長編 #4422の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
ケビンは別荘を出るのを恐れるようになった。 (お兄様の言うこと、聞かなくちゃいけないのかなぁ……) 先日、フィリオが別荘に忍び込んで、ジェームズの空飛ぶ乗り物を盗み見よ うとしたと聞かされた。多分にジェームズの悪意が混じっているとは言え、大 筋は事実らしい。 「あんな卑怯な奴は、同じことをされても文句を言えないよな。おまえもそう 思うだろう、ケビン?」 ジェームズに同意を求められたとき、ケビンは何も言えなかった。 (ちょっと前、フィリオさんが飛んだあと、アルフ達がしていた噂だと、お兄 様こそ、フィリオさんの飛空機に細工をしたって……。何を信じたらいいんだ ろう。分からないや) 村の同年齢の子供達やフィリオと接する機会がないので、ジェームズの考え 方ばかり、聞かされる羽目に陥っている。それが強迫観念のようになるのだ。 フィリオ達に会いに行けば、スパイ行為をして来なければならない、と。結果、 ケビンの足はますます外に向かなくなる。 「……そうだ」 頭を悩ませていたケビンは、ふと閃いた。それは、いかにも子供らしい、公 平の原則に従った判断と言えるだろう。 (フィリオさんの飛空機について、お兄様に知らせる換わりに、あの博士さん 達が作っている乗り物のことを、フィリオさんに教えればいいんだ!) 思い立つが早いか、ケビンは実行しようと、椅子を飛び降りる。 部屋を出ると、駆け足で階段を降り、別荘の隣の製作場を目指す。 寸前まで来て、ケビンは速度を落とした。これまでさほど興味を示していな かったのに、急に、息せき切って駆けつけ、様子を見たいと言い出しては、疑 われるかも……そんな気持ちが働いたのだ。 扉の前に立ち、深呼吸をしたケビン。「よぉし」と決心して、戸を押し開け ようとした瞬間、 「ケビン、何をしている」 という声が背中の方から上がった。 「お、お兄様」 振り返るとジェームズが、不思議そうな目をして見下ろしてきている。彼は 赤毛を右手でかき上げ、再び口を開いた。 「おまえがここへ足を運ぶとは珍しい。どういう風の吹き回しだ、ははは」 対するケビンは、不意のことに心の準備が整わなくて、なかなか言葉を出せ ないでいた。 「そうか。フィリオのような庶民の造る飛空機より、迎神機の方が素晴らしい と気付いたか」 ジェームズは勝手に解釈して、さも嬉しげに目を細める。その珍しい笑顔に、 後ろめたさを覚えるケビンは、無意識の内に床を見つめていた。 「どうした? 見たければ、遠慮なく入っていいんだぞ。さあ、行こう」 ジェームズはケビンの腕を掴むと、引っ張る形で、作業場へ通じる戸口を開 ける。その途端、機械音が伝わってきた。 ケビンはされるがまま、短い階段を転がるように下った。 (うわあ……凄い、やっぱり) 油の匂いを感じつつ、空間を大きく見渡したケビン。そこここで、クリーム 色の作業服を着た男の人達が動き回っている。 「二人はどこだ?」 手近の作業員をつかまえ、ジェームズが聞く。丸顔の作業員は帽子を取り、 お辞儀をしながら一方向を手で示した。 「両翼部の仕上げにかかっておられます」 「ふん。手を抜くな」 言い置いて、ジェームズは歩き出した。ケビンの腕に加わる力が、やや強く なる。 「一人で歩けるから、離してください、お兄様」 「あん? おお、悪い悪い。つい、力が入った」 手を離すと、今まで握っていた部分をさするジェームズ。 こういう気持ちを、どうして身内以外にも向けようとしないんだろうと、ケ ビンはかすかに思い、残念がる。もちろん、口には出せないが。 ほどなくして、ウィップルとバリアントの背中が見えた。肩を寄せ合う格好 で、ひそひそ話をしているようだ。現場が騒音に包まれているせいだろう。 「ウィップルにバリアント」 ジェームズの威厳あふれる声も、一度では届かなかった。 二人の研究者は、なおも会話を続けている。 「おいっ。聞こえないのか、見に来てやってるのだぞ」 多少、怒気を含ませたジェームズの声に、ウィップルはやっと気付いたらし い。振り返った彼らは、どこかびくついた表情だった。 「す、すみません。申し訳ありません」 バリアントがひたすら謝罪の言葉を並べるのに対し、ウィップルは比較的、 理屈をこねる。 「この大きな音と、研究開発に没頭するあまり……熱心さ故ですので、お許し ください」 「ふむ。まあ、よかろう。一日も早い完成は、我々共通の願いだからな」 物分かりいい風にうなずくと、ジェームズは改めて機体の一部を見やった。 金属製の翼二対は、まばゆいばかりに光っている。金ぴかだ。その表面には 鳥の羽の模様、つまり羽毛の形が刻み込まれていた。 「いかにも飛びそうだな」 「はい。この模様には、実際、宙に浮かびやすくする意味がございます。この 微妙な角度の溝により、翼の周囲に空気の細かい渦が生じ、その気流が浮力を 生むのです」 ウィップルは揉み手をしながら説明する。その斜め後ろで、バリアントは丸 眼鏡をやたらにいじっていた。 ジェームズは口元を歪め、小刻みに首を振る。 「ふふん。さすがだな。やはり、学卒は違う。フィリオの機体には、こんな模 様は全くなかった。あいつには思い付かなかったということだ」 それからおもむろに手を伸ばし、光る翼に触れる。 「こいつで飛ぶ日が楽しみだ。いつ完成する?」 「そうですねえ」 すぐには答えず、何やら天井をにらみ上げ、思慮する面持ちのウィップル。 そのあと、バリアントとちらと目を合わせ、口元を片方の手の平で拭った。 「三週間ほど、見ていただければ万全になるかと思います」 「三週間だと?」 突然、声を荒げるジェームズ。 ウィップルとバリアントだけでなく、ケビンまでもが驚きでその場を飛び退 きそうになった。 ところが当のジェームズは、計算尽くの恫喝だったらしく、ウィップル達の 反応に、さも愉快そうに鼻を鳴らした。 「これまで何日かけているか、分かっているのかな? 俺は必要となれば気前 はいいが、短気でもあってな。目に見える成果がほしい。分かるだろう?」 「は、はあ……」 「フィリオがどのぐらいの期間、ちんたらと研究や実験を繰り返し、やっと成 功したのかは知らん。だが、おまえ達ならば当然、その何十倍も早く、空を飛 べる代物を作れる。そうでなければ、意味がない。違うか?」 「そ、そりゃあ、田舎者の若造なんかに負けようはずがありません」 「では、もっと早く完成させよ」 ステッキを突き付けるポーズのジェームズ。 威圧されたウィップルは、頭をかきむしって、何ごとか計算のようなものを ぶつぶつつぶやく。 「そうですね、あらゆる面で最高に努力すれば、二週間に短縮できると見通し が立ちそうです」 「だめだ」 厳しい口調で言って、ジェームズは両手を広げ、前に突き出した。そのまま の姿勢で、しばらく何も言わない。 ケビンは、お兄様はどうしたのだろう?と少し不安になった。 「十日だ。十日で完成させるんだ。これは命令だぞ」 「十日!」 悲鳴を上げた二人組。返事の台詞も、すぐには出て来ないようだ。ウィップ ルの喉元が、大きく動くのが分かった。 「できないのか? 最初、大口を叩いたのは誰だったか、覚えていないとは言 わせん」 「……」 上下の唇を舌で順に湿したウィップルは、バリアントに目配せをした。どう いう意味があるのかは、ケビンには想像もできなかった。 「承知しました、ジェームズ様。十日で完成させるとお約束いたします。ただ し、お願いがあるのです。それをお聞き入れいただかないことには、難しいか と存じますので……」 探るような目つきのウィップルに、ジェームズは短い笑い声を立てた。 「ふん。どうせ、金がいるのだろう? 金で解決できん問題はない。我がウッ ド子爵家の財力を甘く見るな。おまえ達が最高の状態で仕事をこなせるよう、 援助してやろうではないか」 「ありがとうございます」 大げさなまでに頭を下げるウィップル。慌てたように、バリアントも同じよ うに深々とお辞儀する。 彼ら二人がほくそ笑んだような表情になったのを、小さなケビンはちらりと 目撃した。ジェームズには見えなかっただろうが。 (何がおかしいのかなあ?) 変に感じたケビンだったが、そのことを誰からに問う間もなく、ジェームズ が言った。 「よし。では、十日後だ。俺は明後日から一週間、所用で街に出なければなら ない。戻ってくる頃には、吉報をこの耳で聞きたいものだな」 「ご期待に添いますよう、我ら、不眠不休で最善を尽くします」 「うむ」 平身低頭の研究者二人に、ジェームズは尊大なうなずきを残し、きびすを返 した。 「行くぞ、ケビン。おまえのような子供が、こんな作業場に長くいては、危険 だ。怪我をしない内に出るんだ」 「あ、あの」 もう少し見ていたいと主張する間もなく、ケビンの華奢な身体は、兄の手に より引きずられるようにして連れ出された。 いつもなら子供達と一緒にいると、飛空機の実験をするか、そこら中の草原 を走り回り、木に登ったり川に入ったりと無邪気に遊ぶ。 だが、今日は違った。みんなで大人しく、池のほとりに座っていた。フィリ オを真ん中にして、その左右にはアルフやレベッカ、バスといった村の子供ら がずらっと並ぶ。 そしてフィリオのすぐ隣には、久しぶりに姿を見せたケビン。初めて出会っ た頃に比べると、この子の衣服も動き回るのに適した軽装になっている。ただ、 靴だけは相変わらず、つやのあるいい品だ。 「君のお兄さん、街に行ったって?」 冒頭、いきなりそう聞かされたフィリオは、即座に尋ね返した。 「そうなんです、フィリオさん。だから僕、こうして、気にせずに抜け出すこ とができて……。それで、お兄様が帰って来る頃には迎神機を飛ばせるよう、 完成しておけと、二人の研究者さんに言い付けていました」 「帰って来るのって、いつなんだい?」 少なからず、興味を引かれるフィリオ。迎神機が飛ぶ飛ばないに関わらず、 ライバルの予定は気になるもの。 「七日ぐらいあとです。本当言うと、研究者さん達には十日の時間を与えてい ました」 「そうか、十日ね……。ん? ちょっと待ってくれよ、ケビン。それっていつ の話なんだ?」 「一昨々日です。昨日、お兄様が出発されて……」 悪気など当然なく、淡々と答えるケビン。 横手から、レベッカの甲高い声が上がった。 「まあ! それじゃ、もう……えーと、三日経ってるんじゃない?」 立ち上がり、指折り数えながら言って、ケビンを見るレベッカ。 ケビンは胸に手を当て、どぎまぎしている。 「そ、そうだけど」 「何ですぐ知らせないのよ! 時間がもったいないでしょうっ」 「レベッカ、聞いてないのかよ」 アルフが下からレベッカの長いスカートの裾を引っ張り、たしなめる。 「何するの!」 「さっき言ったぞ、ケビン。兄貴が街に出るまでは、恐くて出て来られなかっ たってさ。なあ、ケビン?」 「う、うん」 アルフに応援されたケビンだが、伏し目がちになっていた。 「あら、そうだったかしら」 取り繕うように声の調子を変え、全然違う方向を見やるレベッカ。 フィリオは笑いをこらえつつ、割って入った。 「そうか。じゃ、あと一週間ぐらいだと思えばいいんだ? そうか、それで飛 べるんならまだましなんだが」 多少、聞きにくい。何しろ事態は、ケビンの兄、ジェームズの身の安全に関 わっているかもしれない。 フィリオは唇をよく湿らせてから、ゆっくりと聞いた。 「偉い研究者の二人が作っている飛空機、じゃないよな、迎神機って、どんな 形だった? 見たんだろう?」 「はい。その……フィリオさん」 「何だい?」 どこかおどおどした感じを帯びた目で見上げてくるケビンに、フィリオは不 審を感じた。せめて、優しく聞き返した。 −−つづく
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE