダーでもこうはならないだろう。その筋肉自体、人間とし て見ればバランスのいいものではない。さらにその異形の姿に違和感があるのは、 右腕がないためだと美鳥が気づくまでには、多少の時間を必要とした。美鳥から 見えたのは横顔であったが、以前に読んだどこかの神話に登場する、巨人族の挿 絵を連想させる。厳つい顔つきに、鉈のような犬歯が特徴的だった。 もう一方は壁に大穴を空け、その向こうに倒れていた。巨大な白猿と表現すれ ばいいだろうか。確か雪男の想像図というのが、こんな姿をしていた。明らかに この白猿の方が劣勢であった。仰向けに倒れた口元からは、大量の吐血が見て取 れる。投げ出された腕は、不自然な曲がり方をしている。骨を砕かれたのであろ う。 既に虫の息の醜い白猿。 それが朧の力を使いきり、異形化した麗花の成れの果てと、美鳥にはすぐ分か った。 巨人がおもむろに腕を振り上げる。渾身の力で拳を打ち下ろし、白猿の頭を潰 すつもりらしい。 「やめろぉ!」 相手は完全体。自分の力が通じないことは知っている。 救ったところで、麗花が元の姿に戻りはしないと知っている。 けれど考えるより先に、美鳥の身体は動いていた。降りしきる火の粉が髪や服 を焦がすのも厭わず、全身を包んでいた朧の輝きを解除する。解除した輝きは、 全てを拳へと集める。 緩慢な動きで巨人が振り返った時には、もう美鳥の拳は相手の背中へと打ち込 まれていた。 「どうだ?」 倒すことは出来なくても、いくらかでもダメージを与えられれば巨人の怯んだ 隙に麗花を助けられる。だがその考えが甘すぎたことを、美鳥は身を以て知るこ とになった。 巨人の背を打った拳から、まるでクリスタル製のグラスが砕けるように、朧の 輝きか散った。 ぶん。 風を切り巨大な棒が振られる。麗花の頭を潰すはずだった巨人の手が横に振ら れ、美鳥をなぎ払ったのだ。 巨人にしてみれば、まとわりつく蝿を払った程度のことだったのだろう。そう でなければ、美鳥もまた内臓破裂の憂き目にあってはずだ。しかし美鳥の身体を 飛ばすに充分な力だった。 飛ばされた美鳥の身体は、背中から縁側の柱に当たる。炎に浸食された柱は美 鳥の服と背中の皮膚をも焼いた。だが幸いなことに、激しく燃えていたことで柱 は炭化しており、美鳥との激突に耐えきれずに崩れ落ちる。炭化した柱がクッシ ョンになり、そのまま庭に転げ落ちた美鳥に致命傷を残すことはなかった。が、 頭を打ち、意識がもうろうとして立ち上がれない。 どれほどの素早い動きをしたのだろう。倒れた美鳥の目に、自分を見下ろす巨 人の姿が映っていた。 「ちぇっ、カッコ悪いなあ………お姉を助けるつもりで来て………何の役にも立 てずにやられちゃうなんて………ごめん、お姉………ごめんね、音風………真月」 それきり、美鳥の意識はなくなった。 「なんと矮小な力だ。これが実子であれば、朧月が麗花たちを欲するのも無理は ない」 足下で意識を失っている美鳥を見つめた巨人、雅人の言葉には侮蔑よりも哀れ みの響きがこもっていた。 「しかし朧は朧。ここで始末しておくに越したことはない」 渾身の力で頭を潰すまでもない。異形化した訳でもない、気を失った美鳥はた だの娘に過ぎない。雅人の力であれは、軽く首に触れてやるだけで気管もろとも 骨を潰せる。 それを実行に移すのに、些かの手間さえ必要はない。雅人は美鳥の首へと、手 を延ばしかけた。 「な………なんだと!」 わずかに前に傾けようとした雅人の身体が、突然襲って来た力によって、後方 へと引き戻された。 「サセナイ………ミドリヲ、イモウトヲ………コロサセハ、シナイ」 明確な音声で言ったのではない。辛うじてそう聞こえる唸り声に近い音。後方 から雅人を羽交い締めにした、いまではもう麗花の面影さえ残っていない白猿が 言ったのだ。 両腕の骨は、雅人によって粉砕されているのだ。激痛を堪えたとしても、力が 出せるものではない。内臓が破裂した状態で、力んだところでたかが知れている。 それでも麗花であった白猿は、出せるはずのない力で雅人を抑え込もうとする。 「ミドリ……オ、キテ………ハヤク………ニゲテ………」 呼び掛けても、美鳥が目覚めることはなかった。もし意識を取り戻しても、麗 花の声を言葉として解することは困難だろう。それでも麗花であった白猿は、美 鳥の名を呼び続ける。雅人を離そうとしない。 満身創痍の身でなお、向かってくることに雅人は驚いていた。しかしそれ以上 に、完全に異形化した麗花が人としての心を保ち、妹を救おうとしている事実に 驚愕を覚えた。 「信じがたい奇跡だ………それほどまでに、お前にとってこの娘は大切な存在な のだな。だが………」 派手に抵抗する必要などない。完全体である雅人からみれば、麗花のしている ことなど稚児の戯れに過ぎない。わずかに左腕の肘を突き出すだけでこと足りた。 「グッ………ミ………ミドリ………」 限界以上の力を振り絞って、雅人を抑えていたのだろう。身体を失った二本の 腕が、羽交い締めの形そのままに、雅人の足下に落ちた。 そして麗花の身体は家に激突し、崩れ落ちる瓦礫と炎に埋もれて行った。 「これで、終わったな」 しばらく待っても、麗花であった白猿が再び瓦礫の中から立ち上がって来るこ とはなかった。 朧月麗花はいま、死んだ。 「さて………」 雅人は美鳥の前に立ち直す。麗花に阻まれた行為を、再開するために。 「兄さま………」 姿なき麗菜の声が響いた。 「兄さま、お願いがあるの。わがままだと分かっているけど………」 「言うな、麗菜よ」 静かに、雅人は妹へと応える。 「お前の想いは俺の想い………お前の願いは俺の願い。言わずとも分かっている」 「ごめんなさい………ありがとう、兄さま」 激しく焼けた家は、もう形を留めていることが出来なくなったようだ。そこか しこから、ガラガラと崩れ落ちる音が響いていた。 遠くからは微かに、サイレンの音も聞こえてきた。ようやく消防隊が到着した らしい。
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE