長編 #4311の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
だいたい、いくら大事なものだとしても美璃佳のように小さな子どもが、あん な大きな人形を抱えて出歩いているのは不自然だ。もし純子が美璃佳だったとし たら、大切な人形を近所に遊びに行くくらいでは持ち歩かないだろう。人形を汚 してしまったり、なくしてしまうことを恐れる。 遠出をするとき、一緒に連れて行くことはあるかも知れないが、それならば近 くに大人がいなければならない。しかしあの時、美璃佳は良太と二人きりだった。 純子は、そんなことに気がつかなかった自分に責任を感じていた。もしあの時、 その不自然さに気づいていたら。美璃佳たちの家出は、未然に防げたのだ。 二人の身に、何かあったら……… そう思うと、純子も走ることを止める訳にはいかなかった。 「きゃっ」 突然に愛美の足が止まり、危うく純子はぶつかりそうになった。間一髪それを 避け、純子も足を止める。 理由は分からないが、とりあえず純子は大きく呼吸をし、早まっていた動悸を 整える。それから、愛美の方を見た。 「西崎さん?」 愛美は何も応えず、前方をじっと見つめていた。純子もその視線の先を追って みる。 そこには、こちらに向かって歩いてくる、一人の通行人の姿があった。 『あれ? あの人、相羽くんじゃあ?』 見覚えのあるコートを着た通行人は、純子と同じクラスの相羽信一に間違いな かった。 どうやら相羽もこちらに気づいたらしい。軽く手を挙げると、小走りに近寄っ てきた。 「やあ、西崎さん。家にいなくていいの? あれぇ、涼原さんも」 どうやら相羽が初めに気がついたのは、愛美だけだったらしい。愛美のすぐ後 ろに純子がいるのを知って、心底驚いた表情を見せる。 「ごめんなさい………急いでいるの」 相羽に対し、そう応えると愛美はすぐにまた駆け出してしまった。 一瞬髪が舞い上がり、赤くなったうなじが露になったのを、純子は見逃さなか った。 『えっ? もしかして西崎さんって………』 相羽のことが好きだったのか。 うなじが朱に染まっていたのは、単に寒さのためかも知れない。だが確かに愛 美は相羽の姿を認めて足を止めた。 周囲に相羽のことを想う何人か知っている純子だが、愛美のその反応は妙に初 々しさを感じさせるものだった。 「に、西崎さんったら」 いまはそんなことを考えている場合ではなかった。 状況を思い出した純子は、すぐさま愛美を追おうとして走り出す。 「待って、涼原さん!」 「何よ」 相羽に呼び止められ、純子は足踏みをした状態で振り返った。 「西崎さん、何かあったの?」 「うーん、そうね………」 少し考える純子。 答えはすぐに出た。 「うん、人手が多くて困ることはないわね。相羽くんも一緒にきて」 そう言って、純子は再び愛美の後を追って走り出す。その純子の後ろから、つ いてくる足音が聞こえた。確認するまでもなく、相羽のものだ。 すぐに相羽は、純子に追いついてきた。 「ねえ、説明してよ」 横に並んだ相羽が訊ねてくる。 幸い純子も相羽も、体力は愛美より上らしい。走る速度の落ちてきた愛美につ いていくことが、さほど苦にならない。純子の方でも、相羽の質問に答えるくら いの余裕はあった。 「西崎さんと同じアパート………あっ!」 言いかけて、純子は思わず口を噤んだ。以前美璃佳を送り届けたとき、愛美と アパートで会ったことを誰にも言わないで欲しいと約束したのを思い出したのだ。 「アパートって、若葉荘? それがどうしたの」 「な、なんだ………知ってたの!」 先ほどの相羽に対する愛美の態度といい、口止めされていた愛美の住まいを相 羽が知っていたことといい、二人の間に何かあることが容易に想像出来る。その ことについて、純子も相羽を問いただしてみたいところだが、状況が許さない。 いまは、いなくなってしまった美璃佳たちを探し出すことが、優先である。そし て何より、走りながら訊くことではない。 「西崎さんのアパートに住んでいる子どもが、家出したの。探すのを手伝って」 とりあえず、愛美の住まいについては隠しておく必要もなくなったので、自分 の疑問は抑えて説明をする。 「家出だって! いくつくらいの子なの?」 「えっと………四つくらいの女の子と、五つか六つの男の子」 「その子たちの特徴とか、家出の理由とかは?」 「あのねぇ………」 純子は辟易としながら、相羽の顔を見る。 「細かい質問は、後にしてくれると助かる………私、走りながら喋れるほど、余 裕ないんだ」 「ああ、ごめん。分かった」 素直に応じる相羽。 だが、純子が前に向き直ると相羽は一言呟いた。 「結構話してたと思うけど」 「えっ、何か言った」 「別に」 そのまま愛美の後を追っていくと、駅前の通りへとでた。 「藤井さん!」 誰か知り合いを見つけたらしい。愛美は書店の前に立つ若い男女の方へと、近 寄って行った。 『藤井さん? どこかで聞いた名前だわ………そうか! 美璃佳ちゃんたちの面 倒をみているって人だ』 純子もまた愛美に倣い、その男女の元へ近づいた。 声の主は愛美だった。 顔を上げた駿の姿を確認して、こちらへと近づいて来た。息の乱れているとこ ろを見ると、長い距離を走ってきたらしい。 「良太くんたち、見つかりましたか?」 当然ながら、その愛美の質問に対して駿はよい答えを返すことが出来ない。 「いや、心当たりを片っ端から探してみたんだけど………」 首を横に振りながら、駿は言った。 それから駿は、愛美の後ろに立つ見知らぬ二人、愛美と同い年らしい男女の姿 に気がついた。 「愛美ちゃん、その子たちは?」 「あっ、紹介します。私と同じ学校の涼原さん………」 二人を紹介するために振り返った愛美は、一瞬驚いたように小さく身を竦めた。 どうやらどちらか一人は、後ろにいたことが愛美にも意外だったようだ。 「それと、相羽信一くんです」 男の子の名前を紹介するとき、わずかに愛美の声が小さくなった。 その様子から愛美が相羽という少年に対して、何かしらの感情を持っているこ とが窺い知れたが、詮索している場合ではない。もっともこんな時でなくとも、 それを詮索するのは余計なお世話というものだろう。 「涼原さん? どこかで聞いた………あ、あの時、美璃佳ちゃんをアパートに!」 自分でも古くさいリアクションだと思いながら、駿は掌を拳でぽんと叩く。 涼原とは、前にデパートではぐれた美璃佳を、愛美の元まで連れてきてくれた という、女の子の名前だ。 そう言えば男の子の顔も、どこかで見たことがある。確か父親の亡くなった夜 に、愛美をアパートまで送って来てくれた子ではなかったか? 「はい、涼原純子です」 紹介された女の子、涼原純子がぺこりと頭を下げる。 「その節はどうも」 駿も純子に対して、深くお辞儀をした。 「ちゃんとお礼しなきゃいけないと思ってたんだけど………つい、遅くなってし まって」 「涼原さん、朝、美璃佳ちゃんたちを見掛けたそうなんです」 「本当かい! どこで? どこに行くって言ってた!」 「藤井さん、それじゃあ、涼原さんも話せませんよ」 その声は、相羽のものだった。ふと気づくと、駿は純子の肩を強くつかんでい た。大きな目を更に見開いて、純子が駿の顔を見つめていた。 道行く人たちが、怪訝そうな目で通り過ぎる。 「あ、ごめん」 慌てて手を離し、純子に詫びる。 一瞬、なぜ相羽が駿の名を知っていたのか疑問が湧いたが、考えてみれば最初 に愛美が「藤井さん」と呼んでいる。それを聞いていたのだ。 「あまりお役には、立てないと思いますけど」 息を一つついて、純子が口を開いてくれた。 「私、今日は日番だったんで、いつもより早く家を出たんです。それで学校に行 く途中で………七時になっていなかったと思います。大きな人形を抱えた美璃佳 ちゃんと、良太くんに会ったんです。そこで少しお話しして、すぐに別れました。 どこに行くかは聞かなかったけど、二人は駅………こっちの方に歩いて行きまし た」 「それから、約五時間か………」 駅前広場の時計を見て、駿は言った。時刻は午後十二時を数分過ぎたところ。 「駅周辺はあらかた探したつもりだけど、もう一度探してみるか………いや、こ こから子どもの足で五時間くらいで行けそうな場所か………」 「ねえ、良太くんたち、やっぱり電車に乗ったんだよ。駅に行こうよ」 そう言いながら、マリアが駿の左腕をつかんで駅の方へ引っ張ろうとした。 「それはないよ。お金がなければ、電車には乗れない。良太くんたちは、お金を 持っていないから………あっ!」 駿は、とんでもない思い違いをしていたことに気がついた。 「持ってたんだ。お金を………一万円!」 最後に子どもたちの母親がアパートに戻ったとき、美璃佳に生活費として渡し たお金。それがあったのだ。 「ちいっ、ぼけか! 俺は」 マリアに腕をつかませたまま、駿は駅へと走り出した。そして駅に着くと、真 っ先に改札横に並ぶ券売機を調べる。 ほとんどの券売機が小銭と千円札、それにカードのいずれかで、一万円札は使 えない。ただ一台だけ五千円札、一万円札の使用できるものがある。 「マリア、ちょっとここで待ってて」 腕をつかんでいるマリアの手を離させると、駿は駅員のいる改札に向かう。そ こで駅員に良太たちの特徴を伝え、子どもたちが改札を通らなかったか訊いてみ た。 中年の駅員はしばらく考えてから、それらしい子どもたちがいたことを思いだ してくれた。そろそろラッシュが始まるかという時間に、券売機に背が届かずに いた男の子と女の子がいたそうだ。それを中年の女性が抱き上げ、切符を買わせ てやった。てっきり駅員はその女性が男の子たちの母親だと思ったそうだ。しか し子どもたちが改札を通った後、女性はバス停の方に歩いていったのを見て、そ うでないことに気がついたと言う。 「どうだった? 駿」 駿が券売機の前に戻ると、マリアたち四人がそこに待っていた。 「朝、男の子と女の子の兄妹が二人だけで、駅に入って行ったそうだ。女の子の 方が、大きな人形を抱いていたそうだから、美璃佳ちゃんに間違いないだろう」 「あの………警察には、届けられたんでしょうか?」 そう訊ねてきたのは、駿以外では唯一の男性である相羽だった。 「いや、それが………」 口ごもる駿。仔細を話すことは躊躇われた。 子どもたちのため、と言うより自分の迂闊さを恥じている部分もある。 「出来るだけ早く、届けた方がいいと思います。電車に乗ったとすれば、ぼくた ちだけで見つけるのは困難でしょうし。万一、何かあってからでは遅すぎます」 言われるまでもなく、そんなことは駿にも分かっていた。 だが自分の恥は忘れて警察に届けたとしたら、無事良太たちを見つけだせても、 その処遇は駿たちの手を離れてしまうことが予想される。 初めは良太たちとって、それが一番いいのだと、駿自身も考えていたようにな るだろう。けれど良太たちは、それを嫌って逃げ出した。警察の手を借りること は、良太たちをさらに追い詰めることになりそうで、出来る限り避けたいと思っ た。 「分かってる………でも、出来るだけ俺の手で見つけてやりたいんだ」 何かあったのかと、こちらを見ている駅員を気にして、駿は声を低くして言っ た。 事情を知らない者を納得させられる言葉ではない。まだ何か言いたげな相羽の 肩を、多少は事情を知っているらしい純子が叩く。 「ねえ、駿。良太くんたちを、追いかけよう」 再びマリアが腕をつかみ、駿を改札口の方へと連れていこうとする。 「追いかけるって、けど………」 良太たちがどの電車に乗って、どこまで行ったか分からないではないか。そう 思った駿だったが、警察には知らせない、行動もしないでは事態は好転しない。 例え見当違いになろうとも、動かないよりは可能性もあるだろう。 「待った、マリア! 切符を買わないと、駅に入れないよ」 駿はマリアへ財布を渡し、券売機で一番高い切符を二枚買うように言った。 切符はマリアに任せ、駿は愛美や純子らに向き直った。 「えっと、涼原さんに相羽くん、だったね。もし時間があるなら、悪いけれどし ばらく駅の周辺を探してみてくれないか?」
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