長編 #4375の修正
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とめかたくらいならできるのですけれど、でも――」 おろおろとうろたえながらそういいかけるのを、ラエラはやさしく笑いながら制 した。 「お手伝いいたしましょう。あいにくと、三日ほどしか仕事をしていませんので、 満足につとめあげる自信はまるでありませんけど」 そうきいて、姫君は決然と首を左右にふってみせた。 「いいえ。ひとりで着替えてみます」 いってすっくと立ちあがり、受けとった黒い衣装をかたわらの寝台の上にのせ、 ドレスの背中を肩ごしに右から、ついで左から、ぎこちないしぐさでのぞきこむ。 どうやら背中のファスナーのひらきかたがわからないらしい。 「わかりました、姫さま、いえ、サフィーヤ」 苦笑しながらラエラはいって、つつと姫君に歩みより、その両の肩をぽんとたた いて背中のファスナーに気安げに手をかける。 びくり、と一瞬姫君は身をふるわせたが、顔をあからめてなすがままになった。 「申しわけありません、ラエラ。わたくし、なんだか情けなくなってきたわ」 「王族とは、そういうものだとききました。でもたすかります。このドレス、品は 高級なのでしょうが構造はわたしのようなしもじもの者にもなじみ深い、ふつうの ドレスのようですから。着せかえに特殊な技術のいるような複雑な着つけの衣服だ ったら、ぬがせているあいだに踏みこまれて見つかってしまいそうですからね」 手ぎわよく姫君の着替えを手伝いながらラエラは、かるい口調でいう。 姫もまた笑いかえしながら、たかまる動悸をしずめようと苦労していた。 侍女に着替えをまかせるのは、文字どおり日常茶飯事だった。相手が殿方、とい うわけでもなし、羞恥に頬をあからめ、あまつさえ胸ときめかせるなど、どう考え てもおかしい――自分でもそう思えて、しいて心をおちつかせようとするのだが、 そうすればするほど動悸はいよいよはげしくなりまさる。 「さあ、ではこれを着てください。なに、こことここに手を、こちらに足をつっこ んでひきあげるだけでよいのです。さあ」 いいながらラエラは、やさしく手とり足とり、ラプルズフォームの衣服を姫に着 せていく。 まるで人形にされたような気分になり、姫君はますます上気した。 そんな姫に、ラエラはさらに気安げな口調で問いかけた。 「サフィーヤ、あなたはおいくつでしたかしら」 「え……わたくしは、ええと、標準年でいうと十八、もうすぐ九になるころあいで す」 「そう……」 と、下半身部分をひきあげようと悪戦苦闘する姫を手伝いながら、ラエラはうっ すらと微笑む。 「なぜですか? なにかわたくしのからだは、ほかのかたとちがって、おかしいと ころでもあるのでしょうか?」 ふいに不安になって姫君はそう問うた。 いえいえ、とあわててラエラはかぶりをふった。 「そんなわけではありませんよ。まあ、しいていえば、平均よりはいくぶんか小柄 ではあります。ですが、それは魅力にこそなれ決しておかしいということはありま せん」 そうでしょうか、と姫は納得いかないようすで、ラエラの身体を上から下までし げしげと見つめた。 女性としてはかなりの長身だろう。 その上、ボディラインにぴったりフィットした黒のスーツは、みごとなまでに成 熟したその肉体を誇示してでもいるかのようだ。 それに比べると、小柄なのが魅力になる、というラエラのセリフはまるで説得力 に欠けている。 「信じられません」 ぷっ、とかわいらしく頬をふくらませながら姫君はいった。 あっはっは、とラエラは心底おかしげに声をたてて笑った。 おっと、と手で口をおさえ、なおも笑いながら姫君にむかってウインクしてみせ る。 「でも、わたしはうそはいっていません。そしてきっと、わたしと同じ意見の人が 世の中にはたくさんいるはずですよ」 「そうですか」 姫は納得いかぬ顔をして、それでもあえて反論はせずうなずいてみせる。 それから、ふいに気がついたような顔で問いかけた。 「ラエラ、あなたはいまいくつなの?」 女盗賊は姫を見かえし、逆にききかえした。 「さて。いくつくらいに見えますか?」 「さあ……。不老処置をうけていらっしゃらないのなら……そう、二十四、五とい ったところではありませんか?」 するとラエラは、花のように微笑をひろげた。 「そう、そんなところ、とでもおこたえしておきましょうか」 まあ、と姫は目をまるくした。そんなのずるいわ、といいかけたが、それを制す るようなタイミングでラエラは背中のシールを封印し終えて、ぽん、と姫君の柳腰 をやさしくたたく。 「さ、これで準備は完了です。この繊維は可変ですから、かなりの体形をむりなく カヴァーできるはずですけど、どこかきゅうくつなところなどはありますか?」 「え? いえ、だいじょうぶのようです」と姫はあわてて自分の四肢をあちこちな がめやり、「すこし、からだの線がはっきりですぎて、恥ずかしいけど」 「それはがまんしてください。それではいきますよ」 いったとたん――やさしい微笑がきりりとひきしまった。 きびきびとした動作でラエラは窓に歩みより、バルコニーに出て外部のようすを うかがう。 よし、とちいさくうなずき、姫君を手まねいた。 なれないかっこうをしているせいか、おっかなびっくりの足どりで姫君はラエラ のとなりに立ち、バルコニーから下界を見おろした。 五十メートルはある闇の底にむけて、外壁とおなじ色をした一本のロープがゆわ えられている。 「……ここを降りるのですか?」 声音におびえをまじえぬよう、懸命に姫はいった。が、からだが正直にちぢこま ってしまっている。 「だいじょうぶです、サフィーヤ。わたしがあなたを抱いてさしあげます。あなた は下を見ないようにしがみついているだけでいいの」 いって、姫君の返事を待たずに、その華奢なからだを軽々と抱きあげた。 「まあ」またもや姫は目をまるくする。「ラエラ、あなたはこんなに力もちには、 とても見えませんわ」 ラエラはうすく微笑しただけでこたえず――そのまま、なんのためらいもなくひ らりとバルコニーをとびこえた。 姫君の華奢なからだを横抱きにしたまま、ラエラは専用の器具らしい滑車様のも のをロープにとりつけ、そのままそれをつたって城壁を降下した。あっというまに 下におりたち、ふわりと姫を地に立たせる。 「すごい」 感嘆をかくそうともせず姫は、賞賛のまなざしをラエラにおくった。 「なれです、サフィーヤ。もっと重いものをもって、もっと危険な場所を綱渡りし たことも何度もあります。どうってことありません」 てれもせずにラエラはそういい、四囲にむけてするどい視線をおくった。 いくつかのライトが庭園をあわく照らしだしていたが、人影は見あたらない。 「さ、こちらへ」 異変の兆候が発見されていないことをたしかめて、ラエラは姫君の手をとり、暗 闇から暗闇へと移動を開始した。 庭園から通廊をすばやくぬけ、邸内の要所要所にしかけられた監視カメラの死角 をたくみにたどりながら、後宮をあとにする。 広大な敷地には身をかくす場所のない範囲もすくなからずあったが、ラエラは四 方の建物の通廊やバルコニー、窓などにむけて幾度か視線をめぐらせただけで、思 いきりよく姫君の手をひいて前進をつづけた。かえってサフィーヤ姫のほうがおっ かなびっくりで、いましも見つかりはしないかときょときょとと視線をあちこち走 らせている始末だ。 「ラエラ、この敷地には、たしかドーベルマンが放し飼いにされていたはずですけ ど」 「ええ」とこともなげにラエラはこたえた。「でもだいじょうぶ。すべての番犬は 薬を撃ちこんで眠らせてあります」 まあ、と姫は口を手でおさえる。 「用意周到ですね。……でも、いつもなら監視の兵が巡回しているはずだけど」 「それもだいじょうぶ。十日前――つまり盗賊ジルジス・シャフルードが姫君をね らっている、という噂が王宮にとどきはじめたころから、監視は外部からの侵入者 むけに強化されていますからね。つまり、内側から出ていこうとする者に対しては、 監視の目はあまくなっている、ということです」 ラエラの説明に、なるほどと姫君はうなずく。 「もしかして、それも計算のうちだったの?」 問いに、ラエラはちらりとふりかえってにっこりと笑い「もちろん」とこたえた。 しきりに感心するサフィーヤ姫を先導して、やがてラエラは王宮裏手の通用門近 くの塀の下にたどりついた。 姫君をうしろに立たせ、女盗賊はレンガを模した頑丈な壁の表面を、注意深く観 察しはじめる。 なにをしているのだろうと姫君がいぶかるのにはかまわず、ラエラは壁をまさぐ りつづけ、ふいに、ある一点にたどりついてひとりうなずく。 「ここだわ」 つぶやき、姫君に手まねきをした。 「どうしたの?」 「ぬけ道をつくってあるのです」 いってラエラは、レンガ様の壁のとっかかりに手をかけ、ぐいとひいた。 ごく、とかすかな重い音とともに、レンガの一枚がパズルのようにぬけた。 まあ、と姫君は口を手でおおいながら目をむく。 見るまに、人ひとりがくぐれるほどのすきまがラエラの手によってひらかれてい った。 「いつのまにこんな穴を?」 くすり、とラエラは笑った。 「もちろん、この穴をつくったのはわたしではありません。この壁は見た目はレン ガに見えますけど、レーザーの直撃をうけても一発や二発では破ることのできない 特殊な材質でできています。三日間見習いとしてこきつかわれていたわたしに、そ んなものに穴をあけている余裕なんかまったくありませんでしたからね」 「ではいったいだれが……」 ラエラはなぞめいた微笑をうかべただけでそれにはこたえず、姫の手をひいて外 部にすべりでた。 「さあ、ここからが正念場ですよ、サフィーヤ。番犬が眠らされているのもそろそ ろ発見されるでしょうし、あなたをつれて歩いているのが見つかれば、夜の探検に でてきた娘ふたり組、と勘ちがいしてくれるようなのんきな兵ばかりではないでし ょうから」 いいながらラエラは、背にしたザックから銃をとりだした。 グリップのところにサディレシヤの紋章がついている。 「武器庫からちょっと拝借した銃です」かるく点検の目をはしらせながらラエラは いった。「ほんとうは使いなれた自前のものがよかったんですけどね。ちょいとド ジって、入星のときに見つかりそうになってしまったので。捨ててきてしまったん です」 いいながらラエラは、サフィーヤ姫の手をとって用心深く前進を再開した。 王宮の外縁は、小高い丘になっている。その丘は森林に囲まれているが、下界ま でつづく道路には、遊歩道のような小道にいたるまで監視の兵がひっきりなしに往 復しているようすだった。 物陰からしばらくそのようすを見やり、ラエラは舌をうつ。 道をはずれたところを移動するのは、ラエラひとりならともかく、姫君がいっし ょではまず不可能だった。なにしろ着替えすら自分ひとりでやったことのない高貴 の人である。音をたてずに移動することはおろか、下生えをかきわけて進むことす らできそうにない。 「やはり予定どおり、強引に突破するしかないわね」 ひとりつぶやき、ラエラは姫君の手をひいて小道にふみこむ。 すぐに、監視の兵が近づいてくる気配があった。 ラエラは樹陰にサフィーヤ姫をおしこむと、銃をかまえ、低く身を沈めて待った。 夜への降下 あらわれた兵が身をかがめた女盗賊に気づくよりはやく、ラエラは銃のひきがね をしぼっていた。 声もなく兵がたおれこむのを、ラエラはすばやく走りよって抱きとめ、そのまま 音もなく下生えのなかにひきずりこむ。 「さ、つぎよ」 いってラエラは姫君の手をひき、さらに前進をはじめた。 「あの……さっきのかたですけど、殺してしまわれたのですか?」 不安げにサフィーヤ姫が問いかけるのへ、ラエラは「しっ」とするどく制止をか けた。 「声をたてないようにしてください」 息だけでそう告げて、四周にむけてするどく気をくばりながら移動をつづける。 さらにふたりの兵士をたおしてしげみの中へと隠したころ、ラエラはふと――姫 君の息が荒くなっているのに気づいた。 四囲に注意深く視線をおくり、 「すこし休みましょう」 短くいってサフィーヤ姫の手をひき、道からはずれた樹陰に腰をおろさせた。 ザックのなかから水筒をだして姫君にのませ、自分もすこしだけくちびるを湿し てから声をひそめていった。 「あの兵士たちは、麻痺して眠っているだけです。朝になるころには、自然に目を さますでしょう」 それをきくと、姫君はほっと安堵の吐息をついた。 が、それに水をさすように、ラエラはつづけた。 「ですが、必要とあらばわたしは、相手に悪意があろうとなかろうとためらいなく 殺します。そのことだけはおぼえておいてください」
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