長編 #4434の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「とにかくさあ、純ちゃん、今よりもっと食べなきゃ」 「食べてるつもりだよ。郁江ほどは無理だけど」 「ひどーい。こっちは真面目にアドバイスしてるのに。一度滅茶苦茶に太って から、一気にダイエットすれば胸が残るんだから」 「ダイエットに失敗したら目も当てられないね」 町田がからかうように言った。 「それに、太り方っていうのは十人十色で、上半身に肉が付かない人はいくら やってもだめ」 「芙美、詳しいっ」 「そりゃあ長年、研究したからねえ」 本気かどうか、町田は得意げにうなずいた。彼女が言うと妙に説得力がある。 「五年生まではまな板だったから、これはいかんと思って色々と試した結果、 こうなった」 「はあ……」 純子は町田の胸元を見て、次に富井、井口と視線を移す。 「大先生に伺いますが、一番効き目があったのは?」 井口が面白おかしく尋ねると、町田はまた一つうなずいて、「そうだね」な んてつぶやいた。 「さっきあった牛乳を毎日飲むことと、小さいときから大きめのブラをするこ と。これよ」 「大きめのブラ?」 「胸の方が追い付こうとするのかな。サイズにぴったり合ったのを着ていたら 締め付ける感じになって、成長の邪魔になるとも言うし」 「なるほど……って、それなら何も着けない方がいいんじゃないの?」 納得しかけた純子だったが、矛盾点に気付いて指摘する。 町田は右手の人差し指を立て、ちっちと振った。 「甘い。もちろん何も着けないで大きくなる人はいるけれど、それはほとんど 遺伝によるものなのよ。−−郁は昔から大きかったよね」 「昔から食べてたからー、あはははは」 「でも、お母さんて胸が大きいんじゃない?」 「うん。そうだよね」 「お父さんのお母さん、つまりおばあさんも大きい方なんじゃないかと思うん だけど」 「あ、そうそう! よく分かるわねぇ」 「でしょう? 郁は父親似か母親似かに関係なく、胸が大きくなる遺伝子をも らっているのよ。−−純のお母さんは?」 「大きくはないけど、小さくもないと思う。おばあちゃんはどうかなあ。気に したことない……大きくはなかったような……」 「そういうことよ、純。遺伝が期待できない人は大きめのブラを着けることで 形が整えられ、発達するの」 「……買った方がいいのかな、ブラジャー」 頬に右の人差し指を当てて、考える。最初は嫌がっていたのが、段々とその 気になってきた。 富井の家を辞去し、もうすぐ自宅が見える地点まで来たとき、純子は自転車 に乗った相羽と出くわした。 「よかった。いいところで会えた」 相手の来た方向から判断して、自分の家に用事があったらしいと想像できた。 「ひょっとして、私の家に来てくれてたの?」 「うん。誰もいなかったから、帰ろうとしていたところ」 「留守にしててごめんね。両親は買い物に出かけてるから」 「いきなり訪ねたこっちが悪いんだ」 純子と巡り会えたのでほっとしたのだろう、相羽は自転車を降りてゆっくり した調子で話し出す。住宅街の道路とは言っても、占拠するわけには当然いか ないから、端に寄った。 「電話で確認しとけばよかったなって、後悔してたんだよ」 「それで、どんな用事があるのよ?」 純子は早く帰りたい気持ちもあって、急かすように問う。 すると相羽は自転車の向きを換えると、手で押して歩き始めた。 彼を引き返させることに純子も少し心苦しかったが、何も言わずにありがた く横を歩く。 「用事は仕事の話で……僕が伝えるのも変な気がするんだけど……AR**か ら依頼あったよ」 「わぁ、久しぶり! それって服のモデルね?」 「当然。撮影予定は三月の第一日曜日。また寒い季節に春夏物を着てもらうの は気が引ける……あ、こっちの話。涼原さん、やってみる気は?」 「どうしよう」 考えるためにうつむいて、立ち止まりそうになった。 相羽の肩が先に行くことはなく、純子の隣にずっといる。 「嫌なら嫌だって言ってくれ。遠慮や気遣いなんかいらない」 相羽の声が調子を変えた。随分、子供っぽい。 「嫌じゃないわ。やってみたら楽しいことばかりだったもん。ただ、まだ私っ て、いい加減な気持ちでやってるように思えるの。もちろんね、引き受けたら 精一杯やる。これはこの前のコマーシャル撮影のときに決めたこと。でも、プ ロで成功したいと思ってる人達に比べたら、自分はなんて気楽なんだろう…… って」 「そんなのが気になる?」 「なるわよ。この間ね、タレント募集の広告が新聞に出てたの。そこに『プロ としてやっていく気のある人に限る』と書いてあった。そんなの、私はまだ決 められないもん」 「色んなことをやりたい−−ってこと?」 相羽が立ち止まって言った。気がつくと純子自身、歩みを止めていた。 「そう、それなの。だからモデルやるのだってアルバイト気分が抜けなくて、 意志が固まらない……そんな感じよ」 「じゃ、こう考えたらどうかな? モデルやタレントみたいな仕事ができるの は多分、今だけでしょ。色んなことしたいんだったら、今しか楽しめないモデ ルを精一杯やる。理屈に合ってるでしょ?」 「−−すごーい!」 目をぱっちり開き、相手を見返す純子。素直に納得してしまった。 「どうしてそんな前向きに考えられるの? 感心しちゃう。悩み相談の先生み たい」 「大げさ。感心されるようなことじゃない」 失笑してから、もういいだろうとばかり、ゆっくりと一歩を踏み出した相羽。 純子は急ぎ、小さな歩幅でついていく。 「だけど、さっきのあなたの言葉で私、元気出たよ。やる気も出た。これまで 何遍も迷ったり決心したりを繰り返してきた気がするけど、今度こそ本物」 「本物のやる気が出たのは……まあいいか。母さんが喜ぶし」 相羽は手帳を取り出し、細かい用件を純子に伝えた。 純子の家の前まで来ても、モデルの話は続く。 「ここからが大事で……涼原さんが望むんだったら、ちゃんと事務所に入った らどうかって、母さんが言ってる」 以前より持ちかけられていた話であるが、今は自分自身やる気になったばか りだから関心もひとしお。 「事務所の所属になれば、仕事の話はそっちに直接行くようになるし、売り出 し方も全然違ってくるよ」 「もし入ったら、学校はどうなるのかしら?」 「それは売れ方次第でしょ。売れたら、恐らく学校を休まなければいけない日 も出て来るんじゃないか」 「そうなの? コマーシャルは放課後にちょっとずつやったわよ」 「あれは特別も特別で−−こんなこと言うと気にさせてしまうだろうけど、母 さんが頼んて、スタッフの人達に時間を作ってもらったんだって」 「そうだったのね」 身体の前で両手を重ね合わせ、うつむく純子。 (こんな迷惑かけてたなんて! せめて、宣伝の効き目がありますように……) 心の中で唱える純子へ、相羽の声が届いた。 「余計なことまで言って、悪い」 「え?」 「さっきと同じ話になるけれど、気にしないでいいんだってば。どうせ涼原さ ん、また責任をずっしり感じてただろ?」 「どうしてそれを……」 純子が凝視すると、相羽はしっかりと見返してきた。 「分かるよ。とにかくそういう難しい話は抜きにしてさ、やりたいかどうかだ けを考えてみてほしいって」 「すぐ決めるなんて無理だわ」 「結論は先でいいから。学校のことも考えなければならないだろうし、涼原さ んのお母さんやお父さんとも相談しなくちゃいけないだろうしね」 「うん……。今度は反対しないの、相羽君?」 「ああ、それ、やめたから」 存外、軽い口調の返事に、純子は目を見張った。 その疑念を感じ取ったか、相羽の方はぼんやり眼になってとつとつと応じる。 「君の気持ちが一番重要だから。正直言って芸能人になってほしくないけれど、 事務所に入って本格的にやるなら応援するし、君の最初のファンには僕がなる」 「……」 聞いてて顔が段々と熱くなるのが分かった。 実際、純子の目元には左右とも朱が浮かんでいる。 純子は指先をそれぞれ当てた。 「う、うれしい。けど、恥ずかしいよ。よ、よく言えるわね、そんな台詞」 「平気で言えるよ。本当に思ってるから言えるんだ」 早い調子で述べると、相羽はぶるっと背筋を震えさせ、片手でもう片方の腕 をさする。 「これで話は終わり。えっと、確かめておくと、AR**の仕事は引き受けて もらえる?」 「ええ、やるつもり。お母さん達とも相談するけど、ほとんど私の判断に任せ てもらってるから大丈夫。そうお伝えしてね」 「りょーかい。はは、何だかマネージャーになった気分。それじゃ、さよなら、 涼原さん」 「うん。ばいばい、相羽君。気を付けてね」 自然に別れの挨拶を交わし、相羽の自転車が角を折れるまで見送った。 友人達の話に感化され、ブラジャーのことを一層強く意識したその日の晩。 純子はお風呂から上がると、早速試してみた。試すと言っても、昼間、下着 を買ってきたわけではない。 身体を念入りにタオルで何度も拭ってから、まずショーツを身に着ける。 「……」 脱衣所は一種の密閉状態であるから、誰からも覗かれる心配はない。それで も純子は注意を払って、ひきだしを開けた。いつもならさっき使った一番下の 段にしか用はないのだけれども、今は違う。一つ上の段を引く。 「……これなんか」 若い感じがするかも−−そんなことを思いながら、純子はその水色のブラを 慎重な手つきで取り出した。 (お母さん、黙って借りてごめんなさい) 心中で唱える。見つかると、怒られるというよりも笑われそうな気がして、 嫌だ。 両手で左右に引っ張ってみると、やはり大きめだと分かった。胸のサイズだ けの話ではなく、全体的に大きい。純子は決して小柄ではないが、子供と大人 の違いが当然ながらあった。 しばし考え、一応あてがってみようと決心。 洗面台の鏡に上半身が映っているのを自覚し、背筋を伸ばしてから、生まれ て初めてのブラジャー(厳密さを求めるなら、セパレートタイプの水着を着用 した経験はあるが)をそっと当ててみた。 「いたっ」 純子が軽い痛みを覚えたのは−−残念ながら−−胸ではなくて、後ろ側。長 い髪を数本、背中の方で引っかけてしまっていた。 一旦外し、気を取り直して再挑戦。 今度はうまく行き、鏡の中の自分をじっと見据える。 だぶだぶ感は拭えないが、とにもかくにもブラジャーをして、ある種の満足 感みたいなものが心の内に生まれたような。 (何だか……顔、熱い。……似合ってないよね……。少なくとも友達がしてる のと同じようなのじゃなきゃだめなのかしら) ブラを外して丁寧に折り畳むと、元あったように仕舞い込んだ。 それからふと思い付いて、手ぬぐいを探す。白い手ぬぐい。 (−−あった。これ、雰囲気は似てるかも……) 端っこに細く青のラインが入った白手ぬぐいを軽くねじって、下着に模して 胸の前に持って来てみた。 (……違うよぉ) 思わず苦笑して、手ぬぐいを放り出す純子。 (こんなのでファッションモデルやったことあるなんて言っても、知らない人 は誰も信じないだろうな、きっと) 嘆息する。そこへ。 「純子、上がってるんでしょう? 何やってるの? 湯冷めしない内に早くな さい!」 母の声にびくりとして、純子は「はいっ」と返事するや、急いでパジャマに 手を伸ばした。 −−つづく
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