長編 #4365の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
たとえば「まぶしいからカーテン閉めてくれる?」「いいわよ」とか、「消 しゴム、そっちに転がったみたい」「これ?」という風な会話。 新年になって、相羽とは必要最小限のことしか話してこなかった。息が詰ま るような思いも多少はしたものの、純子は最初の決意を貫き通していた。 だけど、どうしても二人きりで話さなくてはいけないことも、そろそろ出て 来る頃合い。 そう、本人はすっかり失念していた、あの話。 「涼原さん。今日は時間ある?」 「なくはないけど……早く帰りたいの」 放課後、図書室へ向かう中途の廊下で話しかけてきた相羽に、純子は素っ気 なく言った。 「母さんからの連絡があるんだ」 「……」 そう言われた瞬間、おおよその察しは着いた。 「分かったわ。図書室で本を返しに行くところだったの。着いて来て」 純子が足早に移動を始めると、相羽も歩調を合わせる。 図書室でそもそもの用事を済ませると、純子は部屋の隅っこの席に向かった。 太陽の光にまぶしげに目を細める相羽が、ぽつんと立っていた。 「もしかすると、コマーシャルの試写会の話じゃないの」 「当たり」 弾む口調の相羽は、嬉しそうに顔をほころばせている。あとからあとから自 然に笑みが生まれてきて止められない、そんな風情だ。 「ちょっと、声を小さくしてよ」 「悪い。つい」 純子が口の前に人差し指を立てると、相羽は手の甲で口元を拭った。 「それで、いつやるって?」 「だいたいの日は決まってるんだ。でも、なるべく涼原さん家の都合に合わせ るって言ってた」 生徒手帳を取り出して一月のスケジュールのページを開くと、下旬辺りを指 し示す相羽。 純子は首を傾げた。 「本当に? 信じられない。他の人も来るんでしょう? 市川さんや美生堂の 中垣内さんとか」 「実は初号試写とか言って、その人達は先に見てるんだ。だから、涼原さんが 日を決めてくれたら、来られる人は来るという話だってさ」 「そういうものなの……」 「うん。僕もよく知らないけど、母さんの説明ではそうだって。そういうわけ だから、遠慮なく涼原さんのお母さんやお父さんも連れて来なよ」 「遠慮してるつもりはないんだけど。それより、来られる人が来るって、もし みんなが忙しくてだめなときは、私達家族だけなんて……」 「いや、母さんが行くよ。母さんが無理なときは市川さんか杉本さんが。どち らか必ず」 そう聞いて安心するとともに、家族だけで見るのもよかったかなとも思う純 子であった。 「決まったら教えて。日曜日でもかまわないから。じゃあ」 「あ、待って」 行こうとする相羽を呼び止める。呼び止めるという行為自体、久々のような 気がした。 「まだ分からないことあった?」 「それはいいの。……あんなのでよかったのかな」 「え?」 つぶやくような純子の声が聞こえなかったのか、それとも意味を図りかねた のか、相羽が聞き返してくる。 「できあがったコマーシャルの評判……あなたは何も聞いてない? 聞いてな かったらいいわ」 「はは、安心して。受けるかどうかはともかく、作った人達は満足してるらし いよ。クライアント……えっと美生堂の人もよかったって言ってるって」 「嘘。気休め言わないで」 目を瞑り、激しく頭を振った。そんな純子の耳に柔らかい声音が届く。 「嘘じゃないよ。確かに僕は見てない。でもな、みんなが言ってるんだ」 「……受けなかったら……商品が売れなかったらどうなるの? 私のせいなの かな。弁償とか」 「ばかばかしい。そんな理屈が通るんだったら、タレントやってる人なんかい なくなる。ま、出演者が不祥事を起こしたらイメージが悪くなるから、そうい うのは気をつけないとね」 「不祥事……」 「交通事故を起こしたり、浮気がばれたり……あははははっ。子役の場合はど うなるんだろ。分かんないや」 両手を胸の前で組み合わせ真顔の純子とは対照的に、相羽は肩をすくめた。 「冗談だったのね!」 「しっ。声が大きい」 いたずらっぽい目つきになった相羽は、先ほど純子がした「しーっ」の仕種 をそっくり物真似した。 「もう……」 「とにかく、涼原さんは心配する必要なし。役目を果たしたんだ。あとは結果 をご覧あれ」 「信じていいのね」 念押しすると、相手は力強く胸を叩いた。 「……ただ、個人的には売れなくてもいいと思ってるけど」 「え、何でよ?」 「いえ、こっちのこと」 語尾を濁すと、相羽は今度こそ歩き始めた。さっきまで黄色味を帯びていた 陽光が、今やオレンジがかってきている。 「繰り返しになるけど、連絡待ってるから」 「うん。ありがとね」 あとに続きながら、純子は返事した。 (何日かぶりに話して……気分が晴れた。不思議とそんな感じがする) それでも新年の誓いを忘れず、彼との距離は保ったまま、てくてく歩く。 * * 一週間前に電話を受けたのは母だった。 電話のあと、相羽は母から告げられた。 「純子ちゃんのコマーシャルの試写会、次の次の日曜日に決まったわ。信一は どうする?」 しばらく考えるふりをしたあと、相羽は「行く」と答えた。 それから七日が過ぎて。 言おうかな、と相羽は心に考えを浮かべた。 