長編 #4317の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
これには良太も困ってしまった。美璃佳を背負いながら、人形のために片手を 使うだけでも大変なのに、それを引きずらないように持つことは難しい。美璃佳 よりわずかに背丈が低い人形を、一方では背中の妹を支えながら地面に着かない ようにするには、良太の身長も足りない。 背負われている美璃佳にも、人形を持つことは出来ないだろう。 「じゃあ美璃佳、ちょっと手をはなすから、しっかりお兄ちゃんにつかまってろ よ」 「うん」 良太の首にまわした手で、美璃佳はしがみついてきた。その間に良太は美璃佳 の足を支えていた手を離す。それから前傾姿勢のまま、人形を胸に抱き上げた。 それから改めて人形を、片方の手で胸に挟み込むようにして抱く。そしてもう 一方の手を、美璃佳を支えるために戻した。 「お兄ちゃん、人形のせいでかたほうの手、はなせないからな。ちゃんとつかま ってろよ」 「うん」 美璃佳の返事を確認して、良太はゆっくりと歩き出した。 美璃佳には強がってみせたものの、良太もそれほど身体の大きな方ではない。 二つ違いの妹を、ただ背負って歩くだけでも難しいことだった。加えて無理な姿 勢で人形を抱き、傾斜のある山道。 一歩を踏み出すのも、苦しくて仕方ない。けれど良太は、歯を食いしばって進 んだ。泣き言は言わない。辛そうな顔はしない。妹と一緒にいるために。 背中に感じる美璃佳の温もりが、良太の支えだった。 それが良太に力を与える。 どれほど歩いただろう。ずいぶん進んだつもりだが、実際のところは分からな い。だが良太の進む山道は、次第に悪くなっていく。美璃佳を背負って歩くこと も、一層困難になって来た。 ざわっ。 雑木林が鳴った。 良太は、びくりとして木を見上げる。背中の美璃佳が、強くしがみついた。 空気が一段と冷たくなったかと思うと、無数の雨粒が良太たちを打ちつけて来 た。同時に、木々が激しく鳴り始める。 「わあん、つめたいよぉ」 背中の美璃佳が悲鳴を上げる。 良太の目には山道わきの雑木林の中に生える、一本の木が目に停まった。大き く広がった枝には、この季節にも関わらず、たくさんの葉を残している。 他に雨を避けられるものは何もない。 あそこで雨宿りをしよう。 そう思った良太は、その木を目指して駆け出そうとした。その瞬間。 目の前の風景が、急激に空へと上昇して行った………ような気がした。そして 枯れ葉の積もる地面が、良太に負い被さって来る。 背中の美璃佳が泣いている。 身体中に痛みが走る。 何が起きたのか理解できないまま、良太は地に伏せていた。 顔を上げ、額に貼り付いた枯れ葉を手で剥がす。お腹から染み込んでくる冷た い感触で良太は初めて、自分が転んでしまったのだと知った。 「美璃佳!」 声を掛けると、美璃佳は泣いたまま良太の背中を離れた。 身体の軽くなった良太は素早く立ち上がり、美璃佳の手を引いて目的の木へと 走った。あちこちに、じんじんとした痛みを感じる。 木の下は良太の思った通り、雨を避けることが出来た。いくらか葉の隙間を巧 みに抜けた水滴が落ちてくるが、周りの雨の勢いに比べれば遥かにマシである。 「美璃佳、けがしてないか!?」 雨宿りの場所にたどり着くと、良太は妹の身体を調べた。袖口や襟元、服やス カートの内側も見る。怪我は見当たらない。 「どこかいたいのか?」 美璃佳は泣くだけで、何も答えない。今度は良太は、美璃佳の全身をさすって みるが、特に痛がる様子もない。 美璃佳が泣いているのは、良太が突然転んだことで驚いたのだろう。 「ほら、もうなくなよ、美璃佳」 頭を撫でてやると、美璃佳は鼻を鳴らしながら良太の足を指さす。見ると良太 のズボンは左の膝に穴が空き、血がにじんでいた。 「にいちゃ……けが………てる」 まだ嗚咽混じりの美璃佳が言った。良太の怪我を心配しているようだ。 「へいきだよ。こんなの、ちっともいたくないもん」 本当は少し痛いのだけれど、美璃佳に余計な心配をさせたくはないと思った。 「けど、お兄ちゃん、泥だらけになっちゃったな」 そう言って、良太は笑って見せた。ついでに頭を掻こうとしたが、それは止め にする。その手も泥だらけになっていたから。 「ここでしばらく、やすもうな。ちょっと、まってろよ」 良太は足元の濡れた葉っぱを、手で除ける。そして周りから乾いた葉を選び、 敷き詰める。 「ほら、ここにすわれよ」 「ん」 促されるまま、美璃佳はそこへちょこんと腰を下ろす。良太は、そんな美璃佳 から少し距離を置いて座った。 二人きりの山の中。 他には誰もいない。 車が通ることもない。 けれど周りは、音で満ち溢れている。 激しい雨が、枝葉を叩き、賑やかな音を立てている。 なのにとても寂しい。 薄暗い山の中。 けん、けん、と美璃佳が二つ、咳をする。 「………あめ、やまないね」 「そうだな」 「おにいちゃん、もっとみりかのそばにきなよ」 「だめだよ」 「どおして」 「お兄ちゃん、さっきころんだから、泥だらけで、ぬれてるもん。そばにいった ら、美璃佳もよごれちゃう」 「みりか、よごれてもいいよ」 「だめだよ。きがえなんて、もってこなかったもん」 「よごれてもいいのぉ。きてよぉ」 また泣き出しそうに言う美璃佳。 仕方なく、良太は美璃佳のそばに身体を寄せた。いや、本当は嬉しかった。 濡れた服は冷風にさらされ、良太の身体から容赦なく体温を奪っていた。寒く てたまらなかった。互いに触れあった肩から伝わる、美璃佳の温もりがわずかで はあるが、良太をも暖める。 「くしゅん!」 くしゃみと共に、美璃佳は鼻水を垂らしてしまう。すかさず良太はポケットテ ィッシュを取り出したが、それはぐっしょりと濡れていた。 「美璃佳、こっちをむいて」 「うん」 良太は指先の泥を、自分の服でこすり落とした。その指をのばして、美璃佳の 鼻を拭き取る。その時、がちがちと鳴っている、美璃佳の歯の振動が良太の指先 にも感じられた。美璃佳も寒さに震えているのだ。 足元の枯れ葉を拾い、指についたものを拭う。その葉を丸めて投げ捨てると、 良太は言った。 「美璃佳、さむいのか?」 「うん、ちょっとだけ」 応える美璃佳の顔は、青白く見える。辺りが暗いせいなのかも知れない。しか し、良太の中に芽生えた不安は広がる。 風が吹いた。 強い風は、空から落ちる雨を、横殴りの雨へと変える。 風は良太と美璃佳を大量の雨水で濡らし、去って行った。 「美璃佳、へいきか?」 「………ん」 良太の問いかけに応える美璃佳の声は、弱々しい。 良太はジャンパーを脱いだ。表は泥で汚れ、内側には水がしみている。防寒具 の役目は果たしてくれそうにないが、多少の風避け、雨避けにはなるだろう。 良太はジャンパーを座っている美璃佳の、膝から胸の辺りが隠れるようにして 掛けてやった。 「おようふくぬいだら、おにいちゃんがさむいよ」 良太を見上げて、美璃佳が言った。その後、また一つ咳をした。 「お兄ちゃんは、美璃佳よりおおきいからな。このくらい、さむくなんかないん だ」 再び美璃佳の横に腰掛けた良太だったが、ジャンパーもなしでこの雨の中の山 中の空気は、凍えそうなほどに寒かった。両手で膝を抱え、少しでも体温の逃げ ないようにして、寒さを堪える。 いくら空を見上げても、雨が止みそうな気配はない。かえって雨足が強くなっ ているようにも思える。加えて夜が迫って来たことで、暗さもどんどんと増して 行く。 良太は後悔し始めていた。 無謀すぎる家出を。 どうしてこんな山の中に来てしまったんだろう。行くあてもなしに。着替え一 つ、暖をとる道具一つ持たずに。 子どもだけで生きていく。それが無理な話であることは、良太にも初めから分 かっていた。悔しいけれど、大人の手助けなしでは生きられないと知っていた。 あんな母親でも、時折帰ってきては、わずかばかりのお金を置いて行ったから、 美璃佳と二人でもなんとかなっていた。 分かってはいた。 それでも、美璃佳と離れてしまうかも知れない。それだけは我慢できない。 施設に入れられてしまうなら、それだって構わない。美璃佳と一緒なら。 だが美璃佳と別れることになってしまう。そんな可能性があると聞いたとき、 それから逃げ出す以外の手段を考えることは、良太には出来なかった。 良太は、横に座っている美璃佳を見る。 良太のジャンパーをつかみ、かたかたと震えていた。やはり顔色も気になる。 さきほどから、咳を繰り返している。 あの日、駿が部屋に来てくれるまでのことを、良太は思い出していた。 熱を出して寝込んでしまった美璃佳を目の前にして、何もしてやれずいた時の 不安と恐怖、心細さ。苦しそうな美璃佳の寝顔。 それがもし、いままた繰り返されたら。 良太には何も出来ない。 いくら泣き叫んでも、ここは山の中。誰も助けに来てくれない。 いまからでも引き返した方がいいのかも知れない。 「おにいちゃん?」 「えっ………あっ」 考え事をしていた良太は、妹が自分を見つめていることにも気がつかないでい たらしい。 「どうした、美璃佳?」 「かえろうよ」 「かえるって、どこにだよ」 「しゅんおにいちゃんと、マリアおねえちゃんのところ」 良太が考えていたことと、同じことを美璃佳も口にしている。それなのに良太 は、なぜか意固地な気持ちになってしまう。 「だめだよ………そんなことしたら、お兄ちゃんと美璃佳は、おわかれしなきゃ、 いけないんだ」 「やだ………みりか、おにいちゃんと、おわかれしない」 目に涙を浮かべて、美璃佳は言う。 そう言えば、いつの間にか美璃佳は良太のことを『おにいちゃん』と呼ぶよう に戻っていた。駿たちと暮らすようになってからは、名前をつけて『りょうたお にいちゃん』と呼んでいたのに。 「それなら、かえらないでここにいよう」 意地悪をしているつもりはない。良太もこのままここに居続けるのは、良くな いと思っていた。けれどこの問題が解消しない限り、帰ろうという決断にも踏み 切れなかったのだ。 「やだあ………みりか、かえりたいよ。ここ、さむいんだもん。ごはんも、テレ ビも、おふとんもないだもん」 「美璃佳は、お兄ちゃんといっしょにいるより、テレビのほうがだいじなのか」 良太は少し腹が立った。 自分が美璃佳のことを思っているほど、美璃佳は良太のことを思っていないの か。 「ちがうよぉ」 ふるふると首を振り、美璃佳は抱きつくようにして良太の両手をつかんだ。 熱い美璃佳の体温。熱すぎる……… 「ちがうの! みりか、みんなすきなの。おにいちゃんも、マリアおねえちゃん も、しゅんおにいちゃんも。みんなといっしょにいたいの!」 「だけど美璃佳、それは………」 出来ないんだよ。そう良太が言いかけたとき。 糸の切れたマリオネットのように、美璃佳の身体が良太の腕の中へと崩れ落ち た。 「みり、か?」 受けとめた美璃佳の身体は、火がついたように熱い。とても尋常なものではな い。 「かえろうよぉ………」 呻くような美璃佳の声。 このままここに留まるのは、危険であると良太は感じた。美璃佳と一緒に暮ら せなくなってしまうのは我慢ならないが、美璃佳の身に何かあったりしたらもっ と堪えられない。 「わかったよ、美璃佳。駿お兄ちゃんたちのところに、かえろう」
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