長編 #4452の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「どこ?」 怒らせるつもりはもちろんないが、質問の意味が分からない。まずいなあと 感じながらも聞き返した。 「所属はってことよ! 新人のくせしてそれだけ大きな態度取るってことは、 事務所もさぞかし大きいんでしょうねえ」 「ううん。どこにも入ってない。あの、怒らせたのだったら謝ります。私、素 人でここに来たのも初めて−−」 「そう。いいわ、スタジオ使ったのがどこかぐらい、調べりゃ分かるんだから」 純子の言葉をどうやら信じていないらしい加倉井。 ひょっとすると、この子は純子がモデルをした雑誌か、あるいはコマーシャ ルを見たことがあるのかもしれない。その記憶が頭の片隅に引っかかっている せいで、純子の説明を信じられないでいる……可能性は低いが、ないとは言え ない話だ。 「挨拶もろくに覚えられない子が、売れっ子になれるはずなくってよ」 「……別に、売れようなんて思ってません」 さすがにむっとした。 (そっちは変装してたのにっ。素顔だったら気付いて、すぐにでも頭下げたわ よ! ……多分) 気分を害しているのは相手も同様。加倉井は胸を反らし、心理的に見下ろす ような、ふてぶてしさの感じさせる目つきになっていた。 「嘘ばっかり。自分で自分のこときれいと思って自惚れてんでしょ。そうに決 まってるわ。私みたいに自分のこと分かってないと、どうせすぐ忘れ去られる のがおちよ。かわいそうに」 「な、何ですって」 と、歯噛みしてみたものの、純子の気持ちとしてはそれでも一向にかまわな いのだが。ただ、加倉井の言い方が気に入らない、それだけの理由による反駁 なのだ。 加倉井は口喧嘩慣れしているようで、そんな純子の反応をすかさず捉える。 「あら。悔しかったら、私みたいになってみなさいよ。それとももういくつも 映画やドラマに出てらして、歌もたくさん出されたとか? まさかねえ」 「有名になりたくてやってるんじゃないって言ったでしょ……」 急にばかばかしくなってきた。 (私ったら何やってるんだろ。芸能人相手にして、口喧嘩なんてみっともない。 それもトイレで) そう考える頭がある一方で、別のことをも思う。 (これだけ言われっ放しは、ちょっと悔しいかもしれない。一つぐらい、鼻を 明かしてやりたいわ、全く) 一瞬、コマーシャルに出ているのだと言ってやろうかという考えが脳裏をよ ぎったが、検討もせずに思い留まった。 (コマーシャル一つぐらいじゃ、逆に笑われるだけよね、きっと) この線をあきらめた純子は、加倉井が何かを言おうとするのを見て、背を向 けた。そして廊下に出ながら、口を開く。 「いっけない。急いでるんだった。加倉井さん、頑張ってくださいネ。また会 える日を楽しみにしてます」 少しぐらい嫌味を効かせても罰は当たらないだろう。 加倉井がどんな表情をしたかは確認せず、そのまま駆け足気味に廊下を行く。 途中、首をきょろきょろ巡らせている男の人とすれ違った。サングラスのせ いで年齢は掴みにくいが、若い方だと思う。隙なく決めたスーツ姿なのに、焦 りが全身に現れていてみっともない。 「舞美ちゃーん! 長すぎるんじゃないかなあ? もう始めないと……」 その短いフレーズで、男がどういう人なのか、よく分かった。 「遅くなって、ごめんなさい」 建物の外に出て方向を見当付けたあと、目と鼻の先の距離とは言え全力で走 ってきたため、純子の息は乱れていた。 「そこまで慌てなくてもよかったのに。でも、どうしたの? 心配して見に行 こうと考えていたのよ」 車の脇でたたずんでいた相羽の母は、駆け込んできた純子を抱き留めながら そう言った。 「その……お手洗いが混雑してて」 「まあ。次の人達がまとまって来てたのかしらね。さ、乗って。お腹空いたで しょ」 とりあえず、車に乗り込んだ。 後部座席に落ち着くとドアを閉め、息を整えてから言う。 「今日はありがとうございました」 「私は大したことしてないわよ。全て純子ちゃんの力。それよりもごめんなさ いね。期末テストが近いのに、こんなことさせて。次からはもっと配慮するわ」 車を発進させる直前に、頭を下げてきた相羽の母。 「い、いえ」 「遅れているところがあれば、信一を遠慮なく使ってね。ふふふ。親が言うの もあれでしょうけど、あの子、そこそこいい成績を保っているようだし」 「は、はあ。頼りにしています。あは」 動き始めるのを待って、純子は後部座席から尋ねた。 「あの、それで、事務所の話なんですけど」 「どう? 考えてみてくれた?」 「えっと、コマーシャルの評判はどうなんでしょう……?」 「あ、それがあったわね」 台詞は途切れ、交差点でハンドルを右に。交通量は多くもなく少なくもない。 「詳しくはあとで話すとして−−安心して。凄く反響があってね」 「ほ……本当ですか?」 思わず身を乗り出し、空の助手席にしがみつく。 相羽の母が、くすりと笑ったようだった。 「本当よ。美生堂へ問い合わせがいくつも来ているそうなの。出演しているの は何て言う子なのかって」 「それで、答えてるんですか?」 「まさか。純子ちゃんは秘密にしときたいんでしょう? それにね、市川さん が色々と計略を練っているようだし」 「計略……。あ、それより、売れ行きは?」 名前を隠している自分に関して問い合わせが来るのは、当たり前と言えるの かもしれない。純子が気になるのは、商品の売れ行きだ。 「着いたわ。続きはお店の中で」 店は全国規模で展開するファミリーレストラン。相羽の母に「好きな店でい いわ」と促され、純子が希望したものだ。 純子はチキンライスのセット、相羽の母はシーフードのリゾットをそれぞれ 注文。料理が来るまでの間、先ほどの話の続きに入った。 「問い合わせはテレビ局の方にかかってきたのを含めて、相当な数だったらし いわよ」 「それって……番組放映中?」 「そうよ。おかしいのはね、『あの男の子は誰ですか?』って質問が、より多 かったこと」 相羽の母の微笑みに、つられて笑う純子。だが、よくよく考えると、素直に は喜べない。 「あのぉ……誰も気付いてないんでしょうか、同一人物だって」 「さあ、それは分からないけど。私が知っている範囲では、気付いた人はいな いんじゃないかしら。純子ちゃんの周りでも気付いた人、いないんでしょう?」 「はい。それで……売れ行きなんですが」 「まだ十日ほどしか経ってないから、簡単には判断できないの。ただ、コンビ ニエンスストアで『ハート』の品切れが急増したそうよ。コンビニは割合敏感 に反応するから、目安になる」 「ふ、ふうん……」 よく分からないなりに、純子はうなずいた。 (悪くはない−−と思っていいのよね、これって? だけど、おばさまは私を その気にさせるために、大げさに言ってるのかも) 勘ぐってしまう。 「どうかしら。コマーシャルの反響を受けて、純子ちゃんの感想は」 「その……ちょっとだけ、自信、出て来ました。でも、学校や友達も大事にし たいし……事務所に入ったら自由じゃなくなるんですよね?」 「うーん、それはまあね。仕方ないのだけれど」 「おばさん。私、やってみたい気持ちはあります」 言い切った純子。 本心では、撮影が終わった直後辺りまではまだまだ消極的だったのだが、つ いさっきの加倉井に言われたことが胸にしっかり残っている。甚だ心外な中傷 を受けたものの、やる気を起こさせてくれたのだ。 だけども。 一〇〇パーセント、やる気に染まったわけでもない。微妙なのである。 「ですが、これまでみたいにできないとなったら、困っちゃう……」 おばさんの視線が不意に純子から外れ、右側を見上げる。 タイミング悪く、料理が届いた。 当然のごとく、会話は中断。皿が並ぶのを待った。 「とにかく食べましょう」 「は、はあ……いただきます」 最初の一口だけ食べて、再び話題を引き戻しにかかる純子。 「あのっ」 「ふふ、分かってるわ。心配しないで。−−あなたの人生に関わるかもしれな いことだものね」 相羽の母も、今のところ料理に手を着けないでいる。 「あのね、これから話すことはまだ私が考えているだけ。それを覚えておいて」 「はい」 フォークを置き、居住まいを正す純子。相羽の母もまた、一段と真剣な眼差 しをした。 「純子ちゃんのために、おばさんが勤める会社の中に芸能プロダクションの部 門を作る−−って言ったら、どうする?」 「えっ、それってつまり」 「簡単に言うと、芸能事務所を会社の中に作ると思ってくれていいわ。会社専 属のモデルというわけ。当然、仕事は純子ちゃんに合わせるから」 「そういうこと、できるんですか?」 とてもにわかには信じがたく、まず大本の点を尋ねてみた。 相羽の母は軽く肩をすくめた。 「私一人では無理。でもね、市川さん達は賛同してくれてるし、美生堂の方々 やAR**の小栗さんも間違いなく後押ししてくださるわ」 「……一つ、分からないことがあるんですが、いいですか」 「何でも聞いて」 「会社の中に事務所を作るという方法があるんでしたら、最初に言ってくれた らよかったのに……って」 不満もあって、恨めしげに見上げる純子。 「うーん、それはね、事務所を作ることは新しい部門を設置するのと同じだか ら、簡単には行かないのよ。それともう一つ。こういう形で会社内の事務所に 所属すると仕事の幅が狭まるわ。事務所としての営業力もまだ見えないし…… あ、こんなことを言ってもしょうがないわね。純子ちゃんには色んなことをや ってもらいたいと思ったから、勧められなくて」 「そんなわけがあるんでしたら……すみませんでした。私、AR**と美生堂 だけで充分です。と言うか、他は手が回らないと思います」 素直に告げると、相手は表情を明るくした。 「それじゃあ、入ってくれる?」 「はい、やってみる! お願いしますっ」 (加倉井舞美……さんに、少しぐらい見返してやれるかもしれない!) 元気よく承諾したあと、小声で付け足す。 「お母さんやお父さんにも聞いてみないといけないですけど」 「始まるのは、早くて四月からと思ってちょうだい。準備が整ったら、ご挨拶 に伺うわね。悪いようにはさせないから」 言って、テーブルへ視線を落とす相羽の母。 「きっと冷めてしまったわね。もったいない」 −−『そばにいるだけで 21』おわり
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