長編 #4476の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
『お願い、あと少し………あと少しだけ人でいさせて』 目が霞み、ホワイトアウトしそうなのを気力で堪える。次の一撃こそが、麗花 の人間として自らの意志による最後の行動となるだろう。 外すことは出来ない。 朧の使い手として、麗菜は麗花のそれを大きく上回る。あるいは他の妹がこの 場にいて、力を合わせれば勝機も見えたかも知れない。だが元より、この戦いを 己一人でと誓ったのは他ならぬ麗花自身なのだ。 人類のため、そんな壮大な目的や使命などは、もうどうでもいい。麗花亡き後 に朧の宿命を背負って行かねばならない妹たちのために。そして闇の世界に足を 踏み入れ、鬼畜道を歩もうとする実の妹、麗菜のためにも。ここで彼女を止めな ければならい。 力の差が歴然であるのなら、相手の警戒が緩んだ瞬間、麗花の残された力の全 てを一点に集め、賭けるしかない。 白く細い手が、麗花の前に差し伸べられた。 「さあ、この手を取って。そうすれば私たち、また昔のように………」 微笑む麗菜。 その笑みは、先ほどまで見せていたものとは違った。過ぎた日に、あの川原で 見せた幼い麗菜と同じ顔。 しかし迷わない。 躊躇わない。 その笑顔のまま、逝かせてやりたい。 それがいままでなにもしてやれなかった、実の姉としてのせめてもの愛だった。 蹲った麗花は、微かに右手を動かす素振りを見せた。そしてそれをフェイント として。 「ふっ!」 力の限りに床を蹴った。 ほとんど機能しない右足をも使って。 すでに感覚の大半が失われている右足だったが、その瞬間傷口から後方へと曲 がるのが分かった。剥き出しになっていた骨にも、傷が入っていたのだろう。け れど麗花は、そんなことは気にしない。 麗菜もすっかりと気を許していたようだ。麗花は意図していた通りの行動を執 ることが出来た。 合わせた二つの掌を、麗菜の左胸へと押し充てる。 眩い光に包まれた両の掌を。 それは本来、美鳥の得意とする力の使い方だった。一度真月を浚おうとした敵 に弾き返されたことがあるが、いまの麗菜は完全に油断をしていた。しかも美鳥 より強い力を持つ麗花が、その全てを込めた光弾である。効果がないはずがない。 「あっ」 その一撃を喰った麗菜の口から漏れたのは、苦痛を訴える叫びではなかった。 まるで街中で、誰かと肩が触れ合ってしまったときのような、軽い驚きの声だっ た。 「ごめんね、麗菜………」 霧状の赤い液体と、小さな肉のつぶてを全身に受けながら麗花は涙していた。 確かな手応えを感じながら。 麗花が人として最後の義務と決めていた、麗菜との戦いがいま終わった。 「誰か出て来たぞ。三人だ」 誰かが叫んだ。 家の外には、何人かの野次馬がいた。とは言っても、元々この辺りの家は一軒 一軒が広い敷地を持つこともあって、その数は少ない。そのためか、集まった野 次馬も十指にあまるかどうかと言った程度であった。 が、その中に姉、麗花の姿はない。 「美鳥ちゃんに、音風ちゃん………それに真月ちゃん。無事でよかったわ」 死んだ祖父母、両親とも近所付き合いはほとんどしていなかった。いや、拒絶 していたと言うほうが正しいだろう。これは美鳥たち姉妹にも強制されていた。 そんなこともあって、美鳥は話し掛けてきた中年女性の名前は分からなかった。 ただ学校への行き帰りに、会えば軽く挨拶をしていたので、顔だけは知っていた。 「あの………麗花お姉、姉さんを見ませんでしたか!」 「ああ、一番上のお姉さんね。私が知ってる限りでは、家から出てきたのはあな たたちが最初だわ。一緒じゃなかったの?」 美鳥が首を振って否定すると、その中年女性は周囲の者たちに麗花を見なかっ たかと訊ねてくれた。しかしその誰もが、美鳥の希望する答えを返してはくれな い。 「麗花お姉ちゃん、まだ中にいるの?」 後ろから美鳥のパジャマの裾を引いて、真月がか細い声で訊ねてきた。 