長編 #4433の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「私が一年前に言ったこと、覚えてる?」 「い、一年前と言うと」 相手から視線を外し、うつむき加減になって考える。程なくして、一つの答 を得た。 「バレンタイン前、やっぱりその話題でお喋りしてた記憶あるけれど……」 「それそれ。清水・大谷コンビは、あんたを好きなんだって」 「そ、それは、確かに聞いたわ。で、でも、冗談でしょ」 打ち消そうとする純子の前で、町田はゆっくりと首を横に。 「私の言うことを信用しなさいっての。それでね、思うにあの二人、純へのア プローチを始めたんじゃないかな」 「……ひゃ、百万歩譲って、芙美の情報が正確だとしてもよ。それこそどうし て今頃、急にアプローチしてくるのよっ?」 「だからぁ、バレンタイン前でしょうが」 呆れたとばかり、肩を落とす町田。 彼女達四人の歩みは、すでに亀のそれよりも遅いかもしれない。 「バレンタインて……それってつまり」 自分から言うのは恐ろしい−−そんな気持ちになり、続きを町田に預けた。 「そう。九十九パーセント、チョコレート目当てだね」 町田の断言に続き、富井の「ひゅーひゅー」という冷やかしが入った。さら に井口が想像を述べる。 「ということは藤井君も? いいじゃない!」 「それだけじゃないわよ。勝馬君も長瀬君も」 町田が付け足す。全くもって、勝手気ままな推測だ。 「いい加減にしてよー、みんなっ」 純子は多少、息を乱して声を張り上げた。腕や足、それにお腹に力が入る。 「ちょっと親切にされただけで、どうしてそうなるわけ? それに、そんなこ とでチョコあげるほど、単純じゃないもんね、私は」 「本命チョコじゃなくてもいいんじゃないの? バレンタイン前に行動に移し たってことは、純が特定の相手がいないと知って、可能性があると考えたんだ ろうねえ」 「何と言われたって、あげないもーん。ふーんだ」 半ば自棄気味である。 町田の方は再び呆れ気味。 「やれやれ。あんたの王子様願望も相当だわ」 「王子様願望なんて、ない」 「嘘ばっかり。恐竜展の少年に憧れてんでしょ?」 この台詞を何度、町田から言われただろう。 純子は大きな息をついた。意外と白くならなかった。 反論しないでいると、町田のお喋りは止まらない。 「王子様を待ってるからこそ、周りの男子には目もくれず、バレンタインを鼻 で笑って」 「笑ってなんかないって」 ほとほと疲れた声の純子である。 「琥珀を譲ってくれたあの子についてもね、好きとかそういうのはないのっ。 もう一度会ってみたいとは思うけど」 「会ってみたら、フォール イン ラブってね! きゃー!」 富井がはしゃぐ、はしゃぐ。あまりのかしましさに、当の純子だけでなく、 井口も町田も耳を塞ぐ格好をしてみせた。 「……王子様はともかく」 町田は、富井が落ち着いたのを見計らい、自らの口を開く。 「周りの男子からのサインをどうするの。チョコくれサイン」 「何でそう言えるのよっ」 「清水や大谷が親切にするってことが、まず怪しい。何年も会話してなかった 藤井君が話しかけてきたのも不自然じゃない?」 町田の挙げた事実は、物的証拠にはなり得ないが、情況証拠にはなるかもし れない。 さすがの純子も少し考える。が、それは短い間だけで、首を振ってあっさり 否定した。 「偶然だわ」 それに対して、町田と井口は顔を見合わせ、「はぁ」と揃って息を吐いた。 富井一人、「もったいなーい!」と叫んでいた。 口紅を取り出した富井は、落書きを始める小さな子供みたく、にんまりと笑 った。三面鏡によってその笑顔が増幅される。 「やめた方がいいんじゃないかな」 家に遊びに来た友人その一、町田が腕組みをしたまま、たしなめる。 「だってぇ、こういうときじゃないと、やれないもーん」 今日は学校が休みだったから、純子達は昼間から富井の家に集まって遊んで いた。 富井の両親は今、共に出かけている。気兼ねなく遊べるということで、町田、 井口、純子の三人はやって来たのだが、いつの間にやら化粧品の話題になって いた次第。 「郁って結構不器用なところあるから、お化けみたいになるんじゃない?」 友人その二、井口がからかう風に言った。だが富井はくじけない。 「大丈夫。ゆっくりやるもんね」 丸っこい指でいじると、口紅から赤い先が覗いた。 「まだ早いと思うよ。リップスティックで我慢したら」 友人その三、純子も止めに入る。 すると富井は何故か頬を膨らませ、振り返った。 「純ちゃんはいいよねえ、モデルやったとき、塗ってもらったんだからあ」 「待ってよ。塗ったと言ったって、あれは写りをよくするために薄く……」 正確なところを抗弁したが、富井は聞く耳を持たない様子。嫌々をするよう に激しく頭を振った。 「塗ったのは事実でしょぉ?」 「それはまあ……そうだけれど」 「ふーんだ。自分だけ塗ったことあるくせに、私がするのを止めるなんてずる い! 絶対に塗るっ」 「そうじゃなくて、お母さんに悪いわよ、やっぱり」 「だいたいさあ、クレンジングクリーム、どれだか分かるの?」 町田が富井の肩越しに、化粧箱を覗き込む。 「見つかる前に落とさなきゃいけないんでしょうが?」 「平気だってぇ。いざというときには石鹸」 とうとう塗り始めた富井。 初めこそためらって、ちょん、ちょんと先を当てる程度だったのが三度目ぐ らいから急に大胆になった。