長編 #4360の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
小首を傾げる純子に、相羽は何故か困ったような顔を見せた。 「相羽君?」 一度目を運び終わり、二つ目を運ぶときになって、純子は結局手を貸した。 ディスクと本は元のようにコートのポケットへ。 「あ、ありがとう」 「それより何よ。質問の途中なんですけど」 「出る出ないは自由なんだ」 その割になかなかの出席率のようだ。主にお父さん、お母さんとその子供と おぼしき組み合わせが、そここで動き回っている。 「だったら、無理に出なくても。おばさんも一人で買い物、きっと大変よ」 「分かってるよ、それぐらい。でも、出たかったんだ。だって……この餅つき 大会は、マンションのみんなのつながりを強くする意味もあるから」 「は、はあ……」 首を捻る純子に、相羽は苦笑した。熱気のせいで、早くもほんのりと汗をか いている。 「六月のこと、覚えてる?」 「ん? 分かんない」 純子は答えてから、こめかみの辺りの汗を拭った。 相羽が言いかける。 「誘拐未遂事件の犯人の弟が」 「あぁ! 思い出した。六月だったっけ。だけど、何か関係ある?」 「あのとき、母さんが、その、襲われそうになったわけだろ。たまたま無事で すんでよかったけどさ。あのあと、マンションの自治会で議題になったんだっ て。普段から近所同士、もっと仲よくしていればいいだろうっていう話が決ま って」 「そっか」 納得して落ち着いた。 (そういう事情なら、参加したくなるのも当然だわ) 純子は時間に余裕があるのを確かめると、輪ゴムがないか、相羽に尋ねた。 「僕は持ってないけど、あっちにあると思うよ。お餅をケースに入れて、それ を閉じるのに。でも、何に使うんだ?」 「いいから」 二人並んで、もらいに行く。 「これでいいかな?」 大学生か社会人か、若いおにいさんがありふれた黄土色っぽい輪ゴムを指先 に引っかけて聞いてくる。 「はい」 「いくついるのかな。多分余るから」 「いえ、一本でいいです」 受け取った純子は礼を述べるや、輪ゴムを両手で広げ頭の後ろに持って行く。 先のおにいさんや相羽が不思議そうに見てくるのを意識しつつ、手早く髪を まとめた。 「涼原さん?」 「これでよし、と。私も手伝うから」 「ええっ?」 「だめとは言わせない」 唖然とする相羽の目の前で、純子は立てた人差し指を左右に振った。 「あのとき、私も恐かったんだからね。マンションの人達全員が親しくなるの には大賛成よ」 「なるほど」 微笑むと、相羽の表情から遠慮が消えた。 −−餅つきが終わる頃には、純子もすっかり、マンションの人達と親しくな っていた。 生まれて初めて徹夜しようと心に決め、新年を迎えた純子だったが、一時間 もすると瞼が重たくなってきた。気を抜くと、頭も左右あるいは前後にゆらゆ らと揺れ出す始末。寝巻きの上にはんてんを羽織る今の格好も、ぽかぽかして 眠気を誘うのかもしれない。 「おいおい大丈夫か、純子?」 父が心配してくれる。そう言う本人は酔って寝てしまっていたくせに、今に なってぱっちり覚醒しているのだ。 「やっぱり、子供は子供らしく寝た方がいい」 「そんなことないもん」 怪しい呂律で答えた。 (ここで寝たら、去年と一緒。中学に上がってやっと許してもらえたんだから、 徹夜したい! ……でも、眠いなぁ……年越しそばがいけなかったのかな) 例によって年越しにこだわり、わざわざ日付の変わり目に食べたのだ。 「純子。明日−−じゃないわね。今日は富井さん達と初詣に行くんでしょうが」 「ん。それがあ?」 あくびをこらえつつ、母親へと聞き返す。 「ひどい顔で行く羽目になってもいいの? 目の下に隈を作って」 「……」 純子は黙って考えた。睡魔のせいでかすむ脳裏のビジョンに、今日の予定が 浮かぶ。 「それは困る。うん」 「じゃあ、寝なさい。初日の出が見たいのなら、起こしてあげるから」 「初日の出は別にどっちでもいい。トランプしようよ」 特にトランプをしたいのではなく、途中で寝てしまうのはいかにも癪だった。 「しょうがない子ね。モデルやってるのにこんな真似するなんて、お肌に悪い わよ。使ってもらえなくなるわね、きっと」 母の意地悪げな口調に、また少し考える純子。 「そんなに執着してるわけじゃないもん。……でも、迷惑かけたくないから」 純子はゆらっと立ち上がった。 「おやすみなさい」 淡々と言って、自分の部屋に向かう。背中に、両親のほっとしたような雰囲 気が伝わってきた。 (日が変わってから寝た場合) ぼーっとする頭で、変なことが気になった。はんてんを脱いで、ベッドの角 の棒に引っかける。 (これから見る夢が初夢になるのかな……。どっちでもいい) 横になると布団をすっぽり、首の下まで被った。 寝ようと意識するまでもなく、純子は眠りに落ちた。 * * * 夢を見ている間、純子はそれが夢だと気付いていなかった。 