あの事件、田邊に誘拐されて以降、真月が家から出て美鳥たち姉妹や優一郎以 外の他人の前に立つのは初めてだった。家の中での些細な物音にさえ、過敏に反 応するようになっていた真月だ。多くはないと言えど、野次馬たちの視線が集中 する場所に立つことには戸惑いがあったに違いない。加えて自分の家が燃え、姉 の無事が確認されていないのだ。その不安は察して余りある。 もちろん音風も、そして美鳥とて麗花が心配で、居ても立ってもいられない。 『美鳥お姉さん………』 真月とは反対側から、音風が何やら美鳥へと耳打ちをする。周囲の人々には、 真月をも含めて、聞かれたくはないらしく、潜められた声で。だが、緊迫した響 きを持った声で続ける。 『家の方から気配がするの』 「気配って、お姉の?」 聞き返す美鳥の声は、つい大きくなってしまった。 「ねえ、麗花お姉ちゃん、どうかしたの?」 いまにも泣き出しそうな真月の顔が、美鳥を見上げていた。 「なんでもないの、だいじょうぶだよ。きっと、麗花お姉は裏の方から外に出た んだよ」 無理に笑顔を作って見せた美鳥だったが、それは真月を安心させるのに充分な ものではなかった。 「すみません、あの、ちょっとの間、真月をお願いします」 「えっ? あ、それはいいけど………」 美鳥は先ほど中年女性に真月を預け、音風の手を引いて野次馬たちの集まりか ら離れた。 「気配って、麗花お姉のなの?」 ずっとこちらに訝しがるような視線を送っている真月と中年女性を横目に見な がら、美鳥は先刻と同じ質問を繰り返した。 「麗花お姉さんのもだけれど、もう一つ。とても大きな力があるの」 「大きな力だって! まさか、この前真月を浚ったヤツかい?」 「ううん、違う………もっと………もっと大きな力なの………でも、どうして… ……さっきまでは何も感じなかったのに! 私、こんな大きな力が、こんな近く に来るまで全然気がつかなかったの!」 突然音風の身体が崩れそうになるのを、素早く察知した美鳥が両手で支える。 出来るだけ自然に、音風と話をしているように装いながら。そうでもしなければ、 まだこちらを見ている真月の不安をさらに掻き立てることになってしまう。 音風もそのことに気づいたらしく、美鳥の手をそっと離しながら「だいじょう ぶ」と囁いた。だがその身体は小さく震えている。 車で丸一日掛かる距離に出現した、矮小な異形の気配すらいち早く感じ取る音 風。それが「大きな力」と評する敵の存在をいまのいままで気が付かなかった。 何か特別な方法を執ったのかも知れないが、それだけでも相手が並の者ではない と想像される。そして麗花の気配も感じられると言うことは、いま炎に包まれた 家の中で戦いが行われているに違いないのだ。 「麗花お姉さんを助けに行かないと………」 真月の目を気にしながらも、音風は訴えるように美鳥を見つめた。 「あ、ああ………」 敵は音風の言葉通りに解釈すれば、これまで戦ってきたどの異形よりも強力な 者であろう。突然の出現であることを考慮に入れても、音風の動揺振りがそれを 語っている。 仮に相手が並の者であったとしても、いまの麗花は朧の力を使うだけでも危険 な状態にあるのだ。よしんば敵を倒せたとしても、麗花自身の限界を超えてしま う可能性が極めて高い。 だが……… 「本当に凄い力なの………急がないと麗花お姉さん、死んじゃうよ」 いつまでも動こうとしない美鳥に痺れをきらし、真月に聞こえてしまうことも 構わずに音風が叫ぶ。そして夜空を赤く染め上げている家に向かって駆け出した。 「ばか、音風!」 音風を止めようと手を伸ばした美鳥だったが、間に合わなかった。その指が微 かに背に触れただけだけで、音風の身体は美鳥から離れ、燃え盛る家に近づいて いく。 「音風っ!」 「駄目だ、お嬢ちゃん!」 すぐに後を追った美鳥だが、いくらも走らずに済んだ。野次馬の中の一人が、 炎の中に飛び込もうとする音風を止めてくれたのだ。 「離して下さい! 中に………中に、お姉さんが!」 音風は激しく抵抗し、男性の手を振り解こうとしている。そこへ追いついた美 鳥は、ぐい、と音風の肩をつかんだ。 「美鳥お姉さん………」 振り返った音風が、何かを言おうとする。が、美鳥はその言葉を待たず、力ま かせに音風の頬を打った。 「ふ………ふあ、うあああん」 大きな声で泣き出したのは音風ではない。真月だった。 家が燃え、その前で二人の姉が喧嘩をしている。家の中には大切な思い出であ るフナと、そして麗花が取り残されている。 幼い真月にしてみれば、ただ泣く以外に出来なかったのだろう。そんな真月が、 美鳥の背中へと抱きついて来た。 そして美鳥は、呆然と自分を見つめる音風を、強く胸に抱きしめた。 「音風………あんただって分かっているはずだよ。これはお姉が望んだことなん だ」 美鳥とて二人の妹がいなければ、すぐにでも麗花を助けに飛び込んで行きたか った。 けれど美鳥には、守らなければならない妹たちがいる。 生きて果たさなければならない使命がある。 もう決して助かることのない麗花のために、それを放棄することは出来ないの だ。 麗花は気づいていたのだろう。この火を放った者の気配に。 それはおそらく、あの田邊を影で操っていたいた者。あの日、田邊のマンショ ン近くのビルで麗花が出会ったと言う人物。美鳥たちとは敵側にまわった、麗花 の実の妹。 だからこそ音風ですら感じ取ることの出来なかった気配に、麗花はいち早く感 じ、美鳥たちを外に逃して自分は残ったのだ。 いま麗花と敵が対峙していることは間違いない。 強大な敵だけに、麗花が勝つとは限らない。 しかしその麗花の想いのためにも、これから先、美鳥や音風が果たすべき使命 のためにも、この炎の中に身を投じる訳にはいかない。 いまはただ、麗花の勝利を祈るだけが美鳥に出来ることだった。けれどその願 いが通じたとしても、決して麗花が無事でいることはないだろう。 その時、異形と化した麗花を始末するのが、さしあたり美鳥にとって真っ先に やらなければならない使命であった。 「ごめんね、麗菜」 力無く肩にもたれ掛かる妹の頭を、麗花はそっと撫で上げる。 麗花の一撃によって麗菜の左胸は心臓ごとえぐり取られ、小さな肉片となり四 散した。接続部を失った左腕が、その後方に転がっている。 瞬時に呼吸も止まってしまったのだろう。麗菜の亡骸は、ただ静かに麗花へと もたれ掛かっていた。二人の周りでは、ただぱちぱちと火の弾ける音だけが聞こ えていた。 「何も聞けなかったね、師岡の家で起きたこと。兄さまのこと………」 九年前、師岡の家で何があったのか。その事件がきっかけとなり、麗菜が異形 側にとつくこととなったのだろう。以前ビルの屋上で、麗菜がほのめかしていた 兄の消息についても気になる。しかしながら、麗花にそれを問うゆとりもなかっ た。あの一瞬の隙を突く以外、他にチャンスがあったとも思えない。そしてなに より、次のチャンスがあったとしても、それを待てるほどの時間が麗花にはなか ったのだ。 「ぐっ」 身体中の骨が軋むような痛みを覚え、麗花は両手を床に着いた。抱いていた麗 菜の身体が鈍い音を立てて、床に落ちる。 鼓動が激しくなり、大量の血液が全身に送り出される。一度機に通常の数倍に 及ぶ血流によって、血管が強制的に膨れ上がって行く。 筋肉が何者かの力に依って、無理矢理伸ばされる。到底女性の身である麗花の 限界を超えた力で。 しかし麗花の身体は崩壊しない。肉体の限界を超えた力を加えられながらも、 麗花の身体は瞬時にそれに対応し、強化されているのだ。折れ曲がっていた足さ えも。 細い女性のシルエットが、徐々に徐々にと肥大化を始めた。 「う、うあ………ぐあ、ぐっ………があっ」 絞り出される声も、次第に野太いものへと変調して行く。 視界から色が失われた。目に映る光景が、まるでモノクロ写真のネガを見るよ うだった。
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