上唇の右半分を赤く染めていく。 「ほらほら、うまいでしょ!」 「まあね。しかし……似合わんような」 町田が早速感想を述べる。忌憚のない口振りに富井は、 「まだ途中だからだわ」 と意地になって、残り四分の三を塗りにかかった。 だが、最初ほどうまく行っていないようだ。ほどよい緊張感がなくなってし まったのか、あるいは焦っているのかもしれない。 「あー! はみ出しちゃった!」 「言わんこっちゃない」 「みんながごちゃごちゃ言うからだよー、もう」 「人のせいにしてる」 鏡を通して、富井を指差した町田。歯を覗かせて笑みを浮かべている。 純子と井口もつられて笑った。 「静かにしてよぉ」 右手に口紅、左手にティッシュペーパーをかまえた富井の泣きつくような声 が響き渡った。 ――十数分後、気の済んだ富井が顔を洗ってさっぱりしてからも、化粧の話 そのものは続いた。 「私は早熟だからねえ、初めて口紅使ったのは小学一年のとき」 町田は両肘をつき、その手へ顎を乗せながら、自慢と冗談をミックスしたよ うな口振りで始める。 「と言っても、もちろん、母親のを黙って借りたんだけど。最初は口にだけ塗 ってたのが、段々エスカレートしてさ、はみ出しまくった果てに、鏡にまでい たずら書きしてた。気付いたらいつの間にかって感じ」 「小さいときって、そうなるのよね。私なんか、逆にクレヨンを口紅代わりに しようとしたことあったわよ」 井口の発言に、他の三人がどよめく。話し手は急いだ風に付け足した。 「幼稚園のときの話だって。いくら何でも、小学校に入ってからはそんなばか ではありませんから」 「クレヨンだと……塗りにくかったでしょ?」 尋ねたのは純子。言うべき台詞を探して、やっと見つけてきたのがこれだ。 井口の方も戸惑ったようで、「え、それはまあね」なんて答えている。 「純ちゃんにはそういう思い出、ないのぉ?」 楽しそうな口調の富井。純子はでも、首を横に振った。 「ないわよ」 「ずるいなあ。自分だけ失敗談を隠すなんて」 「そんなんじゃないわ。本当にないの。小さい頃から、口紅とか化粧とかは大 人になったらする物だって思ってたから」 「でも、大人ぶって着けてみようという気にはなったんじゃない?」 井口が不思議そうに質問を発した。そういう憧れを持たないのはおかしい、 普通じゃないと言わんばかりに。 しかし純子はあっさりと。 「全然。何て言うか、意味もなしに着けたくなかったのかなあ。口紅は特別な 物だから、遊び半分で着けたくなかった……」 「……何だか癪だよね」 井口のコメントに、富井も「そうだよねえ」と応じる。 「格好よすぎるよ、それ」 「だって、実際にそう考えてたんだから」 「そういう考え方だけは大人びてるんだよね、純」 町田が分かった風に、しきりとうなずいた。 「な、何なの」 「いえ、別に大したことでは……」 「気になる。芙美こそ大人びてるくせして」 町田から続きを聞き出そうとした純子だったが、それは中止せざるを得なく なった。と言うのも、富井がいきなり背中に触れてきたからだ。 「−−郁江、何のつもり?」 振り返ると、肩胛骨の下辺りに指先を伸ばし、さらにはしげしげと見つめて いる富井の姿が窺えた。 「純ちゃんはブラ、まだだよね?」 「き、気にしてることをっ」 指の動きにはそんな意味があったのね!とようやく理解し、純子はその場を 飛び退いた。 井口と町田も富井に続いて好き勝手を言う。三人ともすでに着用しているか らこそ、言えるのだろう。 「身体と心、仲よく育ってはくれないみたいだね」 「でも胸を別にしたら、純子のプロポーション、さすがだよ。モデル頼まれる だけのことある」 「お世辞でも、その注釈付きがあんまり嬉しくない……」 自ら二の腕辺りを抱きしめて、友達三人をじとっと見返す純子。 「何でブラしないのさ?」 「それはもちろん……小さい……から」 消え入りそうな声になる。 「牛乳飲んだら大きくなるって言うよ」 「私の好きな飲み物はミルクなんですけど」 町田のアドバイスを即座に否定。でも、言ってから、失敗だったかなと悔や む純子。 (胸が大きくなりたくてミルクを飲んでるみたいに思われるのは嫌……) だが、そんな心配は無用だった。 「昔さ、アメリカの牛肉をたくさん食べると胸が大きくなる、という話があっ たわね」 「アメリカじゃないとだめなの?」 興味がないと言えば嘘になる。純子は素早く反応した。 「さあ、それは知らない。アメリカの牧場では牛を早く大きくするために、ホ ルモン剤を餌に混ぜて与えていたとかで、胸が大きくなるのはそのホルモンの 影響だろうって話」 「……身体に悪そう」 「うん。いいわけがない」 簡単に言い切った町田に対し、純子は片手を握りしめた。 (それなら最初から言わないでよーっ) 「他にないのかな、胸を大きくする方法?」 「あ、私、こんなの聞いたことあるよ」 井口が挙手までして発言権を求めた。 「水泳やってる人って、胸が大きくなるんだって!」 「ふうん。でも、どうして?」 泳ぐのは好きだけど得意でもないのよねと考えながら、純子は尋ねる。 「胸の筋肉が発達するからじゃないかな」 「じゃあ、そういうのでできた胸って……」 固いのかしら、とまでは口に出さないでおく。 −−つづく
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE