長編 #4289の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
そして一度愛美の方を見てから、不機嫌そうな顔をして視線を逸らす。だが、 その顔はどこかぎこちない。 「たっく、この子、上の岡野さんちの子だろう。どうして家に」 「それが、外で迷子になってたらしくて。見つけた人が、連れてきてくれたの。 いまその子、美璃佳ちゃんは事情があって藤井さんが預かっているみたいなんだ けど、まだ帰ってなくて。それで私が………」 父に応える愛美の声は、普段の習慣で遠慮がちなものになってしまう。けれど いつになく、その声に張りがあるのを、愛美は自分で感じていた。 「まあ、それは仕方ないとして。人様の子を預かっておいて、家を空けるんじゃ ないぞ」 「ごめんなさい。美璃佳ちゃんを連れてきてくれた人を、そこまで送って来たか ら。ほんの五分くらいだったの」 「馬鹿、小さな子は一、二分目を離したって、何があるか分からないだろうが」 「ごめんなさい」 「おじちゃん、おねえちゃんを、おこっちゃだめだよ」 頭を下げて謝る愛美を、美璃佳が庇う。 「いいのよ、美璃佳ちゃん」 愛美は笑って見せる。 父に叱られても、愛美は嬉しかった。素直な気持ちで、謝ることが出来た。 こんな気分になれたのは、母が死んでから初めてのことだった。 「えっと、美璃佳ちゃんだっけか? お腹好いてないか?」 「うん、すいてる」 「よし、おじさんの家で、ご飯食べてけ。おい、愛美、用意してやれ」 「あ、はい………すぐ用意するわ」 今日のアルバイトは、大幅に遅刻をしてしまいそうだ。事情を知って、まだ中 学生である愛美を雇ってくれている女将は申し訳ないと思う。そして遅刻分の時 給が減ることも、正直痛い。 けれどこの瞬間、父が見せた美璃佳に対する表情、優しさは愛美にとって何物 にも代え難いものだった。 「でもぉ」 「んん? どうした、美璃佳ちゃん」 忙しく台所を動き回る愛美の後ろで、父と美璃佳の話が聞こえる。 「おにいちゃんたちも、きっとごはん、たべてないよ。みりかだけ、たべたらず るいもん………」 「ははは、美璃佳ちゃんは優しい子だなあ。でもな、小さな子がそんな心配しな くていい。愛美姉ちゃんのご飯は、美味しいぞお。食べたくないか?」 「ううん、たべたい」 愛美は初めて知った。 嬉しい時にも涙が出ると言うのが、本当であると。 「お兄ちゃん、美璃佳はみつかった?」 顔を見るなり、良太が訊いてきた。しかし駿が答えるのを待たず、その傍らに 妹の姿がないことを知った良太は泣き出しそうな顔になる。 アパート若葉荘に程近い十字路。ここで駿はマリアと良太と出会った。 「さっきデパートにもう一度、電話してみたんだ。そうしたら、美璃佳ちゃんを 連れた女の人が来て、アパートの住所を訊いて行ったらしい」 「じゃあ、もう美璃佳ちゃん、帰ってるかも知れないね」 さすがに心配そうにしていたマリアの顔に、ぱあっと明るさが広がる。 「けど、みりか、カギをもってないよ」 「とにかくアパートに戻ってみよう」 二人を促し、駿は歩き出した。 電話で訊いたところ、美璃佳を連れていたのは中学生の少女だったそうだ。学 生証を確認したそうなので、間違いはない。まさか中学生の少女が、しかも学生 証を提示して身元を確認させているので、誘拐などの心配はないと思う。だが、 人を疑いたくはないがこのところ続けて起きている、物騒な事件を思い浮かべて しまう。いつの間にか、アパートに向かう駿は駆け出していた。 門をくぐり、二階を見上げるが美璃佳の姿はない。二階の鉄柵には死角になる 場所がないので、階段を上らなくても見て分かる。 それでも念のため二階に上がってみるが、駿の部屋は出掛ける時に閉めた鍵が そのままになっていた。一応202号室も調べてみる。こちらは鍵が掛かってい ないが、美璃佳はいなかった。 「お兄ちゃん」 下から駿を呼ぶ声がしたので、手すりから顔を出す。 「みりか、いた?」 「いや」 駿は首を横に振る。 良太は俯いて何か考えていたが、すぐに顔を上げた。 「ぼく、もう少し近くを、さがしてみる!」 そう言って、走りだそうとした良太を、マリアが制した。 「待って………美璃佳ちゃんなら、そこにいるわ」 マリアの右手が、すうっと挙げられ水平になる。その指先は101号室、愛美 の部屋をさしていた。 「どうしてそんなことが分かるの?」 階段を下りて、マリアの横に立った駿は訊ねてみた。 「だってほら、見えるんだもん」 言われるまま、駿もマリアの指さす先を視線で追う。しかしドア越しに、中の 様子が見えるはずもない。良太もまた、困ったような顔でマリアと101号室の ドアとを見比べている。 駿には何を根拠に、マリアがそんなことを言い出したのか分からない。耳を澄 ましてみたところで、声が聞こえて来るのでもない。 マリアには見掛け以上に、子どもっぽいところがある。駿の前で着替えようと してみたり、良太や美璃佳たちと本気になって遊んだり、オモチャを欲しがって みせたり。 そこに美璃佳がいると言い出したのも、単純にそんな気がする、というだけの ことかも知れない。根拠のない、子どもの直感。 なんでもない公園の植え込みを指さし、そこにお化けがいると言って泣き出す 子ども。 誰もいないのに、友だちに語りかけるようにして、一人遊びをする子ども。 それと同じ類のことなのだろう。 そうは思ったが、駿はマリアの言葉を全く無視することも出来なかった。夢み たいな小説を書きすぎたせいか、大人には見えないものが子どもにはみえる、と いうのをどこかで信じているのかも知れない。 他に美璃佳の居所に、あてがあるのでもない。もしかすると、美璃佳を連れて いる女性というのを、駿たち追い越してしまったのかも知れない。 無駄なら無駄でいい。駿は確認をしてみようと思った。 ドアの前に立つ。明かりがついているので、誰かがいることは確かだ。ただ愛 美はとっくにあの『満天』という店に、アルバイトに行っている時間だ。愛美以 外に部屋にいるとしたら、それは彼女の父親だろう。ほとんど面識のない愛美の 父親と話すことを躊躇い、駿はしばらくの間、ドアの前に立ち尽くした。 「お兄ちゃん?」 そんな駿の態度が理解できないのだろう。すぐにでも妹を探しに駆け出してい きたい気持ちを抑えている、良太の声が掛けられた。 だが駿が意を決してノックをするより先に、勝手にドアが開かれた。 「なんだか騒々しいな。人の部屋の前で」 部屋の中から、不機嫌そうな顔をした中年男が現れた。いままで数回、ちらっ と見掛けただけだが、愛美の父親に間違いない。 「あ、どうもすいません」 「んん、あんた、確か二階の………藤井って兄ちゃんだな?」 男は睨むようにして、駿を見る。 「は、はい」 愛美の父親については、あまりいい噂は聞かない。酒癖が悪く、酔うと相手構 わず喧嘩をしかけるらしい。 そんな話を思いだした駿は、思わず身構えてしまう。 「そっちの姉ちゃんは知らねえが、坊主が良太だな」 男はマリアと良太を見やる。 「私は、マリアだよ」 「そうです」 マリアは元より、良太も全く臆する様子がない。その幼さにそぐわない、凛と した目で男を見返す。 気のせいだろうか。 良太に向けられた男の目は、駿を見たときよりも穏やかに感じる。まさか、酒 癖の悪い男が子ども好きというのも変な話だと、駿は思った。 「藤井さんよ、その坊主と妹、あんたが面倒見てんだってな」 「ええ、そうですが」 「なら、とっとと連れて行ってくれや」 「はあ?」 「妹の方だよ。美璃佳って言ったか? 奥で眠っちまってる………迷惑なんだよ な」 事情は飲み込めなかったが、美璃佳が男の部屋にいることだけは分かった。首 を振って、中に入るよう促す男に駿は従った。 駿の部屋と造りの全く変わらないその奥で、美璃佳は寝ていた。愛美のもので あろう、淡いピンク色の布団の中で、小さな寝息をたてている。 愛美が寝かせてくれたのだろうか。「迷惑だ」と言うわりには、きちんと用意 されている布団。男も眠っている美璃佳に気を使ってか、声を潜める。 「ガキは苦手なんだ。早々に連れ帰ってくれ」 「あ、ああ………はい」 美璃佳が無事だったことに安堵して、しばらく寝顔に見入っていた駿は我に返 った。 気持ち良さそうに寝入っている美璃佳を、動かして起こしてしまわないかと心 配しつつ、布団から抱き上げる。 「んんっ」 案の定、小さなうめき声と共に、駿の腕の中で美璃佳が目を醒ましてしまった。 「しゅん、おにいちゃん?」 状況がよく理解出来ていない美璃佳は、少しの間駿の顔をじっと見つめる。そ して次第に記憶が甦って来たのだろう。いきなり駿の首に抱きつくと、大声で泣 き出してしまった。 「いな……だもん、しんゅん、にいちゃも………りょ……ちゃも……みり……か、 ひとり……なっちゃ……て」 器用にも泣くことと、喋ることと、鼻を啜ることとを同時にやってのけようと する。その結果として、美璃佳の言葉はまともには聞き取りにくいものになって しまう。けれど、伝えようとしている意味は理解出来た。 駿たちとはぐれて迷子になってしまった美璃佳が、どれほど心細い想いをして いたのか、痛いほど伝わって来る。 「ごめん、ごめんよ。美璃佳ちゃん」 独り身で、兄弟もなかった駿には、泣きじゃくる子どもをどう扱っていいのか 分からない。ただ電車の中で、泣き騒ぐ子どもをうるさいと苛立った覚えは、幾 度となく経験している。おそらくは、愛美の父親も同じように苛立っているかも 知れない。そう思った駿は、電車の中で見た泣き騒ぐ子どもの母親と同じように、 身体を揺すり、美璃佳の背中を叩いてやる。 「みりか、みりか。もう泣くな」 初めは部屋に上がることを躊躇っていた様子の良太も、妹の泣き声にじっとし ていられなくなったのだろう。いつの間に駿の後ろに立ち、美璃佳に声を掛けて くる。 「さっ、感動の再会とやらの続きは、自分の部屋でやってくれ」 特に怒った様子もなく、男は言った。 駿はまだ、すんすんと、鼻を鳴らしている美璃佳を抱いたまま、男に礼を述べ 外に出た。 「ど、どうしたんだい? マリア」 部屋を出た駿の第一声。目を真っ赤に腫らし、子どものようにこぼれる涙を拭 おうともせずに泣く、マリアがいた。 「だって………美璃佳ちゃ……みつかて……よ、たった……んだ……」 『やれやれ』 美璃佳が落ち着いてきたと思ったら、今度はマリアか。駿は心の中でため息を つく。 別に呆れた訳ではない。それどころか、駿の顔には笑みが浮かぶ。 顔をくしゃくしゃにして泣くマリアは、決して綺麗ではなかったが、可愛らし かった。いつも元気すぎる笑顔ばかり見せていたマリアだが、彼女は彼女で美璃 佳のことを心配していたのだろう。 「ほら、美璃佳ちゃんは無事だったんだから、泣かないで」 そばに寄り、少し照れながら駿はマリアに言った。 「マリアおねえちゃん、いいこだから、ないちゃだめよ」 つい先ほどまでは自分も泣きじゃくっていた美璃佳が、駿の腕の中から手を伸 ばして、マリアの頭を撫でる。 「うん………」 マリアはそれを恥ずかしいと感じる様子もなく、二度三度、鼻を啜ると泣くの を止めた。 「さっ、じゃあ部屋に帰ろうか」 「ちょい待ち。忘れもんだ」 後ろから男の声が掛かった。振り返ると玄関先に立った愛美の父親が、大きな 人形を抱えていた。駿が美璃佳に買ってやった、安くはない人形。 「あ、私が持ってあげる」 駿や良太を制し、マリアが進み出る。駿は人形をマリアに任せ、階段の方へと 歩いていった。 激しく咳込む声が聞こえてくる。 「おじさん、大丈夫? おじさん………おじさん!」 珍しく慌てたマリアの声。 唯ならぬ様子に、駿は再度振り返った。
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