長編 #4409の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
小さな頃から、仲の良い幼なじみとして接してきたのだ。嫌いな訳がない。け れどそれと恋愛感情は別だ。アリスはフィリオを、一人の男性として好きなのだ ろうか。 少なくとも、いま目の前にいる貴族よりは深い感情をフィリオには持っている。 「せっかくのお話ですが、お断りします」 アリスは、はっきりと口にした。 「照れなくていいと、昨日も言ったはずだが? お前も貴族となれるのだぞ。こ んなちっぽけな村で、つまらない葡萄酒造りなどに明け暮れずとも、毎日都で華 やかな生活が送れるのだ」 「私は、この村が好きなんです。葡萄酒造りが好きなんです。貴族になりたいと も、思いません」 抱えていた花束を押し返すようにして、アリスがそう答えると、それまで自信 に満ちた顔をしていたジェームズの表情が一変した。 「本気で断ると言うのか?」 それは返事を確認すると言うより、アリスに対し怒りをぶつけるような口振り だった。 そんなジェームズの様子に、父親はおろおろとするばかりだった。 「ジェームズさま、娘はまだ子どもなのです。どうかお許し下さい」 なんとかジェームズをなだめようと、母親が言う。 「不愉快な家だな、ここは」 吐き捨てるように言うと、ジェームズは勢いよく立ち上がる。座っていた椅子 が、後ろへと倒れる。 「忘れるなよ。ウッド家が手を退けば、この村の葡萄酒造りがなりたたん、とい うことを」 「脅し、ですか?」 アリスは、ジェームズを真っ直ぐに見つめる。 「ふん」 質問には答えず、ジェームズは返した花束を再び、アリスへ投げよこした。 「こんなものを、持って帰れるか。お前が始末しろ」 それから大声で外に控える供を呼ぶと、ジェームズはアリスの家を立ち去って 行った。 「困ったことになったぞ。もし、ウッド家が葡萄酒の取引を止めてしまったら… ……」 「だいじょうぶですよ、子爵さまも、そこまで浅はかな方ではありませんから」 両親のそんなやりとりを、アリスはただ黙って見ているだけだった。 「ねえ、フィル」 アリスの呼びかけに、木箱の中の風呼鳥は小首を傾げる。 ジェームズに撃たれた風呼鳥は、手当を受け、真新しい包帯を巻いていた。ア リスは傷が癒えるまで、この鳥を自分の部屋で飼うことにしたのだ。 アリスは手にしたパンをちぎり、フィルと名付けられた風呼鳥の口元へ運ぶ。 フィルは躊躇いもなく、そのパンを食べた。 「フィリオは、私のことを、どう思ってるのかなあ」 パンをついばむことに夢中の、フィルが答えるはずもない。 「おでこにキスなんて、子どもにするものよね。やっぱりフィリオは、私のこと、 妹くらいにしか思ってないのかしら………ううん、それとも口うるさい、お姉さ んかな」 力なく笑う。 答える代わりにフィルは翼を広げ、羽ばたくような仕種を見せるが、すぐに止 めてしまう。傷が痛むのかも知れない。 アリスは傍らに置いていた、花束を取る。 大きくて色とりどりの艶やかな花。そのどれも、アリスはこれまでに見たこと のないものばかり。 捨ててしまおうかとも思った。ジェームズの置いていった花束。 でも花には、何の罪もない。 「生けてあげなくちゃ、ね」 パンをかたまりのまま箱の中に入れてやると、フィルは無心にそれをついばみ 始める。 アリスは部屋の花瓶に、花を生ける。けれど小さな花瓶には、花束全ては収ま りきらない。 「残りは、食堂に飾ろうかしら」 花瓶の花を見つめながら、アリスは考える。 『我が妻になれ』 「絶対、おかしいわよね。あの子爵さまは」 パンに夢中のフィルには、アリスの呟きが聞こえた様子もない。 アリスのくちから、ふうと、ため息が漏れる。 「でも私、どきどきしちゃった。ううん、まだどきどきしたままなの」 二つの掌を、胸に充てる。 「別に、あの若さまが好きな訳じゃないのよ。でも、でもね」 アリスは自分の顔が熱くなるのを感じた。鏡を見たらきっと、熱病患者のよう に紅くなっているだろう。 遭ったばかりの男性に、プロポーズをされて戸惑いもあった。 いまだって、別にジェームズのことが好きな訳ではない。 けれど生まれて初めて、男性から情熱的な求愛を受けたことに、悪い気はしな い自分がここにいる。 「だって………フィリオは、あんなこと言ってくれないもん」 髪を掻き上げ、アリスは自分の額を撫でる。柔らかな、唇の感触を思い出しな がら。 「やだ………私ったら」 急に恥ずかしくなったアリスは、ばふっ、と音を立てうつ伏せでベッドに飛び 込んだ。熱くなった顔を、枕に押し付ける。 「私、フィリオなんて、大嫌いだもの」 驚いて、ひゅうと鳴くフィルの声を、アリスは遠くに聞いていた。 穏やかな風が、汗ばんだ肌に心地いい。 今日は新しいアイディアを盛り込んだ、模型飛空機の実験をする。いつもなら、 はやる気持ちを抑えきれずにいただろう。 だが、今日のフィリオは違っていた。 (大嫌い、か) あの日の夕暮れの中、アリスに言われた言葉が、ずっと気に掛かっていた。 夕陽と同じ色に染まったアリスの顔。 そっと閉じられた瞼。 紅い唇。 (そ、そんな、出来るわけないじゃないか! 唇に………キスなんて) アリスが嫌いな訳ではない。 けれど小さいときから、ずっと兄妹のようにしてきたアリスに、恋愛感情を持 つことなど出来はしない。額にキスをするのが、精一杯だ。 フィリオはまだ気が付いていない。自分の心の奥に芽生えている、本当の気持 ちに。 「フィリオ、どこか具合でも悪いの? 顔が赤いよ」 レベッカが、フィリオの顔を見上げていた。 「い、いや、なんでもないよ。それよりケビン、遅いよなあ」 慌ててレベッカから顔を逸らし、遠くを見つめる。フィリオと子どもたちは、 ケビンが来るのを待っていたのだ。 「あ、来た。ケビンだ!」 アルフが叫ぶ。 その指さす先に、手を振りながら駆けてくる少年の姿があった。 「遅いわよ、ケビン」 「ご、ごめんなさい………遅くなっちゃった」 息をきらせながらも、ケビンはみんなに頭を下げる。 「今日は、ぼくのお兄さん、機嫌が悪くて………抜け出すのに、苦労しちゃって」 「あれ? おとといは機嫌が良かったって、言ってたじゃん」 「うん………ぼくのお兄さん、気分屋だから」 ケビンは笑って見せた。 「これでみんな揃ったな。よし、じゃあ実験を始めよう」 フィリオが言うと、子どもたちは目を輝かせて「うん」と答えた。 「なんだこれは! こんなぬるい茶が、飲めるか!!」 使用人を乱暴に怒鳴りつけると、ジェームズは紅茶をカップごと、床に叩きつ けた。破片が飛び散り、赤褐色の液体が絨毯にしみを作る。 「申し訳ございません」 おどおどと頭を下げ、使用人は割れたカップを拾い集める。 「す、すぐにいれ直して参りますので………」 慌てていたため、使用人は欠片で指を切ってしまった。 「いらん。片づけたら、さっさと引っ込め」 ジェームズの言葉には、使用人に対する思いやりなど微塵もない。 「で、ですが、ちゃんと後始末を致しませんと、絨毯にしみが残ってしまいます」 使用人は血が絨毯を汚さないよう、気を配りながら紅茶を拭き取る。 「ジェームズさま、よろしいでしょうか?」 逃げるように部屋を出ていく使用人と、入れ替わる形で執事が現れた。 「分かったのか?」 ジェームズは刺すような視線を執事に送る。 「はい、ご報告致します」 荒れているジェームズとは対照的に、執事は落ち着き払った様子で手にしてい た書類を広げた。 「アリス=メイヤー、十六歳。両親はこの村の特産品でもある、葡萄酒の製造販 売をしており………」 「そんな分かりきったことは、報告せんでいい。要点だけを伝えろ」 「はい。アリスさまの評判は、すこぶる宜しく、好意を持つ男性も少なくないよ うです」 「当然だ。何しろ、この俺が妻にしたい、と思った女なのだからな」 一瞬、ジェームズの口元に笑みが浮かぶ。が、それはすぐに消え、また厳めし い顔に戻る。 「それで?」 「アリスさま自身には、浮いた噂はございませんが、気になる男性が一人」 「何処のどいつだ?」 ジェームズの声が、一際荒くなった。 「フィリオ=ハート、十七歳。幼なじみです」 それを聞いて、ジェームズは小さく舌を打った。 「幼なじみか。ふん、王道だな………だが、王道だけに面倒な相手かも知れん。 それで、どんなヤツだ?」 「それが………どうにも」 執事は一瞬口ごもった後、さらに話を続けた。 「家族は祖父のランディス=ハート、六十八歳。昔は腕のいい猟師でしたが、い まは羊の放牧をしております。両親は既に他界」 「家族のことは、どうでもいい。要点だけを伝えろと言ったはずだ」 「申し訳ございません。このフィリオさまというお方、定まった仕事に就いてお らず、空を飛ぶことに熱中しているとか」 「なんだあ? そりゃあ」 訝しげに眉を顰め、ジェームズは呆れたような声をだす。 「その男、キじるしか?」 「さあ、私には何とも分かりかねますが。時折祖父や、余所の家の手伝いをして は、得た収入を全て、空を飛ぶための実験につぎ込んでいるそうです。 村人の評判も、変人として一致しておりますが、子どもたちには人気が有るよ うでございます」 「ガキの人気など、いい。アリスは? アリスがそいつをどう思っているかが、 問題だ」 ジェームズは手を顎にやり、しばらく何かを考え込んだ。そしてやにわに立ち 上がる。 「よし、アリスの家に使いを出せ。そして伝えるのだ。『ウッド家は、今後この 村の葡萄酒の取引から手を退く』と」 「ほ、本気でございますか?」 「さあ、な。それはアリス次第だ」 意味ありげにジェームズは笑って見せる。 「しかし旦那さまにご相談もせず、そのようなことを………」 執事が全てを言い切らないうちに、ジェームズはその襟首を掴み上げた。 「どうせ、親父も長いことはない。正式に俺が子爵の地位を継ぐのも、時間の問 題だが………いいか、代理とはいえ、いまは俺が貴様の主だ。俺の言いつけに従 え」 気性の荒い、若い主に執事はそれ以上逆らうことはしない。 「か、かしこまりました」 望んでいた通りの返事を聞き、ジェームズは執事を解放した。 「では、すぐに使いを出します」 「ん、急げよ」 執事が部屋を出ていくと、ジェームズは椅子に、どっかと腰を下ろした。 「所詮、幼なじみに対する感情と、恋愛は違う。アリスよ、お前が愛すべき男は 他にいることを、俺が教えてやろう」 誰も聞く者のない部屋で、一人呟いた。
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