長編 #4424の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
そうして歩き出した矢先だった。 「ああ! ここにいらっしゃいましたか、ケビン様!」 執事の声が響き渡った。本人はさして張り上げていないつもりかもしれない が、直前まで作業場内が静かだっただけに、実によく通る。 ケビンはウィップル達の手を振り払って、執事に返事をした。 「なぁに?」 「お食事の時間でございます」 歩き慣れた屋敷の廊下とは勝手が違うらしく、執事は普段よりもずっと危な っかしい足取りで、せかせか、おたおたと距離を縮めてくる。表情だけは真面 目で威厳を保とうとしているのが明白。どこか滑稽でさえあった。 「準備は整っています。お早く」 ケビンの前まで来ると、執事は手の甲に着いた機械油の汚れを気にしつつ、 静かに告げた。 「うん。−−ウィップルさんにバリアントさん」 再び二人組の方を向くケビン。快活な声で続けた。 「な、何でございましょうか」 ウィップルは驚いた風に自らの顔をしきりに撫でながら応じる。バリアント はといえば、直立不動の姿勢を保っていた。 「ごめんなさい。折角案内とか説明をしてもらうはずだったのに、僕、お昼を 食べなくちゃいけなくなった」 「あ、ああ。いいです。お構いなく。また後日。いえ、いつでも喜んでご案内 いたします」 笑顔で答えるウィップルに、ケビンは礼を述べようとしたが、それより早く、 執事が口を開いた。 「私ごとき者が口出しするのも何でございますが」 毅然とした、一本芯の通った口調に、ウィップルら二人はやや気圧されたか、 口を半開きにする。 「このような場は、本来、子爵家のご子息が足を運ぶようなところではござい ません」 「違うよ、僕から言い出したんだ」 ケビンの抗議に、執事は物分かりよくうなずいてから、しかしきっちりと否 定する。 「それはよく承知しております、ケビン様。しかし、危のうございます。たと え専門家であり現場責任者である彼らがお付きであっても、かように多くの機 械が配され、ネジ釘や工具の類が床に散乱するような場所に、お気軽に入って はなりません」 「でも」 「よろしいですか、ケビン様。あなた様がこうしてご見学なさるということは、 それだけ、空を飛ぶ乗り物−−迎神機でございましたか−−の完成を遅れさせ る結果につながりかねないのですよ。街にお出かけになられたジェームズ様は、 完成を心待ちにされておられます。万が一にも遅れたとなれば、ご機嫌を崩さ れること間違いございません」 そこまで言うと、執事はケビンからウィップルへと視線を移した。 「あなた方のお心遣いには感謝しますが、本来の役目を忘れず、一日も早く、 迎神機という物を完成させてください」 「……ああ、承知しました」 不承不承といった具合にうなずくウィップルへ、執事はさらに言い重ねる。 「くれぐれも、ケビン様を危ない目に遭わせないように。もしものことがあれ ば、あなた方は言うまでもなく、私どもにも責任が波及いたします」 最後にちょっぴり本音を覗かせた執事は、くるりときびすを返し、ケビンの 前に手を差し出す。 「では、お食事を。その前に、手をお洗いください」 「分かってるよ」 ケビンは唇を尖らせて返事すると、肩越しに後ろを向き、難しい顔をしてい る研究者二人に手を振った。 「とにかく、頑張ってよ」 本来の目的を達せられなかったとは言え、ケビンがこう願っているのは事実 である。 「もちろんでございます」 ウィップルとバリアントは胸の前に片手をかざし、ぎこちない形の礼を返し てきた。 屋敷の者に内緒で作業場に入るという一件があってから、ケビンの行動は厳 しく制限される事態となった。 ジェームズの留守中に、ケビンの身に何かあっては困るという気持ちも強い のだろう。家人は一致団結して、それとはなしにケビンを監視するようになっ た。それはつまり、ケビンの外出をも禁じることにつながる。 (困ったよ……これでは、フィリオさん達に会いに行けない) 頼まれごとに関して特に成果を上げてはいないが、それでも連絡が取れない のは不安だった。 一応、書類探しは続けていたが、何も出て来ない。結果、ケビンは少々、暇 になっていった。 そしていよいよ明日、ジェームズが街から戻って来るという日。 (いいのかな。とうとう、明日に迫ったけれど、フィリオさんに何も伝えられ なかった) 迎神機が完成したとは耳にした。ただし、実物は見せてもらえなかった。そ れはケビンだけでなく、別荘にいる他の者も同様だったのだが。 とにかく、明日の朝、ジェームズは戻って来て、ウィップル達から操縦方法 の説明を受ける。そして飲み込みが早ければ、昼食後にでも試験飛行を執り行 う腹づもりだと聞かされている。 「もう問題ないよね?」 執事を呼び止め、尋ねるケビン。我慢できなくなったこの少年は、一つの理 屈を捻り出した。 「迎神機が完成したんだから、あの二人のところに行って、話を聞くぐらい、 いいよね」 「それはもちろん、かまいませんが」 眉を寄せ、表情を少しばかり曇らせる執事。 「今、あの二人は完成を記念して祝杯を挙げておりますから、果たしてまとも に話を聞くことができるかどうか……」 「いいよ。どこにいるの? どこか店に出かけた?」 「いえ。先ほど戻って参りまして、現在は部屋の方にいるはずです。ご案内い たしましょうか、ケビン様」 「いらない。自分一人で行けるから」 ケビンはきっぱり断って、そのまま駆け出した。ここ数日、監視下に置かれ ていた抑圧もあって、執事の目が鬱陶しかった。 (ちょっとでも聞くんだ) 質問の項目をあれこれ胸の内に温めながら、部屋の前に到着したケビン。ノ ブに手を掛けようとしたら、大きな笑い声が聞こえてびっくりした。 ああ、よっぽど嬉しいんだ、大人の人もこんなに笑うんだと思ったケビンは、 続く言葉に耳を疑った。 「−−にか格好は付いたな−−」 「まあな。いかにも飛びそう−−」 ケビンは息を飲み、扉に片耳をぴたりと当てた。それでもまだまだ聞き取り にくかったが、吸盤のように張り付いた耳に、信じられない会話が飛び込んで くる。 「−−様への説明は、カリファーノ兄−−」 「ばかっ、迂闊に呼ぶな。俺は今、ウィッ−−−−−」 「わ、分かったよ。兄貴が説明役−−−−−」 「任せておけ。うまく言って−−」 ウィップルはせせら笑いを含めて答えていた。 対するバリアントは、どこか不安を帯びた声音だ。 「だけど、−−−−なあ? 一緒に見ておけって−−−−−−」 「大丈夫さ。ちゃんと−−−−−−。地上から指示を−−と言って、最新の車 を頼んだのは、−−−−−−と思ってる? 誰も−−−−−−−−」 「なるほど、頭いい」 「なに、ジェームズ様のおつむが−−−−−−さ。ま、飛んだあと、自分の− −−−気付く−−−−」 ここまで聞いて、ケビンは思い切って、ドアを開けようかと考えた。 だが、あと少しのところで手に力が入らない。 とにもかくにも耳を離し、一つ、唾を飲み込んだ。 (な……何を言ってるの?) 頭を振ってみたが、聞き違いでないのは明らか。 (知らせなくちゃ) そっと部屋の前から遠ざかると、あとは一目散に走るケビン。 背中に大量の汗をかいていた。 「あの二人、おかしなことを言ってるんだ!」 執事や家政婦達にそう話しても、誰も信じてくれなかった。 「あの方達は、訳が分からないところも少しあるけれど、頭のよい人です。そ んなことがあるはずございません。それはきっとケビン様のお聞き違えでござ いましょう」 決まりきった答しか返って来ない。ついでとばかり、「お休みの時間をとっ くに過ぎていますよ」と、早く寝かし付けようとする者もたくさんいる。しか しケビンは眠るどころでなかった。 そんな必死の口調が通じたのだろうか、執事の一人がようやく耳を傾けてく れた。 「分かりました。私がご一緒しますから、彼らから話を聞くとしましょう」 二人でウィップル達の部屋を訪ねる。ドアをノックしたのは、執事である。 「よろしいですか?」 「あ? ああ、いいですよ!」 陽気な声が返って来た。間もなく、扉が開かれた。 「これはようこそ。執事さんが御用とは……我々は多少、騒ぎすぎてしまいま したかな? 前祝いのあまりの無礼講、お許しを」 ウィップルは顔を赤くしていながらも、洒落た言い回しとともに頭を下げる。 執事は酒の臭いに顔をわずかにしかめた。ケビンも、口だけで息をするよう にした。 「そのことではなくて、ケビン様からちょっとした話をお聞きしたので、確認 に来ました」 「ほう。何でございましょうか、ケビン様?」 バリアントの方は、ろれつの怪しいまま、ケビンへ顔を近付けてきた。 ケビンは直前まで喋ろうとしたことを、口に出せなくなっていた。いざ、面 と向かうと、二人の研究者達がとてつもなく恐い。 執事の後ろに隠れ、その服の裾を引っ張るケビン。 察しのよい執事は、最前、ケビンから聞いた話をそのままウィップル達に伝 えた。 「ううむ。記憶にありません」 うなるウィップルは、バリアントを流し目で見やった。 「覚えているか、バリアント?」 「い、いや……どうも飲み過ぎてしまったようで、しかとは……」 さも申し訳なさそうに後頭部をかくバリアントだった。 「恐らく、酔っていたため、声がはっきりしなかったので、ケビン様にはそう お聞こえになったのではないかと存じます。扉越しでしたのなら、なおさら」 「で、でも」 ケビンが言おうとするのへ、ウィップルは鋭く言った。 「しかし! この通り、しこたま飲んで、酔っております故、そのようなこと を口走らなかったと確言はできません。もし事実でありましたら、伏してお詫 び申し上げます」 そして実際に膝をついたウィップル。一歩遅れて、バリアントも同様にする。 「もちろん、本心ではありません。酒宴の席での戯れ言に過ぎず、悪意は全く ございません」 額を床にこすりつけたウィップルに、執事は感じ入ったらしい。 「お話は分かりました」 静かに言うと、ケビンへ手をやりながら、まだウィップルらに話しかける。 「この件はジェームズ様には内緒にしておきましょう。その方が、私どものた めにもなるのですから」 「ありがとうございます。感に堪えません」 恭しい態度を持って、二人組は頭を下げた。 −−つづく
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