宿題だけは片付けて、次に去年から少しずつ書いている推理小説に取りかか ったものの、ほとんど進展しないまま。 自然と、当面の悩みに関して思考が働く。ワープロの画面に視線は向いてい るが、対象物を映像として認識してはいなかった。 (用事がないなら話すな−−。涼原さんがそういう気持ちなら……言うしかな いよな) 腕を組んだまま、吐息する相羽。両目とも閉じた。 (年明けした途端、急によそよそしくなって。分からない。初めは僕が何か気 に障ることをしたのかと考えたものの、心当たりはなし。そ、そりゃぁ、六年 のときの最初のイメージは最悪だったに違いないけど……努力してきたつもり だし……少なくとも嫌われていない地点までは戻れたと思ってた。事実、用事 があればきちんと話をしてくれるもんな。それなのに遠ざけられているような ……今さら、どういうことだろ?) 唐突に目を見開くと、髪を短い間、かきむしる。 「あーっ、分かんねー」 声に出してから、はたと気付いて焦る。背もたれに寄りかかっていた上体を 起こし、首を巡らせた。閉ざしたドアの向こうは、何の変化も見せない。 (−−母さんには聞こえてないみたい。よかった) 何度目かの息をつくと、相羽は文書を保存し、ワープロの電源を落とした。 (言うべきかな……言うべきだよな。このままずっと、用がないと話しかけら れないなんて絶対に我慢できない) そこまで気持ちは固まりかけたが。 相羽は机を離れ、カーペットに腰を下ろした。 (ああ! でもなぁ。好きだって言って、はっきり断られたらどうしよう……。 去年までなら、ちょっぴり自信……違う、希望があったのに、三学期になって からは馴れ馴れしくしないで、だもんな。もう嫌われたかもしれない) 落ち込みながらも、相羽は小学校のときの卒業アルバムを引っ張り出した。 もちろん、純子の姿を写真で見たいがため。 純子の写真ならモデル撮影をしているときの分をいくらでも手に入れられる 立場の相羽だが、本人に断りなしに自分が個人的に所有するのはためらわれて、 一枚も持っていない。母親との共通のアルバムに数枚あるだけだ。 「純子ちゃん」 囁くように、相羽。ページを開くと、純子の胸から上の写真が微笑みかけて いる。 (初めて出会ったときから好きになっていた。伝えなくちゃ気付いてくれない) アルバムを閉じると、ぱたんという音と、ちょっとした風が起こる。 相羽は決心がついた。 (言おう。このままずっと、気軽にお喋りできない状態で顔を合わせるなんて 無理だ。だから言うんだ。話せる機会があるとしたら、明日。試写会のあとで 言おう。涼原さんの両親がいるに違いないけれど、僕らだけになるチャンスは あるさ、多分) 知らず、手に力を込めていた。 頬に赤みを差した少年はそれからも、伝える言葉をどうしようか、色々と頭 を悩ませて時を過ごすのであった。 * * 同じ日。 相羽が悩んでいたのに遅れること数時間。 純子は深い眠りに就いていた。 * * * 相羽君、悪気はないのよ。分かってくれてるよね? ……ねえ、何か言ってよ。 「特別に用事がないときは、黙ってることにしたから」 そんな。 「だって、君が言ったんじゃないか。用がないなら話しかけるなって」 それは……確かに言ったわ。でも。 「今のところ、母さんからの連絡はない」 わ、私からあなたに用事が……話したいことがあるのよ。 「そんなの知らないよ。親しくしないって決めたんだろう?」 だ、だけど友達でしょ、私と相羽君。 「『普通の友達』なりの会話をしよう」 あれはあのときの……勢いで言ってしまって。少し、やりすぎたと思う…… 反省してるわ、本当に。 「でも、一度決めたことを……」 だ、だったら、もう一度。ね? 今年になってから度が過ぎてたから、以前 みたいに普通にお喋りしましょ。……だめかな……? 「−−涼原さんがそう言うのなら、いいよ」 あ、よかった! やっと笑ってくれたね。 * * * 朝の光に目覚めてからも、頭の中はしばらく霧がかかったみたいで、意識は 簡単にははっきりしなかった。 三分ほどして、ようやく状況が理解できる。 「夢−−おかしな夢」 ふぅ、と息をついて、身体を起こした。 まだ頭はすっきりしていないが、夢の内容は鮮明に覚えていた。 (ここ何日か、似たような夢を見てる気がする。どうしてこんな夢を……。で も、相羽君と口を利く回数が減ったことで、もやもやしていたのは本当) 膝を引き寄せ、両腕で抱く。その上に頭を傾げてもう少し考えてみた。 (いつだったっけ。『困ったときはお互い様』なんて私の方から言っておきな がら……。こんな調子だったら拒絶してるみたいじゃないの) 布団のレースを掴んでいた手に、少しばかり力が加わった。 (できることなら元のように。ううん、元通りじゃ意味がないから、今よりは お話しできるようにしたい) 純子はそこまで決意すると、今日がちょうどいい機会なのねと思い当たる。 (多分……あの相羽君のこと、今日は一緒に来る。そのときに言うのよ。こう いう話は早くすませるのがいいに決まってる。会ってすぐに、謝ろう) やっと、少しすっきりした。 純子は布団をはねのけると、ベッドから飛び降りた。 −−つづく
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