長編 #4425の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
その噂は故意に流された節があった。 噂の源は、噂の主役自身らしい。 「知ってる? 明日、子爵様が飛ぶんですって!」 夕食後になって小屋に飛び込んできたアリスに、フィリオは「知ってる」と 答えてから迎え入れてくれた。 「こんなに遅く、いいのかい?」 「ちゃんと許しをもらったから。それよりも、子爵様が」 「うん。村の人を集めて、その前で見事に飛ぼうって魂胆だろ、どうせ」 「そうじゃなくて、飛びそうもないって言ってたじゃない、フィリオ?」 後ろ手に木の戸を閉めたフィリオへ、半ば詰め寄る風にしてアリスが問う。 「あれからどうなったの?」 「放っておけないとは思ったさ。だけど、ケビンから何も言って来ないし、配 達のふりをして忍び込むのはもう無理だろうし」 天地をひっくり返した木箱の底を払い、勧めてくるフィリオ。アリスが座る と、フィリオも机の前に腰を下ろした。 「今は、迎神機が飛ぶのを祈るだけ……と言っても、飛ばれたら飛ばれたで、 悔しいだろうな」 わざとに違いない笑みを見せたフィリオに、アリスは眉を寄せる。 「アリス?」 「あのね、フィリオ。私、正直言って、子爵様のこと、いけ好かないと思って いる」 「分かってる」 「だけど、怪我をするかも……ううん、もしかしたら死んでしまうかもしれな いのに、黙って見過ごせない。……私が言えば、子爵様は飛ぶのをやめてくれ るかもしれないわ。だから」 「難しいと思うな、それは」 ため息混じりに腕を組むフィリオ。 「どうせあのひねくれた子爵様のことだ。たとえアリスが忠告したって、『フ ィリオに吹き込まれたのであろう。手柄を取られまいとして姑息な手段を』と か何とか、言いたい放題の挙げ句、はねつけるだろうね」 「うん……でしょうね。フィリオが卑怯者呼ばわりされるのも嫌だわ」 さらにうつむくアリス。声も小さくなった。 フィリオは立ち上がって、自らの胸をどんと叩いた。 「こんなことで君が心配するなよ。なに、僕だって少しは考えてる」 「考えてるって、何をよ」 すぐには意味が飲み込めず唇を尖らせると、アリスもまた立ち上がった。 フィリオは目配せをすると、秘密めかした調子で始めた。 「資金不足だってのに元の機体をわざわざ直して、その上、こういうもんを付 けるのは何故だと思う?」 フィリオが示した飛空機には−−。 「こんな物、付けてどうしようというのよ?」 アリスはまだ意味が理解できないまま、その座席に触れてみた。 「もちろん、座席があればそこは人が座るところさ。それよりも問題なのはエ ンジンの出力。今のままでは間違いなく推進力が足りない……滑空は可能かも しれないんだけど」 「何のことか分かんない」 「アリスはいいの。今は分からなくてもね。さあ、時間がないんだ。悪いんだ けど、一人にさせてほしい」 フィリオの言い方にむくれかけたアリスだったが、相手の表情を見て抗議は やめた。 (真剣なのは分かるんだけど。いいわ。明日、子爵様の実験が終わったあと、 絶対に教えてもらうから) 作業を始めたフィリオの背を見つめながら、アリスは強く心に決めた。 ケビンはウィップルらが疑惑を否定したあとも、別荘の者に訴え続けた。 しかし証拠が自分の耳だけだったため、相手にされなかったのはもちろん、 あまりにしつこくしすぎたせいで、明日の飛空実験の場にいてはならないと言 い渡されてしまった。 ウィップルが「あのような疑いを持たれてしまっては、いかにケビン様と言 えども、お立ち会いいただくのはご遠慮願いたい。ジェームズ様をいたずらに 動揺させてしまい、悪い影響を与えるかもしれませんから」と執事に言伝した 結果らしい。 執事は執事で堅物だった。ケビン様を正しくしつけ、子爵家の立派な次男坊 となすのもまた自らの役目とばかり、職業意識に燃えた。 「ケビン様はこれから明日の夕方まで、お部屋を出てはなりません」 「ええっ、何で?」 明日の立ち会い禁止を告げられたばかりだったのに加え、突然の外出禁止令 に、ケビンの口調もいつもより粗っぽくなった。 「ジェームズ様がお帰りになった際に、お会いしてほしくないからです。ケビ ン様が先ほどからご吹聴される話をお耳にすれば、ジェームズ様の心も穏やか でなくなるでしょう」 「でも、それは」 「空を自由に飛び回るなぞ、私どもには測りかねる大それた行為ではあります が、一つだけ自明なことがございます。乱れた心、精神では決してうまくいか ないでしょう。 お兄様思いのケビン様なら、これ以上は言わなくてもお分かりいただけると 信じております」 「……信じてくれるんなら、お兄様と会えるようにしてよ」 見上げながら、握り拳を二つ作ったケビン。必死に見つめる。 だが、執事は目を閉じ、首をゆるゆると振った。それからまた目を開くと、 「なりません。正直な気持ちを申しますと……ジェームズ様が明日お飛びにな る話は、村中に知れ渡っております。今さら延期することはできないのです。 ケビン様がいくらおっしゃられても、中止は無理でしょう」 「だけど……。そ、そうだ。お兄様が帰ってらしたとき、僕が顔を見せないと、 不思議に思うよ、きっと」 「ああ、そうですね。ジェームズ様にはまだお休みだとお伝えしておきましょ う。全ての準備が整い、飛ばれてからでしたら、ケビン様も」 「もういいよっ」 ケビンの滅多に出さない叫び声に、執事は目を白黒させた。 