長編 #4253の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
11 本屋を出た祐子は、姿を見せない脅迫者に、次の指示を問うように周囲を見回 した。駅前のロータリーに去年のモデルのワゴンが停まっている。大野川がハン ドルを握り、助手席で榊が携帯電話に向かって話をしていた。 数メートル先のコインロッカーの前には、二人のスーツ姿の男たちがタバコを 吸いながら談笑していた。二人ともあさっての方向を向いてはいるが、必ずどち らかが常に祐子を横目で見ていた。榊の手配した護衛に違いない。きっと他にも いるのだろう。そう思うと、祐子は少しだけ安心した。 電話が鳴った。 「はい」 『買ったか?』 「買ったわ。亜紀が無事だという証拠を見せてくれる約束よ」 『そのままロータリーまで歩け』 祐子は言われた通りにロータリーに向かって歩いていった。ちらりと、ワゴン の方に目をやると、大野川のいささか狼狽したような表情が見えた。 『駐禁の標識まで行け』 やや向きを変えて、白いポールの場所まで歩き、足を止めた。 『足元を見ろ。タバコの箱が根本に置いてある。中を開けて見ろ』 すでに祐子はその箱に目を留めていた。急いで拾い上げて、破れかかったふた を開く。中には折り畳んだ写真が入っていた。開いた祐子の口から、思わずため 息が洩れた。 「亜紀……」 どこか暗い部屋で撮影されたポラロイド写真だった。ベッドの上に一人の少女 が膝を抱えて座っている。病院のそれのような簡易ベッドだった。顔は半分影に なっているが、特徴のあるくせ毛は見間違えようがないし、亜紀が通う中学の夏 服を着ている。 写真の手前に新聞の一面が広げて置いてある。首相が沖縄県知事と会談を持つ 記事がトップであるらしい。新聞の日付までは判読できない。 『写真に写っているのは、今朝の朝日新聞だ。疑うのならキオスクで確かめてみ るんだな』 祐子は急いできびすを返すと、キオスクの前まで走った。数種類のスポーツ紙 と並んで、朝日新聞がスタンドに差してある。一面を一目見ただけで、写真に写 っている新聞と同じであることがわかった。 『わかったか?』 「わかったわ。でも、生きているかどうか、どうしてわかるのよ」 『納得できないのなら、もっと確実にわかる物を届けるぞ』男は静かな声で応じ た。『たとえば右手の小指とかな』 「やめて、やめて」祐子はたちまち降伏した。「言うとおりにするから」 ふと気が付くと、キオスクの店員が不審そうな目で見ていた。祐子は曖昧な笑 顔を浮かべて、その場から離れた。 『よし。では次だ』 「何をすればいいの?」 たとえ、その場でストリップをしろ、と言われても拒める立場ではない。が、 男の要求はそういったことではなかった。 『生徒名簿を持ってきたな?』 「あるわ」 『お前のクラスのページを開け』 首を傾げながら、祐子はボストンバッグから名簿を取り出し、自分のクラスの ページを開いた。 「開いたわ」 『タクシーで3番の宇田和利の家へ向かえ』 「は?」 『そいつの家に行くんだ』男は繰り返した。 「行ってどうするの?」 『着いてから指示する』 「で、でも、留守かも……」 『そいつは家にいる。さあ行け。必ずタクシーで行け。料金は一万円札で払って、 さっきと同じように釣りはもらうな』 仕方がなかった。祐子は客待ちをしているタクシーに歩み寄ると、ドライバー に合図して乗り込んだ。 「どちらへ?」 「ここまで行って」そう言いながら、名簿の住所を指さす。ドライバーは不思議 そうに祐子をみた。 「近いですよ。駅を抜けて歩いていった方が早いぐらいです」 「いいから行って」 ドライバーは肩をすくめると、車をスタートさせた。 ちらりと後ろを振り返ると、榊たちの乗ったワゴンが慌てて発進するのが見え た。 目的の住所への所要時間は10分にも満たなかった。クラスメイトの宇田の家 は、実のところ駅の反対側から歩いて数分のマンションだった。車で行こうとす れば、ぐるりと回っていくしかないが、徒歩ならば駅の連絡通路を横断し反対側 の出口から出れば3分とかからなかっただろう。ドライバーは、初乗り運賃のみ の短い距離のためか、不機嫌そうな顔でバッグミラーに映る祐子の顔をちらちら と見ていた。何とわがままなコギャルだ、ぐらいなことを思っているにちがいな い。 タクシーが停まると、祐子は一万円札を出した。 「ああーっと、細かいのないかなあ」ドライバーは困ったように言った。 「いいの。お釣りはいらないわ」 「え?いや、そういうわけにはいかないよ」 「いいから」少しきつい口調で祐子は紙幣を投げるように押しつけた。「早く、 ドアを開けて」 ドライバーはそれ以上、文句も言わずにドアを開けた。祐子はボストンバッグ を抱えてタクシーから降りた。とたんに汗が噴き出してくる。 タクシーが走り去るのと同時に、携帯電話が鳴った。 一体、どこから監視しているのだろう、と思いながら祐子は応答した。 「はい」 『クラスメイトに会え』 「それだけ?」 『会ったら、100万円の札束を一つくれてやれ』 「なんで、そんなこと……」 『黙ってやるんだ。さっき買った本を出せ』 祐子は文庫本を出した。 『9ページを開け。パラノイドの唄、という短編が始まっている。会ったら、そ のページを相手に読んできかせるんだ』 指示されたページを開いた祐子は顔をしかめた。それは小説ではなく、詩のよ うだった。 「ちょっと待ってよ。こんなの、何の意味が……」 『黙って従わなければ、妹はレイプされるぞ』 「わかったわよ!もう」祐子は吐き捨てるように言った。「やればいいんでしょ う、やれば」 祐子はマンションのエントランスに入ろうとして、暗証番号つきのロックがか けられていることに気付いた。 「カギがかかってるわ」 『7159だ』 番号のキーを押すと、ロックが外れる音が聞こえた。祐子はガラス張りのドア を押してマンションの中に入った。 エレベーターで5階まで上がり、「宇田」の表札が出ているドアの前で停まる。 さすがに躊躇したが、深呼吸をひとつしてからベルを鳴らした。 『はい』母親らしい女性が応答した。『どちらさまですか?』 「朝倉といいます。和利君のクラスメイトです」 『ちょっとお待ち下さい』 ほどなく、どたどたと足音が聞こえ、ガチャリとドアが開いた。開けたのは、 まだパジャマ姿の宇田だった。 「あれえ、朝倉じゃん」宇田は不思議そうに祐子を見つめた。「どうしたの?」 祐子は黙ったまま、バッグから銀行の帯封でまとめられた100枚の紙幣をつ かみ出すと、宇田に手渡した。 「とっといて」 たとえ起きたばかりだったとしても、宇田の頭は完全に覚醒したようだ。がく んと顎が下がり、まじまじと手の中の札束を見つめている。 「え?え?な、なに、これ?」 「あげるから好きに使って」祐子はにっこり笑った。 「で、でも……え、そ、だって、これ……」 一時的に言語障害に陥ったクラスメイトを見ながら、祐子は文庫本を開いた。 理由を説明する気はもちろんなかったが、適当な言い訳を考える気にもなれなか った。9ページを読み始める。 もう外には出られない 戸口のところに男がひそむ トレンチコートに身をつつみ シガレットを燻らせて だけど 彼奴のことを日記に書いた 郵送の筒はベッドにごっそり 隣のバーのネオンの灯に 血の色にべったり染まる 彼奴は知っている、もしも俺が 死んだら(もしくは消え失せても) 日記は送られ、知れ渡る CIAがヴァージニアにいる、と 五百個の郵便筒を買ったのは 読み終えて本のページから目を上げると、宇田の驚愕を通り越した不審の視線 にぶつかった。顔から火が出るほど恥ずかしかったが、何とか平静を保つと本を 閉じた。 「じゃあね、また」 宇田は茫然と祐子を見つめたまま、返事もしなかった。祐子は何かを付け加え ようかとも考えたが、適当な言葉が思いつかなかった。やむを得ず、もう一度笑 顔を見せると背を向け、エレベーターの方へ向かい始めた。 下りのボタンを押したとき、ようやく我に返ったらしい宇田が追いかけてきた。 「おい、朝倉、ちょっと待てよ」 「なに?」 「なに、じゃないよ。お前、どうかしたのかよ。なんで、こんな大金おれにくれ るんだ?」 「理由なんかないのよ。私のお金だから、私がどうしようと自由でしょう」 「そんなこと言ったって……」 「いいから、黙って受け取りなさい!」苛立ちのあまり、ついきつい口調になっ た。「こんな大金見たことないでしょ。めぐんでやるんだから、ありがたく思い なさいよ」 口にしてから後悔したが遅かった。宇田の顔が強ばった。 「ふざけるなよ」冷たい声が祐子の耳を打った。「誰がめぐんで欲しいなんて言 った?こんなものいらねえよ」 言葉と同時に札束が祐子の目の前に放り出された。 クラスメイトを怒らせてしまったことより、電話の男に言われたことを果たせ ないことの方が恐ろしかった。祐子は慌てて札束を拾うと、背を向けた宇田を、 すがりつくように引き留めた。 「待って!お願い、待って!」 誰かに、ましてやクラスメイトに何かを頼んだことなどなかった祐子だが、今 はそのようなささいなプライドにこだわっている場合ではない。 「お願い、受け取って。何も言わずに受け取って」 宇田はまだ怒りが醒めたわけではなかったが、いつもは冷然としている祐子が 真剣な顔をしているのを見ると、不思議そうに訊いた。 「お前、本当に大丈夫かよ」 「大丈夫よ。だから、お願い。受け取って。でないと困るの」 次の行動を決意するまでに、祐子は躊躇った。が、ついに、ここ何年もしたこ とがないことをした。頭を深く下げたのだ。 「お願い!」 「わ、わかったよ」宇田は鼻白んだように言った。「じゃあ、とりあえず預かっ とくから」 「ありがとう」祐子は心からそう言った。 「よかったら上がって冷たいものでも飲んでいったら?」 「いえ、これからまだ行かなければならないの。じゃあね」 「あ、ああ。じゃあな」 祐子はすでに扉を開いていたエレベーターに乗り込んだ。宇田の困惑しきった 顔がそれを見送った。
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