長編 #4333の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
ホームに入ってきた電車の起こす風に、愛美や他の女の子たちの髪を、舞い踊 らせる。 この電車に乗らなければ、ターミナルで乗り継ぎを予定していた特急に遅れて しまう。 「愛美ちゃん、電車を遅らせましょうか」 叔母さんが気を遣って、そう言ってくれた。けれど愛美は、せっかくの叔母さ んの言葉に首を横に振った。 「ううん、いいの………私、これ以上、みんなとお話ししていたら………この街 を……離れられなくなっちゃう」 もう泣くまいと決めていた愛美は、涙を懸命に堪えていた。だがその努力は実 らず、それは頬を伝って落ちてしまった。 「と、じゃあもう時間がない。これはぼくら男子から、お別れの贈り物」 女の子たちの壁を二つに割って進み出た唐沢から、愛美にバラの花束と寄せ書 きのされた色紙が渡された。なんだかプロポーズをされているみたいだ、と愛美 は思った。 そして色紙に目を落とすと、男の子たちからのメッセージ。 『体育祭のとき、バンソウコウありがとう』 『朝、家の前を新聞配達の自転車で通る西崎さんを、いつも見てました』 『小四のとき、イジメられてたぼくを助けてくれたの、おぼえてる?』 『いつかみたいに、また缶けりしたいね』 『もう一度、西崎さんの作ったおにぎり、たべたかった』 もう愛美すら忘れてしまったことが、メッセージとして綴られている。 「これは、私たち女子から。選んでいる時間がなくて、こんな子どもっぽいもの で、ごめんなさいね」 由菜からは、エプロンドレスを着たうさぎのぬいぐるみが渡された。エプロン ドレスの大きなポケットには、サイン帳が入っていた。 「そのサイン帳に、私たちのメッセージが書いてあるから………」 もうホームに着いていた電車から、降りてきた人たちに押されながら、由菜が 言う。 そして電車の発車を告げるメロディが響き渡った。 「愛美ちゃん?」 どうするの。と叔母さんが、愛美の顔を覗き込む。 「乗りましょう………叔母さん」 両手一杯にプレゼントを抱えた愛美が乗り込むのと同時に、電車のドアが閉じ た。 「西崎さん、元気で」 「ばいばい、愛美」 「落ち着いたらでいいから、電話してね」 ドアの向こうから届くみんなの言葉に、愛美は何も応えられなかった。ただ手 を振るだけが精一杯だった。 電車が動き出す。初めはゆっくり、次第に速度を増しながら。電車の動きに合 わせ、愛美を追って来た友だちも、だんだんと遅れていく。そして電車は駅のホ ームを離れ、みんなの姿も見えなくなってしまった。 愛美は、ドアに貼り付くようにしていたが、みんなの姿が見えなくなると、そ のままその場に崩れ落ちてしまった。 「愛美ちゃん………」 叔母さんの手が、愛美の肩を包み込んだ。 「いっぱいいたのに………バカだね、私。ずっと一人だと思っていた………お父 さんも、由菜ちゃんも、香も、涼原さんも、唐沢くんも、相羽くんも、良太くん も、美璃佳ちゃんも………」 「私も、ね」 「えっ………」 振り返った愛美が見たのは、優しく微笑む雪乃叔母さんの顔だった。 「私も愛美ちゃんの、大事に思っているから、ね。忘れないで」 「叔母さん………」 愛美は周りの乗客の目も忘れて、叔母さんに抱きついた。叔母さんの身体は、 コート越しでも暖かかった。 「愛美ちゃんには、まだたくさんの時間があるんですもの。忘れていたものは、 これからゆっくりと取り戻していけばいいわ」 「うん」 誰が聴いているのか、車内には微かに『Blue Christmas』のメ ロディが流れていた。 愛美はどこかで、父と母が笑っているような気がした。 「なにも逃げることは、ないと思うんだけどな」 「なんだ………涼原さんか」 純子が背中から声を掛けると、相羽は驚いたように振り返り、言った。 愛美の電車がホームを離れて行くと、まだ名残惜しそうに見送っている唐沢た ちを後に、早々と立ち去る相羽を見つけ、純子はここまで追って来たのだ。 「なんだは、ないでしょ」 「別に逃げた訳じゃないよ。どうせ唐沢たち、この後女の子たちとどこかに行く つもりだろう。あいつとはいつだって会えるんだし、邪魔するつもりもないしね」 「そんなこと言って。ははあん、唐沢くんに西崎さんのこと、追求されたくなく て逃げたんでしょう?」 「なんだよ、それ。西崎さんとは、ただの友だちだよ」 「でも西崎さんは相羽くんのこと、好きだったんじゃないかな。もしかして、告 白されたんじゃないの?」 「あのね………そうやって、人のことを詮索するのは、あまり感心でき………」 「あ、ちょっと待って!」 まだ相羽が話をしている途中だったが、純子は彼をおいて走り出した。手にし たペーパーバッグが、がさがさと音を立てる。駅から出てきた、美璃佳たちの姿 を見つけたのだ。 「美璃佳ちゃん、良太くん!」 「あ、じゅんこおねえちゃん」 呼び止めると、振り返った美璃佳が笑い掛けてくれた。純子は美璃佳がちゃん と自分の名前を覚えて、呼び返してくれたことが嬉しかった。 「ふう、いけない、いけない。このお兄ちゃんのせいで、すっかり忘れるところ だった」 美璃佳たちの前で立ち止まった純子は、歩いて追いついて来る相羽をちらっと 見やり言った。 相羽は無言だったが、少し不機嫌そうな顔をする。 「もう、おとといは美璃佳ちゃんたちのこと、心配したんだからね」 「ごめんなさい、じゅんこおねえちゃん」 純子の目の前で、小さな頭がぺこりと下げられる。美璃佳の腕には、愛美の見 送りの時に良太が持っていた人形が戻されていた。その人形も、美璃佳の動きに 合わせておじぎしているようだった。 きれいに拭き取ろうとした跡が見られたが、人形は顔も服もずいぶんと汚れて いた。一昨日の朝、美璃佳と会った時には、まだ新品同様だったのに。あれから 何があったのか、純子には分からなかったが、その人形の汚れが美璃佳たちの冒 険譚を雄弁に語っている。 もともと人見知りする性格なのか、良太の方は純子を見る目もどこか険しい。 それとも家出のことで駿に叱られたのか。あるいは家出の原因そのものが、解決 されていないのかも知れない。 「とにかく、二人とも無事に帰ってきてくれて良かった」 純子は二人の頭を撫でた。 美璃佳は子犬のように目を細めて喜んだが、良太は一瞬後ずさりして純子の手 を避けようとして、結局素直に撫でられた。美璃佳と比べて、この子と親しくな るには時間が掛かりそうだ。 「本当に、えっと涼原さんと相羽くんにはお世話になったね。何かお礼をしない と、いけないな。良かったら、お昼をご馳走させてくれないか………と言っても、 ファミリーレストランだけど」 笑いながら駿が言った。 その駿を押し退けるようにして、マリアがぐいっと純子の方に顔をだす。 「それなら、これからマリアがご飯、作ってあげる。マリア、上手なんだよ。ね、 駿」 マリアに同意を求められた駿は、少し困ったように苦笑いをして「ああ」と応 えた。 マリアの言葉を内心では否定していると言うより、照れている感じだ。この二 人、夫婦ではないと聞いたがいずれは結婚するのではないだろうか。純子はそう 思った。 「いえ、私今日は用事がありますから」 本当のところは用事がどうと言うことより、イヴの日に雰囲気のいい恋人たち の間に割り込むことが躊躇われた。純子は丁寧に駿やマリアの誘いを辞退する。 「あ、そうそう。それよりこれを………」 ついつい忘れそうになっていた、美璃佳たちを呼び止めた目的を思いだした。 純子はペーパーバッグの中から二つのものを取り出して、それぞれ美璃佳と良太 へと手渡した。 「はい、これは私からのクリスマス・プレゼント」 「わあっ、サンタさんのくつだあ!」 それはクリスマスの時期に、デパートなどのお菓子売場に置かれている、サン タクロースの赤い長靴を型取った容器だった。けれど中身は、メーカー品のお菓 子ではない。愛美に渡したのと同じ、純子の作ったクッキーが入っている。中身 がこぼれないように、靴自体をネットで包んで。 「どうも、ありがとう………」 はにかむように言って、良太も笑ってくれた。初めて純子に見せた、良太の笑 顔。純子はそれを、可愛らしいと思った。やはり子どもは、笑っている顔が一番 いいと思った。 「ねえねえ、おにいちゃん。あとで、おにいちゃんの、サンタさんのくつ、ちょ うだい」 美璃佳に言われると、良太は少し考え込むような顔でクッキーの入った靴を見 つめた。純子にも覚えがあるが、こうしたきれいな入れ物は空になってもとって おきたいものだろう。しかし良太はすぐに、「いいよ」と美璃佳に応える。 『良太くんって、妹思いのお兄さんなんだな』 ただそれだけのことが、とても嬉しく感じられる。加えて、大喜びで飛び跳ね る美璃佳を見れば、なおさらだ。 「美璃佳ちゃんは、良太くんのくつをもらってどうするの?」 純子が訊ねてみると美璃佳は、ふへへへとおかしな笑いを返して言った。 「みりかが、はくの」 決して大きくは見えない靴だったが、もしかすると美璃佳なら本当に履けてし まうかも知れない。その靴を履いて、歩き回る美璃佳の姿を想像するとおかしく なってしまう。 「ねえ、あけて」 美璃佳は靴を包んでいたネットをマリアに開けてもらい、お礼にクッキーを一 枚渡して自分も食べた。 「うー、おいしい」 美璃佳とマリアの台詞が重なる。 天を仰いで、顔中、身体中を使って美味しさを表す。美璃佳が見せたその表情 は、どんなに表現力の豊かな大人でも、真似の出来るものではない。そしてこれ 以上に、それを作った人間、純子を労うものもない。その美璃佳の顔を見れただ けでも、作った甲斐が充分にあった。そう思える。 ところが、マリアの方も美璃佳と同じようなリアクションをしていた。ほとん どの場合、大人が子どもと同じ表現をすれば、かえって嘘っぽく感じられてしま う。ましてどう見ても純子より歳上の相手であればなおのこと。にも関わらず、 マリアの見せた表情にわざとらしさはなかった。身体こそは大人なのだが、本当 は美璃佳と変わらないのではないだろうか。そう思えてしまう。まるで美璃佳が 二人いるようだ。 「それじゃ、私はこれで」 軽く会釈をした純子に、駿が目で応えてくれる。 「じゅんこおねえちゃん、またね」 「またね。マリアのご飯、食べに来てね」 美璃佳とマリアは一緒になって、大きく手を振ってくれた。純子も小さく手を 振って応じる。 「さよなら」 対照的に良太は、小さな声で言ってくれた。 「ばいばい、また会おうね。良太くん」 と、純子が微笑み掛けると、良太は恥ずかしそうに俯いた。 「あの男の子、良太くん、涼原さんのこと好きになったんじゃないかな」 美璃佳たちの姿が見えなくなると、それまで黙ったままだった相羽は開口一番、 そう言った。 「まさか。ただおとなしいだけでしょ」 「ふうん、なるほど………確かに鈍いかも知れないな」 「えっ、なにか言った?」 「いや、別に」 そう答えると、相羽は物思いにでも耽るように空を見上げた。 「もしかして、西崎さんのこと考えてるんだ?」 「だ、だからどうして、そうなるんだよ」 相羽は慌てて純子の方を見た。その表情から、図星であったなと純子は思う。 「西崎さんって、結構かわいいもんね。今日なんか、なんだか女の子の私でも、 どきってしちゃうくらいだったもの。なにかあったのかしら。今日来ていた男の 子たちも、たぶんみんな西崎さんのファンだよ。惜しいことしたね、相羽くん」 にいっ、と笑いながら純子は、相羽の顔色を窺う。 「なにが惜しいんだよ」 相羽は、まるで子どものように拗ねた顔を見せた。 もしかすると相羽の方が、良太よりもよっぽど子どもなのではないか。そう思 うと、おかしくて仕方ない。 「だって西崎さんって、絶対相羽くんのことが、好きだったんだと思う。西崎さ んの様子を見ていれば、分かるもの」
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