何故か、歌を唄っている。それも音楽室とか学芸会といった場所ではなく、 ましてやカラオケでもない。 何かのスタジオの中、レコーディング現場らしい。 「はい、もう一度」 名前も知らないちょび髭のおじさん−−テレビで見たことはあったかもしれ ない−−が、手を打った。 純子はうなずいて、同じ歌を繰り返す。 (何でこんなことやってるの?) 不思議に感じながら、精一杯の声を張り上げていた。そんな自分を客観的に 見る自分がいるみたいで、奇妙な気分がする。 「だめだめ」 ちょび髭のおじさんが言った。純子は口をつぐみ、注意を待つ。 「それじゃあ主張しすぎ。さっきの聞いてなかったの? そこはルバートに演 奏するようピアノには言ったんだから、合わせて……そう、乗る感じに」 簡単には理解しにくい話をしつつ、おじさんは左後方を指差した。 そちらを見るとグランドピアノがあって、弾き手の顔がちらっと覗けた。 「あ!」 思わず声を上げる純子。 だって、弾いていたのは相羽信一……。 「何で、あんたが」 マイクの前を勝手に離れ、ピアノに近寄る。 相羽も顔を上げ、不満そうにへし口を作った。 「涼原さんこそ何で唄ってるんだよ」 「それは……分かんない」 どこかおかしい。自覚した途端、この場面は断絶した。 二つ目の夢も、純子は夢だと気付かずに見ていた。 ピアノに軽く手を触れていた。 いつの間に学校の音楽室に来たんだろうと首を傾げていると、不意に後方か ら名を呼ぶ声がする。 「涼原さん」 振り返っても、すぐにその声の主の正体は分からなかった。イメージ画像の ように、ぼんやりとしか見えない。純子と同じ制服を着ているから、女の子だ と知れた。 「涼原さんっ」 返事しない純子に苛立ったらしく、声が荒っぽくなる。その瞬間、純子は相 手が誰なのかを理解できた。 「な、何、白沼さん?」 知らない内に二人の間は、見つめ合うほどの距離になっていた。 白沼は両手を後ろに回し、斜め下に視線を落とす。その姿勢のまま、いくら かもじもじした様子で喋り始める白沼。 「あのねえ、あなたからもらっていいかしら?」 「もらう……って何を?」 白沼らしくない態度に違和感を覚えつつも、純子は尋ね返した。 「あなたの大事なものをよ。ちょうだい」 「大事なもの……」 曖昧な言い方をされても分からない。 「もうっ、分かんないの?」 きっ、と面を起こした白沼は、信じられないという風に首を振る。 「う……分からない」 「ものと言うより、人ね。大事な人」 白沼は言葉を区切り、ウィンクする。戸惑う純子の前で、相手は続きを口に した。 「相羽君、もらっちゃっていいわね?」 「はあ? 何のこと?」 最初は唖然として目を見開き、やがて吹き出してしまった。 「相羽君と私は、特に関係は……」 「だってえ、あなた達いつも仲よさそうにしてるでしょう? こういうことは きちんと断らないといけないと思って」 「そ、そんな、お気遣いなく……」 そう言ってから、はたと考え込む。 (待って。郁江達の気持ちもあるんだわ) 「あのね、白沼さん。私は関係ないんだけれど、私の友達が関係あるから」 「何言ってるの」 両手首を腰に当て、胸を反らす白沼。心持ち、見下ろしてくるような形にな った。 「あなたが一番、親しくしてるくせに」 白沼の細くした目でじろっとにらまれ、純子は首をすくめた。 * * * すずめか何か知らないけれど、小鳥が鳴くのを聞いたような気がした。 「……」 目をぱっちりと開け、一拍置いてから一気に上半身を起こす純子。 「夢」 瞬きを何度かして、そうつぶやく。冷えた空気が身体の回りに流れ込んでく るが、今はさして気にならない。 (……変な夢……) まだぼうっとしている頭で、のんびり考える。暗い部屋の中、手探りで電灯 のスイッチを探しているときの気分に似ているかもしれなかった。 (うん……。相羽君と親しくしすぎたことをみんなに申し訳なく思っているか ら、こんな夢を見たのかも) そこまで思考を押し進めてから、もう一つ別の夢を見ていたことも徐々に思 い出した。 「ピアノの伴奏で唄ってたわ」 布団を背中の方から被り直し、前で閉じる。さすがに寒くなってきたのだ。 (モデルの延長で歌手になりたがってる……ことないわよね。だいたい、何で 伴奏があいつなのよ) 難しい顔になって、夢の理由を考える純子。 (−−そうだわ。相羽君と親しくするのはなるべく、モデルのお仕事の関係で おばさんから連絡をもらうときだけにしようっていう気持ちの表れなのよ、こ れ。それはまあ、色々と助けてもらったけれど) 純子は毛布の下で、両手をきゅっと握った。 (よし。決めたっと。今年の目標の一つ。相羽君と必要以上に親しくしないこ と。そうでなきゃ、郁江や久仁香達に悪いもんね) それから布団を抜け出し、着替えに取りかかった。 −−つづく
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