長編 #4356の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
冬の日差しにしては暖かく、柔らかい陽光。 それに加えて純子は走っているものだから、身体が火照って仕方がない。 (あと五分?) 街角にある時刻のデジタル表示が視界に入り、いよいよ焦る。 (ここからP**まで五分−−難しい!) 人の流れは純子に味方してくれない。こちらに向かって歩いてくる人々を右 に左によける。フードは後ろになびき、コートの赤地に着いた白のぼんぼんが 激しく上下に揺れていた。 (もう少しっ) ぎりぎり間に合いそうだと感じて、表情に明るさが戻った純子だったが、次 の瞬間、暗転する。 足下で、ぐしゃりという嫌な音がした。 「え?」 急ブレーキをかけ、つんのめりそうになる。 自分の右足が白い紙箱を踏み潰していた。壊れた箱の隙間から、クリーム状 の物が飛び出している。 ケーキだと分かり、慌てて周囲を視線を巡らせるが、足早に通り過ぎる人の 波ばかりで、落とし主らしき存在は見当たらない。 しかし子供の泣く声を聞いた気がして、目の位置を下げた純子。 大人達の足の合間、歩道にへたり込んで両手を目に当てている姿があった。 (あの子だわ、きっと) 直感して、人混みを縫って駆け寄る。 「ごめんね!」 純子が声を出すと、その子供−−お下げ髪の女の子だった−−は片手だけ下 ろし、目をきょろきょろさせた。 「ごめんね」 もう一度呼んだところで、女の子も純子に気が付いた。両手とも下ろして、 すがるような目で見やってくる。 純子は、座った姿勢のままの女の子を抱いて、なるべく道の端に引き寄せた。 「大丈夫だった? 立てる?」 膝を抱える格好になり、純子は尋ねる。 女の子はまずうなずいてから、不思議そうに首を右に傾げた。 「どうしたの? あ、ケーキは私が踏ん付けちゃって……」 気まずくて、伏し目がちになった純子に、女の子は初めて口を開いた。 「おねえちゃんはさっきの人と知り合いなの?」 「さっきの人って」 わけが分からず、口をぽかんと開けてしまう純子。 「黒い眼鏡を掛けた男の人。私がぶつかって、転んだら、心配してくれて」 話しがまだ見えない。純子は女の子の肩に手をやり、質問する。 「えっと、お名前は? 私は涼原純子っていうのよ」 「三井園子(みついそのこ)……」 小学校の低学年ぐらいだろうか。割にしっかりとした返事。 「園子ちゃん。さっき言ってた男の人、今はどこに行ったの?」 「薬屋さん」 「……どうして?」 純子が怪訝がると、少女は左足を前に伸ばした。スカートのすぐ下に覗く膝 小僧がすりむけて、血が滲んでいる。 「私が怪我をしたのを見て、走って行っちゃった。『そこにいて動かないで。 絆創膏を持ってくる』って」 まさか家まで絆創膏を取りに行ったとは考えにくいので、男の人が向かった 先は薬屋ということになる。 「何分ぐらい前かな?」 「えっと……分からないけど、三分ぐらい」 三井は今度は左に首を傾げる。この判断には、かなり主観が入っていると見 た方がよさそう。 (私が突き飛ばしてしまったわけじゃないのね) ひとまず安心した純子だが、ケーキの問題が残っている。 「園子ちゃんはここへ一人で来たのかしら?」 「うん。お使いで。ケーキを買ってきてって」 「そっか。ごめんね、ケーキ、だめにしてしまって」 再び謝る純子に対して、三井は歩道の真ん中辺りで今もぐしゃぐしゃになっ ていく紙箱の方を向き、小さな声で答えた。 「あ、あのぅ、おねえちゃん。あれは私が転んで放り出したとき、すぐに踏ま れてたから」 「本当に? でも、私も踏んだのは事実なんだし」 責任はさほど重くないようだと知り、気楽になる純子。 と、そのとき、背後に人の立つ気配。 「絆創膏、持って来た」 振り返ると、サングラスを掛けたコート姿の男の人が、手に持った小さな箱 をこちらに向けて差し出している。 (あれ?) 何となく微妙な感覚を覚えつつも、純子は絆創膏の箱を受け取り、手早く開 封する。 「園子ちゃん、足、ちょっと曲げてね」 「うん」 座ったまま、左足を山型にする三井。その膝小僧の傷口に砂などが付着して いないのを確かめ、純子は絆創膏を貼った。 「痛くない?」 「ほとんど痛くない」 「立ってみて」 純子は先に立ち上がり、両腕を伸ばす、三井が起き上がるのを手助けしてや った。 「平気だよ、ほら」 立つと、左右の足を順にぶらぶらさせた三井。今や笑顔になっている。純子 もようやく微笑むことができた。 「よかった」 ぽつりと言ったのは男の人。 純子は向き直ってから、探る調子で先ほどいだいた感覚を確かめにかかる。 「あの、ありがとうございました。その、あなたは地天馬さんじゃ……」 「おや?」 すると男の人は首を若干、前に突き出し、しげしげと純子を、さらには三井 を見据えてきた。 「小さい子は知らないが、君の方は記憶にある……」 相手は一旦黙り、わずかに眉間にしわを寄せ……そして不意に、表情を柔ら かくした。 「涼原さんだ。涼原純子さん」 まるで大発見をしたアルキメデスみたいに、純子の名を口にする。 「名前なんてほとんどどうでもいいんだが、いやいや、馬鹿にできない。たま にはこうやって思い出せて、とても嬉しくなれる」 「は、はあ……」 「君はこの女の子と知り合いかい?」 その問いには、純子も三井も首を横に振る。 「ただ、私が園子ちゃんのケーキを踏んで」 「おねえちゃんが悪いんじゃないよ」 下の方から三井が懸命に主張する。 純子は見下ろし、「ありがと」と微笑んだ。 「なるほど。−−あのときの思い出話をしたいところだが、先にすべきことが ある」 地天馬は何に納得したのかうなずくと、純子に断りを入れてきた。それから 三井へ話しかける。 「ケーキを買い直しに行こう。どこのお店か僕は知らないから、案内してもら えるかな」 「え。あの、もうお金がないんです。使い切ってて」 泣きそうな顔になる三井。地天馬は大げさに両腕を広げた。 「そんなこと。僕が払うよ」 「でも、横から急に飛び出した私が悪いんですから」 純子は驚いた。三井が責任は全部、自身にあるものと考えているらしいと知 ったから。 「そんなことはない。前をよく見ていなかった僕もいけなかった」 「園子ちゃん、遠慮しなくていいんだよ」 横合いから口を挟む純子。次いで、地天馬に言ってやった。 「地天馬さん。お願いですから、そのサングラス、外してあげてください。こ の子が恐がってますよ」 「あっ! なるほど。これは気が付かなかった」 そんな反応をした割には、すぐに外す素振りもない。 「どうしたんですか?」 「参った。外すと余計、恐がるかもしれない」 「あの、それって……」 「現在、こうなっててね」 純子にだけ見えるように、地天馬はサングラスを瞬時、持ち上げた。 「あ」 左目を覆う形で、ガーゼがあてがわれていた。 「これって恐いのか恐くないのか、僕自身には判断できないな」 「ど、どうされたんですか。探偵のお仕事中に、犯人に殴られたとか……」 「いや、そういうんじゃないんだ。大したことじゃない」 そう言うと、地天馬は三井に手を差し伸べた。きょとんとしつつ、その手を 握りしめる三井。 「見た目は大切な判断材料の一つだが、外見だけで決めつけるのはよくない」 「な、何言ってんですか、小学生相手に」 地天馬の台詞に純子は面食らってしまった。 「真実じゃないかな?」 真面目くさった口調の地天馬。純子はあきらめ、三井に顔を向ける。 「園子ちゃん。ケーキいるんでしょう? 買ってもらえばいいよ。この人はね、 恐そうに見えるけれど、恐い人じゃないから」 「それは分かる。でも、知らない人に着いて行くと……」 「うーん。じゃ、私が着いて行ってあげる。何かあったら、私が大声で助けを 呼ぶから」 理屈を言うと、純子もまた、三井にとってほんの十数分前までは知らない人 であった。だが、細かいことは気にしない。 「じゃあ、そうするっ」 三井の、気分が晴れたような心底からの笑み。 純子は−−大事なことを忘れて−−うなずいた。 「地天馬さん、行きましょう」 −−つづく
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