長編 #4325の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
良太の足は、倒木に臑を密着させるような形になっていて、一見かなり窮屈に 思える。しかしよく見ると、さらにその下、足と地面の間に空間があるのが分か る。つまり良太の足は地面から少し浮かび上がった格好で、倒木に押し充てられ ているのだ。 どうにも不自然な形だが、そのお陰で良太は寸前のところで命を取り留めたこ とになる。 良太の命の恩人の正体を確かめるべく、駿はゆっくりと倒木に手を差し入れる。 「いっ………!」 やはり怪我をしているのか、或いは骨折の心配もある。良太は顔を歪めるが、 大声で騒いだり、暴れたりはしない。それどころか、 「ごめんなさい」 と、駿に謝って来た。 「ぼく………かってなことして………お兄ちゃんたちに、めいわくかけちゃって ……」 「良太くんが悪いわけじゃない」 「でも……」 「とにかくその話は、後でゆっくりしよう」 駿は良太の足の下に、柔らかい物が挟まっているのを確認した。 「いいかい、良太くん。君の足の下に、何かある。いまからこれを抜き取るから、 良太くんはしっかり俺の肩につかまるんだ。どんなに痛くても、離しちゃダメだ よ。また下に落ちてしまうからね」 「うん」 出来ることなら、駿も片手で良太の身体を支えてやりたい。しかし一方は良太 の足の下の異物へ、もう一方は自分が滑り落ちるのを防ぐために使われて、その 余裕がない。 良太の腕が肩に掛けられたのを確かめると、駿は足元の異物をそっと引っ張る。 「っ………」 痛みに顔を歪めるが、歯を食いしばって良太は堪えていた。駿は肩に掛かって いる力に気を配りながら、異物を完全に抜き取った。素早く良太の身体を抱き抱 え、二人分の体重を倒木の上に預けた。 ぎしぎしと揺れる倒木が頼りない。早く上に戻ろう。 「良太くん、背中に乗って」 「駿お兄ちゃん、それ?」 「ああ、良太くんの恩人だよ」 駿は良太へと、抜き取った物を見せた。それは以前、駿がデパートで美璃佳に 買ってやった人形だった。 「よかった、なくなったんじゃなかった。美璃佳、よろこぶよ」 初めて良太が笑った。 おそらくは痛みが相当辛いだろうに、青ざめた顔で笑う。 駿が考えている以上に、強い子なのだろう。 「駿っ!」 上から、駿を呼ぶマリアの声がした。 「心配ない、いまから良太くんと上がるよ」 駿は明るく応えた。山を下りたら、風呂にでも入りたいと思いながら。 けれどマリアから返って来たのは、喜びの歓声ではなかった。狼狽しきった声 で、伝える知らせは駿に、そして良太にも衝撃的なものだった。 「冷たいの………美璃佳ちゃんが、冷たいの………息してないの」 「なっ……」 言葉を失う駿。 良太の無事を喜んでいた気持ちが、一気に奈落へと落ちていく。 マリアの言葉の意味を、しばし理解出来ず茫然としていた良太。それが突然、 駿の腕の中で暴れ始める。 「うあっ、うああっ、あああああっ!」 足の痛みすら忘れたかのように、良太は駿の腕を振り解こうとする。 「お、落ち着いて、良太くん!」 叫びながらも、駿は無駄なことを言っていると感じていた。駿自身、良太に対 する責任感がなければパニックになっていただろう。美璃佳のことは、明らかに 駿の判断ミスなのだから。 「良太くん!」 足を骨折しているかも知れないのに、良太は凄まじい力で暴れる。駿もなんと か抑えつけようとするが、抗する良太力はとても六歳の少年のものとは思えない。 駿は、マリアも悪いタイミングで知らせて来たものだ。せめて駿と良太が上に 戻ってからにしてくれればと、恨めしく思う。けれど分かっていた。それは責任 転嫁であると。 ずずっと、嫌な音がして周囲の土が滑り落ちていく。駿は一瞬、自分の身体が 軽くなったような気がした。足場にしていた倒木が、下へずり落ち始めたのだ。 暴れる良太の起こした振動に耐えきれなかったのだ。 「まずい」 駿は咄嗟に片手で良太を抱え込み、もう一方の手で降りてきた木の根をつかも うとした。その手に握っていた、人形を捨てて。 が、出来なかった。 根をつかむことが。 手にした人形を捨てることが。 嬉しそうに人形を抱く美璃佳。 楽しそうに人形と語る美璃佳。 その姿が頭に浮かび、人形を捨てられなかった。その人形が、美璃佳そのもの であるような気がした。 「しゅうぅぅん!」 マリアの顔が見えた。駿の足元に。 バランスを失った駿は、頭を下に落ちつつあったのだ。まともに岩場を目指す コースで。 「マリア………」 最期に、遠目ではあったが、マリアの顔が見れたはせめてもの救い。駿は両手 で良太と人形を抱き込んだ。上手くすれば、良太だけは助かるかも知れない。そ う思いながら。 眩しかった。 舞い降る雪が、これほどまで眩しいと生まれて初めて、最期の瞬間に駿は知っ た。 眩い光に包まれ、それが雪のためでないと知るゆとりはなかった。 「しゅうぅぅん!」 考えなど何もない。 マリアは飛んだ。 舞い降る雪を、追い抜いて。 落ちて行く、駿と良太を追って。 追いつくはずもない。 救えるはずもない。 それくらいのことは、マリアにも分かっていた。 何か考えがあってのことでもなかった。 衝動的。発作的な行動。 ただ落ちて行く駿を見て、何とかしたいと思った。 次の瞬間、訪れるであろうその死を阻止したいと思った。 いつまでも共に在りたいと思った。 飛んでから、マリアは自分に何も出来ないことに気づく。 元より惑星探査のための、生体ユニットに過ぎないマリア。それ以上の特別な 能力などはない。 けれど後悔はしない。 好きだった。 短い期間ではあったが、この星で過ごした一時が。 駿たちと、共に在った時間が。 それは調査対象としてではなく、もっと純粋なもの。それが何であるのか、マ リアには分からない。 幾つもの星々を渡り歩き、数え切れぬ人々と出会って来たはずだが、マリアに はその記憶を有することが許されていない。人と人との間に存在する感情を、理 解するだけの知識を残されていない。 しかしこれだけは言える。 「いっしょにいたいの。これからもずっと」 この星の重力に従い、落下して行く中で、マリアは美璃佳の冷たくなった小さ な身体を抱きしめる。 それがどんなものなのか、ママですら教えてはくれなかった。生き物は死んだ 後、どうなるのか。でも数秒の後、マリアは身を以て知ることになるだろう。 不安はない。 一緒なのだから。 美璃佳と、良太と、そして駿と。 ただ一つ、心残りは先に駿たちの死を見届けなければならないことだった。マ リアの眼下では、いままさに駿がその頭を鋭い岩に打ちつけようとする寸前だっ た。 マリアは目を閉じない。逸らさない。 それが義務であるかのように、大きく目を見開き、その瞬間を見届けようとす る。 だが、マリアがその瞬間を見届けることはなかった。 眩い光が駿を、そしてマリアを呑み込んでいく。 「これは………」 光の方向へと顔を動かすマリア。 そこには、マリアのよく知ったものの姿があった。 「ママ!」 柔らかな光が、マリアを包み込む。その中で、マリアの意識は遠退いて行った。 『マリア、起きなさい』 優しい声が響き渡る。ママの声が。 いつもと同じ目覚め。 またどこかの惑星に接近しているのだろうか。 もしかしたら、上陸出来るのかも知れない。 「ん………」 目は閉じたまま、マリアは伸びをしようとした。狭いカプセルを意識して、窮 屈に両の腕を伸ばす。 違和感。 何かが違う。 伸ばした腕は、何にも触れない。いや、本当に伸びているのかも定かでない。 マリアの意識は、確かに腕を伸ばそうとした。だが実感がない。 確認するため、瞼を開こうとする。が、開かない。 どうして? 『どうしたのです? マリア』 ママが優しく声を掛けてくれる。 ああ、ママがそばにいるのなら、何も心配することはない。 違う、違う、違う、違う、違う……… 相反する二つの思考が、頭を駆け巡っていく。 「どうして、ママがいるの?」 『なにを言うの? マリア………そう、夢を見たのね』 夢? 自分は夢を見ていたのだろうか? とんな夢を? 思いだせない。 思いだせないのなら、それでいい。 目を開けば、そこにママがいる。それだけで充分なのだから。 本当にそれでいいの? 誰かが問い掛ける。 忘れてしまっていいの? いけない、いけない、いけない、いけない。 何を? 何を忘れてはいけないと言うの? 忘れてはいけない。何を。忘れたくない。何を。大事なものを。何を。 忘れてはいけない、忘れたくない、忘れない、忘れない、忘れない、忘れない、 忘れない、忘れない忘れない忘れない忘れない…………… マリアは絶対に忘れない。 白くもやの掛かった記憶の中に浮かぶ、幾つかの顔。 大好きな人たちの顔。 マリアは目を開いた。 白く眩い光に、開いた目を思わず細めてしまう。 「駿! 美璃佳ちゃん! 良太くん!」 共にいたはずの、人々の名前を呼んだ。 『これは、どう言うこと………』 『失敗したようだわ』 『信じられない………このようなことは、記録にないわ』 交錯する幾つもの声。しかし全て同じ声。ママの声。 ようやく光に馴染んだマリアの瞳が捉えた光景は、あの山中のものではない。 そして見慣れたママの中でもない。 暗い夜空に浮かぶ星々。それを見上げるようにして、マリアは横たわっていた。 ここはどこだろう。 まだあの山の中にいるのだろうか。 駿たちは無事だろうか。 近くにいるのだろうか。 それを確認するために、マリアは身を起こす。瞬間、マリアの視界を光輝く何 かが横切って行った。 「ママ?」 いまのは確かに、マリアの乗っていた宇宙船だった。立ち上がったマリアは、 周囲に視線を巡らす。
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE