長編 #4321の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
お喋りはこのくらいにして、早く家に帰った方が良さそうだ。 家に着いたら、まず温かいお風呂に入りたい。 純子は前に立った相羽に先導されるように、家路を急いだ。相羽が前に立って くれたことで、斜めに降る雨も純子には届かなかった。 「このへんだったと、おもうけど………」 立ち止まり、良太は足元を調べてみたが、よく分からない。空は雲に覆われて いるため、はっきりと確認は出来ないがもう陽は沈んでしまったらしい。ただで さえ暗い林の中が、より一層暗くなってしまった。 「やっぱりそうだ」 屈み込むと、積もった枯れ葉が除けられ、土がむき出しになった部分が見つか った。土の上には、何かが滑った跡が残されている。良太が転んだのは、ここに 間違いない。 「おにいちゃん、しばらくこのへんをさがしてみるから。美璃佳は、あの木のし たでまってろ」 良太は後ろに立っていた美璃佳へと、声を掛けた。 美璃佳は雨具の代わりに良太のジャンパーを頭から被っていたが、水をたっぷ りと吸った短いスカートは、すっかりと色を変えていた。泥だらけになった『フ ラッシュ・レディ』のキャラクター入りの靴が、良太に近づこう歩き出すと、ぐ ちゃぐちゃと音を立てる。 ジャンパーを美璃佳に与えてしまった良太の方は、もっと酷い。濡れたシャツ は吸水力の限界に達し、ジャンパーを着ていたときの数倍の重量で良太の身体に まとわりついている。額に貼り付いた前髪から流れ落ちる水滴が、視界を曇らせ る。 「みりかもさがす」 酷く思い詰めたような表情で、美璃佳は良太の言葉に逆らい、そう応えた。 良太に比べれば、まだ幾分ましではあるが美璃佳も随分と濡れていることに変 わりない。さっきから、けんけんと繰り返す咳も気に懸かる。出来れば少しでも、 冷たい雨に打たれる時間を減らしてやりたがったが、こうなった美璃佳が聞き分 けのないことを良太は知っていた。 時間を掛けて説得するより、一刻も早く人形を見つけたほうがいい。 一分、一秒毎に暗さは増して行く。帰りのことを考えても、あまり時間を無駄 にしたくない。 良太と美璃佳は手を取り合い、転んだ場所の近くを探した。けれど美璃佳の人 形は、影も形も見当たらなかった。 確かにだいぶ暗くなって自分の足元さえ見にくくはなっているが、くすんだ色 に包まれた中、人形が落ちていればなんとか分かりそうなものだ。まさか人形が、 自分で歩いてどこかに行ってしまった訳でもないだろう。 「じゅんちゃん、いないよぉ………」 転んだ場所を中心に、ぐるりと周囲を探しても見つからない。美璃佳は座り込 んで泣き出してしまった。 「もう、あきらめてかえろうか。おにいちゃんが、おんぶしてやるからさ」 「だめだよぉ………じゅんちゃん、ないてるもん。さむいよ、こわいよ、ってな いてるもん」 濡れた手で涙を拭うものだから、美璃佳の顔はますます濡れてしまった。顔を こすったはずみで、頭に掛けていたジャンパーがずり落ちて泥にまみれてしまう。 「どうしよう………」 泣いているのは、人形ではなく美璃佳の方だった。 寒くて震えているのは、人形でなく美璃佳の方だった。 人形は転んだときでなく、他の場所で落としてしまったのかも知れない。それ とも鳥か何かが持って行ってしまったのかも。 良太自身も身体が冷えて、先ほどから何度も鼻をすすっている。まして美璃佳 は前に高熱を出して寝込んだこともあり、それがぶり返してしまわないか心配だ った。もう力ずくでも連れて戻った方がいい。 「だめだ、もうかえろう」 良太は、美璃佳の手を引いて立ち上がらせようとした。 「いやああああぁ!」 ところが美璃佳は立ち上がるどころか、大声で叫びながら地面に寝ころんでし まった。「おきるんだ、美璃佳! どろだらけになっちゃう」 良太がなおも強引に立ち上がらせようとする、美璃佳はその手を振りきり、所 々に水溜まりの出来た地面を転がりだしてしまった。 「やだやだやだやだやだ、じゅんちゃんをさがすのぉ」 身体中に濡れた葉っぱを貼り付け、水しぶきを上げ、泥だらけになって美璃佳 は転がり続ける。 「ばか、あぶない! とまるんだ、美璃佳!」 良太は慌ててその後を追った。けれどぬかるんだ地面では、思うように走れな い。転がる美璃佳の方が、かえって早くさえ感じる。 単なる偶然か、それとも美璃佳が考えて転がっているのか、上手く木に当たる ことなく済んでいるが、それがいつまでも続くとは限らない。そう思っていると 案の定、がつ、と鈍い音がしたかと思うと、美璃佳の身体は、頭を木の根元にぶ つけて止まった。 「………ふ」 すぐさま、良太は声にならない声で泣く美璃佳の身体をつかんだ。 予想もしていなかった重量が手に掛かり、何が起きたのかと慌てた良太だった が、とにかく全力で美璃佳の身体を引っ張る。それから美璃佳を抱き起こし、視 界の中に妹の重量が増した原因を捉えて、良太は寒さとは別の震えを感じた。 「ふぁ……ふぁ………ふぁあああん」 美璃佳も分かっていたらしい。良太に強く抱きつくと、頭の痛みと恐怖の両方 から激しく泣いた。 美璃佳のぶつかった木の後ろには、地面がなかったのだ。暗くて深さは窺えな かったが、崖になっていたのだ。 もし木にぶつからなければ、美璃佳はそこから落ちて死んでいたかも知れない。 そう思った瞬間、張りつめていたものが良太の中で切れてしまった。 「ばぁ………ばぁか………ばかあっ! 美璃佳の……ばかあ」 ぼろぼろと涙がこぼれる。 足から力が消え失せ、その場にへたり込んでしまった。 それでも、美璃佳を抱きしめた手だけは離さない。固まったように離せない。 「ふぁあああ、ふぁあああっ」 「ばかあ、ああっ……あああっ………」 暗い林の中で、二人の泣き声が響き渡った。 近くの大きな木の根元で休ませてはいたが、美璃佳の具合は悪くなって行くば かりだった。ひっきりなしに咳をして、ぶるぶると震えている。良太の手が冷え 切って感覚を失ってしまったせいもあるが、美璃佳の体温もずいぶん下がってい るようだ。 それなのに、美璃佳は帰ることに同意をしない。無理矢理にでも、と力ずくに でると噛みついてまでも抵抗をする。 「じゅんちゃんも………いっしょじゃなきゃ、だめなの」 この一点張りだった。 他に手だての思いつかない良太は、不安を抱えながらももう一度辺りを調べて みることにした。そしてふと、あることを思いついた。 あの時は長く感じたが、美璃佳が転がっていたのは二メートル程度の距離だっ た。つまりあの崖は、良太の転んだ場所からもそれほど離れてはいない。 もしや、と思いながらも崖の下を覗いてみた。 暗くて何も見えない。それでもじっと目を凝らしていると、何かぼんやりとだ が白いものが見えてきた。 「あれ、もしかして?」 なおも必死に、その白いものへと焦点を合わせてみる。そしてどうにか、それ が人形の顔であると分かった。 「あった! 人形、あったぞ!」 「ほんと」 振り返って叫ぶと、ふらふらと美璃佳が立ち上がろうとする。 「まった。美璃佳はあぶないから、くるな。ちゃんと、おにいちゃんが、とって きてやる」 そうは言ったものの、周りが見えないだけに恐ろしい。ただ幸いなことに、人 形はそれほど遠いところにあるのでもなかった。良太のいるところから、二メー トル、いや三メートルほどか。崖の斜面に引っかかって止まっているらしい。 良太はまず、腹這いになって手を伸ばしてみたが、これは全く届かない。次に 木の幹をしっかりとつかんで足を伸ばす。これも届きはしなかったが、足で探っ てみると目で見た感じと違って切り立った崖、というほどのものでもない。少し 勾配のきつい斜面ではあるけれど。周りが暗いので、実際より角度があるように 感じるのだろう。 なんとか降りられそうだが、それでも恐いことには代わりない。けれどあの人 形には、美璃佳の命が懸かっている。良太にはそんな気がした。 意を決すると、木をつかんだまま両足を斜面に下ろす。恐る恐る足場を決めて、 ゆっくり体重を移動させる。 「あぶないよぉ………」 言いつけを守り、少し離れたところから美璃佳が心配そうにしている。安心さ せるために、美璃佳に笑って見せようとして良太は顔を上げた。その瞬間、良太 の意志に反して重心が一気に足元へと移動してしまった。 「あっ」と言う叫びすら、吐く暇がなかった。 かじかんだ指先は、咄嗟の出来事に身体を支えることが出来ず、幹から離れて しまった。 良太の目に、美璃佳の姿が映ったの瞬きよりも短い瞬間だった。あとは闇。 黒一色の世界の中に、良太は落ちて行った。 天国って、どんなところだろう。 楽しいところかな。 おいしいものは、いっぱいあるのかな。 だったら、美璃佳にもたくさん食べさせてあげたいな。 あれ? そう言えば美璃佳はどこにいるんだろう。 ああ、そうか。ぼくは一人で、崖から落ちたんだ。 ぼく、死んじゃったんだ。美璃佳を残して。 ………美璃佳。 美璃佳一人で、だいじょうぶかな。 ちゃんと帰れるかな。 寂しくて泣いていないかな。 身体、だいじょうぶかな。風邪ひいてたみたいだけれど。 やっぱりだめだよ………美璃佳をひとりぽっちに出来ない。 ぼくがこんなところまで、連れてきてしまったんだもん。 ぼくがちゃんと、駿お兄ちゃんたちのところへ帰してやらないと。 だからぼく、まだ死ねないよ……… どこ、と特定することは出来ない。とにかく身体中、全てが痛い。怪我をして いるのかも知れないが、よく分からない。意識があるのだから、目は開いている のだと思うのだが、何も見えない。 上の方から、何か聞こえてくる。初めは猫が鳴いているのかと思ったが、すぐ にそうでないと分かった。美璃佳が良太を呼んでいるのだ。 「ふ………あぁ、に、ちゃん………おにいちゃん」 良太は頭を斜面の上にして、仰向けに倒れていた。顔を上げて、妹の姿を確認 しようとするが、痛くて首が動かせない。 「に、ちゃ……に、ちゃあぁぁ」 美璃佳の声が一段と大きくなる。ぱらぱらと、湿った土が良太の顔に降り懸か った。良太の姿を探そうと、美璃佳が崖から身を乗り出しているのだろうか。美 璃佳まで落ちてしまったら大変だ。 早く自分が無事であることを、美璃佳に伝えなくては。 「……びっ」 美璃佳、と叫ぼうとしたが、喉が詰まって声が出ない。その間にも、また土が 降ってきた。雨のせいで、地面が脆くなっているようだ。このままでは、いつ、 美璃佳が落ちてもおかしくない。 「みり、か」 今度はどうにか、声を出せた。 「おにいちゃん………おにいちゃん、いきてるの? おにいちゃん」 「みりか、がけからはなれるんだ」 「でもぉ………」 「いいから、はやく」 痛みを堪えながら、良太は叫ぶ。それが声に迫力をもたらしたらしく、美璃佳 の「うん」と言う返事と一緒に、後ろに下がっていく音が聞こえた。 「……に、ちゃ……だいじょ、ぶ?」 美璃佳の声は、さっきより少し遠くなっていた。 「うん、だいじょうぶだよ。でも………ごめん……人形、どこかへいっちゃった」 「い、よ………にいちゃ、はやく………あがて、きてよぉ」 一人きりで、上に残された美璃佳も不安で仕方ないのだろう。早く、美璃佳の 元へ行ってやりたい。良太は、自分の状態を確認するため、ゆっくりと顔をお腹 の方へ上げる。 美璃佳の方を見ようとした時に比べ、楽に顔を動かすことが出来た。動かす方 向が反対だからなのか、時間が経って首の痛みが和らいだせいなのか。 しかしそれでもお腹の辺りまでがぼんやりと見えるだけで、足元のほうは分か らない。全身を包んでいた痛みは治まってきたが、その代わりに首筋や左の肘、 そして右の足の痛みが克明になっていた。 そのまま上半身を起こそうとして、両腕に力を込める。すると、頭の周辺の土 が、ざざっと音を立てて滑り落ちて行った。同時に、良太の足に激痛が走った。 「あふっ!」 「おにいちゃん?」 思わずもれた良太の叫びに、美璃佳が反応した。 「な、んでもない」 そう応えた良太だったが、その唇はぶるぶると震えていた。
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE