長編 #4310の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「あの、その………」 息は整ったようだが、純子は何か言いにくそうにしていた。 「どうしたのかしら。ずいぶん言いにくそうだけれど」 ごく普通に言ったつもりだっのだが、純子は酷く驚いたような顔をする。 「えっと………西崎さんのお父さんこと、聞いたんだ。それで、もし私に手伝え ることがあったらと思って」 ああ、そう言うことなのかと愛美は合点した。 純子は父を亡くした直後の愛美が、ごく普通に振る舞っていることに驚いたの だろう。もしかすると、薄情な子だと思われたかも知れないが、別に弁解する気 にもならない。 それにしても純子は、どこで父のことを知ったのだろう。愛美の父が死んだこ とを知っているのは、病院の関係者と駿たち。そして愛美が直接伝えた、叔母さ んと相羽くらいのもの。 美璃佳はともかく、駿やマリアが言い触らすはずもない。まさか相羽の口から とも、考えにくい。 この疑問は、簡単に解決した。病院から学校に連絡があったらしい。それが当 たり前のことかどうかは分からないが、どうやら戸田医師が気を利かせたようだ。 愛美としてはあまり人から、『可哀想な子』と思われるのが嫌で、歓迎出来るこ とではないのだが。 「ありがとう。でも、いいの。叔母さんが来てくれてるし。それにね、私もお父 さんもお友だちがいないから………大袈裟に何かする必要もないもの」 自嘲しているつもりはない。愛美は事実を口にする。父は酒癖の悪さで、友だ ちをなくしていた。勤めもずいぶん前に辞めてしまっている。 愛美は同情されること、父を悪く言われることが嫌でクラスメイトたちを遠ざ けてきた。人手がいるほど、弔問客の来るはずもない。 「だけど………」 何か言いかけた純子。だが言葉は飲み込まれ、声になることはなかった。 「せっかく来てくれたのに、ごめんなさい。でも………どうして涼原さんは、私 なんかのために?」 特に親しい訳でもない愛美のために、純子が手伝いをしようと来てくれた理由 を訊ねてみた。 「えっ………でも、だって。袖振りあうもって言うじゃない」 純子の言っていることがよく分からず、愛美は思わず首を傾げてしまう。 「ご、ごめんなさい。こんなときに、冗談みたいな言い方をして………」 愛美はただ純粋に、言っている意味が分からなかっただけなのだが、純子の方 が誤解をしてしまったようだ。 「ううん、怒ったんじゃないの。確かに涼原さんと私は、同じ学校だし………何 度かお話ししたことはあったけれど。でもそれは袖振りあう、ってほどのことだ ったかと思って」 純子にいらぬ気を使わせてしまったことを申し訳なく思いながら、愛美はそう 応えた。 「だって、この前美璃佳ちゃんのことで、私、西崎さんのお世話になったから」 父を亡くしたばかりの、愛美の気持ちを思いやってくれているのか、純子は決 して笑顔は見せなかった。けれど愛美の言葉にほっとした様子が窺われた。 「お世話? 私が美璃佳ちゃんのことで?」 「ほら、あの時美璃佳ちゃんの、保護者の人がまだ帰ってなくて。私、泣いてい る美璃佳ちゃんをどうしていいのか分からなくて。西崎さんが来てくれなかった ら、私も一緒に泣き出していたかも知れないもの」 美璃佳と一緒になって泣きじゃくる純子。その姿を想像した愛美は、吹き出し そうになるのを、必死で堪えた。 「………西崎さん?」 心配そうに、純子が声を掛ける。 「ん、なんでもない。平気よ」 笑いを噛み堪えていたため、声が震える。どうやら純子には、それが悲しそう な顔に見えたようだ。 自分は自分が思っている以上に、薄情な人間なのかも知れない。父が死んだの は、つい昨晩のことだというのに、もう笑える余裕が出来ている。 確かに昨日はずいぶんと泣いた。母が死んだ時を除いて、いや含めても、あれ ほど泣いた記憶はこの十三年間にはない。 母が死んだときには、自分が父を支えなければならない。そんな使命感から、 長く悲しみに浸っている余裕はなかった。けれどその父も死んでしまったいま、 もっと悲しみに浸ってもよさそうだ。 なのにそれほど苦しくはない。悲しみに支配されることがない。 相羽との一時が、愛美の気持ちを軽くした。それは確かだと思う。だが父の死 に加え、淡い想いも消えてしまったと言うのに。 「私は………たまたま同じアパートの住人だったから。それに涼原さんは、見も 知らない迷子の子のために、わざわざ家を探して連れてきたのよ。だから私に対 して、恩とか、感じる必要はないわ」 「うん、でも………私たち、お互いに名前は知っていたみたいだけど、ただ同じ 学校の生徒同士、っていうだけだったでしょ」 「ええ、まあ………」 「それが美璃佳ちゃんを通じて、前より親しくなったような気がする」 「それで、袖振りあうなの」 「うん、迷惑だったかしら?」 愛美は、しばし純子の顔を見つめた。 不思議な子だと思った。 美璃佳のことにしても、義理もないのに苦労したのは自分だと言うのに。愛美 に対して感謝しているらしい。 些細な会話だけで、愛美に親しみを覚えてくれているのか。それとも理由のな い手伝いを受け入れようとしない愛美に、気を使わせないための口実か。 いずれにしても純子の好意的な態度は、長く友だちを持たなかった愛美にとっ て理解し難い、だが決して不愉快ではないものだった。 けれどそれに対して、愛美はどう応じていいのか術を知らない。ただ困惑する ばかりだった。 何も答えない愛美に業を煮やしたのか、先に純子が口を開く。 「それにほら、ついでって言うのも変だけど。美璃佳ちゃんも元気にしているか、 気になるし」 「あっ………」 純子の言葉に、愛美は父を叔母さんに委せての外出の目的を思い出した。そし てこれから探そうとしている美璃佳と、純子も面識のあることを。 「そうだ、涼原さんにお願いしても、いいかしら?」 「うん、なんでも言って」 遠慮がちに微笑みを浮かべる純子。 「美璃佳ちゃんたちを探すの、手伝って欲しいの」 「探すって………えっ! 美璃佳ちゃん、いなくなったの!?」 驚く純子に、愛美は自分の知る限りの事情を伝えた。もっとも愛美も、その理 由までは分からない。ただ今日まで兄妹の保護者代わりを務めていた駿とマリア が、決して悪い人ではないことも説明した。 「分かったわ。私も手伝う………ううん、手伝わせて」 「ありがとう、涼原さん。それじゃあ、行きましょう」 「ええ。でも、どこを探せばいいのかしら………あっ!」 何かを思い出したように、純子が声を上げた。 「おにいちゃん、みりか、おなかがへったよぉ」 背もたれを枕代わりに、シートに寝そべるようにして座っていた美璃佳がぐず りだす。 周りの乗客たちの目が美璃佳に集まるのを、良太は快く思わない。も し良太たちのことを不審に思った人が、駅員か警察に連絡でもしたら、連れ戻さ れてしまう。 それでなくても、小さな子どもが二人きりでいるだけで目立ってしまう。電車 が混んでいればまだしも、この車両の乗客は十人前後。ごまかしようもない。そ の上美璃佳は、それだけでも人目を惹いてしまう人形を連れている。これ以上注 目されるような真似は、どうにか避けたい。 「少しくらい、がまんしろよ」 「やあっ、おはかへったのぉ」 もう美璃佳は、半べそ状態だ。 良太はズボンのポケットに手を入れ、むき出しのままのお金を取り出した。千 円札が九枚と小銭。大事に持っていた一万円札で子ども二人分の切符を買ったお つり。 別に会いたいとも思わない、自分たちを愛してくれない母親。それが最後にく れたお金が、この家出を支えることになった。もしこれがなかったら、あるいは 家出を思いとどまったかも知れない。 決行しても、徒歩ではたいして遠くにも行けず、すぐに連れ戻されたかも知れ ない。 連れ戻される………誰に? 良太と美璃佳がいなくなって、誰が慌てるのだろう。 『あーあ、お前らさえいなければ………もっと楽な暮らしが出来るのにさ。やっ ぱ子持ちだと、仕事も限られるし。男だって寄ってこないよ』 たまに帰ってきたかと思えば、美璃佳を抱き上げることもなく言った、母親の 台詞。 思い出す度、悲しさと悔しさに良太の胸は締めつけられる。 愛してくれないのなら、自分も愛さない。もうあの母親と会うことはないかも 知れない。そう考えても、まるで未練は湧かない。 あの母親が、良太たちを心配して探すなどということは、絶対にないと断言出 来る。 では駿やマリアは。 あの人たちは、ちょっと親切なだけのよその人だ。 病気で寝込んでしまった美璃佳を抱え、困っていた良太を無視しきれなかった だけだ。 美璃佳とは違って、良太はサンタクロースなんて信じていない。子ど もらしい夢を持てるほど、親の愛に育まれていない。美璃佳を守って生きていか なければならない。その現実が、夢を忘れさせた。 だから良太や美璃佳へのプレゼントが、サンタクロースからではなく駿からの ものだと分かっていた。それでも生まれて初めてもらったプレゼント、嬉しかっ た。何より、本当にサンタクロースからだと信じて疑わず、無邪気に喜ぶ美璃佳 の姿を見ることが嬉しかった。 だから駿に対しては、とても感謝している。 美璃佳も駿とマリアに、よく懐いている。良太もいつの間にか、二人がよその 人であることを忘れかけていた。 けれども、駿があの男の人と話しているのを聞いて思い出してしまった。そし て知ってしまった。 よその人が、いつまでも良太たちの面倒を見てくれはしないことを。 いまごろ、良太と美璃佳がいなくなったことに気がついて、駿はどうしている だろう。二人を探しているだろうか。それとも、どうせ施設に入れようとしてい た良太たちが、自分から出ていってくれたと、ほっと胸を撫で下ろしているのだ ろうか。 マリアはどうだろう。 美璃佳は初めて会った日に、マリアを天使さまだと言った。サンタクロースが 大人の創りものであるのと同じように、天使もまた本当にいるはすがない。良太 はそう思う。 でもマリアと一緒にいると、とても心が落ち着いた。実の母親といても緊張す るだけだったのに、マリアのそばでは落ちつけた。 それが母親のそばで過ごす子どもの安らぎと、良太が気づくことはない。 マリアが本当に天使だったとしても、不思議ではない。そんな気がする。 そのマリアとも、もう会うことはないだろう。美璃佳と二人、これからもずっ と一緒にいるためには、誰も大人の目の届かないところへ行くしかない。 「ねえっ、おにいちゃん」 美璃佳が強く良太の腕を引いた。 良太がいま持っているお金は、小学校にも上がらない子どもには大金である。 けれど大人の保護のない時間を過ごすことの多かった良太には、それがどの程度 の価値を持つ金額か分かっていた。出来ることなら、必要以上の出費は抑えたい。 「おなかへったよぉ。ごはん、たべたいぃ」 とうとう美璃佳は、本気で泣き出してしまった。乗客たちの注目は、完全に二 人に集まっている。 「しょうがないなあ。じゃあ、次のえきでおりて、なんかたべよう」 良太が言うと、たちどころに美璃佳の表情が一変する。 「うん」 嬉しそうな美璃佳の顔を見ると、残金が気にはなったが、良太も嬉しくなった。 「で、でも……行き先を訊いた訳じゃないし。見届けたのでもないから、分から ないよ」 愛美の後ろを追いかけながら純子は言った。 「ええ、それでも手がかりがまったくないよりは、マシだわ」 走ったまま振り返りもせず、愛美は応える。 純子は今朝、美璃佳たちに会ったこと思いだし、それを愛美に告げた。すると 話が完全に終わらないうちに、愛美は走り出してしまった。 二人が純子に会ったのは時間から見て、アパートを出てすぐのことだろう。時 刻はもうすぐ、正午になろうかとしている。いくら子どもの足とはいえ、かなり の距離を進んでいると思われる。多少、走ってみたところで簡単に追いつけるも のではない。 それに確認した訳ではないが、美璃佳たちは駅の方角に向かっていた。もし電 車に乗ってしまったのなら、探しようがない。 そうは思うものの、愛美を追って走る足を止めることも出来なかった。 あの時は気づきもしなかったが、いまになって思えば………あれは家出をした 直後と知って思い返してみれば、男の子、良太の様子は確かにおかしかったかも 知れない。
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