長編 #4406の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
村を見下ろす高台。そこにウッド子爵家の別荘があった。 村の名産品である葡萄酒の取引を、一手に扱うウッド家では、毎年この時期当 主が別荘に滞在するのが恒例となっていた。 だが今年、そのウッド家に小さな異変が起きていた。 「おい、誰か。誰かいないのか」 豪奢な椅子にふんぞり返り、若い貴族が叫ぶ。使用人を呼ぶための鐘を、必要 以上に激しく鳴らす。 「ははっ、お呼びでございましょうか。ジェームズさま」 程なくして、初老の執事が現れた。 「つまらんぞ、ここは。車で四時間も掛けて来てみれば、劇場もなければ、賭博 場もない。他にパーティを行う貴族もいなければ、芸人もいない。退屈で退屈で、 死んでしまいそうだ」 「お言葉ですがジェームズさま」 だだっ子のようなジェームズを、窘めるような口調で執事は言った。 「ジェームズさまは、この村に遊びに来られた訳ではございません。ご病気の旦 那さまに成り代わり、次期当主であらせられるジェームズさまが………」 「あーあ、もういい。その話は、聞き飽きた」 ひらひらと掌を振り、ジェームズは執事の話を止めさせた。 「明日は狩りに出る。用意をさせておけ」 「し、しかし明日は、今年の葡萄の出来を見に、葡萄園へ………」 「うるさい、俺は狩りに出ると言ったんだ。お前はつべこべ言わず、用意をさせ ればいい」 「は、かしこまりました」 執事は深く頭を下げ、部屋を去って行った。 「ええい、どうしたことだ!」 馬上のジェームズは、苛立ちも露に、供の者たちを怒鳴りつけた。 「朝から走り回って、鳥一羽仕留められんではないか。おい、貴様。大物のいる 狩場を知ってると言ったのは、嘘だったのか」 ジェームズは、傍らに馬を並べた男を睨み付ける。 「いえ、嘘ではございません。馬を降りられて、向こうの山の森の奥まで行かれ れば………」 「ふん、そんな面倒なことが出来るか!」 我侭なジェームズの言葉に、供の者は口を噤んでしまう。 その時、前方の森から一羽の白い鳥が飛び立った。 「おっ」 ジェームズは素早く銃を構え、鳥に狙いを定める。 「お待ち下さい、ジェームズさま。あの鳥は」 供の男が、慌てて止めようとする。しかしジェームズはそれを無視して、引き 金を引いた。 パン。 乾いた音が響き渡った。 「え、なに。いまの音」 買い物に出た帰り道、村外れの森の近くでアリスはその音を聞いた。風に当た るため、腰を下ろしていた場所から立ち上がる。 確か銃声のように聞こえたが。この辺りで狩りを行うことは、村の取り決めで 禁止されているはず。 怪訝に思いながら、アリスは空を見上げる。 何か白い物が、森の端へと落ちていくのが見えた。 「あれは?」 荷物をその場に置いたまま、アリスはその白い物が落ちた方へと、走り出す。 「あっ」 思った通りだった。アリスの駆け付けたところの地べたに、白い鳥が蹲ってい た。左の翼に、血が滲んでいる。 長い尾と、長い冠を持つ鳩ほどの大きさの鳥。風呼鳥(ふうこちょう)と呼ば れ、神話にも神の使いとして登場する鳥だ。白い身体に、所々茶色の羽が見られ る。巣立って間もない、若い鳥のようだ。 「ひどい………」 いったい、誰が。 アリスがそっと手を伸ばすと、風呼鳥は僅かに首をもたげ、目を開いた。 まだ生きている。 「良かった。いま、手当してあげるわね」 アリスの言葉が通じたのか、風呼鳥は大人しく抱き上げられた。翼を調べて見 ると、思ったほどの傷ではない。どうやら、弾は掠っただけらしい。 それでもまだ、僅かに出血は続いており、薬をつける必要がありそうだ。本格 的な手当をするには、家に連れ帰らなければならない。いま出来ることは、止血 をしてやるくらいだ。 「あ、いけない」 傷口にハンカチを巻いてやろうとして、それを持っていないことに気づく。休 んでいた場所で汗を拭いて、そのまま荷物と一緒にしていたのを思い出す。 取りに戻ろうかと、アリスが考えていると。 ぴい、と腕に抱いた鳥が、弱々しい声で鳴いた。 「少しだけ辛抱してね」 アリスはその場で膝を折り、柔らかな草の上に風呼鳥を置いた。そして自分の 白いスカートの裾を引き裂いた。 破り取った布を、包帯代わりに翼へと巻いてやる。 「お家に帰ったら、ちゃんと傷薬をつけてあげるわね」 幼子に語りかけるように、アリスは優しく言った。 その時、幾つかの蹄の音と共に、男たちの話し声が聞こえてきた。 「良く探せ! この辺りに落ちたのは、間違いない」 見ると、それぞれ馬に跨った三人の男たちが、こちらに近づいて来る。手には 猟銃を持っていた。 風呼鳥を撃ったのは彼ららしい。 「おい!」 三人の中でも、一番立派な服装をした男がアリスの腕の中の鳥に気が付いた。 