長編 #4315の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
喉が渇いてご飯が通らないのか、寒さのせいなのか、美璃佳は頻繁にミルクテ ィーの缶を口に運ぶ。寒さのせいなら、あまり意味がないだろう。弁当もミルク ティーも温かいものを買ったのだが、寒空の下ではもう冷め切っている。 「はい、おにいちゃん」 半分ほど食べたところで、美璃佳は弁当を良太に差し出した。 「ん? なんだよ、美璃佳。はんぶんしかたべてないよ。もう、おなかいっぱい なのか?」 「おにいちゃんも、おなか、へったでしょ。だから、みりかとはんぶんこするの」 まだ涙の跡の残った顔で、美璃佳は微笑んだ。 「いいよ、ぼくはもうたべたから。ぜんぶ、美璃佳がたべな」 「だっておにいちゃん、おにぎりいっこしか、たべてないもん」 電車代と弁当代で、持ち金は九千円を切ってしまっていた。美璃佳のためには 弁当とミルクティーを買ってしまったが、出来るだけお金を節約したい。そう思 った良太は、自分の食事はおにぎり一個で済ませていたのだ。 美璃佳に買い与えたのは、安い鮭弁当。それでも目の前に差し出された弁当は、 おにぎりより美味しそうに見える。良太もまだ育ち盛り。おにぎり一個では、と ても足りるものではない。本当はその弁当を食べてしまいたかった。けれどそれ を堪えて、弁当をそっと美璃佳へ押し返す。 「いらない。おなか、すいてないんだ。美璃佳がたべろ」 「いいの?」 正面に立った良太の顔を、小首を傾げて美璃佳が覗き込む。 「いいに決まってるだろ」 「じゃあ、みりか、たべちゃうね」 美璃佳が弁当を食べている間、良太は他にすることもなく、ベンチの前をうろ うろとした。もっと公園の周りを見てみたい。これからどこへ行くのか決めるた めにも。しかし、良太が見えくなってしまったら、また美璃佳が泣いてしまうか も知れない。 「ねえ、おにちゃん」 また美璃佳の箸が止まったので、食べ終わったのかと思ったがそうではなかっ た。 「じゅんちゃんも、おなかへってないかな」 そう言いながら、美璃佳はご飯つぶを乗せた箸を、人形の口元へ運ぼうとする。 「だめだよ、美璃佳」 良太はそれを止めさせる。 「お人形は、ごはんなんかたべないんだ。そんなことしたら、せっかくのお人形 が、きたなくなっちゃう。そんなのいやだろう?」 「うん、やだ」 美璃佳は箸の上のご飯つぶを、自分の口に入れて応えた。人形が弁当のせいで 汚れるのは避けられたが、小さな美璃佳や良太が無理な形でここまで運んできた ため、その服に黒っぽい汚れが所々ついている。 『これからどうしよう』 もともと行くあてがあっての家出ではない。ただずっと、妹と一緒にいたいだ けだった。目的地など、あるはずもない。 人形を間にはさんで、良太は美璃佳と同じベンチに腰掛けた。正面には小さな 山が見える。 ふと良太は、前に観たテレビアニメを思い出した。山の中で子どもたちが、家 を作って生活する物語を。 『そうだ、山のなかなら、おとなにみつからない』 家を作るのは大変だろうが、もしかすると洞窟があるかも知れない。そこでな ら、誰にも見つからずに美璃佳と暮らせる。 良太たちの行き先が決まった。 そこは見知らぬ街だった。 駿たちの街から、電車で一時間半ほど。それだけでも、幼い子ども二人で来る には充分に遠い場所である。 「こっち!」 「ちょ、ちょっと待って」 華奢な身体のどこに、そんなスタミナがあるのだろう。駅を出てからもう十分 近く、マリアは走り続けている。それに着いていく駿は、すっかり息も上がり、 膝もがくがくと震えていた。普段の運動不足を痛感する。 マリアを追いながら、駿は涌き上がる不安と疑念を振り払おうとしていた。 この街にたどり着くまでの一時間半。十指に納まらない駅を過ぎてきた。行き 先をマリアに委ねた駿ではあったが、幾つもの駅を過ぎる度、あるいはここで良 太たちは降りたのではないかと気になってしまう。 確かにここまでは、電車一本で乗り換えなしで来られる。良太たちが、来てい る可能性は充分にあり得る。 だが良太たちが降りた駅を全くの勘で探すとしたら、駿の乗って来た路線にあ る駅だけでも三十に近い。もし良太たちが途中で別の電車に乗り換えていたとす れば、偶然で探し出せる可能性は限りなくゼロに等しい。 マリアに対して、何か説明のつかない不思議な力を感じていた駿ではあったが、 特にそれを裏付けるような確たるものはない。ただ信じるしかなかった。 とは言え、それを完全に信じきれるほどの度胸は駿にない。一度は確信したも のの、こうも遠くまで来たことで、その気持ちは揺らいでいた。 けれどまた、他に良太たちを探すための手段も手がかりもない。情けないとは 思うが、やはりマリアに頼ることしか駿には出来なかった。 「ここ、ここに良太くんと、美璃佳ちゃんはいたの!」 ようやくマリアの足が止まった場所は、駅からはだいぶ離れた住宅地の、小さ な公園だった。 「だ、誰も、いないよ………」 早く良太たちを見つけたいという気持ちの焦りとは裏腹に、身体の方が着いて こない。駿は息をきらせながらベンチに腰掛け、周囲を見渡した。 滑り台にブランコ、そして砂場。三つの遊戯施設しかない公園には、遊ぶ子ど もの姿もなかった。いつ雨が降り出してもおかしくない空模様のせいか、全身か ら汗を噴き出させているいまの駿には感じられない寒さのせいか。 「良太くんと美璃佳ちゃんはね、ここでご飯を食べたの。しょっぱいお魚のお弁 当だよ」 「しっょぱい魚? シャケ弁当のことか?」 その時、ベンチ横に備えられたくずかごが駿の目に止まった。中にはコンビニ の袋と、弁当のパッケージ。それにミルクティーの250ミリリットル缶。 駿は、きょろきょろとしているマリアの顔を見つめた。 ただの偶然であるかも知れない。公園のベンチで弁当を食べる人間など、取り 立てて珍しい存在でもない。たまたまマリアが口にした言葉と結びつくようなも のが、捨てられていただけのことかも知れない。 それにくずかごの中のゴミは一食分。良太と美璃佳が食べたのだとしたら、数 が合わない。けれど良太は、その幼さに似合わずしっかりした子だ。計画の上で の家出だとしたら、あの一万円を極力節約しようとするのではないだろうか。 駿の頭の中に、自分は空腹を辛抱して妹に弁当を与える、良太の姿が浮かんだ。 駿は改めて、認識していた。マリアは確実に良太たちの後を追っているのだと。 マリアが色と称しているものが、具体的に何をさしているのか分からない。 だがマリアがここまで確実に、良太たちの通った道筋を辿っているのだと、駿 も信じられるようになっていた。 手を使わずして、念じるだけで相手を倒してしまうような類の超能力は信じな い。ただまだ科学的に説明されていないだけの、現状では不思議としか言えない ような能力が存在してもおかしくはないと思う。 例えば遠くへ引っ越すこととなり、他人に預けた飼い犬が逃げ出し、何千キロ も離れた元の主人の新しい家まで訪ねて来たと言う話はよく聞く。 また以前には、特別な訓練を受けた軍事用の伝書鳩は、移動する二つの部隊が 持つ小屋を交互に行き来することが可能だったそうだ。 これらは地球の磁場を感じるとか、星の位置とかだけで説明つくものではない。 それでもこうした事実があるのなら、人の中にもそんな能力があってもおかしく はないだろう。 「いま………いまだ」 まだ息も整わないまま、駿は立ち上がる。 「えっ? 何がいまなの」 中途半端な駿の言葉に、マリアが首を傾げた。 「良太くんたちは、この公園に来ていた………それは分かった。でも知りたいの は、いまいる場所なんだ。いま、二人はどこにいる? 分かるんだろう、マリア」 駿はマリアの返答を待つ。 神の声を聞くと言う、巫女だの教祖だのは信じないくせに、いま駿はその言葉 を待つ信者と何も変わりはない。 可憐な唇が開く。 しかしそこから発せられた声は、駿の期待する答えを含んでのものではなかっ た。 「分からなくなっちゃったの………」 いまにも泣き出しそうな顔のマリア。 「分からなくなったって?」 「時間のせいだと思うの。また色がうすくなってきちゃったの………だからね、 また力を貸してもらおうとしているのに、誰も応えてくれないの」 マリアの言葉に頻繁に見られる、意味不明の事柄。マリアのことを全く知らな い者が聞いたなら、彼女の気がふれてしまったと思うだろう。もう慣れてしまっ たが、駿でさえまだ疑いたくなる時もある。あるいは本当に、マリアは神と交信 をしているのだろうか。 マリアの言葉の真意ともかく、しばらくは頼れなくなるかも知れない。マリア の力を信じ、それだけを頼りにしてきた駿にとっても、それは焦燥を生む。 「全然分からないのかい?」 マリアを落ち着かせるため、両肩に手を置いて駿は可能な限り穏やかに言った つもりだった。だが駿自身の焦りは、明確な形でマリアにも伝わったらしい。不 安そうな目で、マリアは駿の顔を見返していた。 「良太くん、あっちの方を見てたの。けど、そっちに行ったかどうか、分からな いの」 マリアは顔を動かし、視線だけでその方角を指し示した。その先には小さな山 が見える。 「やま?」 それは山と呼ぶより、ちょっとした丘と言った感じだった。 「良太くんたち、あの山に行ったんだろうか?」 駿は一人呟く。それを自分に訊かれたのだと思ったらしい。マリアは首を振っ た。 「分かんないの………山を見ていた後の、良太くんの色も、美璃佳ちゃんの色も、 消えちゃったの」 駿は泣き出しそうなマリアの頭を掌で二、三度も軽く叩いてやる。 「だいじょうぶ。ここまで来れたんだ………あと一息で、見つかるさ。必ず見つ けてみせる」 マリアを励ます駿だったが、内心ではこれからどうするべきか、悩んでいた。 あてにしていたマリアの力が使えない以上、ここから先の決断は駿が下さなけ ればならない。いや、そもそも良太たちの家出は駿の配慮のなさが原因なのだ。 子どもたちを見つけ出すのは駿の責任なのだ。 それまで信じたこともない不思議な力を、マリアにあて込んでいたのは虫が良 すぎたのだ。 駿は考えてみる。良太たちは、ここからどこへ向かったのかを。 本当に山に向かったのだろうか。 空を覆う分厚い雲。それを背負って黒く見える山。もし駿が良太の立場なら、 そこに行くのは躊躇われる。あまりにも寒々しく、寂しく見える山に幼い兄妹が 自らの意志で向かうとは思いにくかった。 自分だったら、もっと賑やかな場所に向かう。 そう思った駿は、周囲に視線を走らせる。しかし山の他に、特に目につくもの はない。 駅周辺ですら、高い建物はほとんどなかった。まして駅から少し離れた場所に 来れば、ほとんどが二階から三階建ての住宅ばかりで、その中に五階程度の雑居 ビルがわずかに見られるくらいだ。 もし良太たちが、山以外の場所に向かったとしたら、その方角を断定すること は難しい。あるいは駅に戻り、また電車に乗ったとも考えられる。 駅に引き返し、誰か子どもたちを見た者がないか、訊いてみるほうが良さそう だ。 「マリア、一度駅に………」 戻ろう。そう言いかけた時、再び駿の視界の中に黒い山が映った。 「いや………やっぱり、あの山だ。マリア、あそこに行ってみよう」 他に目につくものがないのなら、良太たちもあそこに向かったに違いない。家 出の理由を考えれば、二人が行こうとするのは賑やかな場所ではないはず。二人 がずっと一緒にいたいと思うなら、うるさい大人の目が届かない場所を選ぶはず だ。 「うん」 マリアは駿の言葉に従う。 ここまで来たときとは反対に、もう体力が尽きたと思っていた駿が、マリアの 手をひいて走り出していた。 数滴、冷たいものが頭にかかった。 「雨?」 確認するために空を見上げようとした。けれどほんの少し、首を動かすだけの 手間さえ必要はなかった。 すぐに大粒の雨が、音を立ててアスファルトを打ち付ける。 途端に街は煙り、気温も急激に下がり始めた。 「うわっ、とうとう来たか。あそこに非難しよう」 相羽に促されるまでもなく、既に純子も駆け出していた。二人は近くの喫茶店 の庇の下へと非難する。 「凄い雨………美璃佳ちゃんたち、だいじょうぶかなあ」
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