長編 #4332の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「んとね、みりかと、りょうたおにいちゃんと、しゅんおにいちゃんと、マリア おねえちゃんと、みんなでつくったんだよ」 見れば形のぎこちない折り鶴が数羽、混ざっている。たぶん美璃佳の小さな手 で折られたものなのだろう。美璃佳がおぼつかない手つきで、それを折る姿を想 像すると、愛美は心が暖まる想いだった。 「駿がね、教えてくれたんだよ」 誇らしげにマリアが説明をする。 「美璃佳ちゃんたち、熱が下がったばかりだったから………無理をしないように 言ったんだけどね。ずいぶん遅くまで折っていたんだ」 そう補足したのは駿だった。 「だって、いっぱいつるをおったら、まなみおねえちゃん、みりかのことわすれ ないでしょ?」 邪気のない美璃佳の瞳に、愛美の姿が映っていた。愛美は美璃佳の瞳を通して、 笑っているのか、泣いているのか分からない、微妙な表情をした自分の顔を見た。 「愛美お姉ちゃん、げんきでね………」 どこか少し怒ったような、良太の言葉。 「ありがとう、良太くん、美璃佳ちゃん。私、二人になんにもクリスマスのプレ ゼント、用意してなかったのに」 愛美は両手で二人を抱擁した。そして、それぞれの頬にキスをする。 「ばいばい、良太くん、美璃佳ちゃん」 子どもたちから離れ、愛美は小さく手を振る。美璃佳もそれに応えて、手を振 り返してくれた。良太は、すっと、視線を逸らしてしまった。 「じゃあ、次は私たちの番かしら?」 愛美が子どもたちとの別れを惜しんでいる間、黙ってそれを見守っていた少女 が遠慮がちに、しかし明るい声を掛けてきた。愛美を励ますかのように。 「あっ、うん。ごめんなさいね、待たせちゃって」 愛美も努めて明るい声で応じた。指で軽く、涙を拭きながら。 「わざわざ見送りに来てくれて、ありがとう」 もう一度笑顔を作り直し、愛美は見送りに来てくれた最後の二人、純子とそし て相羽へと向き直った。 同級生の中で友だちとして通夜に来てくれたり、こうして見送りに来てくれた のはこの二人だけだった。しかもきっかけはそれぞれ別ではあったが、友だちと して話せるようになったのは、ごく最近。父母の思い出はたくさん残っているが、 この街で過ごした十三年間、愛美は友だち作りには失敗していたようだ。 それでも最後に、いい友だち………儚く終わった初恋の思い出と共に、友だち を残せたことを愛美は感謝していた。 「残念だわ。まさか西崎さん、こんなに急に引っ越すなんて思わなかったから。 学校のお友だちにも、知らせてないんでしょ?」 「うん………」 「せめてお正月までいてくれたら、いっしょに初詣とか、行けたのにね………あ っ」 突然驚いたような顔をして、純子は口を手で押さえてしまった。 「ごめんなさい。西崎さん、お正月とか、それどころじゃないのにね」 そう言って、愛美に頭を下げる。どうやら、愛美の父の死んだことを気にして いるらしい。 「いいの、気にしてないから」 言葉を態度で証明しようと、愛美は穏やかに応える。それから、純子に近寄っ て。 「でも、お父さんが死んで………三学期まで中学生が一人暮らしをする訳にはい かない、って叔母さんが言うの」 と、叔母さんに聞こえないように、純子へと耳打ちをした。 「相羽くん………」 そして愛美は、相羽へと振り向いた。 「いろいろと、ありがとう。私が立ち直れたのは、相羽くんのおかげよ」 真っ直ぐに、相羽の顔を見つめる。もう視線を逸らしたりはしない。愛美は少 し、自分が強くなった気がした。いまは、相羽に対して微笑み掛けることも出来 る。 「ぼくは何もしていない………西崎さんは、自分の力で立ち直ったんだよ」 「また、いつかどこかで………友だちとして、笑いながら会えるかしら?」 「会えるよ、きっと。外国に行く訳じゃないだろう。いつだって、この街に遊び に来なよ」 「うん、寂しくなったらそうする。でも、そんなことしたら、相羽くんの彼女に 怒られるかな」 「そ、西崎さん、それは………」 狼狽える相羽の様子がおかしかった。そして、そんな冗談を言える自分を、愛 美は不思議に感じていた。相羽が、そして父が愛美を強くしてくれた。 「いい雰囲気のとこ、邪魔しちゃ悪いかしら?」 半ばおどけたような口調で、純子が会話に割って入ってくる。 「あのね、お餞別代わりに、って言うのも変なんだけど。これ、電車の中ででも 食べて」 そう言って、純子は持っていたペーパーバッグから小さな箱を取り出して、愛 美に手渡した。可愛い子犬と子猫のキャラクターの描かれた、サンドイッチ用の ペーパーボックスのようだ。 「これは?」 「ちょっとね。クッキーを焼く機会があって、たくさん焼いたから、お裾分け。 迷惑、だったかしら」 「ううん、そんなことない。嬉しいわ、ありがとう」 遺骨に千羽鶴、そしてクッキーと愛美の荷物は奇妙な取り合わせとなった。け れど、それぞれに込められている想いが嬉しい。 「ぼくの分はないの?」 「残念でした、ありません。欲しければ、自分で作って下さい」 中を覗こうとした相羽から、ペーパーバッグを引ったくるように遠ざけて、純 子が言った。「ああっ」と遠ざけられたバッグに、名残惜しそうに手を伸ばす相 羽の目は冗談を装っていたが、本気であるようにも見える。 愛美は、何となく分かったような気がした。相羽が好きだという、女の子が誰 なのか。 純子と話しているとき、相羽はいい顔をする。愛美は中学校に入ってから、ず っと相羽のことを気にしていたが、これほどの表情は滅多に見られるものではな かった。思えば、相羽が特にいい表情を見せたとき、決まってそばには純子がい たような気がする。 愛美は、じっと純子の顔を見つめた。そして彼女がライバルだったら、ふられ ても仕方ないと思えた。悔しさはない。 「私の顔に、なにかついてる?」 愛美の視線に気がつき、純子は自分の顔を掌で撫でまわす。 「違うの………ねえ、涼原さん。私、涼原さんに手紙を書いてもいいかしら?」 「ええ、もちろん。大歓迎よ」 「じゃあ、住所教えてもらえるかしら。この前は、電話番号しか訊かなかったか ら」 「ええ、あっ、何か書くもの持ってる?」 「ちょっと待って、確かボールペン、持ってきたはずだから」 愛美はコートのポケットに手を入れて、ボールペンとアドレス帳を探す。そし て先に捜し物とは別の存在に気づいた。 『いけない、忘れるところだった』 「ここに、お願いね」 ボールペンと開いたアドレス帳を純子に渡す。そして初めて愛美のアドレス帳 に、生活のためとは無関係な、友だちの住所が純子の手によって記された。 「はい、これでいい?」 「うん、ありがとう………あの相羽くん」 「ん、なに?」 本当は相羽にも住所を書いて欲しいとも思ったが、純子のことに気がついた以 上、愛美には頼めなかった。代わりにポケットに入っていた、別のものを相羽に 差し出した。 「ごめんなさい、本、借りっぱなしで………あの、結局読めなくて」 「なんだ、そんなこと。返さなくていいよ。みんな西崎さんにプレゼントを持っ て来てるのに、ぼくだけ手ぶらで心苦しい思いをしてたとこなんだ。ちょっとセ コイかも知れないけれど、その本がぼくからのプレゼント」 少し気取った、少し照れくさそうな、けれど爽やかな相羽の笑顔。もう終わっ たはずの、愛美の初恋のかけらが痛い。甦ろうとする初恋を、愛美はぐっと抑え 込む。 「ありがとう、じゃあ、もらっておくわ。あの、最後にもう一つお願いがあるの ………聞いてもらえないかしら?」 「なに? ぼくに出来ることなら」 「相羽くんの気持ち………相羽くんの好きだという子に、ちゃんと伝えてあげて ね」 「な、そんな、いきなりこんな所で……困るよ」 こう言ったことに、相羽は面白いほどに戸惑いを見せる。見掛け以上に純情な のだ。別に終わった初恋の仕返しではないのだが、そんな相羽を見ていると痛み は薄れて行った。 「約束して。相羽くんって、優しいから………優し過ぎるから、私みたいな子が 勘違いしちゃうのよ。だから………ね?」 愛美はことさら真剣な顔をして見せる。そうすればきっと、相羽は首を横に振 ったりしないと思いながら。意地悪をしている、と自分でも思いながら。 「………うん……いつか、きっと」 曖昧な返事。 もし父のことがなかったら、愛美はまだ自分の想いを相羽には告げていなかっ ただろう。愛美にとって、人を好きだと言うことは、簡単に口に出来るものでは ない。それは相羽にしても同様なのだろう。 愛美は最後にもう一言だけ添えて、意地悪をやめることにした。 「なるべく早い方が、いいと思う。その子、たぶんこういうことには、鈍いタイ プみたいだから」 「西崎さん!」 どうしてそれを? と相羽の目が言っていた。 愛美はそれに、笑顔で応える。 「ねえねえ、西崎さん。相羽くんの好きな子、知ってるの?」 純子が愛美の耳元に近づいて、声を潜めて訊ねてきた。 これにはさすがに、答えることは出来ない。まず間違いはなさそうだが、それ は愛美の想像に過ぎないし、何よりいま純子に教えてしまったら、相羽には一生 怨まれかねない。すでに散々かき混ぜてしまったが、これ以上後を濁して嫌な子 になりたくはない。 「涼原さんにも、そのうち分かると思う。意外な人だと思うわよ」 と、愛美の返事も曖昧なものになった。 間もなくホームに電車が到着すると、アナウンスが告げた。この電車に乗らな ければ、ターミナルでの乗り換えに間に合わない。みんなと本当に別れる時間が 来た。 電車が見えてくる。見送りに来てくれた人々に、まだ何かを言いたくて口を開 いた愛美だったが、言葉は出てこない。まだまだ言い切れぬ想いがあるのに、何 一つ言葉とならない。ただ泣き出しそうな目で、笑うしかなかった。 「いたいた!」 「あ、急いで。もう電車が来ちゃう!」 階段の方から、賑やかな声を響かせ若い人たちの集団が現れた。いまホームに 到着しようとする電車に乗る人たちだろう。そう思った愛美は、それほど気にも 掛けない。ところが。 「西崎さん!」 「愛美ちゃあああん」 集団は口々に愛美の名を呼びながら、こちらに走ってくる。 「えっ?」 名前を呼ばれてもなお、それが自分のことだと理解するまで時間を要した。愛 美は目を凝らしてその人々の顔を見た。 「あれ、唐沢」 その人々の中から、見知った顔を最初に見つけたのは相羽だった。 「えっ、あっ、相羽! それに涼原さん? なんだ二人ともいつの間に西崎さん と、友だちに………って、その詮索はあとだな」 もう電車はホームの手前までに差し掛かっていた。愛美はようやく、駆けつけ て来た人々の顔を全て認識した。小学校時代、まだ母が生きていた頃に愛美と仲 の良かった友だち。いまの学校のクラスメイトたち。 「酷いよ、愛美ちゃん。私たちに内緒で行っちゃうなんて」 一人の女の子が、つう、と進み出て怒った顔で愛美を睨む。前に同じマンショ ンに住んでいた友だちだった。 「もしかして、私のために………来てくれたの? 由菜ちゃん」 「あったりまえでしょ。私ら、友だちじゃん。それなのに、愛美ったら何も言っ てくれないんだもん。私、怒ってんだよ」 髪を短く刈り込んだ、ボーイッシュな少女が腕組みをしながら言う。 「私たちね、ずっと愛美ちゃんのこと、気にしてたんだよ。でもお母さんが亡く なられてから、愛美ちゃん………なんか自分の中に閉じこもってしまって……… 話し掛けても答えてくれないんだもの」 いつの間にか、愛美の周りは女の子たちに取り囲まれていた。そしてその後ろ には、数人の男の子たち。 「私らも悪いんだけどね。もっと愛美の気持ちを、思いやっていれば………ま、 過ぎたことを言っても仕方ないけどね。けど、このまんまお別れなんて、いやじ ゃん………お通夜とかはさあ、場所が狭いからクラス代表だけでいいって担任が 言ったから、遠慮………してた、けど………さあ」 ボーイッシュな女の子は、ぼろぼろと涙を流して、声を詰まらせる。 「あのね、私たちみんな、愛美ちゃんのアパート知ってたの。でも愛美ちゃん、 なんだかアパートのこと、私たちに知られたくないみたいだったから、ずっと黙 ってたのよ」 友だちなんていない。そう思い続けていた。けれどそれは、周りが愛美を避け ていたのではない。愛美が周りを寄せつけなかったのだ。そのくせずっと、自分 は一人なのだと思い続けていた。父の気持ちも、みんなの気持ちも知らないで。 勝手に不幸に浸っていただけだったのだ。
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE