長編 #4382の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
三人の兵士につきそわれるようにしてたたずむ、サフィーヤ姫にむけて。 姫君は胸の上で手を組みながら、うったえるような目で王を見かえした。 王はそんな姫君の視線を、無言のまま受けとめる。 心なしか――絶対支配者の瞳に、かなしみに似たものが宿っているように、姫君 には思えた。 「姫よ」 王は静かにいった。 そのまま、ながいあいだ無言で、サフィーヤ姫の美貌をただ見つめていた。 姫もまた無言で、王を見つめかえす。 そうしてどれだけの時間、ふたりは言葉ひとつかわさず、見つめあっていたのか。 ――最初に気づいたのは、兵士のひとりだった。 その男は、信じられぬように目を見はって四囲を見まわし、あわててとなりの兵 士をひじでつついた。 そのときにはもう、ほかの者たちもほぼ同時に、気づきはじめていた。 ラエラも、マヤもまたそれに気づいて、顔をあげ、ぼうぜんと目を見ひらいて周 囲を見まわす。 「“銀の夜”だ……」 兵士たちのひとりが、魂をぬかれたような口調でぼうぜんとつぶやいた。 言葉どおり―― 広大な砂漠の空を、まるで砂粒が銀粉にでもとってかわられたかのように、無数 の銀のきらめきがうめつくしているのだった。 闇の底を月光にあわく照らしだされて、きらきら、きらきらとそれらは、まるで ふりしきる雪のようにあわく、音もなく、ゆっくりと、まぼろしのように舞いおち てくる。 しばしだれもが――マヤとラエラに銃をつきつけた兵士や、屈辱的な姿勢で砂上 にひざまずかされたマヤやラエラ自身までもが――声もなく、その夢幻的な光景に 見入っていた。 銀の夜。 五十年、あるいは百年に一度とおこらぬ、自然の気まぐれが生み出す稀有なる奇 跡。 その奇跡を目にすることができた者は、ひとつだけ――たったひとつだけ、心の 底からの願いなら、かなえることができるという。 ラグシャ砂漠で人類がはじめてそれを目にしたときより、連綿と語りつがれてき た、伝説の夜であった。 そこにたたずむすべての人々が――いま、自分がなぜここにいるのかということ さえ忘れはてて、その夢幻的な光景に、ただぼうぜんと魅入られていた。 が、やがてふいに―― 「サフィーヤ」 ザグラール王が、静かな、ささやきかけるような声音で呼びかけた。 いまだ魂をうばわれたままの茫漠とした表情で、呼ばれたサフィーヤ姫は、ふり しきる銀の奇跡から王のおもてへと、ゆっくりと視線をめぐらせる。 静かに見つめる王の目に、いきあたった。 深く、遠い視線だった。 まるで――とどかぬ深淵のかなたにたたずむ想い人を、狂おしくもとめているよ うな視線。 サフィーヤ姫の胸が高鳴る。 その瞬間だけは、姫君はふりしきる奇跡の夜のことさえ忘れて、王を見つめかえ していた。 「サフィーヤ」そんな姫君に、王は万感の想いをこめてもういちど、呼びかけた。 「願いがかなうぞ。ひとつだけ――な。……そなたは、なにを願う?」 静かに、そう告げた。 言葉には、魂の叫びがこめられていた。 おれの願いはひとつだけだ――そう叫ぶ王の声が、姫君の耳にはとどくようだっ た。 わたくしはなにを願う? 姫君は王の視線をうけながら自問した。 迷いが、胸の奥でうずまいていた。 めまいのような感触が、姫君の魂をなやませた。 甘美なめまいの感触であった。 わたくしはなにを願うの――? ふたたび、自問し―― つい、と王から目をはずし、ふりしきる銀のまぼろしを――そのかなたにあるは ずの、雪のふる遠い故郷へと心をあそばせるがごとく、姫君は深い夜に遠い視線を さまよわせた。 サフィーヤ、そなたはどうだ。雪というものを、知っているか? ふるさとに想いをよせて砂漠を見つめる姫君に、あの王宮のなかで王はそう問い かけてきたのだ。 そして姫君はこたえたのだった。 わたくしのふるさとでは、いつも雪がふっていました。 と。 そんなことを思いだしながら姫君は遠い視線を、はるかなふるさとへととばし―― 「陛下」 ふいに天界から地上へと、その魂がとつぜんにして戻ってきたのだ、とでもいう ような顔をして口をひらいた。 胸の前で手を組んだ姿勢のまま、二歩、三歩と足をふみだす。 「陛下、おねがいがございます」 ひたむきな視線で王を見やる。 それを、まぶしげな目をしてうけとめながら、王はうなずいた。 「申してみよ。サフィーヤ」 姫君はうなずき、砂上にひざまずかされたふたりの盗賊に手のひらをむけた。 「わたくしは王宮に帰ります。ですから、このふたりは罪を問うことなく、このま まここで離してあげてください」 「サフィーヤ!」 「姫さま、そんなのダメだ!」 口々に叫びながら、ラエラとマヤは立ちあがりかけた。 背後にひかえた兵がすばやく歩みより、背にまわされたふたりの手をとってふた たび砂上にひきすえる。 砂に頬をつっぷして、ラエラとマヤは王をにらみあげた。 そんなふたりをわきに、サフィーヤ姫は瞳だけで王を圧しようとでもいうように、 おのが支配者にむけてじっと視線をすえていた。 王はしばらくのあいだ無言で、そんなサフィーヤ姫の目を見かえしていた。 が、やがていった。 「それはできぬ」 姫君は、信じられぬ、とでもいいたげに目をむいた。 かなしげな目をしたまま、王はつづけた。 「サフィーヤ。そなたはわかっていない。この盗賊どもを見よ。情けをかけられる くらいならこの場で殺せ――そういいたげな目をしているぞ。伝説にまでうたわれ た者どもだ。それくらいのプライド、とうぜんのことだろう。そなたの言葉はこの 者どもの自尊心を傷つけこそすれ、けっして情けにはならぬはずだ」 はっとして、姫君は地に伏したふたりの盗賊に視線をむけた。 ラエラは砂に半分顔をうずめたまま、くちびるの端にはげますような微笑をうか べてみせた。 「お気持ちだけでじゅうぶんです、サフィーヤ」 そういった。 その横でマヤは、泣きそうな顔をして姫君を見つめていた。 自分の境遇を嘆いているわけではない。 ただ、想いをのこしてふたたびかごの鳥とされようとしている姫君の身を案じて、 涙を流しているのだった。 姫はぼうぜんとした想いでそんなふたりを見つめ―― きっ、とふたたび王に視線をもどす。 「それでも陛下、どうかこのかたたちをお離しになってください。わたくしは―― わたくしは、このかたたちが罰をうけるところを見たくはない」 いって、姫君はついと砂上に顔をそむけた。 王は、そんな姫君をさらに無言で見つめた。 が、やがていった。 「それほどまでにして、この星を出たかったのか」 と。 姫ははっとしたように、ふたたび顔をあげて王を見た。 かなしげな目が、見かえしていた。 「それほどまでして、このおれのもとから離れたかったのか、そなたは」 王は、つ、と目をそらして、ふりしきる銀の夜を見あげながら、疲れたような声 音でそうつぶやいた。 「陛下――」 呼びかけて姫は、つづく言葉がうかばないのに気づき、声をうしなう。 そして半歩をふみだした姿勢のまま、王にむけて片手をさしだす姫に―― ふいに、ぐいと王は顔をむけた。 くちびるをかみしめていた。 ばさりとマントをならして背後にはだけ、決然とした足どりで姫にむかって歩み よった。 からだをぶつけるようにして立ちどまり――ぐいと、乱暴なしぐさで姫君の華奢 なからだを抱きよせる。 「おれは、そなたがみずから心をひらくまでは、けっしてむりに奪うようなことは すまいと――そう考えていた」 苦渋をしぼりだすような口調でいった。 姫君はぼうぜんと、間近に迫る王の、精悍な顔を見つめあげる。 「いつかきっと、そなたはおれに心をよせてくれる――そう思って、おれはただじ っと待ちつづけていたのだ」王は姫君を見つめおろしたままいった。「だがそれは、 まちがっていた」 そしてぐいと――あらがうまもあらばこそ、姫君のくちびるにくちびるをあわせ た。 華奢なのどから悲鳴をもらし、姫君は必死に身をよじらせた。だが、おれるほど 強く抱きしめる王の腕のなかでは、無益な、よわよわしい抵抗でしかなかった。 ぼうぜんと、地に頬をうずめさせられたままそんなようすをながめあげていたマ ヤが、ふいに叫んだ。 「やめろ、このやろう!」 叫びざま、なりゆきにぼうぜんとしていた背後の兵の虚をついて、うしろ足でそ のひざを砕きにかかった。 兵がうめいて崩おれる。 捕縛から逃れてマヤは、バネにはじかれたように飛びだした。 一瞬で王と姫君とのあいだにからだごと割って入り、いきおいで二、三歩うしろ にひいたザグラール王に、うしろ手をしばられたままみごとなバランスのまわし蹴 りをたたきこんだ。 ざん、と王は尻もちをついた。 その姿勢のまま王は、野獣のようにたけり狂った少女を、ぼうぜんとした面もち でながめあげる。 なおも突っかかろうとするマヤに、ようやくのことでわれに返った周囲の兵士た ちがよってたかって飛びかかった。罵声をあびせながら、ふたたびマヤをその場で ひざまずかせ、頬を砂上に手ひどくおしつける。 姫君が悲鳴をあげながらそれをおしとどめようとしたが、それをふりはらいこそ せずとも、どの兵士もマヤをおしつける手をゆるめようとはしなかった。 そんなようすを、尻もちをついた姿勢のまま王は、なおもぼうぜんとながめやっ ていた。 が、やがてティギーン将軍の手をかりて起きなおる。 衣服についた砂ぼこりを払いながら、王はマヤにむかっていった。 「無謀な小僧だな」 ぎ、と、マヤが歯をくいしばった。 反論を口にするよりさきに、 「陛下、この子は女の子です」憤然とした口調で姫君がいった。「小僧だなんて、 失礼がすぎます」 自分が最初におなじ印象を抱いたことは、すっかり忘れはてているらしい。 ほ、と目をむき、それから王は苦笑いを瞬時うかべた。 すぐに真顔にもどる。 「それは失礼をした」 優雅なしぐさで、地に伏したマヤに一礼する。 そしてつづけた。 「おまえは姫のために怒ってくれたのだな」 その頬に、うっすらと微笑らしきものがうかんでいるのを見て――姫君も、マヤ も、いぶかしげに目をすがめた。 が、マヤはすぐに歯をくいしばって王を再度にらみあげた。 「だまれ、このくさればか王! いやがる女をむりやり手ごめにするなんて、男の 風上にもおけないや、このくそったれ野郎! すっとこどっこい! おまえなんか きんたま握りつぶされて死んじまえ!」 口汚くののしる。 あまりのことにぼうぜんとしていた兵士たちが、はっとして口々に罵声をあびせ ながらさらに手ひどくマヤをおしつけ、むりやり口をとざさせた。 そんな光景を王はむしろ好ましげにながめおろしていたが―― その王にむけ、マヤはむりやり半顔を上むかせて、つばを吐いた。 砂上に伏した姿勢からとばされたつばは、むろん王の顔にまではとどくはずもな かったが、それでも着衣の端にかろうじてひっかかった。 さすがに王の顔色がすっとかわった。 兵士たちがさらにいきり立つのをおさえるようにして一、二歩ふみだし、地に伏 したマヤになにかをいいかけようとした。 そのとき―― 「マヤ」 ――この騒乱に気をとられていた一同の背後からふいに――静かな、おちついた 声音が呼びかけてきたのだった。 ぎくりとして、全員の視線がそちらに移動する。 そこに―― ふりしきる銀の夜の底、おぼろにけぶる月光を背に、黒のマント(パトウ)をゆるや かに風になびかせた、ひとりの男の影がたたずんでいた。
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