「それは俺の仕留めた獲物だ。横取りは感心出来んな」 馬に乗っているせいもあるが、人を見下したような尊大な態度が鼻につく。 だいたいこの男は、何者なのだろう。村の者なら、アリスはほとんど顔を知っ ている。だがこの男の顔には、全く見覚えがなかった。 街から遠く離れたこの村に、外からやって来る人間は限られている。商売人か、 でなければ高台にある貴族、ウッド家の関係者くらいだ。そう言えば、アリスに 声を掛けた男の後ろにいる二人は、去年見掛けたような気がする。 「こ、こんな村の近くで銃を撃つなんて、非常識よ。それに、この子は風呼鳥な のよ」 「風呼鳥? なんだ、それは」 男が吐き捨てるように言うと、やや後ろに下がって控えていた供の一人が馬ご と歩み寄った。 「は、神の使いと言われている鳥です。特にこの村の者たちは、大切にしていま して………決して狩りの獲物にすることはありません」 「ふん、神の使いだと。馬鹿馬鹿しい。娘、その鳥を撃ったのは俺だ。素直に渡 せ」 「だめよ、渡せないわ」 「なんだと」 男は眉を痙攣させた。そしておもむろに、銃口をアリスに向けて構えた。 「もう一度言う、それは俺の獲物だ。それを横取りしようと言うのなら、お前は 泥棒だ。泥棒には、それに相応しい処遇を与えてやるぞ」 「ジェ、ジェームズさま!」 供の一人が狼狽えた声を出すが、ジェームズと呼ばれた若い貴族は、そのまま 引き金に指を掛ける。 「娘、このお方はウッド子爵のご長男、ジェームズさまだ。素直にその鳥を、お 渡ししなさい」 もう一人が、なんとかこの場を収めようと、アリスに言った。 「い、いやよ。たとえ貴族さまでも、間違った命令に従えないわ」 強がってはみたが、本当は恐くて仕方ない。アリスの足は、大きく震えていた。 「俺が間違っているだと?」 「そうよ」 凄みの利いたジェームズの声に、アリスは身を固くする。抱いた鳥を、庇うよ うに胸の中で腕に隠し、きつく瞼を閉じた。 「お止め下さい、ジェームズさま!」 「ふん」 長い間が経った。 いつまでも引き金の引かれる様子もなく、アリスは恐る恐る瞼を開いた。 「あっ」 小さく声が漏れる。 いつの間にか馬から降りたジェームズが、目の前に立っている。銃は持ってい ない。供の者に渡したらしい。 「お前がやったのか?」 「えっ」 「その鳥の傷に、布を巻いたのは、お前かと訊いている」 「か、考えれば分かるでしょ。他に、誰もいないじゃない」 「なるほど、もっともだ」 ジェームズの顔が、ぐっとアリスに近づいてきた。アリスは後ろに身を引くが、 木の幹に阻まれて、それ以上は下がれない。 不意にジェームズの手か伸びて、アリスの髪に触れた。 「なによ………」 精一杯の虚勢を張り、その手を払う。 「気の強い娘だが………美形だな。少し手を加えれば、都の娘どもより遥かに美 しくなる。しかも生き物を慈しむ、優しさ。気に入った」 やけに芝居がかった言葉が、ジェームズの口より紡ぎだされる。 「娘、お前、いや君の名は?」 「アリス………アリス=メイヤーよ」 「メイヤー? 何処かで聞いたな………」 馬から降りた供の男が、ジェームズへ何かを耳打ちした。 「そうか………アリスよ。我が元へ来い」 「えっ?」 「俺の妻になるのだ」 アリスは思わず絶句してしまった。それは、供の男たちも同じだったらしい。 二人とも驚いた顔をして、ジェームズの方を見ている。 「な、なに言ってるのよ」 アリスは怒りの声を上げる。 この男は女たらしに違いない。きっと、ちょっと気に入った娘には、みんな同 じ台詞を言っているのだろうと思った。 そうでもなければ、会ったばかりのアリスに、いきなりプロポーズをするなど 説明が付かない。 「ふふ、照れているのか。可愛いヤツ」 右手で前髪を掻き上げながら、ジェームズは笑った。 「あなた、頭がおかしいんじゃない?」 「こ、こら。ジェームズさまに失礼な」 「構わん」 興奮気味の供の男を、ジェームズは軽くいさめる。 「突然のことで、嬉しさをどう表現していいのか、分からないのだろう。可愛い ではないか」 「だから、違うって言ってるでしょ!」 「まあ、いい」 ジェームズはアリスから離れ、再び馬上の人となった。 「返事は急がん。気持ちが決まったら、別荘に来るがいい。その鳥は、俺からの プレゼントだ。それから………これは、命令だ。俺以外の者には、その美しい脚 を見せるな」 「えっ、あ………きゃっ!」 アリスは自分のスカートが、破れているのを思い出す。慌てて膝を閉じて、そ の場に座り込んだ。 高笑いを残し、ジェームズは馬を翻し去って行った。 供の二人も、その後に続いた。 「なんだったのよ、あの男?」 一人残されたアリスは、胸に抱いた風呼鳥に漏らした。
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