長編 #4316の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
純子は改めて空を見上げた。しかし激しい雨が視界を塞ぎ、その先に何も見る ことは出来ない。 「だいじょうぶ。きっと藤井さんたちが、もう見つけてるよ」 コートに手を入れながら、相羽が言った。その言葉に根拠などあるはずもない。 ただの気休めとは分かっていたが、純子も反論はしなかった。純子もまた、美璃 佳たちが無事保護されていることを願っていたから。 「ほら、涼原さん。これ、使いなよ」 ハンカチの握られた相羽の手が、純子へと差し出された。 「何よ?」 「濡れたままにしておくと、風邪ひくよ」 相羽は純子の髪から滴っている、水を気にしているらしい。 「いいわよ。私だって、ハンカチくらい持ってるわ」 純子は自分のハンカチを相羽に見せ、濡れた髪や肩を拭いた。 「ふうん。でも涼原さんにしては、ずいぶん地味目なハンカチだね」 相羽もまた、純子に貸そうとしていたハンカチで自分を拭き始める。 「なによ。それじゃあ、普段の私が派手好きみたいな言い方じゃない」 「別に………そんなつもりで言ったんじゃないけれど」 相羽の言うとおり、純子の使っているハンカチは、おおよそ中学生の女の子の 使うようなものではなかった。濃い青一色で、他に何の柄もない。それもそのは ず、愛美の家に向かう前、父親のものを借りてきたのだから。 「だって今日、西崎さんのところ、お通夜でしょ? 派手なものとか、可愛らし いものとかだと、失礼じゃない」 「なるほど。納得した」 それからしばらく、二人は互いに自分の身体を拭くことに専念していた。 『いやな雨だなあ………美璃佳ちゃんたちも心配だけれど。やっぱり、西崎さん のお手伝いもしたいし』 しかし雨は、とうぶん止みそうにない。 せっかく喫茶店の軒先で雨宿りしているのだから、中に入って暖かいものを飲 みながら時間を潰せばいいのかも知れないが、それは校則違反になってしまう。 それに、違反覚悟で喫茶店に入ろうにも、純子はそれだけの小遣いを持ち合わせ てはいなかった。 ここでじっとしていても、無駄に時間が過ぎて行くだけのように思われた。そ れに寒い。いっそずぶ濡れになるのを覚悟で、一度家に帰って着替え、傘を持っ て改めて愛美を訪ねた方が良さそうだ。 「ねえ、」 そのことを相羽に伝えようと、純子は口を開いた。けれど純子が言葉を言い切 るより先に、相羽は「ちょっと待って」と雨の中に消えて行ってしまった。 「もう、何よ」 人の話も聞かず、さっさと自分だけ行動を取ってしまった相羽に、純子は少し 腹を立てた。いったい、相羽はどこへ行ったのだろう。もしかすると、純子と同 じことを考えてマンションに戻ったのだろうか。まさかそれから、傘を持って純 子を迎えに来るつもりなのか? だとしたら、相羽を待つ時間がとても無駄のように思えた。純子も雨の中を走 って、家に帰ろうかと考えていると、すぐに相羽は戻ってきた。透明な、ビニー ル傘一本を持って。 「なんだ、傘を買いに行ってたの?」 「うん。なるべく安いところで買いたかったけど………急に降ってきた時は、ど こも定価のままで。一本しか買えなかったんだ………涼原さんがいやでなければ、 一緒に入って行こう」 「いやも何も………ここで待ってても仕方ないもの。行きましょう」 ビニール傘は、二人で入るには小さすぎるが、雨の中を走って行くよりはいい だろう。二人は一本の傘の下に収まり、ゆっくりと歩き出した。 「それにしても、寒いわね。この雨、雪になるのかなあ」 「ああ………上手くすれば、ホワイト・クリスマスだ」 「うん。でも、なるべくなら雪にならないで欲しいな」 「どうして? 女子って、ホワイト・クリスマスになった方が、ロマンチックだ って喜ぶんじゃないの」 「だって、西崎さんの気持ちを考えると、そんなこと言ってられないもの。それ に………美璃佳ちゃんたちもまだ見つかってない。雪になって、どこかで震えて いたら、可愛そう」 それはこのまま雨が降り続いていても同じことだけど、と純子は思う。 「そうか………無神経なこと言ってしまった。ごめん」 「別に、相羽くんが謝ることじゃないでしょ」 「いや、でも。ぼくは美璃佳ちゃんたち兄妹を知らないから、やっぱりどこか薄 情になってるのかも知れない」 自分を責めるような言葉。 「じゃあ、一緒に考えてみてよ」 そんな相羽を励まそうと、純子は話題を提供してみた。 「考えるって?」 「美璃佳ちゃんたちの、これからのこと。さっき相羽くんが言ったことが原因で、 家出をしたのなら、二人が無事に見つかっても問題は解決しないわけでしょ。そ のあと、美璃佳ちゃんたち兄妹にとって、一番いい方法を考えてみるの」 純子にしてみても、いい考えがある訳でもない。また自分たちに、いい考えが 出来ると思ってのことでもなかった。それでも、相羽の口から出されるであろう アイディアに、少なからず期待していた。だが……… 「それこそ無茶だ。無神経だ」 返ってきたのは、不快さを隠そうともしない相羽の言葉だった。 「どうしてよ」 純子は車道側を歩く相羽の方へ、顔を向けた。彼の左肩が、雨に濡れている。 「ほら、肩が濡れてるよ」 小さなビニール傘では、二人とも濡れずにいることは難しい。相羽は純子が濡 れないようにと、自分の左半分を雨にさらして、こちらに傘を寄せていたのだ。 純子は相羽の左半分もカバー出来るようにと、傘を押し戻す。 「平気だよ。そんなことをしたら、今度は涼原さんが濡れる」 その傘をまた相羽は純子の方に寄せた。 「もう、またいつかみたいに、風邪をひいちゃうでしょ」 右に左にと、傘は傾いた。そんなことをしばらく続けていると、二人とも片側 の肩がすっかりと濡れてしまった。傘は二人がほぼ同じ割合で入れる位置で、や っと落ち着く。 「意地っぱり」 「そっちこそ」 純子は無駄な争いをしてしまったことが、ばかばかしく感じられた。このまま 相羽と話をするのを止めてしまおうかとも思ったが、先ほどの言葉が気になって 仕方ない。 「さっきの、どういうことなの? どうして、無茶で無意味なのか、説明してよ」 「ああ………それか」 言葉をまとめるためか、気持ちを落ち着かせようとしてか。相羽は一拍の間を 置いて、話し始めた。 「ぼくらに何が出来る? ぼくには何もしてやれない。涼原さんには出来るのか い?」 「だから、それを考えるんじゃない。何も出来ないとしたって、考えることが悪 いの? 考えたことを、藤井さんに話してみるだけでもいいじゃない」 「あの人たちだって、いろいろ考えたはずだよ。それでも、子どもたちは家を出 て行った。具体的に何があったかは知らない。でも、想像はつく。母子家庭で、 母親が子どもを愛していないとしたら、面倒を見ようとしないなら、周りの人た ちが執れる行動は一つだ。………きっと、裁判とかの手続きをして、施設に入れ るってことだ」 「そんな………美璃佳ちゃんたち、可愛そうだわ」 純子と相羽の目が合った。相変わらず相羽は不機嫌そうな、と言うより何かを 堪えるような表情をしていた。 「でも、他に方法があるかい? もし身内があるなら、その人たちが子どもたち を引き取るかも知れないけど。それもないとしたら………他人にはどうにも出来 ない。あの藤井さんって人、一生懸命美璃佳ちゃんたちを探していたし、いい人 なんだろうと思う。でも、あの人が二人を引き取ることはないだろう……… こう言ってはなんだけど、あの人くらいの年齢では、急に子ども二人を引き取 って生活していけるほどの収入はないと思う」 「親戚とか、藤井さんとかじゃなくても、誰か他の人を探すことも出来るかも知 れないじゃない」 純子はなんとか、美璃佳たちのこれからについて活路を見い出そうと試みる。 だがそれも、相羽が繰り広げる理屈の前では脆すぎるものだった。 「誰が? 涼原さんがその子たちを引き取るかい?」 「それは………」 「もし涼原さんが引き取ろうと考えたとしても、ご両親はなんて言うだろう。犬 猫を拾ってくるのとは、訳が違うんだ。極論を言ってしまえば、美璃佳ちゃんた ちと同じ境遇の子どもたち、いや、もっと不幸な子どもたちがこの日本、世界に はいくらでもいる。そんな子どもたちと出逢う度、それをなんとかしてやれるか い? 出来るわけはない」 「だけど、私は美璃佳ちゃんのことを知ってしまったのよ。世界中のことは無理 でも………ううん、確かに美璃佳ちゃんのことですら、どうにも出来ないかも知 れない。でも、せめて身近な美璃佳ちゃんたちのことを考えるのが、いけないの? ただ見ているだけじゃ、何も始まらないじゃない。確かに私たちは無力だろう けれど………でもみんながそんなことを言っているだけでは、決して何も変わら ないじゃない」 「それは詭弁だよ………」 それっきり、相羽は黙り込んでしまった。 純子もそれ以上追求することはしない。相羽の言っていることも理解は出来る が、納得は行かない。確かに平凡な一中学生でしかない純子に、美璃佳たち兄妹 をどうしてやることも出来ないだろう。けれど美璃佳たちを心配して、何か手だ てがないかと考えるのが悪いことだとは思えない。 雨は降り続ける。 一向に止みそうな気配はなかった。 「何も出来ないのに、いろいろと考えてみようなんて、それは好奇心でしかない」 独り言を呟くように、相羽が言った。 純子は思わず、「えっ」と聞き返してしまう。 「出来もしないことを相談するのは、子どもたちのためじゃない。自分たちを満 足させるためのもの。美璃佳ちゃんたちがそれを聞いたとしても、喜ばないと思 うんだ………実現出来ない話は、かえって傷つけるだけなんじゃないかって」 相羽の言葉には、さきほどのような勢いはない。静かに語っていた。 「相羽………くん」 「でも。涼原さんの言う通りかも知れない。無力であるからと、初めから何もし ようとしなければ、結局何も変わることはない………ごめん、今日のぼくは少し おかしい」 突然相羽は傘を全て純子に預け、自分は天を仰いでその身に雨を浴びだした。 「ちょっと! 相羽くんったら」 純子は慌てて、傘を相羽の頭上に戻した。 「何考えてるのよ、もう。ずぶ濡れじゃないの」 純子はハンカチで、相羽の頭やコートを拭いた。しかし既に一度使っているハ ンカチでは、思うように水分を吸い取ることはない。 「ハンカチなら、ぼくも持ってるよ」 そう言いながらも、相羽は自分のハンカチを出そうとはしなかった。ただ純子 のすることを見ている。 「ぼくはね、思うんだ。自分が思っているよりも、ぼくは恵まれているだろうな って」 「えっ、何か言った?」 「いや、なんでもない」 相羽の肩を拭きながら、純子は初めて気がついた。相羽がコートの下に、学生 服を着ていることに。 ついさっきまで、ピクニック気分で歌を唄っていた美璃佳も、すっかりと口数 が少なくなってしまった。 枯れ草を踏みしめる音と、時折美璃佳のする咳の音以外、聞こえてはこない。 「おにいちゃん、みりか、つかれた」 先ほどから遅れがちになっている美璃佳が、足を止めて言った。 「もう、したかないな」 良太は美璃佳のところまで戻り、その手をひく。 「ほら、もうすこしがんばって、歩くんだ」 灰色だった空は黒みを増して、いつ雨が降り出してもおかしくない色になって いた。 「こんなところで止まっていたら、あめがふってきちゃうから」 頑として動こうとしない妹を、良太はなんとか言い聞かせようとした。 けれどこのまま進んだところで、雨を避けられる場所のあてなどはない。ただ 少しでも、大人たちのいるところから離れなくてはいけない。そんな焦りが、良 太を急かしていた。 「いやあ、みりか、もうあるけないもん」 歩き出すどころか、美璃佳はその場に座り込んで、ぐずぐずと泣き出してしま う。もうこうなると、しばらく美璃佳を歩かせることは難しい。 「よし、じゃあお兄ちゃんが、おんぶしてやるから」 良太は抱いていた人形を脇に置くと、美璃佳に背中を向けてしゃがみ込んだ。 「おにいちゃんは、つかれてないの?」 「へいきさ。美璃佳をおんぶするくらい」 少し躊躇っていたようだが、美璃佳は寄り掛かるようにして良太の背中に抱き ついた。転ばないように注意しながら、良太は立ち上がる。片手で妹の足を支え、 片手には人形をつかんで。 「ああん、じゅんちゃん、かわいそうだよ」 片手でつかんでいたため、大きな人形はだらりと引きずられる格好になってし まう。美璃佳は、それを抗議したのだ。 「そんなこといったって………」
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE