長編 #4256の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
14 刑事ドラマに出てくる取り調べ室は、狭くて薄暗く汚れていて、ライトがひと つだけ置かれている机の上には吸い殻の詰まった灰皿、と相場が決まっている。 ところが祐子が座るように言われたのは、六畳ほどの窓のある明るい部屋で、き れいな会議テーブルの前だった。部屋の隅には大型のテレビとビデオセットがあ り、テーブルの隣にはコーヒーポットの載ったワゴンが置かれていた。 祐子の目の前に、あの中年刑事が座った。他に、警官の制服を着た女性が横に 座っている。どうやら書記の役目らしく、縦に線の入った紙を置いてあった。 「コーヒーを飲むかね、お嬢さん」中年の刑事が訊いた。 「いただきます」 中年刑事は、祐子の礼儀正しい返事に驚いた、とでも言いたそうな視線を、女 性警官の方に投げた。女性警官は、すぐにポットを取って、3つの紙コップにコ ーヒーを注ぐと、一つを祐子の前に置いた。ちゃんとスティックシュガーと、コ ーヒーフレッシュもついている。 祐子は早速コーヒーに口をつけた。インスタントらしかったが、最高級の豆か らドリップしたようにおいしかった。 「さて、じゃあ、始めようか」 中年の刑事はコーヒーを一口飲むと、そう言った。そして、自分が笹谷刑事で、 女性警官が平塚巡査だと告げた。 問われるままに、祐子は自分の名前、年齢、住所、生年月日、そして星南高校 の名前を答えた。学校名を聞くと、笹谷刑事は何かを思いだしたような顔になっ た。 「ちょっと失礼」 そう断ると、部屋の外に出ていった。ほんの1分ほどで戻ってきたが、それに ついては何も言わず、質問を再開した。 「どうしてシャブを持ってたのかね?」 「それは、その……」 祐子は答えに窮して黙り込んだ。 ここで真実を話して、亜紀の救出を警察に任せる、という選択はもちろん考え た。だが、そうとわかれば、相手はすぐに亜紀を殺してしまうかもしれない。何 とかごまかすしかない。父親に電話をかけることができれば、すぐにここから出 してもらえるだろう。そのためには、この取り調べを何としても無事に終わらせ なければならない。 「あれが覚醒剤なんて知らなかったんです」 笹谷刑事はその答えを全く信じていない顔で頷いた。 「有松と取引を始めたのはいつのことだね?」 「有松?」 「あんたがシャブを受け取った男だよ」 「取引も何も、今日初めて会ったんです」 「嘘をついてもためにならないよ、お嬢さん」 「嘘じゃありません」 「今日初めて会った男から、シャブを買ったのかね?」 「だから、あれがシャブだなんて知らなかったんです」 「じゃあ、どうしてあの場所にいたんだね」 「それはたまたま……その、散歩の途中で……」 「散歩ね」笹谷刑事は薄く笑った。「あのドアの中には入っていないとでも、言 うのかね?」 「入っていません」そう言った後、祐子は自分が、笹谷刑事に有松という男の居 場所を教えたことを思い出した。「い、いえ、入りましたけど……」 「有松は、あんたと違って協力的でね。あんたからシャブの代金として、300 万円を受け取ったと供述している。奴は確かに300万円の札束を持っていた。 それはあんたが渡したんだろう?」 祐子は否定も肯定もしなかった。 「ここで答えなくても、札束についている指紋と、あんたの指紋を比較対照すれ ば、わかることだがね」笹谷刑事はそう付け加えた。 「……私が渡しました」 「つまり、あんたはシャブを買ったわけだ」 「ちがいます!私はあれがシャブだなんて知らなかったんです」 「ほう、それじゃ何だと思ったんだ?」 「……」 「だんまりかね。まあ、いい。あんたには黙秘権があるんだからな」 「弁護士を呼んでください」 「この取り調べが済むまでは駄目だ」 「横暴です!訴えますよ」 「ご自由にどうぞ」笹谷刑事は気にも止めていないようだった。「訴えるつもり なら、もう少し筋の通った話をした方がいいね。でなければ、ここから出ること もできないよ」 「何にも知らないって言ってるでしょう」 「何にも知らない人間が、散歩の途中で、たまたま通りかかったドアを開け、た またま持っていた300万円を中にいた有松に渡し、たまたま有松が持っていた シャブを受け取ったってわけかね?いくらなんでも、たまたまが多すぎやしない かね」 取り調べは、それから1時間以上続いたが、祐子は何一つ筋道立った話をする ことができなかった。笹谷刑事は忍耐強く祐子から事実を引き出していったが、 祐子を釈放するか拘留するかの判断を下せるような事実は得られていなかった。 「お手上げだな」笹谷刑事は首を振った。「そっちが何にも話してくれないんじ ゃどうしようもない。二、三日泊まっていってもらうことになるな」 「電話をさせてください」祐子は疲れ切った声で言った。 「メシにしよう。平塚巡査、メニューを持ってきてくれるか?」 「はい、わかりました」 平塚巡査は外に出ていったが、すぐに戻ってきて、どこかの食堂のものらしい メニューを祐子の前に置いた。いくつかの品はマジックで消されていて、残って いるのは丼ものばかりだった。 「刺身とかの生ものは出せないから、そこにあるものだけね」 本当は疲れと苛立ちで食欲などなかったが、昼から何も食べていないことを思 い出した祐子は、メニューをちらりと見てから言った。 「天丼をお願いします」 「天丼ね」 メニューをつかむと、平塚巡査はまた外に出た。そこにいたらしい誰かと話す 声が聞こえてくる。祐子は気にも止めていなかったが、笹谷刑事は何かを期待す るような顔でそちらを見ている。やがて戻ってきた平塚巡査は、笹谷刑事の耳に 何かを囁いた。 「中に入れてくれ」 「はい」 平塚巡査がドアを開け、誰かに入るよう告げるのが聞こえた。笹谷刑事の交替 だろうか、と興味のない顔で振り返った祐子は、思わず声を上げるところだった。 「やあ、どうも」聞き覚えのある声が言った。 「そっちに座ってくれ」笹谷刑事は、祐子の右の席を指した。「さっき話した子 だ。こっちは大野川刑事だ」 驚愕から立ち直るのには、一分近くを要した。その間に、大野川は椅子に座っ て、平塚巡査からコーヒーをもらっていた。 「わざわざ連絡を下さってありがとうございます」大野川が言っている。 「いやいや、君の調べていた事件のことを思い出したんでね」 「で、どこまで話しました?」 「それがほとんど何も。困ったことに、何も話してくれんのでね」 「そうですか」 笹谷刑事が祐子の方を向いた。 「君の学校で、この前死んだ女の子がいただろう。覚醒剤の乱用でね。大野川君 はその件を調べているんだ。それで、君に話を訊きたいそうだ」 祐子は大野川を睨んだ。大野川の方は、祐子を見ても驚いている様子はなかっ た。ここに来るまでにその段階は通り越したのだろう。 「いくつか訊きたいことがあるんだ」内心で動揺していたとしても、大野川は見 事にそれを隠していた。「君の学校の三年生だった天野志穂という子は知ってる かな?」 その答えは知ってるでしょう!祐子は怒鳴りたくなったが、そんなことをして はこれまでの苦労がぶち壊しになる。我慢して、平静な口調で答えた。 「知ってます」 「仲はよかったのかな?」 「それほどでも。廊下で会えば立ち話ぐらいはしましたけど」 「じゃあ、知り合いだったわけだね」 「中学が同じでしたから」 「彼女はどんな子だったのか教えてくれないか」 「どんなって……普通の子でしたけど」 「勉強はよくできた方だった?」 「平均よりは上だったと思います」 「悪い友達との付き合いは?」 「知りません」 「彼女がお酒を飲んだり、タバコを吸っているのを見たことは?」 「ありません」 「死ぬ前、彼女の顔色が悪かった、と何人かの生徒が言っているんだけど、君は 気付かなかった?」 「そういえば、そうだったかもしれません」 「最後に天野志穂さんと会ったのは?」 「確か夏休みの前だったと思いますけど」 「どんな話をしたの?」 「別に。特に憶えていません」 「彼女が付き合ってた男の話をしなかった?」 「そう言えば……年上の人と付き合ってるってことは聞きました」 「その相手について詳しいことはわからない?」 「そこまで聞いてません」 祐子が知らないことは、大野川も知っている。だが、大野川の立場としては質 問せざるを得ない。少なくとも笹谷刑事のいる前では。 「天野志穂さんが麻薬のせいで死んだことは知っているね?」 「新聞で読みました」 「それは覚醒剤だったんだけど、普通のとは少し違った覚醒剤だったんだ」大野 川はそう言った後、慌てたように付け加えた。「このことは知らないね?」 言葉の前半だけで頷くところだった祐子は、そのタイミングを遅らせることで 事なきを得た。これはマスコミでは報道されなかった情報である。祐子は大野川 から聞いていたが、本来は知るはずのない情報なのだ。 「今日、君が持っていた覚醒剤と、天野志穂さんが使っていた覚醒剤は、全く成 分が同じだったんだ」 祐子はまじまじと大野川の顔を見つめた。 「天野志穂に覚醒剤を渡したのは、君じゃないのか?」 「冗談じゃありません!」 「だが、あのタイプは新型でほとんど出回っていないんだ」 「そんなことは、知りません」 「知らないじゃあ済まされないんだよ」 「知らないものは仕方がないでしょう」 「だが君は麻薬の売人と会って、金を渡し、問題の覚醒剤を受け取った。これは どういうことなんだ」 「……」 「その点になると、このお嬢さんは頑として口を割らないんだよ」笹谷刑事が口 を挟んだ。「どうにもならんね」 「そうですか。この子をこれからどうするつもりですか?」 「そうだな。とりあえず、保護者に連絡するしかないだろうな」 「家には誰もいません。父は仕事でロサンジェルスにいます。さっきそう言いま した」 「そ、そうか」笹谷刑事は調書をめくりながら言った。母親が離婚していないこ とも書いてある。「それじゃあ、とりあえず学校の先生に来てもらうしかないか な。どうかね?」 「別に構いません」 「じゃあ、平塚君、学校に連絡して担任の先生に来てもらって」 「はい」 平塚巡査が席を立った。 笹谷刑事と大野川は、小声で何かの話を始めた。どうやら祐子のこととは関係 のない釣りの話のようだ。鯛がどうの、アイナメがどうの、どこの海がどうのと 楽しげだ。針と糸と竿で魚を釣り上げることなど時間の無駄に他ならない、と思 っている祐子は、軽蔑をこめて鼻を鳴らすと、そっぽを向いた。 待っている間に、夕食の天丼が届いた。作ってから時間が経っているせいか、 上に乗っているエビとタマネギの天ぷらは油の味しかしなかった。平塚巡査が出 してくれた冷たい麦茶を、祐子は何杯も飲んだ。 食べ終わってしばらくすると、平塚巡査が入ってきて言った。 「先生がお見えです」 「お、そうか」笹谷刑事は釣りの話を中断して答えた。「入ってもらいなさい」 祐子は担任の男性教師の顔を思い浮かべてため息をついた。生徒の進路指導に は熱心だったが、あくまでも教師としての評価に関する部分にのみ熱心な、腹の 出た中年男だ。祐子に限らず、クラスの全生徒が軽蔑しか抱いていなかった。 「失礼します」 それはよく通る女性の声だった。振り返った祐子は、大野川の出現など比較に ならない衝撃を受けて、知らず知らずのうちに立ち上がった。 「どうも、ご迷惑をおかけしまして」 橋本由希が静かな微笑を浮かべて立っていた。
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