長編 #4276の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
非常事態を告げる警報音が鳴り響いている。 船内は激しい振動に包まれている。 マリアはベルトを外し、身を横たえていたシートから起きあがろうとするが、 振動のため脚を滑らせ転んでしまう。裸のお尻が、強く床に叩きつけられた。 「いったあーい」 四つん這いになって、マリアはお尻をさすった。 「ねぇ、ママ………ママったらあ。何があったの」 呼びかけるマリアに、応える声はない。 大気圏突入のため惑星の軌道上を周回していた船が、突然振動を始めてから、 ママは沈黙したままだった。 「もう、うるさあい」 けたたましい警報に、マリアは苛立つ。不安で不安で仕方ない。ママがマリア の呼びかけに応えてこないなどと、いままでになかった。何かとんでもない事態 が起きているのだと、想像出来る。 非常事態への恐怖ではなく、寂しさ、心細さがマリアの心を支配する。 ママがいなくなれば、文字通りマリアは独りきりになってしまうのだ。 「やだ、そんなのやだ! ママ、応えてよ、ママ」 不安に押しつぶされそうになりながら、マリアは叫ぶ。 『マリ………ア』 幾度目かの呼びかけで、ようやくママが応えてくれた。嬉しくなったマリアは、 思わず立ち上がろうとして、また揺られて転ぶ。 「ママ、どうしたの。なにがあったの? どこか、具合が悪いの?」 『だい、ジョウブ………よ、マリあ』 ママの声は聞き取りにくいほどに、ぶれていた。それでも、ちゃんとマリアに 応じてくれるだけ、心強く思える。 「ごめんナサイ、音声キノうが上手く………作動しなくテ。動力ブに、とらぶル が発生して、シマったの」 思いだせるだけの範囲で、ママにトラブルが起きた覚えはマリアにはなかった。 マリアにとって、ママは絶対的な存在であり、ママに任せてさえいれば心配する ことなど、何一つないのだと思っていた。 「じゃあ、この星に着陸出来ないの? 上陸は中止?」 『ソレが、惑星の重力ニ引き寄せらレテいテ、振り切レないの』 「じゃあ………墜落しちゃうんだ。マリアとママ、いっしょに死んじゃうんだね」 死とは、具体的にどんなものか、マリアには分からない。ただ呼吸も心拍も停 止して、カプセルの中で眠っているのと、同じ状態になるものだという知識があ るだけだった。眠っているのと違うのは、二度と目を覚ますことがないのだと、 知っているだけだった。 「起きれなくなったって、ママがそばにいてくれるなら、マリアは平気」 そう言って、マリアはママに向かって微笑む。目の前にママの姿がある訳では ないのだが、逆に言えばこの船全てがママなのである。どこを向いても、そこに ママがいるのだ。 『マリア、あなタは………脱出ヨウのポットに乗って』 「えっ、やだよう。マリア、ママだけおいて行けないもん」 マリアは抗議する。激しい振動の中で、興奮して喋ったために舌を噛みながら。 『心配いらないワ。コノ程度の重力で墜ラクしても………私は死ナナイ。でも、 船内のマリアは高熱ト衝撃に耐エラレないでしょ』 「ほんと?」 『ママが、マリアに嘘をツイタことが、あったかしら』 「ないよ」 『じャア、安心して、ママの言う通りニして』 「うん」 マリアは四つん這いのまま、脱出用ポットへと向かった。 『急いで』 ママに促され、マリアは銃弾のような形のポットへと身を滑らす。ゆっくりと ハッチが閉じられた。 『シバらク、連絡が………トレなくなるけれど、心配シナイデ。ちゃんと、アナ タの任務を果たすンデスよ』 「分かった………ママ、絶対無事でいてね」 『ポット、射出します』 まだママと別れることに不安げなマリアを乗せた脱出用のポットは、船から惑 星めがけて射出された。 船を離れたポットは、惑星の重力に任せ、しばらくの間自由落下を続ける。そ して突然下部からエネルギーの噴出が行われ、落下速度を緩める。速度が適当な ところまで落ちると、今度はポットが空中で分解し、マリアを空中に投げ出して しまう。だが、投げ出されたマリアが、急速に落ちて行くことはない。 マリアの周囲は高い密度の、軽い気体に包まれ、シャボン玉のように緩やかに 落ちていく。分解したポットの破片は、また自由落下を行い、地上に着く前に燃 え尽きてしまう。 船内の如何なるものも、立ち寄った惑星に残さぬためのシステムだった。 いまマリアは、天を舞うように地上に降りて行く。 その姿は、翼を持たぬ天使のようであった。 すっかりと陽は落ちて、辺りは暗くなってしまった。 昼過ぎに降った雨のため、路面はまだ濡れていて、空気も冷たくなっていた。 二つの買い物袋を手に提げて、愛美は帰り道を急いでいた。 普段は忙しい愛美にとって、じっくりと買い物の出来るのは夜のアルバイトの ない、日曜日だけだった。 昨夜父が三万円を持ち出して行ってしまい、生活費はかなり苦しい状態になっ ていた。けれど身体を悪くしている父のため、食費を削る訳にはいかない。今日 は特売をやっていると聞いて、アパートからかなり離れたスーパーへ買い物に出 た帰りだった。 さらに夕刻鮮生食品の値引きが行われるのを待っていたため、ずいぶん遅くな ってしまった。 「もう、お父さん帰っているかも知れない」 帰り道を急いでいた愛美は、注意力が散漫になっていたのかも知れない。 一足先に見えていた明かりにも気がつかず、愛美は小さな十字路の角から飛び 出して来た自転車とぶつかりそうになる。 「きゃっ!」 「あっ」 自転車の方が上手くハンドルを切り、危うく正面衝突は避けられた。愛美の手 にしていた買い物袋が落ちてしまう。 「すいません、大丈夫ですか」 自転車に乗っていた男の人が、慌てて降りて来た。暗くてよく分からないが、 若い声だった。 「だ、大丈夫です。ごめんなさい、私の方こそ、ぼうっとしていて」 「そう、良かった」 男の人は身を屈めて、愛美の落とした買い物袋を拾い上げた。 「あちゃあ」 袋の中身を見て、奇妙な声をだす。そして愛美の前で袋を開き、申し訳なさそ うに言った。 「すみません、玉子、割ってしまった」 「あ、あなた」 「えっ?」 近くに寄って、愛美は初めて男の人の顔をはっきり見ることが出来た。見覚え のある顔。愛美と同じ中学校に通う男子生徒だ。 「相羽、さん」 「はあ、そうだけど、君は?」 相手は愛美のことを知らないようだった。仕方ないだろう。愛美と相羽は同じ 一年生ではあるが、クラスは違う。何より地味で目立たない愛美に対し、相羽は 上級生の隠れたファンがいるほどの人気者だった。 「もしかして君、ぼくと同じ学校の………」 「は、八組の西崎愛美です」 「これ、どうしよう」 「えっ」 「玉子。弁償しなきゃいけない」 買い物袋の中を見ると、一番上の玉子の十個入りパックのうち丁度半分、五個 が割れてしまっていた。 「あ、弁償なんて。私が悪いんですから。それにまだ五個が無事ですから」 実際、父と二人きりの生活では六個パックでも間にあった。単価で考えて、割 安になる十個パックを買っているだけなのだ。ただ、正直なところ例え玉子一つ でも、愛美の家の家計状況から考えれば、痛手ではあるのだが。 「そうはいかない。知ってる? 道交法では自転車も立派な『車両』なんだ。歩 行者と車両の接触事故では、車両の方が責任をとらないと」 「でも………」 やはり責任は五分五分に思える。愛美自身の責任も捨てきれない。 「お願いする。責任をとらせてもらえないと、ぼくの気が済まない」 「そこまで言われるなら」 まだ何となく納得が行かないが、相羽に押し切られる形で承知する。 「だけど、お金、いまは持ってなくて……。ぼくの家、近くなんだ。玉子がある はずだから、それと交換ってことで、許してもらえる?」 「許すも何も………でも、こんな時間にお家の方もご迷惑じゃ」 「それは大丈夫。あ、荷物持つよ」 返事を待たずに、相羽は愛美の手にしていた荷物を一つは自転車のかごへ。も う一つはハンドルに掛けて、自転車を押して歩き出した。 「じゃ、着いてきて」 戸惑いながらも、相羽に従って愛美も歩き出した。 「西崎さんって、この近くに住んでるの?」 「……いいえ」 「じゃあ、お家はどこ?」 「あ、あの、×××町のほうです」 「へえ、それじゃあ第一小学校の出身なんだ」 「はい」 「唐沢とかと、一緒なんだ。あ、唐沢って知ってる? 西崎さんと同じ小学校だ ったはずだけど」 「はい」 いろいと話し掛けてくる相羽に、愛美は答えるだけで精一杯だった。 母の死後、父のことや自分がアルバイトで家計を支えていることを知られたく なくて、人と話すのを避けていた。すっかり、話し下手になってしまった愛美に は、こんな状況でどんなことを話せばいいのか、全く思いつかない。 それに単に人と話すのが苦手だから、と言うのとは違う緊張に、愛美は捕らわ れていた。それがなんであるのかは、分からない。けれど相羽に声を掛けられる 度、緊張は増し、鼓動が激しくなり、息も苦しくなってしまう。 「そう言えば、西崎さん、ぼくの名前を知っていたけど、どうしてだろう」 「え、あっ………それは」 息が詰まりそうになる。 どうしてと訊ねられても、愛美はすぐに答えることが出来ない。愛美自身、ど うしてだろうと考えてしまった。 「それは………相羽さんって、有名ですから」 考えた挙げ句の答え。 「そんなに、目立つようなことをした覚え、ないけどな」 相羽が笑った。また愛美の鼓動が早くなる。 「あの、だって、相羽さん、調理部で………あの、一人だけの男の人ですから」 「納得した。でも、そんなことで有名だなんて、喜んでいいのかな。それより、 西崎さん」 「はい」 「同い歳の女の子に、『相羽さん』って呼ばれるの、何か変な気がする。『相羽 くん』にして欲しいな。それに同級生なんだから、敬語を使わなくてもいいよ」 「はい、すみません」 「はら、また」 相羽が笑った。 「母さん、ただいま」 「お帰り、遅かったのね」 「うん、その実は、お客さんを連れて来たんだけど、上がってもらってもいい?」 「お客さま? ええ、それは構わないけど」 「さあ、西崎さん上がって」 「あ、は………はい、失礼します」 相羽に招かれるまま、愛美はおずおずと中に入る。どうにも気後れしてならな い。綺麗なマンションの綺麗な部屋。愛美の住む若葉荘とは、比べ物にならない。 そんなことを考えて、躊躇している自分に気がついた愛美は、我ながら貧しさが 身についてしまったものだと恥ずかしくなる。 「あら、あなたは初めてだったわよね、確か」 優しそうな相羽の母親。いきなり訪ねてきた愛美に対し、特に驚いた様子もな い。 「はい、初めまして。わ、私、相羽さ……くんと同じ学校の、西崎愛美です」 「それで母さん、実は」 相羽は買い物袋を広げ、母親に愛美とぶつかりそうになった経緯を説明した。 「あらあら、これは酷いわね」 相羽の母親は袋の中から、割れた玉子のパックを取り出して言った。
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