長編 #4254の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
12 マンションを出た途端に携帯電話が鳴った。 「はい」 『次だ。8番の鈴木美晴の家に行って同じことをしろ。読むのは10ページだ』 「どうしてこんなことをやらせるの?」 『黙って言われた通りにすればいいんだ』 「だって、こんなの意味ないじゃない。私に恨みがあるのなら、亜紀を人質に取 るなんてことしないで、直接来ればいいでしょう」 『意味があるかないかは、こっちが決める』 「橋本先生は、そこにいるの?」 『そんな先生は知らんな』 「嘘よ!あんた、臼井とかいうヤクザでしょう!」 『おしゃべりはそれぐらいにしとけよ』男は否定も肯定もせず、恫喝よりも凄み のある静かな声で命令した。『行け』 「わかったわよ、ばか。タクシー呼ぶから……」 『その必要はない。お前の仲間に乗せていってもらえ』 祐子が慌てて振り向くと、少し離れた場所にワゴンが停まっているのが見えた。 祐子が近づくと、運転席の大野川はぎょっとして、急いでエンジンをかけた。 祐子は、車が走り去ってしまわないうちに声をかけた。 「ばれてるわ」祐子はため息をついた。「乗せて」 大野川は、助手席の榊と顔を見合わせ、ドアロックを解除した。 「どうしてここに来たんです、お嬢さん」乗り込むと同時に榊が訊いた。 「急いでここへ行って」祐子は生徒名簿を開いて大野川に見せた。「この鈴木っ て子の家よ」 「どうして……」 「いいから早く行って!」祐子は苛々と叫んだ。「急いで!」 大野川はむっとしたように口を閉ざすと、ワゴンをスタートさせた。 「何があったんです?」榊が繰り返して訊いた。 祐子は宇田のマンションでやったことを簡単に話した。 「何を考えているんだ、そいつは」 「私が知るわけないでしょう」 「思うに」榊が考えながら口を開いた。「お嬢さんに恥をかかせたいのではない でしょうかね。わけのわからない本を読ませたりして」 「そんなことして何になるのよ」 「私は橋本由希でも臼井克也でもないのでわかりませんな」 「あの女は何をしているの?」 「さっき学校へ出かけたそうです。何か仕事でもあるんでしょう。大丈夫。学校 の周囲は厳重に固めてあります。外に出たらただちに拉致できるように」 「着いたぞ」大野川が車を停めた。「ここだ」 「駅からそんなに離れていないですな。もちろん、監視がしやすいためでしょう が」 「行ってくるわ」 祐子は不機嫌そうに車から降りた。 鈴木美晴の反応は、宇田と似通ったものだった。驚き、祐子を心配し、最後に は危ない人間でも見るように祐子を見つめた。日頃、それほど親しいわけではな いので、よけいにそう思われたことだろう。 「朝倉、本当に大丈夫?」 「大丈夫よ。お金は気にしないでいいから。じゃあね」 外に出て息をつく間もなく、次の電話が入った。指示は同じだった。 「いい加減にしてよ」さすがに祐子は怒りだした。「いつまで、こんなつまらな いことをやらせるのよ」 『その詩は7ページ分だ』というのが男の答えだった。 「ということは後、5人に同じことを繰り返すの?」 『黙って行け。妹が大事ならな』 というわけで、祐子は午後2時までかかって、合計7人のクラスメイトたちに 札束を渡し、詩の朗読を行った。 最後の一人の家を出た後、電話の相手は1時間後に連絡する、ただし駅からそ んなに離れるな、と言っただけだった。祐子は榊の用意した こんなことをさせられる理由は全く不明のままだったが、一つだけわかったこ とがあった。7人のクラスメイトはランダムに選択されたわけではない、という ことだ。 どんなクラスにも、必ずいくつかのグループができる。生徒自身がそれと意識 していなくても、各自の趣味や、性格、クラブ活動、家庭環境、成績などで知ら ずしらずのうちにグループを形成し属している。共学の場合、最大のグループは もちろん男女のグループだろう。 祐子が訪問したクラスメイトたちは、全て、別々のグループのリーダー的存在 だった。彼らが、同じグループのメンバーの一人に今日のことを話せば、数日の うちにクラス全員に知られることになるだろう。話さないだろうと考える理由は なかった。なにしろ祐子は、誰にも話さないで、などと頼んだわけではないのだ から。 「それが目的だったんでしょうかね」榊は首を傾げた。 「金が目的なのよ」祐子は疲れた顔で答えた。 「だったらどうして、700万円もの金をむざむざ捨てたんですかね?」 「7人のうちの一人が、あの女の仲間だとかね。他の6人は単なるカモフラージ ュじゃないの?」 「そういう可能性も考えられますがね。ただ、大抵の人間は一千万円もの金を手 にできるというのに、100万で我慢したりはしないものです」 「あの女は気が狂っているのよ」祐子は躊躇うことなく断言した。「そんな女が 何を考えているかなんてわかるもんですか」 「気が狂っているかもしれませんが、彼女が前の二人を片づけた手際は賞賛に値 するものですよ。天才的と言ってもいいぐらいです」 「ふん」 携帯電話の呼び出し音が響いた。祐子ははっとして携帯電話を取り出した。 「はい」 『一休みしたら、次の行動に移ってもらおう』 「何をすればいいの?」 『駅裏の徳治通りまで行け』 祐子が運転席を見ると、大野川は頷いてハンドルを切った。 『次の指示は着いてから出す』 通話は切れた。 同時に榊は、自分の携帯電話で指示を発した。 「私だ。動かせる人員を、駅裏の徳治通りに集合させろ。私もそちらに向かって いる。目立たないようにあるだけの車に分譲していくんだ。周囲にも監視車を配 置して、出入りする人間を全部チェックしろ。ただし、絶対に手を出すな」 車は20分後に目的地に到着した。 徳治通りはJRが国鉄であった時代に、駅前商店街として繁栄した通りだった。 だが、駅施設の老朽化が問題になったとき、様々な政治的工作の結果、JRは駅 そのものを200メートル離れた現在位置に移転させることを決定した。結果と して徳治通りの価値はみるみるうちに下降することになった。JRと市からは、 雀の涙ほどの補償金が出たものの、もはや失ったものを取り戻すべくもない。 スーパー、書店、ゲームセンター、花屋、酒屋、コンビニエンスストアなどは 次々に撤退し、代わりに風俗産業が進出してきた。駅前の大通りから離れている こともあって、勤め帰りのサラリーマンが、知り合いに見られることなく立ち寄 るには絶好のロケーションである。現在では、ソープランド、ファッションヘル ス、イメージクラブ、ピンクサロンなどが所狭しと建ち並び、目もくらむような ネオンでもって男たちの欲望を煽っていた。 良識ある市民の何人かは、由緒ある通りの変貌に憤慨していたものの、どうす ることもできなかった。風俗店の業者たちは、新風営法をしっかりと守っていた し、いわゆる「ぼったくり店」が出ないように、共同で監視態勢を整えていたか ら、警察も手出しはできなかったのだ。 徳治通りの入り口で車を降りた祐子は、すぐに通りの奥に入っていくよう指示 された。榊の話では、すでに客を装った榊の部下たちが、何人も通りをうろつき 回っており、祐子の身辺をそれとなく見守っているとのことだった。だからとい って、祐子が安心したわけではない。そもそも、こんないかがわしい場所にいる ことを誰かに見られるだけでも、祐子にとっては大打撃なのだから。 『絵と告白文は持ってきたか?』 「あるわよ」祐子は小声で応答した。 『もう少し歩くと、ピンサロの隣にコンビニがある』 「見えるわ」 『そこに入って、店員にトイレを貸してくれるように頼むんだ。トイレに入った ら、清掃用具入れを開けろ。中に黒いゴミ袋がある。その中に絵と告白文をくる んで入れておけ』 「それからどうするの?」 『また指示する』 「亜紀は無事なの?」 『無事だ』 「亜紀の声を聞かせて」相手が電話を切らないうちに頼んだ。「おねがい」 『コンビニが先だ』 通話は切れた。 祐子は足早にコンビニに駆け込んだ。店内に客はいない。レジには、中年男の 店員が退屈そうに座っていた。 「すみません、トイレを貸してもらえますか?」 店員は顔も上げずに奥のドアを指さした。 トイレはろくに掃除もされていないらしく、タイルの壁は正体を知りたくない ような汚れと、卑猥な落書きで埋め尽くされていた。祐子はできるだけ息を吸い 込まないように、個室と並んでいる用具入れのドアを開けた。 逆さになったバケツの上に、言われた通り黒のビニール袋が畳まれて置かれて いる。他の用具が薄汚れているのに比べると、これだけが新品のようだった。祐 子は丸めた絵と封筒を中に入れると、元通りの場所に置いて、トイレを出た。 コンビニを出た途端、電話が鳴った。 「はい」 『左に進んで、次の角を右に曲がれ』 「亜紀の声を聞かせてくれる約束よ」 『そんな約束はしていない。いやなら帰るんだな』 「さっきの絵と手紙はどうするの?」 『お前の知ったことじゃない。行け』 祐子は言われた通り歩き出した。 角を曲がったところは、両側をビルに挟まれた狭い路地になっていた。一瞬、 曲がり角を間違えたかと思ったが、電話からの声はそれを否定した。 『まっすぐ歩いて、左側にドアが見えたら、その前で止まれ。ベージュに塗られ た非常ドアだ』 すでにそのドアは見えていた。祐子はまっすぐドアの前に歩み寄った。 『中に入ると、一人の男がいるはずだ。その男に、巨乳のデミ・ムーア、と言う んだ』 「はあ?」 『巨乳のデミ・ムーア、だ。そいつはお前に、シャロン・ストーンの締まったケ ツと言葉を返す。そうしたら、そいつにさっき買った本を見せろ』 「神々のワードプロセッサ?」 『そうだ。相手も同じ本を見せるだろう。それを確認したら、残りの金をそいつ に渡せ』 「身代金というわけ?」 『ある意味ではそうだ。だが、その男は何の関係もないから、妹のことを訊いて も無駄だ。お前は金と引き替えに、小さな袋を受け取って、すぐ外に出ろ』 「何の袋?」 『お前が気にする必要はない。中を見るな。わかったな?』 「わかったわ」 『終わったら、妹に会わせてやる』 通話が切れた。 祐子はドアを開いた。 そこは、どこかの店の裏口のようだった。小さな洗濯機と乾燥機、シーツやタ オルが山積みになったかご、ビールの空き瓶がいっぱいに詰まったケースなどが 乱雑に置かれている。 目当ての男はそこにいた。洗濯機からよじれたタオルを取り出しては、乾燥機 の中に放り込んでいる。30代前半ぐらいだろうか。 男は祐子を見ると、いぶかしげに首を傾げた。 「何でしょう?」 祐子は回れ右して出ていきたくなったが、かわりに指示された言葉を口にした。 男の顔が驚き、ついで油断のない狼のように変化した。 「シャロン・ストーンの締まったケツ」男は恥ずかしげもなく答えた。 祐子は本を見せた。男もポケットから同じ本を出した。 「まさか、あんたみたいな女の子だとは思わなかった。確かに意表をついててい いかもな。金は持ってきたのか?」 祐子は黙ってバッグを渡した。男は素早く金を確認すると、満足そうに頷き、 雑誌ぐらいの大きさの紙包みを渡した。 「これで取引成立だ。また頼むぜ」 それは中に砂でも詰まっているように、ずっしりと重かった。祐子は曖昧に笑 うとバッグに包みを押し込んで、そのまま外に出た。 太陽の光を顔に感じる間もなく、祐子の肩が両側からがっしりとつかまれた。 祐子は思わず悲鳴を上げて、バッグを取り落とした。 「失礼、お嬢さん」左側から低い声が聞こえた。「警察の者です」
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