当のケビンは、小さな身体を方向転換させて駆け出すと、とりあえず自分の 部屋に飛び込んだ。 ドアを後ろ手に閉め、そのままもたれかかってからうつむく。 「どうしよう」 誰も聞いていないのに、つぶやいてしまう。 (このままだと、絶対に危ない……。せめてフィリオさんが迎神機の仕組みを 調べる時間があればいいんだけれど……それも無理かなあ。お兄様が許すはず ないし。だいたい、知らせることができない) 執事のあの様子から、別荘を抜け出すのはとても難しそうだ。 (……窓から手紙を投げたら、誰か村の人が拾って、フィリオさんに届けてく れるかも) ケビンは面を上げ、目を輝かせた。 だがそれも一瞬。少年の顔色を再び暗くしたのは、別荘の広さ。 ケビンは念のために、窓辺に立ってみた。 「−−だめだ」 窓ガラスの向こうの景色に目を凝らしてから、ため息混じりに言った。 (普通に手紙を投げたって、塀を越えられないよ。石か何か、重たい物をくる んだとしたって、僕の力でどこまで届くかなぁ……) 不安に曇る表情。泣きそうになってくる。 また下がってきた少年の視線が、ある物をふと捉えた。 「……もしかしたら」 かすれ声になったケビン。 (あれを使えば、何とか届くかもしれない) ケビンは勉強机に駆け寄ると、その小さな物を手に取った。 牛乳配達の朝は早い。 農業に従事する者の朝はもっと早い。 ヨアンはまだ薄もやのかかる中、九十九折りの道を急いでいた。台車の荷は 決して軽くはないが、慣れもあってさほど苦にならない。 ついさっき東の空に顔を覗かせた太陽が、草原を明るく照らし始める。じき にもやも晴れるだろう。 (フィリオはよく働いてくれるんだが、子爵様んところともめ事起こしちゃい けねえよなあ) 額にうっすら浮き出た汗を拭い、ふと思うヨアン。 (おかげで配達はまた俺の仕事になってしまった。楽はできねえもんだ、全く。 まあ、もっとも、お偉い人の家に行くのは俺だって苦手だけどよ。適当にやっ てりゃいいのに、若いってのは恐いもの知らずだからなあ) 思うだけでなく、ぶつくさ小声で言ってる内に、ウッド子爵家の全景が見え てきた。この田舎の村には不釣り合いな威容を誇っている。大きいのはかまわ ないから、もう少しだけのんびりした風情の建物でいいのになあ……とはヨア ンを含めた多くの村人が感じていること。もちろん、口に出して言う者は皆無 に等しいのであるが。 「商売、商売」 気を入れ直して、最後の坂を上っていく。 やがて門までたどり着いたヨアンは、来意を告げて通してもらうと、お手伝 いの女性に瓶詰めした牛乳やら乳製品やらを手渡し、黙礼を返してそそくさと 帰ろうとする。 その理由は、ウッド家は傍目にも何やらざわめいていたためだ。お手伝いが さっさと引っ込んだことからもそれは明らか。 (−−ああ、そうか) ヨアンはぼんやり、噂を思い出す。 (今日の昼ぐらいか、子爵様んとこの坊ちゃんが飛ぶっていうのは。まーった く、フィリオもがきっぽいところがあると思っていたが、ここのお坊っちゃん も相当大人げないねえ。何だって、フィリオと張り合うんだか、さっぱり理解 できねえ。せいぜい、こちらに火の粉がかからんようにしなくちゃなあ) 肩をすくめ、辟易しつつ離れるヨアン。 と、門を通過する寸前、彼は地面に妙な物を見つけた。門柱の根本、草に隠 れるようにして転がっている。 「何だい、こりゃ」 つぶやきながら、その紙が結ばれた木製の物体に手を伸ばした。 そのまま、持ち出すという意識もなしに、領地の外に出たヨアン。そんなに 暇がある訳ではないのだが気になったので、拾ったそれを頭上に掲げて、ため つすがめつする。 何に使うものだか、さっぱり見当もつかない。ただ、紙に文字らしき影がか すかに透かし見えた。早速、紙を木からほどき、広げる。 「……こいつは手紙、だな」 ヨアンは幾度かうなずき、ついで文に目を通す。 その両目が見開かれ、彼は周囲をきょろきょろと忙しなく見回すと、懐に手 紙を仕舞い込んだ。 「た−−大変だっ。一刻も早く、フィリオに知らせてやらなくては」 決意を言葉で表すと、ヨアンは軽くなった荷車を引く手に力を込め、足を踏 ん張った。 車を降り、白い手袋を脱ぎ去ると、足早に前進を続けながら放り投げる。 その者の名はジェームズ=ウッド。 「準備はできているんだろうな」 「はい、そちらの方は万全でございましょう。ただ……」 手袋を拾いながら、執事が明瞭な発音で告げる。 「ただ、何だ? 早く言え」 「ウィップルが申すには、操縦法に若干の変更が生じたのでお伝えしたいと」 「そんなことか。これまで充分に習って、頭に叩き込んでいるというのにな。 まあいい。多少の変更なぞ、俺にかかれば大した問題ではない」 唇の片端を上げて笑むと、ジェームズは時間を確かめた。 「よし、間に合うな。今日の正午を持って、空を征す者の名は書き換えられる のだ。はっはっはっはっ!」 屋根の下に入ると、ジェームズの高笑いはより一層響き渡った。 そのまま独り言のように続ける。 「操縦を習うついでに、完成なった迎神機の勇姿をとくと見ようではないか。 この記念すべき日、我が偉業にふさわしい、さぞかし立派な機体に仕上がって いるに違いあるまい」 一転、含み笑いをするジェームズの後ろを、執事やお手伝いが足早に着いて いった。 −−つづく
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE