長編 #4467の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「うっせー、訳の分かんねぇこと、言うな!」 背中越しなので表情は窺い知れないが、栢下の耳元が真っ赤になっている。 その荒っぽい口調から、栢下はかなり腹を立てているのだと愛美は思った。 二人は良く知った間柄のようだが、仮にも先輩である栢下に対しても健太は 敬語を使わない。愛美のような女の子相手ならともかく、男の子、特に栢下の ようなタイプは先輩後輩と言った上下関係にうるさいものだ。このままでは栢 下が健太に殴り掛かるのではないだろうか。愛美は、はらはらとした気持ちで 二人を見守った。 「他の子ならまだ智貴のことを知ってるからいいけどよ、愛美は何も知らない んだろ? それじゃあ智貴のやってることは、ただのイジメじゃねぇか……… 俺、マジで怒るぜ」 ずいぶんと親しげな感じで話す健太だったが、その言葉の後半部分には迫力 さえあった。姿を見ず、声だけを聞いていたら、とても健太のような小柄な少 年を想像することはなかっただろう。 「マ、マジになるなよ。分かった、分かった、俺が悪かったから」 意外、と言うより滑稽にさえ愛美には思えた。どう見ても体格的に、たぶん 腕力でも遥かに健太を上回っているであろう栢下が身体を縮こまらせて頭を下 げているのだ。 「俺に謝ってもらう理由はないと思うけどな」 「っ………わあったよっ!」 そう応えたかと思うと、だん、と大きな音を立てながら栢下は立ち上がった。 横に並ぶ健太との身長差が、より明らかになる。小さな健太など栢下が軽く手 で押せば、教室の端から端まで飛ばされるのではないだろうか。 立ち上がった栢下はむ、くるりと回れ右をして、愛美の方に顔を向けた。相 変わらず紅く、恐ろしい形相をしている。 そして怯む愛美に向かい、特撮映画の中で獲物めがけて突進してくる飢えた 恐竜のほうに近づいてくる。そして……… 「ごめん、全部俺が悪かった」 そう言って、愛美に深く頭を下げたのだった。 愛美が事態を飲み込めず、ただ呆気にとられていると腰を折ったままの栢下 が顔だけ上げて、こちらを覗き込んだ。 「許してくれないか?」 「あ………いえ………許すも何も………あの、ごめんなさい。私の方こそ、叩 いたりして」 「そっか」 にや、と栢下が笑った。紅い顔で。その顔色は、怒りのためではなかったの だろうか。 「げっ、智貴を殴ったのか! なあんだ、愛美って思った以上に強いじゃない か」 相変わらず生意気な健太の、冷やかすような声。 「ああ、たぶんチビ健より強いかも知れないぞ」 そう言った栢下が、愛美に右手を差し出す。 「あの、よかったら………仲直りの握手………」 「は、はい」 なんだか嬉しくて、涙が出そうだった。短い時間の握手は、栢下の方から離 される。そしてホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。 「ちえっ、みんなガキでやんの」 そんな台詞を残し、一番歳下の健太が立ち去ろうとしている。 「健太くん」 「なんだよ。俺も教室に戻らないと、怒られるんだよ」 「ありがとう………」 「ふん、智貴に用事があったのに、話す時間がなかったじゃねぇか………あの さ、家の事情とかあるのは分かるけど、うじうじしてたって仕方ねぇだろう。 もっとなんて言うか、前向きにしてれば、それなりに楽しいもんなんだからよ」 「うん………そうだね」 「じゃあな」 「待って!」 「ったく、なんなんだよ」 健太は本当に面倒くさそうな顔で愛美を見た。その健太の顔は、さっきの栢 下と同じく紅くなっていた。 「中学生になっても、まだ早苗先生のお家に行ったりするのかな?」 「ああ、でもなんで?」 「ううん、あの、私もあの時のお礼を、ちゃんと言いに行かなくちゃって思っ てたから。クロマルとも、会いたいし」 「ふうん………じゃあそこで会っちゃうかもな」 別に興味なさそうに、紅い耳を愛美に見せながら健太は教室を去って行った。 「栢下も初めから悪気があったんじゃないんだよ、たぶん」 ホームルームが終わると同時に、一人の女の子が愛美に話し掛けてきた。 「………小田島さん」 愛美は席の前に立つ、にこやかな笑顔の主の名前を思い出すのに、少しばか りの時間を必要とした。小田島奈々恵、栢下と共に愛美が転校してきた際、同 じクラスにいた女の子であった。 「よかった、私の名前覚えててくれたんだ」 えへへと笑うと、奈々恵の豊かな量を誇る髪が揺れた。 彼女と直接話をするのは初めてのことだったが、その声には聞き覚えがある。 先刻、健太が登場する寸前、栢下に掛けられた声。 「そろそろやばいかな、って思ってたんだ。なんか西崎さん、ずっと辛そうに 見えてたしさ」 「あの………どういうことですか?」 愛美は奈々恵の言っていることが分からずに聞き返した。しかし久しく、い やこの学校に来てから一度もクラスメイトと親しげな会話をした記憶のない愛 美は、ついかしこまった言い方になってしまう。 「西崎さん、前の学校では男の子にもてたでしょ」 「そ、そんなこと、ないです」 唐突な奈々恵の質問に、愛美は慌ててそれを否定した。前の学校では母の死 後、家のことやアルバイトが忙しく、周りの男の子たちを気にすることはなか った。実際、誰かが自分に好意を持っているなどと言う話は耳にしたこともな い。ただ街を離れる前、愛美の方から好きになった男の子に告白をして、ふら れた経験ならあったが。 「本当? ふうん、意外ね。西崎さんって、かなり可愛い方だと思うけどな。 じゃあ、本気で鈍かっただけなんだ」 ずいぶん陽気な性格らしい。そう言って奈々恵はまた笑う。そう言えばこれ まではただ遠巻きに見ているだけだったが、奈々恵が他のクラスメイトと話し ている時でも、笑顔以外の表情だった記憶がない。 「?」 「あのね、栢下のヤツ、西崎さんに気があったんだよ。気が付かなかったの?」 横目で栢下がこちらを見ていないことを確認するようにして、奈々恵は愛美 に近づいて耳打ちをした。 考えもしなかった奈々恵の言葉に、愛美はどう反応していいのか戸惑ってし まう。本当のことを言っているのか、それとも愛美をからかっているのだろう か。 『うじうじしてたって仕方ねぇだろう』 健太の言葉を思い出した。この街、この学校に来てからの生活の中で、愛美 は何一つ楽しいものを見つけることが出来ないでいた。しかしそれは、全てマ イナス方向に愛美の思考が働いていたせいではないだろうか。奈々恵の言葉に 悪意的なものを探そうとしている自分を、愛美は恥じた。 「その様子じゃ、本っっっ当に気づいてなかったみたいだね。まあ、栢下もあ んなガキみたいな態度じゃ、伝わらなくても当然か」 さらに続いた奈々恵の話により、やはり自分自身が学校での居心地を悪くし ていたのだと愛美は知った。 奈々恵も他の子たちも、愛美を無視しようとか仲間外れにしてやろうかと言 う考えはなかった。確かに初めのうちは何人か、愛美に話し掛けてくれる子た ちもいた。けれど愛美はそれに対して、逃げるような態度を執ってしまった。 長く友だちとのつき合いを避けていたために、どうしていいのか分からないと いうのもあった。けれどそれ以上に、愛美の被害者意識が強すぎたのだった。 みんな余所者として、愛美を奇異なものとして見ている。両親のない子として、 珍しがっている。そう勝手に思い込み、殻に閉じ篭もっていたのは愛美自身だ。 そんな態度に、クラスメイトたちは愛美が人との接触を極端に嫌うタイプで はないだろうかと、思ってしまったようだ。無視されていたのではなく、他の 子たちが近寄りがたい空気を愛美自らが作っていたのだ。 「あんな言い方をしたのは、絶対栢下の方が悪いんだけどね」 奈々恵は、そんな注釈をつけて説明した。 栢下は転校して来た愛美を見て、すぐに気に入ったのだと。 人から好意を持たれることに馴れていない愛美は、その先の説明は自分がク ラスから浮いていた理由を聞くより恥ずかしいものだった。 栢下が盛んに愛美にちょっかいを出していたもの、父のことをどこからか聞 いてきたのも、自分に注意を惹かせるためだったと言う。 「そんなこと、栢下くんが小田島さんに、直接話したんですか?」 「そうじゃないけどね。私、幼稚園の頃からあいつのこと知ってるから、何と なく分かるのよ。周りの男の子たちからも、情報が入ってくるしさ」 愛美が叩いてしまったことを、別に栢下怒ってはいなかったそうだ。あれは 自分が言い過ぎたのだと、後で友だちに話したらしい。 ただそれでなくとも女の子たちは、話し掛けにくい雰囲気を愛美自身が作っ ていた。それに加えて栢下が本気で好きになったらしい、と言う噂が男の子た ちの中にも広がった。 栢下は愛美が想像していた通り、その体格の良さもあって男の子たちのリー ダー的な存在だった。しかも小学校の頃、彼の好きになった女の子と些細なト ラブルを起こした男の子を、栢下が殴って酷い目に遭わせた前科が三回はあっ たらしい。それを恐れた男の子たちも、なかなか愛美に近づくことが出来なか ったと言うのだ。 「けど、もうその心配はないと思うよ」 潜めていた声を突然快活なものへと変え、奈々恵が言った。大きくなった声 に驚き、それまで奈々恵へと耳を寄せていた愛美は、まるで痙攣を起こしたか のような動作で身を退いた。 「もともと栢下にしてみれば、悪気があった訳じゃないしね。チビ健に釘を刺 されたから、もうバカなことはしないでしょ。チビ健ってああ見えても正義感 あるし、ケンカだって栢下よりもずっと強いんだよ。まあ、いまはあれだけ体 格差がついてるから分かんないけど。子どものときのトラウマってヤツ? そ れがあるんじゃない」 たぶん小学生の低学年の頃くらいまでは、栢下と健太にいまほどの身長差は なかったのだろう。どう考えてみたところで、愛美にはいまの健太が栢下と喧 嘩をして、勝てるとは思えない。 「おい、小田島。いま何か俺のこと、こそこそ言ってなかったか?」 奈々恵の話の中に出ていた、自分の名前を聞きつけたのだろう。やはり愛美 にはどこかドスを利かせたように聞こえる声で、栢下が近づいて来た。和解の 握手を交わしたばかりとは云え、少し緊張してしまう。 「女の子同士の話だよ。立ち聞きすんじゃないよ、スケベ」 「バーカ、西崎さんに余計なこと言ったら、承知しねぇからな」 「誰がアンタの話なんかするもんか。自意識過剰なんだよ」 仮に良く知った間柄だったとしても、愛美にはとても真似の出来そうにない 奈々恵との会話を交わした後、栢下は教室の前に集まっていた男の子たちの中 に入って行った。 「ねえ、見たでしょ? 西崎さんの方を見たときの栢下の顔って、ヘンだった の」 「さあ………私にはよく分からないけれど」 普段の、自分が来る前の栢下を知らないので、愛美にはそう答えるしかなか った。 「それにして驚いた。西崎さんってさあ、なんか奥手のイメージだったんだけ ど。いつの間にか、チビ健と仲良くなってたんだ。『健太くん』『愛美』って、 名前で呼び合ってさ」 「そんな………たまたま知り合う機会があっただけです。私、あのこの子こと 、もっと歳下だと思ってたから」 「あはははっ、そりゃあいいや。確かに中学生には絶対見えないモンね」 どこかの回路が壊れてしまったかのように、奈々恵は大笑いした。よほど奈 々恵の笑いのポイントにはまってしまったのだろう。それが落ち着くまで、愛 美はかなりの時間を待たされることになった。 「どうでもいいんだけど」 ようやく笑いが治まり掛けて来た奈々恵は、目の涙を拭いながら言った。 「同級生なんだからさ、敬語はやめてくれない? それから、こうしてお話し 出来るようになったんだから、私のことも名前で呼んでくれると嬉しいな。私 も西崎さんのこと、愛美って呼ぶからさ」 それから、奈々恵の右手が愛美の前に差し出される。 「え、ええ、ありがとう奈々恵」 愛美は差し出された手を握り返し、そしてその上に左手も添えた。更に奈々 恵の左手も添えられる。
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE