長編 #4304の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「あの、どうしてあの電話ボックスが分かったんですか。私、ちゃんとした場所、 言わなかったはずです」 重苦しい沈黙をどうにかしたくて、愛美の方から口を開いた。 「また、敬語になってる」 相羽がおかしそうに笑う。 「簡単なことだよ。電話が切れる前に西崎さん、コンビニって言ったろ。この前、 途中まで送って行ったから、西崎さんのだいたいの住所は分かっている。そこか ら近くて大きな病院は、一つしかないからね。あとは病院に近いコンビニを探せ ばいい」 こともなげに話す相羽の顔を、愛美は感嘆しながら見上げる。すると相羽は片 目を閉じて、ウインクして見せた。 「本当はあそこで三件目なんだ」 「あ、私………お金、払わないと」 飲み物や中華饅頭、カイロの代金を相羽に出させていたことを思いだし、愛美 は財布を探した。が、財布どころかハンカチすら見当たらない。病院から連絡を 受けて、慌てて飛び出した愛美は何も持たずにアパートを飛び出していたのだ。 「ごめんなさい………お財布、忘れてきちゃった。しばらく待って下さい」 「いいよ、そんなこと。今回は奢っておくから、後で埋め合わせしてくれればい いよ」 本気とも冗談ともつかない笑顔が、愛美に向けられる。 「それより………」 急に相羽の口調が変化した。 それまで学校で親しい友だちと世間話をするようだったものが、にわかに真剣 味を帯びる。 「お父さんのこと?」 次の言葉を迷っていたらしい相羽に代わり、愛美が続けた。意外だったのだろ う。相羽は少し驚いたような顔で愛美を見つめ、小さく頷いた。 「うん………逝っちゃった」 自分でも驚くほど静かな気持ちで、父の死を伝えることが出来た。 「親戚の人とかには知らせた?」 「ううん。お父さんが入院したことも知らせてない」 愛美は、自分の口元から昇っていく白い息を目で追いながら空を見上げた。澄 み切った夜空には、名も知らぬ星々が瞬いていた。 「親戚って言っても、一人しかいないの。死んだお母さんの妹。あ、私、お母さ んがいないって、このあいだ話したっけ?」 「いや。でも八組のヤツから、西崎さんのお父さんが倒れたって聞いたとき、な んとなく分かった」 「そう。それでね、お父さんの方には親戚がいないの。俺は天涯孤独なんだって、 昔、お父さんが言ったっけ」 幼かった愛美を前に、芝居懸かった調子で話していた父を思いだし、なんだか おかしくなる。愛美は小さな笑いを洩らしてしまった。 「聞いていいかな」 「ん?」 相羽の言葉に、愛美は小首を傾げる。 「どうして、その叔母さんには知らせなくて、ぼくのところに電話してきたのか な?」 「そうね、変……だよね。どうしてかな」 愛美は空になったミルクティーの缶を手に、その縁を使って意味もなく、足元 に線を引く真似をした。 「私にとって、叔母さんよりも、相羽くんの方が身近な存在に感じられたから… ……かな」 抱え込んだ膝の上に、愛美は自分の頭を乗せて相羽を見た。愛美の手を離れた 空き缶が、からからと音を立てて転がっていく。愛美と合ったはずの相羽の目が、 さり気なくかわされた。 「迷惑、だよね。私みたいな子に、こんなこと言われても」 「そんなこと………ないけど」 「じゃあ、期待しちゃってもいいのかな?」 「えっ」 「私ね、相羽くんのこと、好きだよ」 愛美は自分でも驚くほど、素直に気持ちを言葉に出来た。男の子に気持ちを告 白するなんて、自分には出来はしないと思っていた。もしそんなことが起きたと しても、心臓は破裂しそうに高鳴るだろうと想像していた。しかしいまの愛美は 心は、穏やかだった。 「そ、そんなこと、気軽に言うことじゃないよ」 明らかな戸惑いを見せて応える相羽。 「軽い気持ちなんかじゃないわ。私、ずっと前から相羽くんのこと、見てたもの。 でも相羽くんは女の子にもてるもの………私みたいに根暗でブスな子なんかに好 かれても、迷惑なだけだよね」 「そんな。西崎さんは優しい子だし、そ……それに美人だよ」 「それはうそだわ。相羽くん、この間ぶつかったときまで、私のこと、知らなか ったくせに」 愛美は少し、いじわるな気持ちになっていたかも知れない。おろおろと、愛美 の言葉に受け答えする相羽の顔を見るのが楽しかった。 「に、西崎さんは、お父さんが亡くなって混乱しているんだよ」 「違うよ。本当に相羽くんのこと、好きだよ」 立ち上がり、愛美は相羽の正面へ回る。 けれど顔を覗き込む愛美に対し、相羽は決して目を合わせようとはしなかった。 「ごめん………ぼく、好きな子が……」 「言わないで」 愛美は相羽の言葉を遮った。 それまで愛美を避けていた相羽の視線が、初めてこちらへと向けられた。 「分かってたの。だって………初恋だったんだもの。初恋って叶わないものなん でしょ?」 叶わずに終わった初恋に、愛美はさばさばとした気持ちだった。そして、相羽 に対して笑い掛けようとした、が。 熱い物が、頬を伝わって落ちるのを感じた。 「………やだ、私………壊れたオモチャみたい」 完全に涸れ果てたと思っていたのに、まだ涙が残っていたのか。 「さっきの、ミルクティーがいけなかったのかな」 泣き笑いしながら、愛美は考えた。 きっと自分の身体は壊れてしまい、水分を吸収した分だけ全て涙となって流れ てしまうようになったのだと。 愛美は恥ずかしい姿を二度までも、相羽の前にさらしている。 電話ボックスの中と、つい先ほどの浅ましい食事姿。想い焦がれていた人にそ んな姿を見せてしまったことは、思春期の少女には酷く恥ずかしい。けれど逆に 己の恥部を見せることで、相手に対する安心感が生まれていたのかも知れない。 相羽の前で膝をつき、そのまま愛美は相羽の胸の中へ身体を倒して行った。 「に、西崎さん!」 動揺も露な相羽の声。しかしそれでも相羽は愛美の身体を、突き放すようなこ とはしない。かと言って、ドラマのように抱きしめてくれることもない。 「ごめん………ごめんね、相羽くん。少しでいいの………このままでいさせて。 これが………最初で最後でいいの」 相羽はどんな顔をしているのだろう。 怒って愛美を睨んでいるのだろうか。 顔を紅くして戸惑っているのだろうか。 困った女の子だと舌打ちをしているのだろうか。 相羽は何も言わない。ただ微かに、愛美の頭に触れるものがあった。 それは相羽の手。躊躇いながらも愛美の頭を撫でようとしてくれている。不馴 れな父親が初めて赤ちゃんに触れたときのように。 もどかしいものではあったが、愛美はそれで良かった。そのまま相羽の胸の中 で泣いた。ただ今度は大きな声は出さない。声を押し殺し、静かに泣いた。 二人は並んで座っていた。その距離は、愛美が相羽の胸で泣く前よりも短くな っている。 「本当に、ごめんなさい」 「べつに謝ることなんてないよ」 お互いに、相手の顔は見ていない。膝を抱え空を見上げていた。 「相羽くんって、星座とか星のことに詳しいのかな?」 「うん……まあ」 「今度教えてもらおうかしら………ううん、無理よね。相羽くんと二人っきりで お話しするの、きっとこれが最後だから」 愛美の予想通り、相羽からの返事は返って来なかった。 「だから、だからね。あと少しだけ、私の話を聞いてくれたら、嬉しいな」 「聞くよ。ぼくでよかったら」 「ありがとう、相羽くん。私のお父さんのこと、知ってる人はみんな悪く言うの。 お母さんが死んでから、お酒ばっかり飲むようになって、仕事も辞めてしまった の。 ううん、昔からそんなにお酒が好きだったんじゃないのよ。でもお父さん、お 母さんのことを本当に愛していたから、とっても辛かったんだと思う。お酒を飲 まないと、悲しくて悲しくて、おかしくなってしまいそうだったんだわ。 だけど、お母さんが死んでも、私とお父さんは生きている。生きているって、 お金が掛かるんだよね。私、初めて知ったの。最初のうちは貯金があったから、 どうにかなってたんだけど、そのうちそれもなくなって。だからマンションから、 もっとお家賃の安いところに引っ越しして。それでも足りないから、私、アルバ イトをしてたの。 あ、これ学校にはナイショだよ」 愛美は人差し指を立てて、唇に充てた。 「言わないよ」 と、相羽が頷いた。 「私がアルバイトでもらったお金、お父さんね、パチンコとか競馬とかお酒に使 ってたの。だからみんな、お父さんのことを悪く言ってた。『あいつはろくでな しだ』って。叔母さんもだよ。 変だよね? だって私はお父さんのことが好きだから、一緒にいたいから、そ れでもいいと思ってたのよ。私が構わないのだから、よその人がお父さんを悪く 言うなんて、絶対おかしい。 叔母さんね、お母さんにそっくりなんだ。お母さんより、性格はもっと明るい かな。でも優しいところは一緒。だから私、叔母さんのことも大好きだけど。お 父さんのこと、悪く言うのだけは嫌だった………」 「西崎さんには、いいお父さんだったんだね」 「そうでもないの」 使い捨てカイロを手の中で弄びながら、愛美は首を横に振る。 「いいお父さんだった………って言うと、やっぱりうそになる。ううん、お金を 使ってしまうことはいいの。でも酔って、喧嘩して、よその人を怪我させてしま うのは辛かったな。『駄目な子ほど可愛い』って言うでしょ。その逆もあると思 うの。他の人がなんって言っても私はお父さんが好きだった。 あのね、さっきからお父さんの悪いところばかり話してるみたいだけど、お母 さんが元気だった頃は、そうじゃなかったのよ。それこそ世界一優しいお父さん だった、って私は思ってる」 「分かるよ。だって西崎さんのお父さんなんだから」 相羽の応えは、社交辞令なのかも知れない。それでも愛美は嬉しかった。 「だからね、私のことを同情してくれる人はいたけれど、それは違うのよ。私は お父さんと一緒に暮らせるだけで、満足だったんですもの。だけどお父さんは、 そうじゃないみたいだった……… お父さんね、私がそばにいると、いつも不機嫌そうな顔をしてたの。『お前の 顔を見てると、こっちまで陰気になる』なんて言って。『さっさと叔母さんのと ころでも、どこでも行ってしまえ』とかね。でも私にはお父さんしか、家族がい ないんだもん。離れられないよね。それにお父さん、お酒の飲み過ぎで身体を悪 くして、それでもまだ飲もうとするんだもん。そばにいてあげないと心配だもの。 それがいけなかったのかなあ………お父さん、ますます不機嫌になって。 お父さん、私のことが嫌いなんだ、そう思ってたのよ。それが、それがね。今 日息を引き取る前、言ったの。『愛していたよ、幸せにおなり』って。私、どう にもたまらなくなってしまった。お父さんが死んでしまったこともそうだけど、 私、ずっとそばにいたのに、お父さんの気持ちをなんにも分かっていなかったの かなあ」 もう何度目になるのか、愛美自身にも分からなかった。涙が星空を曇らせてい く。けれど今度は相羽に縋って泣くことはなかった。 「言わせてもらっても、いい?」 「なに?」 「ぼくの勝手な推測だけれど……西崎さんのお父さん、わざと君に嫌われようと してたんじゃないかな」 思いもしなかった言葉に驚き、愛美は相羽へ振り向いた。 「どうして、そう思うの?」 仮に相羽の推測通りだとしても、父がそうした理由が分からない。 「うーん、ぼくは西崎さんのお父さんのことを知らないから、想像の域を出ない けど。そうだな、例えば西崎さんのお父さん、だいぶ前からお酒で身体を悪くし てたって言ったよね」 「ええ、もともとお酒に弱かったのに、お母さんが死んでから飲むようになって。 それで肝臓を悪くしてしまったの」 「あの………お父さん最期の病名は?」 相羽が少し躊躇いがちに訊いてきた。 「肝臓ガンよ」 そんな相羽に余計な気を使わせまいとして、愛美は努めて普通に応える。 「もしかするとお父さん、早いうちから気がついていたんじゃないかな。自分の 命が………長くないかも知れない、ってことに」 言われてみれば、と愛美は思う。 『今日まで、よく我慢できたものだ。かなり辛かったはずだよ』 倒れた父が病院に運び込まれたときの、戸田医師の言葉だ。
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