長編 #4359の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
Hibikでの用事が済むと、相羽達は家に戻った。もちろん、最初の約束 通り純子も一緒だ。 「おばさん、お仕事があるんですか?」 車を降りない相羽の母に、純子は尋ねた。分かり切ったことでも、聞かずに いられない。 「ええ。簡単なチェックみたいな物だから、夕方までには戻ってくるわ。純子 ちゃんは遠慮せずにいていいのよ」 「は、はい」 相羽と二人して見送ってから、五階の部屋に向かった。 玄関前で鍵を取り出しながら、相羽がぽつりと言った。 「一言ぐらい、あってもいいのにな」 「何の話?」 「こんな年の瀬に、かわいい息子を一人置き去りにしてさ」 相羽は笑いながらドアを引き、純子を促した。 純子も笑って、両手を広げておどける。 「おばさんが何も言わなかったのはね。私がいるからよ、きっと」 「そういうことにしとこう」 二人は部屋に入ってから、すぐにお茶の準備に取りかかった。 紅茶を入れる手順を整える相羽は、純子に冷蔵庫を見てくれるよう頼んだ。 「紙の箱が入ってるだろう?」 「ある。何これ?」 「ケーキ。昨日買った物だけどね、食べるでしょ?」 純子は取っ手の付いた紙箱を取り出した。開けてみると、ショートケーキが 三つ−−イチゴ、チーズケーキ、モンブラン。元はもう二個あったらしい跡が 残っている。 「好きなのを選んでよ」 「え? えっと、じゃあ、イチゴ、いい?」 「どうぞ」 「相羽君はチーズケーキとモンブラン、どっち?」 純子はイチゴのショートを小皿に移しながら、そう尋ねた。大きなイチゴは、 一日前の物でもなかなかの艶を保っている。 「どっちでも……ああっ、モンブランにする。母さんにはチーズケーキがいい だろうから」 「了解しましたっ」 つい微笑ましくなって、そんな受け答えをしてしまう。 すっかり用意も調って、相羽がお盆を持ち、彼の部屋に運ぶのに合わせ、純 子がドアを開ける。 「いただきまぁす」 絨毯にぺたんと座り、両手を軽く合わせてから、フォークで扇形の先端を切 り崩す。 「ん、おいし。それで、ケーキで思い出したけれど」 「あ?」 ケーキ中央の栗を早々と食べた相羽は、何度も噛んでいる。 「……先に栗を食べたら、楽しみがなくならない?」 最初の質問を引っ込め、別のことを口にする純子。 「人それぞれでしょ。そんなこと言うからには、涼原さんはイチゴ、最後に食 べるんだよね」 「そうよ。イチゴがなくなると、ただのケーキになるじゃないの」 「はは。女子ってみんなそうなのかな?」 「それこそ、人それぞれだって」 言って、ケーキをもう一切れ口に入れ、純子は紅茶を飲んだ。いつも通り、 相羽の入れる紅茶はいい香り、いい味。 「話が逸れちゃった。大きいケーキがいいって言った理由、教えてくれるんで しょうね?」 「覚えてたか」 「そのために来たんだもの」 純子は若干、相羽へとにじり寄った。相羽は皿を置いて、考え込む仕種を見 せた。 「自分から言うようなことじゃないからな……」 「何度言わせる気かしら。私が聞きたいって言ってるんだから」 「……一昨日、大きなデコレーションケーキを食べたよね、白沼さんの家で」 時折フォークを小さく振りながら、相羽は始めた。目は純子の方を向いてお らず、床や壁を見つめている。 「うん」 「凄く久しぶりだったんだ。いつもうちが買うのは小さいやつ」 「言われてみたら、これもショートケーキよね」 視線を皿に落としてから、またすぐ上げる純子。 「でも、一体これが何の関係が? 大きいのがいいんなら、そっちを買えばい いじゃない」 「食べきれないんだよね、残念ながら」 振り向くと、抜けたような笑みを見せた相羽。 「母さんと二人だと、三日かけてもちょっとしんどいかな。そんなことするぐ らいなら、食べる分だけショートケーキを買った方がいい」 「……分かんない。だったら、大きいケーキ、嫌いに……」 言いかけて、はっと口をつぐむ。 (二人家族だから、食べきれないんだわ! お父さんがいれば、大きなデコレ ーションケーキでも大丈夫……。思い出してたのね。相羽君にとって、円形を した大きなケーキは家族全員が揃っている象徴?) 下を向くと、髪が流れて、顔の前に掛かった。 「ごめん……ね。また余計なこと聞いちゃった」 「そんなことないよ。大した話じゃない。現実は変えようがないんだしさ。気 にすんなよ」 何事もなかったかのように、食べさしのモンブランをフォークで口に運ぶ相 羽。それを見て、純子は思わず口走る。 「あ、あのさ」 「何?」 「来年のクリスマス、ううん、お誕生日でもいいかな。邪魔じゃなかったら、 私が友達連れて伺ってもいい? ケーキ、食べるのを手伝ってあげる」 相羽はフォークをくわえたまま、面食らった風に黙り込んだ。が、やがてフ ォークを手に取ると、紅茶でケーキを流し込んでから大笑い。 「何で笑うのよー?」 真剣な純子は、両手に握り拳を作った。 対する相羽は無理矢理笑いを押さえ込んで、胸板を上下させながら答える。 笑いすぎたためか、少し苦しげだ。 「いや、いいよ。機会があれば、喜んで招待しましょう。うちは少し手狭だけ ど、でっかいケーキを用意しておくよ。あははは」 何とか言い終わって、また苦しそうにお腹を押さえ、笑う。 「ちょっと。転げ回るほどのこと? あっ、紅茶こぼすわよ」 「大丈夫大丈夫。ああ、おかしかった。−−ありがとうな」 不意に真面目口調になって、相羽が言った。 「別にお礼を言われるようなことじゃ……」 横を向いて、そう答えた純子。冷め始めた赤ワイン色の液体を、必要以上に すする。 (急に真剣になるんだから!) しばらくの静かな間のあと、相羽は恐る恐るといった調子で口を開いた。 「話は終わったわけだけど……」 「ん? ああ、相羽君、用事でもあるの? 邪魔なら帰る」 「ち、違う。逆。用事はないし、邪魔でもないよ」 カップの中身を飲み干そうとした純子を、相羽は両手を振って止めた。 純子はほんの数瞬だけ考え、口を下向きの弓形にする。 「ふむ。独りぼっちは寂しいからかしら?」 「またそれを言う」 ふてくされたように片手で頭を抱える相羽の横顔は、かすかに赤らんでいる。 「おばさんが帰ってくるまで、いてもいいよ。その代わりというわけじゃない けど」 純子は相羽の机に目をやった。つられた風に頭を動かした相羽に、手を拝み 合わせる純子。袖口の飾りをきゅっと引っ張って。 「宿題、教えて。特に数学。教えてもらうとはかどるのよねえ」 「それはかまわないけど、涼原さん、ノートなんかがないじゃないか」 「紙と鉛筆を貸してもらえたら嬉しいなあ、って」 話がまとまるや、宿題に取りかかった。白い小さな正方形のテーブルを持ち 出してきて、L字型をなす二辺にそれぞれ座る。 「BGMがあった方がいい?」 相羽の問い掛けに、純子は即答した。 「知らない曲だったら、かけてかまわない」 「それって、知ってる曲だと聴き入ってしまうというわけ?」 曲を物色するため視線と指を走らせながら、相羽はそんな質問をする。 「当たり。聴き入るどころか口ずさんじゃって、勉強に全然身が入らないこと もね。そんなのって、ない?」 「当然、あるよ。−−これならいいんじゃないか」 相羽は一枚のディスクをつまみ出すとプレーヤーにセットし、再生させた。 流れてきたのは、静かな感じの曲。歌はなく、クラシックらしい。 互いに座って、問題集を開いたところで、純子はふと思った。 (クラシックの曲を持ってるのは、ピアノがうまいのと関係あるのかしら?) そんな疑問を胸の内に仕舞い込むと、純子は設問文を目で追った。 ストレートロングの髪が後ろになびいている。 年の瀬も押し迫った夕方、耳を切るような風が吹く中、純子は自転車で急い でいた。年末の大掃除のついでに油を注して手入れしたばかりなので、ペダル は軽い。 (寒ーい! やっぱり来年になってからでよかったかなぁ) 一昨日、相羽の家を訪ねた折に音楽ディスクと化石の本を借りてきた。それ を充分堪能した−−音楽ディスクはもちろんダビングもしたのだが−−ので、 返しに行くところ。 (今年のことは今年の内に。−−あら、あれは?) マンションが見えたかと思うと、いつもはない風景があって気に掛かる。 普段はマンションが一棟ぽつんと建って、あとは周囲に緑が少しあるだけな のだが、今日は小さな白い六脚テントが加わっていた。 近付くに従って、その正体が分かってくる。石の臼、杵、蒸篭、水を張った 青いバケツ……それに湯気と人だかり。 「お餅つき!」 こんなマンションでもするんだ?と意外に感じつつ、部外者たる純子はいつ もより遠回りして、自転車置場に到着した。 振動で誤って割ってしまわぬよう、コートの大きなポケットに入れていたケ ースを取り出し、マンションを見上げた。 (さっきの場所にいたら困るのよね) 餅つきをしている方に向かうか、このままエレベーターに乗り込むか、迷う。 と、突然、目の前のエレベーターの扉が開いた。 「あ−−助かった!」 相羽が一人で降りてきたのを見つけて、純子はその場で飛び上がった。 当の相羽は状況が飲み込めない様子で、純子をじっと見つめてしばらく何も 言わないでいる。ジャージ姿で、首にタオルをかけていた。 「いい格好だね。相羽君も今から餅つき?」 「うん。涼原さんは……」 「これ、返しに来ました。はい」 純子がディスクと本を重ねて差し出すと、相羽は「ああ」とつぶやき、受け 取る。そしてどこに仕舞おうか、持て余した様子。 「急がなくていいって言ったのに」 「うふふ、今年借りた物は、今年の内に返したくて」 「じゃあ、今日別のを貸したら、大晦日でも返しに来てくれる?」 相羽が意地悪げに笑うと、純子は頬をぷっと膨らませて応戦した。 「家族団らんを邪魔していいのなら、いつでも来るわよぉ」 「ははは、参りました。−−と、いけない。急いでたんだ」 ディスクと本を小脇に抱えたまま、相羽はマンションの外に出た。純子も気 になってあとを追う。 「私さあ、こういうマンションじゃ餅つき大会なんてしないと思ってたの。意 外だわ」 「今年が初めてなんだって」 程なくテントに到達。他の部屋の人達に挨拶をする相羽。純子はその後ろで、 黙って頭を下げる。 一段落したところで、相羽は手にしている物をじっと見つめる。 「ごめん。まだいるのなら、持っててほしいんだけど……」 「え? ああ、いいわよ」 気安く請け負い、プラスティックのケースと新書を胸元でしっかり抱く。 「私も見てていいかしら」 「いいんじゃない? 母さんの代わりってことで」 「あのねえ……って、相羽君のお母さん、今日はどうしたの? いくら何でも 仕事は終わってるでしょ?」 「買い物中。餅つきがなかったら、僕も着いて行くつもりだったんだ」 純子に答えた相羽は、湯気がもうもうと上がる蒸篭を一人で運び始めた。 「手伝おうか」 「いいよ」 「ねえねえ、あなたもつくの?」 「まだ子供だから、重たい杵は危ないって言われてたっけ。とりあえず決まっ てるのは、蒸し上がった餅米の運び役だけ」 「ふうん。……さっき餅つきがなかったらって言ったけど、これ、出なくちゃ いけないのかな?」 −−つづく
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